46 僕の機嫌が悪い理由 ⑤
「………いい子だから、くち、開けて?」
涙目でイヤイヤをするように首を振る動作にも力がない。
色白の肌は白を通り越して蒼く、微かに黄みを帯びた月色の髪もすっかり艶を無くしてパサついてしまっている。
「だーめ、観念しなさい」
細い頤をとらえて親指で唇をそっと抉じ開ける。
シュシュの目に益々涙が盛り上がるけど、ここは心を鬼にしなければ。
「上手に呑み込めたら後でご褒美をあげる。さぁ……」
『…………………………ごっくん』
「はい、良くできましたー」
老医師特性の栄養剤は「良薬は口に苦し」を具現したような代物だ。
夏バテですっかり体力を消耗したシュシュは、やっとの事でこの世の物とも思えない味の丸薬を飲み下し、余りの不味さに悶絶状態に陥っている。
急いで口直しの飴を口許に差し出すと、僕の指ごとそれをパクリと口に含んだ。
「……なんか、やり取りがいちいちエロく感じるのはアタシだけ?」
背後でモーがげんなりと呟いた。
通常女子寮は一階の応接室を除いて男子禁制で、プライベートスペースの寝室なんかはその最たる部分だ。
おネェのモーが女子寮で寝起きしてる時点で規則も何もあったものじゃないけど、僕は今回初めてシュシュの私室に足を踏み入れた。
思うように食事が摂れなくなった上に薬まで嫌がるシュシュを見かねて、ハナやニキータに「何とかしろ」とせっつかれての事だ。
流石に女子寮の中を男に好き勝手に動き回らせる訳にもいかないらしく、非番のモーが見張りを買ってでた。
「んもー、スォードがもうちょっと小まめに顔を出してくれたらこの子も元気になるのに!」
「……ゴメン。このところ殺人的な忙しさで…」
「分かってるわよぅー、ろくに休めてもいないんでしょ?折角のビボーが台無しだもの。この時期はねー…」
僕だって下半身のユルい変態の相手をするくらいならシュシュの顔を見ていたいさ!
通常の見廻りに加え日に何度も出動要請がかかるせいで、もう何日も自宅に戻れていない。
詰所で仮眠を取るだけの過酷な勤務状況で、僕の癒しはこの子だけ。
いくら取り締まっても厄介事は後から後から湧いて出るしで、あまりの際限の無さにイライラMax。片っ端から雷落として回りたいくらいストレスが溜まってる。
「シュシュ。毎日ちゃんと老医師の薬を飲んで?そしたら、今度休みの日に一日傍に付いててあげる。早く元気にならないとライディーンが中庭で干からびてしまうからね」
休日の約束に一瞬嬉しそうな表情をしたものの、僕が椅子から立ち上がった事で面会の終わりに気付いたシュシュは、くしゃりと泣き顔に戻ってしまう。
ああ、もう。
可愛いやら切ないやらで、どうにかなりそうだよ!
袖口を掴まれて振り払う事も出来ずに立ち尽くしていると、華奢な指が僕の掌に文字を刻む。
『はやくあいにきてね』
思わず息が詰まった。
思いきりぎゅっと抱き締めたい衝動に駆られるのを、理性を総動員してどうにか抑え込む。
「―――――必ず」
街中の変態どもを根絶やしにしても約束は果たそうと思った。




