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41 僕の最凶と最愛

シュシュが文字を習い始めた。


習う、と言っても絵本が教科書代わりで、時間の空いた隊員が読み聞かせをしたのがきっかけだ。

『日本語』でのやり取りはあくまで非常手段に止めておいた方が良さそうだし、筆談が可能になれば日常の不便の大半は解消出来る。


ミスルギの、と言うか大陸の共通言語に使用する文字は、アルファベットと同じ表音文字で母音と子音をあわせても文字数は30文字以下。比較的覚えやすいと思う。





五日に一度の休日。


今まで何かと不規則になりがちだった休みを、キッチリ取る方針に変えてみた。

考えてみたら給料は他の平隊員と同じなんだから、これまでが働きすぎ。


そんなわけで、膝の上にシュシュを乗せて癒しの寛ぎタイムを実行中。


「“そしてふたりはいつまでもしあわせにくらしました。”――――おしまい」


絵本をパタリと閉じるのとシュシュがはふぅ、と小さな溜め息を落とすのが同時だった。

よほど集中していたのか肩の力もくにゃりと抜けて、背凭れ代わりになっていた僕の胸元に軽く重みが加わった。


「ふふ、お疲れさま。頑張って文字を追ってたけど、ちゃんと読めたのかな?」


後ろから頭を撫でるとシュシュが身体をひねって僕の目を覗き込んでくる。

ちょっとだけ拗ねたような色が含まれて見えるのは、子供扱いされた感じが不満なんだろう。



「あー…可愛い。癒されるー」


そのまま額にちゅっと音を立ててキスを落とせば、ぽんっと頬が赤く染まる。

可愛い。

食べちゃいたいくらい可愛い。

うう、でもここは我慢だ。相手はローティーン(推定)の女の子だし。何よりも―――――。


「おい、そこの馬鹿面晒してる若造。テメェらいちゃつくなら他所でやれ!」


ここがいつもの執務室だからなんだよね…。


「僕だって出来ればシュシュを外に連れ出してやりたいんですがね…」


そうも出来ない切実な理由がある。

原因はすぐそこの窓から頭を突っ込んで此方をジト目で睨んでいる黒い獣。

こいつは既にかれこれ十日以上も南支部に居座っていて、その間片時もシュシュの傍を離れようとしない。

一応は秘匿される存在なんで、ところ構わず連れ回すわけにもいかないし。

黙って出し抜こうものなら電撃落としまくりで追って来ること間違いなし。


「とんだ疫病神だよ、君」


ぶっふん。


実に可愛くない鼻息を立てて更に不満を表す獣。


だん、だん、と脚を踏み鳴らし、一番近くにいた副長の頭にあんぐりとかぶりつく真似をする。


「別にソレは咬み千切っても構わないよ」


じゃあ遠慮なく、とばかりにギラリと鋭い牙の並んだ口を更に開けたところで、シュシュと視線がかち合った。


『咬む?咬んじゃうの?』


半泣きで怯えるシュシュの様子に、人間だったら脂汗ダラッダラ垂らしてしどろもどろになってる感じで硬直するライディーン。


副長なんかこの力関係が見えてるから、平然としたものだ。

この黒い獣がシュシュの前で残虐な面を表に出す事が無いと、確信しているんだろう。

そして恐らくそれは当りだ。


吹けば飛ぶような脆弱な存在に、この世で最も狂暴な生き物が額衝ぬかずいて親愛を乞う。

なんとも奇妙な構図。


因みに隊長は僕らの存在をまるっと無視で、自分の仕事に集中。


「どーでも良いけど……君、邪魔だよライディーン。僕の癒しの時間をどうしてくれるのさ」




その後、窓の下でしくしくと泣き崩れる風情の獣を目撃した隊員が、何やら恐ろしい物を見たと言わんばかりの様子で執務室に殺到したためシュシュに出番が回り、悄気しょげる獣を宥める為になかりの時間を要した。






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