39 そして日常化
食事を終えたシュシュがデザートのポムにかじりつく頃になって、食堂の入り口付近が俄に騒々しくなった。
いつになくガヤガヤと大勢の人間の気配がするだけでなく、何故か時折悲鳴のような声が混じって聞こえる。
「なんだ?騒がしいな…」
警備隊の詰所と食堂の建物は渡り廊下で繋がっていて、当然隊員達は食事休憩の度にそこを通らなければならない。
「「「ぎゃああああぁ!」」」
耳障りな男の悲鳴に驚いたシュシュの手から、食べかけの赤い実がポトリと落ちた。
強張った表情でしがみつく身体はカタカタと震えている。
同じテーブルを囲んでいた連中が残らず殺気立って声のした方向を睨み付けたのは言うまでもない。
別に叫び声の主を心配したとかじゃなくて。
『騒音(叫び声)を立てておチビを怖がらせてんのぁ、どこのどいつだぁ――――!!』
という主に私的な怒りで。
僕は腕にすがりつくシュシュを後ろ髪引かれる想いでモーに預け、騒ぎの元凶を確かめに渡り廊下へ急いだ。
どうせろくでもない事が原因に違いない。
「…………ホントにろくでもない」
渡り廊下でまず最初に目に飛び込んで来たのは壁から生えた馬の首――――――ではなく、表側から渡り廊下の窓に首を突っ込んで抜けなくなった間抜けな獣。
先程の叫び声は渡り廊下を通り抜けようとした隊員達が、つい獣の間抜けな姿をからかって報復(電撃)を受けた際のものらしい。
採光の為に設けられた窓は縦に細長く人ひとりがやっと通れるくらいの幅しかない。
そこに無理矢理頭を突っ込んだら、逆立った鱗のような皮膚が引っ掛かって身動きが取れなくなったと、そういう事のようだ。
そうまでして中の様子を窺いたかったのか。
「……………君……馬鹿?」
おおかたシュシュの気配を追って姿なりとも目にしたかったんだろうけど。
とんだ抜け作だ。
天災紛いの凶悪生物の癖に何やってんのさ。
「取り敢えずソコから出てくれないかな。物凄く邪魔だし、シュシュが怯えてる」
そして。
モーに抱かれてやって来たシュシュは、窓に挟まった黒い獣を見てポカンと目を丸くした。
その顔は“なんで?”という疑問で一杯だ。
一方の獣は間抜けな姿を晒している事を恥じてでもいるかのような風情でションボリと項垂れ、待ち焦がれていた相手との体面にも目も合わせられずにオロオロと視線をさ迷わせるばかり。
なんだこれ。属性【不憫】とか?
あんまりな落ち込み振りに獣が憐れになったのか、怖がりなシュシュがモーの腕からするりと降りて、慰めるようにその鼻面をよしよしと撫でたのを見て、周りの連中はえらく仰天した。




