36 デジャブー(?)
「こら、待たんかお嬢!スォードの奴なら心配いらんわい」
「爺ぃ、チビの首根っこ掴んでも止めろ!」
やっとのことで中庭が鎮まったと思ったら、詰所のある建物の方からパタパタという足音に続いて爺ぃと中年の張り上げる大きな声が聞こえてきた。
執務室に置いてきたシュシュに逃げられたらしい。
――――だけどまだ駄目だ!
獣はまだ漸く落ち着いたばかりで、興奮の余韻が残っている。
ちょっとの刺激で再び牙を剥くだろう。
「――――来ちゃ駄目だ、シュシュ!」
中庭に続く出入り口の辺りでパタリと足音が止むのと、僕が至近距離でぶわっと風圧を喰らうのが同時だった。
一瞬のうちに黒い大きな獣が小さな少女に躍りかかるのが目に入った。
「――――シュシュ!!」
あの爪が、あの牙が、例え掠めただけでも容易く切り裂かれてしまう、柔く幼い身体。
あまりに恐ろしい場面を想像して血が凍るような想いを味わった、―――――次の瞬間。
あり得ない光景に誰もがあんぐりと顎を落とした。
飛天が小さな少女の前に頭を垂れて『伏せ』の状態を晒している。
……………………ブルータス、お前もか。
そういやこいつにも翅があった。
「どういう事だ?」
流石の中年も珍しく面に困惑を表している。
百戦錬磨の闘剣士が出くわした事の無い状況に違いない。
「……どういうわけか翅のある生き物に同族認定されてるみたいで…」
「――――ああん?」
オッサンに凄まれたところで僕にもよく解らないもんは説明し辛い。
とにかく今は驚いて腰砕けになってるシュシュを回収するのが先だ。
混乱して酸素不足の金魚みたいにはくはくと口を動かして固まったまま動けないでいる。
「――――勝手に飛び出して来たりして駄目じゃないか。怖い目に遭っただろ?」
ああ、もう。涙が目一杯溜まってるじゃないか。
ひょいと抱き上げると鼻声でしゃくりあげてぼろぼろ泣き出した
「ライディーン。これは僕の大事な子だから苛めたら赦さないよ」
ぐるぅ。ぐるるるー…
「苛めてない!」とでも言いたげに黒い獣は唸り声で答えた。
ふんふん。すんすん。
何が気になるのかしきりと鼻先を擦り付けて匂いを確かめ、仕舞いには舌で剥き出しの足首をべろりと舐めてシュシュを怯えさせ。
「ッ!この駄馬!!」
思いっきり急所の鼻の頭を拳で割る勢いで殴り付けてやった。
周りにいる奴等がおののいて飛びすさったりしてるけど、こういう事は躾が肝心だ。
「君ねぇ、言葉が理解できる生き物なんだから、言われた事くらい守りなよ。相手はか弱い女の子だよ。でっかい肉食獣にベロベロ舐め回されたら怯えるに決まってるだろ」
嫌われるよ。
そう付け加えた時の獣の顔は見物だった。
ガーン!!
正にその表情。
ついさっきまで警備隊の強面をビビらせていた狂暴な生き物が、オロオロと足踏みをして小さな少女の顔色を窺っている光景は、実に笑(?)撃的な眺めで、そこかしこで遠巻きに此方の様子を見ていた男共が、ぶっと吹き出す音が聞こえた。
「大人しくしてられるなら、この子にちゃんと紹介してあげるよ。お互い仲良くして欲しいからね」
獣は一も二もなく嬉しげにぶふん、と首を揺らした。
分かり易ぅー…。




