35 嵐来たりて
その後の休暇は実にのんびりとしたものだった。
涼しい時間帯を選んで湖畔を散策したり、時には湖に舟を出してみたり。
夕暮れ時に初夏限定の光虫の舞う景色を堪能したり。
何処に行くにももれなくギャラリー(鳥 )が付いて回ったけど、最終的には慣れた。
……やっぱりシュシュが同族認定されてるかも?
帰りの馬車での道中。
昼下りの空は抜けるように青く、車窓から吹き込む風は清々しく爽やか。
―――――それでいて市街に近付くにつれて、やけに暗い雲の塊が街の上空に、それも局地的に集まっているように見えるのはどうしたことか。
……何だか嫌な予感はした。
そして徐々に馬車が都市警備隊の支部に近付くにつれ嫌な予感はヒシヒシと増加。
詰所の上空にピンスポットで雷雲が発生しているのを確認した時には、回れ右して何処かに逃げたくなった。
いる。絶対にアレがいる。
「……………勘弁して」
「スォード!やっと戻って来てくれたのかっ!!頼む、早くアレを何とかしてくれ―――――!!」
詰所に顔を出すなりノッティにガッシと肩を掴まれた。
他の連中も似たり寄ったりの恐慌状態で、人の顔を見るなりすがりつかんばかりの勢いで駆け寄って来る。
「あの機嫌の悪さで今朝から居座られて……もうどうにも手に負えないんだ!」
「もとはお前の馬だろーが!何とかしろ!」
「や……アレ、僕んじゃないし。そもそも“馬”でもないんだけど」
無駄と悟りつつも一応反論は試みる。
………取り敢えずシュシュは避難させとこう。
幾つもの建物に囲まれて表通りからは死角になっている都市警備隊の運動場。
普段この場所は隊員達の剣や棒術の鍛練の為に使われたり、ちょっとした休憩を取るための憩いの場にもなる多目的スペースとして活用されている。
そのど真ん中に、どん!と仁王立ちで構える異質な獣。
見た目は馬寄りの四つ足。
されどもその口には鋭い牙がギラリと並び、蹄の代わりに鉄を切り裂く蹴爪が備わる。
黒光りする体毛の下は矢も通さぬ固い皮膚で覆われ、極めつけに目立つのが肩の位置からにょっきりと生えた大きな漆黒の翼。
己が身に雷を纏う獣。
種族名を《飛天》という。
「いい加減にしてくれないかなライディーン。こう何度も王城の厩舎から抜け出して来られても困るんだよ」
ミスルギの最終兵器とも言うべきモノにちょくちょく顔出されたら、秘匿物扱いしてる意味がない。
飛天は極めて知能が高く人間の言葉を解すのみならず、その強力無比な雷の能力を持ってすれば地上を這うばかりのヒトの軍勢など一瞬にして無力化する事も可能な生き物だ。
そこいらの国の上層部が知れば、絶対野放しにしてはおかないだろう。
ただし飛天の個体数が少ない事に加え、あんな狂暴な生き物どうやって手懐けるんだ、という至極尤もな問題が立ち塞がるから、まず実現は不可能なんだけど。
ミスルギは偶々(たまたま)特殊な条件を満たしているだけで、飛天を『飼い慣らして』いるわけじゃない。
「騎手はどうしたんだい。まさかそこら辺に落として来たんじゃないだろうね?」
こいつならやりかねない。
気難しくて気紛れで短気な上に狂暴な質の飛天なら。
何故か最初に対面した時からそこそこ意思の疎通が出来てしまったお陰で、いずれは《飛天の騎士》誕生か!?とか当時はかなり騒がれたけど、例の事件で自分は除隊。当然その話は白紙に戻り、そのうち大勢いる騎手候補の中から誰か選ぶだろう、くらいの考えでいたのに。
まさかずっと誰も選ばずに王城に居座るなんてのは予想外だった。
自由を好む飛天なら興味を引くものが無くなれば、さっさと消えると思うだろう普通。
「とにかくその電撃引っ込めて落ち着きなよ。話も出来ないだろ?」
鬣に手を突っ込んでわしゃわしゃとかき混ぜるように撫でてやると、幾らか落ち着いたように首を垂れてじっと身をまかせている。
周囲で恐る恐る様子を窺っていた隊員達は、雷に直撃される恐怖感から漸く解放されて、ほっと胸を撫で下ろしている。
これが初めての襲撃じゃないから、うっかり余波を喰らった場合のダメージは骨身に染みているんだろう。
「城に連絡は入れたのか?誰かにこれを引き取りに来てもらわないと」
「隊長が朝イチで鷹を飛ばしてたよ………お前が乗って届けた方が早くないか?」
「そこは色々規則があってね…。一応コレは機密扱いだし、資格のない人間が跨がる訳にもいかないんだよ」
「ハァ……。一部にバレバレの機密って意味あんのか?」
イエス。まったくもってその通り。




