32 ぼくのたからもの
「もう…何やってるんだい君は」
散歩から戻った後の事。
湯殿に汗を流しに行ったきり なかなか戻らないシュシュが気になって、様子を見に行ったら。
湯中りを起こして浴槽に浸かったままぐったりしているシュシュに気付いて、慌てて湯から掬い上げる事になった。
よもや二日連続で着衣のまま湯に飛び込む羽目になるとは…。
無防備な身体に触れるのは悪いとは思ったけど、濡れたままにもしておけず全身を布にくるんで拭き取り、そのままテラスの寝椅子に運んだ。
火照った身体の熱を逃がすには、涼しい場所で風に当てるのが一番だ。
『――――これ飲んで』
口許に水の入ったグラスを寄せると、シュシュは朦朧とした顔でほんの一口だけコクリとそれを飲み下した。
『頑張って、もう少し飲んで』
……脱水症状を起こしてる可能性も高いし、水分は多目に摂った方が良い。
だけど肝心のシュシュの意識がぼんやりとしていて、日本語の言葉でさえもきちんと頭に届いていない様子。
――――…この際か。
グラスの中身を自分の口に含み、薄く開いた小さな唇にそっと合わせて流し込む。
噎せないように一度に少量ずつ、何度も。
その都度コクリと喉が鳴り嚥下するのを確かめながら、グラスが空になるまでそれを繰り返した。
「………ん。こんなものかな…?」
さっきよりは幾らか意識がはっきりした様子のシュシュも、まだどこかぼんやりと夢を見ているような表情。
視線は僕を捕らえながらも、僕を素通りして別の何かを見ているような眼差しだ。
『――――すおう、ちゃん』
唇がその名前のカタチを紡いだ。
音は無い。
だけど。間違えようも無く、はっきりと。
『シュシュ……………君は誰……?』
僕は生まれて初めて自分の唇が震えるのを感じた。
『わからない』
それがシュシュの答えだった。
唇の動きを読み取るやり取りでは、複雑な会話はまだ難しい。
だけどシュシュの様子を見る限り、僕のようなはっきりとした過去の記憶持ちでは無さそうな感じがする。
だけど。
生前のあの世界で『私』をあの呼び方で呼んだのは『真珠』だけだ。
「―――――――…真珠っ…!!」
気が付いたら腕の中のに抱き締めていた。
深く、深く、胸の奥に閉じ込めて。
こんな遠い異世界で、もう一度君に逢えた。
夢のような奇跡。
たとえ誰が知り得なくても、僕だけは知っている。
「――――――絶対、守る」




