33 声無き想いは
名前も知らない何処かの街の薄暗い路地裏が、あたしの一番古い記憶。
それより昔の事は酷く曖昧で、はっきりとは思い出せない。
気が付いたらあたしはひとりで、自分でも驚くほど何も分からなかった。
自分の生い立ち、名前。―――――そして言葉さえも。
何もかもが恐ろしくて、息を殺し身を縮めるようにしながら毎日必死で命を繋いだ。
だけど皮肉にも、あてどなくさ迷う日々はそう長くは無かった。
ある日、あたしは柄の悪い男たちに捕らえられて、そのまま真っ暗な場所に繋がれてしまったから。
値踏みするような目付きで顔や身体を触られ服を剥ぎ取られて、初めて自分の背にある翅の存在が異質なものだと知らされる。
男たちのあたしを見る目が奇妙に歪んで、それから手足を縛っていた紐が鎖に変えられた。
『逃がさない』
男たちのギラついた視線はあたしが彼等の“獲物”だと、そう告げていた。
それから恐れていたような乱暴はされなかったけど、あたしはかなり長い間手足を鎖に繋がれたまま過ごした。
一日一回、死なない程度に与えられる水と乾いたパン。
もともとあんまり頑丈に出来ていないらしい身体がすぐに萎えて立ち上がるのも難しい状態になると、あたしは一日の大半を眠って過ごした。
―――――眠ったまま死ねれば良いのに。
あの薄暗い路地裏の、始まりの記憶からずっと、世界があたしに優しかったのは眠りの中だけ。
夢の中でだけ、あたしは幸せな女の子になれた。
優しい友達に大切に守られ、愛されて――――笑っていられた。
あたしの小さな世界の全てだった、やさしいひと。
あれはいつ?
……………あいたいよ。
もういちど、あのおっきな手で髪を撫でて。
あたしを呼んで。




