シーン 22
翌朝。
昨晩の出来事から組織に対する不信感が芽生え始めた。
そもそも、僕のことを救世主と呼びながら常に監視されているのは気分がいいものではない。
監視される理由を考えてみたが、『異世界から来た得体の知れない者に対する言い知れない恐怖心からくるもの』と考える方が自然だろう。
組織側も僕に不穏な動きがあれば相応の対処をしろと通達している。
最悪の場合、極刑もあり得るのではないか。
もちろん、簡単にやられるつもりはないものの、用心に越したことはないだろう。
ちなみに、この条件はベルにも適応される。
一応、彼女の場合はダーシェ派の疑惑が晴れるまでの措置だが、万が一ということもあるため注意が必要だ。
しかし、彼女は組織の意図に気付いていないため、実際には僕が守ることになる。
作戦会議のためいつもの会議室にチームの全員が集っている。
今回はハイマンの北に現われた盗賊団がターゲットだ。
人間相手はこれが初めてだが、特に注意する点は魔物の場合とほとんど変わらない。
しかし、相手はそれなりに武装をしているため、場合によっては魔物より手強い可能性もある。
詳しい情報はレオが持っている手配書の通りだ。
「まずは敵勢力の情報だ。数はわかっているだけでおよそ十名。徒党を訓で戦うオーソドックスな戦術を好むようだ。やつらはハイマンの北にある洞窟をねぐらにしているらしい」
「リーダー、特に注意する点はありますか?」
アーヴィンが手を挙げた。
「そうだな、情報によれば風魔法を使う者がいるようだ」
「風魔法か。一体どんな能力何だろうな?」
僕は隣に座るミーナに声をかけた。
「そうか、君は風魔法をしらないのか。魔法そのものは使用者の実力次第だが、風の刃を使う術者なら注意が必要だ」
「風の刃か…何だか凄そうだな。対処法は?」
「風の刃はとても鋭利な刃物だと思えばいい。威力次第では鉄製の盾を切り裂くこともある。それでも、鉄より硬い金属の防具なら問題はない。ただ、金属の刃物と違って目に見え難いところがネックだな」
ミーナは以前にも風魔法の使い手と対峙したことがあるらしい。
対処法について詳しいのはそのためだ。
そもそも、それぞれの魔法には向き不向きがある。
魔法の特性を理解すれば脅威は格段に抑えられるが、その反対も例外ではない。
「それ、剣で受けきれるのか?」
「君の実力なら可能だろうさ。まぁ、保証はできないけどね」
「そうなのか…わかった、覚えておくよ」
最後にレオが話をまとめて作戦会議は終了となった。
僕らは準備を整えると目的の盗賊団が出没する洞窟へと向かった。
洞窟の近くには石畳の街道が通っている。
目的地までは徒歩で二時間くらいだ。
盗賊団は街道を往来する旅人や行商人を恰好の獲物にしている。
僕らは行商人に変装して盗賊団を誘き出すことにした。
「ここまですれば誰が見ても立派な行商人だろ?」
アーヴィンは自慢気に鼻息を荒くした。
僕らは彼が用意した幌付きの荷馬車に乗っている。
御者台には馬の扱いに慣れたレオとミーナが座り、荷台には僕とアーヴィン、そしてベルが待機をしている。
彼によれば夫婦で旅をする商人という設定らしい。
「よくこんな馬車が借りられたな。まさかお前の持ち物か?」
「そんなわけないだろ。知り合いの商人から借りたんだ」
「商人から?これ商売道具だろ、よく貸してくれたな」
「実は貸してくれた商人も被害にあった一人でな。事件の早期解決に協力するってことで特別に貸してもらえたんだよ」
アーヴィンによれば馬車を貸してくれた商人の他にも多くの被害が出ているそうだ。
中には命を落とした者も少なくない。
今回の依頼はそのような目に余る行為に、ハイマンの商人組合が重い腰を上げた結果だった。
馬車は順調に街道を進んだ。
途中、傭兵を伴ったキャラバンとすれ違った。
キャラバンは複数の商人が集団で移動するため、盗賊などの外敵から襲われ難い。
また、キャラバンを囲むように傭兵を配置すれば、どの方向から襲われてもすぐに対応できる。
今回の盗賊団も今のところキャラバンを襲ったという報告は入ってない。
しかし、商人なら誰でもキャラバンを組めるわけではなく、単独で活動する商人や旅人は恰好の獲物となる。
馬車は盗賊団が潜む洞窟の近くを差し掛かった。
「…そろそろだ、注意しろ」
レオが注意を飛ばした。
同時に緊張が走る。
特に初めての戦闘になるベルは不安の色が濃い。
「心配ない。ベルは万が一に備えておいてくれ」
「はい…」
ベルは護身用の短剣を握りしめた。
不安な時は何かにすがりたい気持ちになる。
よく見ると小さく震えているのがわかった。
僕は彼女を安心させるため、肩に手を置いて笑みを浮かべた。
「大丈夫だよ。何、すぐ終わるさ」
「無理はしないでください…。傷は私が治します」
「ありがとう。心強いよ」
ベルが安心した直後、馬車が急ブレーキをかけた。
突然のことに僕らは思わずバランスを崩した。
どうやら目的の盗賊団が現れたらしい。
幌の隙間から外を覗くと、馬車の前方に武装した黒ずくめの男たちの姿があった。
「命が惜しければ荷を置いていけ!妙な動きをすれば殺す」
盗賊団のリーダーらしき男が怒声をあげた。
よく見ると手には珍しい剣を持っている。
三日月型に湾曲した刀剣で名前をショーテルという。
主な用途は湾曲した部分で相手の首を引っ掛けて切り落とすよう使用する。
他の刀剣に比べて扱いが難しいが、直刀とは違う太刀筋のため注意が必要だ。
「わ、わかった…だから妻だけは助けてくれ」
レオは怯えるように告げた。
もちろんこれは彼の演技なのだが、何故か見ているこちらがハラハラしてしまう。
今回の作戦は相手が積み荷を奪うために近付いてきたところで飛び出し不意をつく手筈になっている。
しかし、ここで予想外の出来事が起きた。
盗賊団の一人が御者台のミーナを見てこういった。
「お頭、見てくだせぇ。この女、かなりの上玉ですぜ?」
「ほぅ…これはなかなか。野郎ども!女を連れていけ」
「お、お止めください!」
「うるさい!貴様逆らう気か」
リーダーの男が声を荒げた。
演技を続ける二人もそろそろ限界だ。
団員たちはミーナに的を絞っているため、他への注意力が散漫になっている。
僕はアーヴィンに目で合図を送ると荷台の後部から飛び出した。
「そこまでだ!」
アーヴィンが囮になって注意を集めた。
その間に僕は素早く間合を詰めて近くに居た男を斬り伏せる。
皮製の鎧ごと太刀で切り裂いた。
いくら武装をしていても虚を突けば造作もない。
レオとミーナは盗賊たちが動揺している隙に武器を取った。
「き、貴様ら商人ではないな!何者だ!?」
「正義の味方だよ!」
アーヴィンは斬り掛かってきた男を返り討ちして盗賊のリーダーを睨み付けた。
個々の実力はオークにも劣る程度だ。
これなら僕らの誰か一人でも十分渡り合えるだろう。
四人なら苦戦する要素は見当たらない。
「オラッ、さっきまでの勢いはどうした!その程度か」
アーヴィンは敵を挑発しながら炎の魔法を使った。
剣先から炎が走り、標的になった男に襲いかかると激しい火柱があがる。
炎に包まれた男は断末魔の悲鳴を上げながら黒こげになって息絶えた。
「ほ、炎の魔法だと!?クソッ、どうなってやがるんだ!」
「お、お頭、こいつら普通じゃねぇ」
「し、仕方ない、先生ー、先生お願いします」
リーダーの男が声をあげた。
次の瞬間、岩陰から別の男が現れ、僕らの間を風が吹き抜けた。
「ユウジ危ない!」
気が付くと、ミーナは瞬間移動を使って僕の前に立ちはだかった。
同時に彼女の身体が見えない圧力に押されて大きく揺らいだ。
見ると鎧の上に着ていた服が大きく裂けている。
鎧は鋼鉄製のため無事だが、よく見ると筋状の傷がついていた。
どうやら今の魔法が情報にあった風の刃らしい。
「お前、それ…」
「問題ない、気を付けろ」
ミーナは風魔法を使った男を睨み付けた。
彼女はあらかじめ風の刃が飛んでくることを予想していたようだ。
僕は咄嗟のことで対応が遅れていたため、彼女は見かねて盾になってくれたらしい。
「すまない。あれが風魔法か。厄介だな…」
「気を抜くな、来るぞ!」
ミーナが合図をすると再び風の刃が襲いかかってきた。
圧縮され空気から作られる風の刃は、事前の情報通り刃物とは違い目で捉えることはできない。
それでも、空気を震わせて飛んでくるため、身体で感じることは可能だ。
魔法使いが放った風の刃は一文字になって飛んでくる。
そのため、タイミングを合わせて剣を振り下ろし、剣圧で勢いを相殺した。
「ふぅ…見えない刃か。厄介だがやってやれないことはないな」
「貴様…剣で刃を撃ち落としたのか!?あり得ん…」
「ん、まさかこれがお前の実力か?だとしたら諦めて投降するんだな」
「ちッ…調子に乗るなよ!」
魔法使いは逆上すると、僕を取り巻く周囲の空気がザワザワと騒ぎ始めた。
嫌な予感がして後ろに飛び退くと、今まで居た場所で何かが弾ける音がした。
音は打ち上げ花火が爆発したような大きな音だ。
「危ねぇ…」
「ちッ、勘がいいな…」
「ユウジ、やつをあまり挑発するな!今の魔法は見たことがないぞ」
普段は冷静なミーナが焦っている。
初めて見る魔法は対処法がわからないため非常に危険だ。
僕とミーナが魔法使いと対峙している間にレオとアーヴィンは残っていた盗賊たちを斬り伏せた。
残っているのはリーダーの男と先生と呼ばれた魔法の使いだけだ。
「貴様ら…よくも俺の仲間を!」
「この程度の実力で盗賊行為とは笑わせる。みんな、ヤツらは殺さず生け捕りにしろ」
レオが指示を出して残った二人を四方から取り囲んだ。
人数から見ても僕らが優勢だが、不意に飛んでくる魔法のことを考えれば危険も伴う。
細心の注意を払ってタイミングを図った。
まず、最初に動いたのは盗賊のリーダーだ。
男は逃げられないと理解したのか、武器を振りかざしてミーナの方に向かって走り出した。
どうやら彼女なら何とかできると思ったようだ。
しかし、彼女の実力なら目を閉じていても負けることはないだろう。
男がショーテルで斬り掛かろうとした瞬間、魔法で背後に回り込みサーベルの背で首筋を強く打ちつけた。
男は不意打ちを食らいそのまま気を失った。
こうした相手を制圧する技術は、チームの中でも特に秀でている。
魔法使いは最後の一人になったことで引きつった笑みを浮かべた。
「よもや私が窮地に立たされようとは…」
魔法使いに焦りの色が見える。
しかし、諦めた様子はなく逃げ出すタイミングを図っているようだ。
次の瞬間、魔法使いの周囲に竜巻のような突風が吹き荒れ、砂埃があがり視界が遮られた。
「し、しまった!?ヤツが逃げるぞ!」
レオが大声をあげると空を見上げた。
高さにして十メートルくらいだろうか。
空中に魔法使いの身体が浮いている。
その身体は風魔法で作った上昇気流に乗ってさらに高く舞い上がった。
「はははははッ、今ごろ気付いても遅い、さらばだ!」
魔法使いは高笑いを上げて勝ち誇っている。
あの位置ではアーヴィンの炎もミーナの瞬間移動も届かない。
レオは半ば諦めた様子で魔法使いを見詰めている。
しかし、僕はまだ諦めたわけではない。
咄嗟に落ちていた拳大の石を拾い上げ、飛び去る魔法使いに向けて思い切り投げつけた。
石はそのまま魔法使いを襲い、背中に直撃に直撃した。
すると、その衝撃で集中力が切れて魔法の効果が失われた。
魔法使いの身体は錐揉み状態のまま地面に向かって真っ逆さまとなり、激しい砂埃をあげて墜落した。
「あ、当たった…」
「ユウジ、アレはさすがに助からんぞ?」
レオは呆れた様子で僕を見た。
さすがにあの高さから落ちれば無事で済むはずがない。
墜落した場所に行ってみると、魔法使いはまだ微かに息をしていた。
どうやら魔法を使ってバランスを立て直し、頭から地面に衝突するのを避けたらしい。
しかし、背中を強く打ちつけたのか、息苦しそうにもがいている。
「た…す…けて…く…れ…」
魔法使いは藁にもすがる思いで僕らに手を伸ばした。
しかし、僕らにはどうすることもできない。
下手をすれば脊髄や内臓が深刻なダメージを受けているはずだ。
尋問する容疑者の数が減るのは残念だが、このまま見殺しにするしかなかった。
「ど、どいてください!」
不意に馬車に居たベルが魔法使いの元に駆け寄り、無我夢中という様子で治癒魔法を使った。
手のひらから温かい光が溢れ、重傷だった魔法使いを癒やしていく。
「べ、ベル!君が何をしているのかわかっているのか!?」
「すみません…でも放っておけなくて…」
治癒が終わると魔法使いは自身に起きた奇跡に動揺をした。
どうやら初めて治癒魔法を体験したらしい。
レオは冷静に魔法使いから魔石を取り上げ、逃げられないようロープで縛り上げた。
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