シーン 21
「思い出したのは突然だったんです。きっかけは…わかりません。ただ、いつもと違うなというくらいの変化でした。気が付くと、忘れていた記憶の一部を思い出したんです」
「その思い出した記憶というのは?」
「私はある人を探して旅をしていました。その人は私にとってとても大切で、離れたくないと思うほどです。ただ、その人が誰なのか、男性なのか女性なのかさえ思い出せないんです…」
「思い人を探して旅を…なるほどね。でも、それだけでは情報が少なすぎるかな。他に何か思い出したことはあるかい?」
「そうですね…黒い髪のイメージが浮かんできます。ちょうどユウジさんのような髪色でしょうか」
僕はアジア人特有の黒髪をしている。
この世界では比較的珍しい部類の髪色だが、決して少ないわけではない。
ハイマン程度の町になら人口全体の数パーセントくらいは居るだろうか。
ベルに確認をしたが、思い出したのは髪色のイメージのみで、髪型など具体的なものはわからないそうだ。
せめて髪型でもわかればそこから性別も予想できたが、こればかりは仕方がない。
今できるのは残りの記憶の回復を待つのみだ。
「黒髪の人物か。…ん?じゃあ、まさかフェスラに捕まったのは、アイツが思い人だと確認するためだったんじゃ…」
「そう…かもしれません。ただ、事件前の記憶が無いので何とも」
「仮にそうだとすれば、ベルの探している人物は女性かもしれないね」
ベルは納得したように首をコクコクと小さく縦に振った。
しかし疑問も残る。
彼女は僕のことを懐かしいと表現した点だ。
僕にはまったく身に覚えはないが、彼女は何か確信を持って接しているように見える。
できればこちらの答えも早くわかると良いのだが、やはり記憶の回復を待つほかはない。
「…そうだ、一つ聞いていいかい?」
「何でしょう?」
「君の治癒魔法についてなんだけど、話に聞いたところとても珍しい魔法らしいね」
これはミーナから聞いた話だが、いくつかの種類に分類される魔法の中でも治癒魔法はとても奇異とされているらしい。
しかし、彼女に聞いてもそれ以上詳しいことは教えてもらえなかった。
彼女の話では時が経てばわかるとのことらしい。
それでも、目の前に治癒魔法を扱える本人が居るので直接聞いた方が早いだろう。
「珍しい…そうですね。多分これが原因だと思います」
そういってベルは胸元にしまってあったペンダントを取り出した。
丈夫なチェーンの先にはガラス玉のような石がついている。
よく見ると玉の中心に炎のように揺らめく光が見えた。
玉自体の大きさはビー玉とピンポン球の中間くらいだろうか。
無色透明で一見すればガラスのようだ。
「中にあるのは炎かい?」
「えぇ。驚きましたか?」
「あ、あぁ、確かに驚きはしたけど、それ以上に興味が出たよ。つまり、その石が治癒魔法を使う源になるわけだ」
「これは元々、生まれたときに授かる石なんです。なので、生まれた時は身体のどこかに埋め込まれているんですよ。でも、身体が成長すると自然に分離します」
「分離…?じゃあ、元々、この石は君の中にあったものなのかい?」
「はい。私の場合、この石は背中にあったそうです」
「あったそう?まさか、身体にあったことを覚えていないのかい?」
「覚えていない…というのは少し違います。私の場合、この石が身体から離れたのは物心がつく前でしたので」
「なるほど…そういうことか」
彼女はこの石を肌身離さず持ち歩いているそうだ。
ペンダントにしてあるのは失くさないようにするためらしい。
「あと、この石は宿主でないと扱うことができません。なので、私以外の方には意味のないただの石です」
「つまり、唯一の能力と?」
「はい。あ、でも、私のようにこれと同じ石を授かった人なら話は別ですよ」
ベルは知る限りのことを教えてくれた。
しかし、どのように授かるのかメカニズムは解明されていないらしい。
また、この魔石は宿主が死ぬと塵になって消えてしまうそうだ。
そのため、治癒魔法を使える者は希少で、よからぬ者たちに悪用される恐れもある。
今回、組織が彼女を預かると決めたのは、そうした予防的措置という側面もあるのだろう。
もちろん、ミーナやレオ、それに組織の対応が早かったところを見ると、そればかりでないことがわかる。
こんな時は事実を知っている者に直接聞いた方が早そうだ。
「なるほどね。うーん…それを聞いて思ったことがある。組織は何かを隠しているような気がするんだ。ハッキリとはわからないけど、今までとは違う雰囲気を感じるんだよなぁ」
「雰囲気…ですか」
「とりあえず、事情を知っているヤツに聞いた方が早いだろう。ミーナ、居るんだろ?出て来いよ」
「…え?」
呆気にとられているベルは状況が理解できていないようだ。
呼び掛けに応えたミーナは僕らの前に魔法を使って現れた。
相変わらず便利な魔法だと感心してしまう。
本人も慣れているため使わなければ損だとでも思っているのだろうか。
僕には魔法の素質がないため同じ気持ちを味わい事はないのだが。
「いつから気付いてた?」
「最初からだよ。それに、俺の監視は仕事のうちだもんな。宿舎に誰も居なかったのはお前の手引きか?」
「フフッ、鋭いな。あれでも苦労したんだよ。根回しが肝心でね。そうだな…こんな苦労をするくらいなら、次から堂々とした方が良さそうだ」
「勝手にしろよ。それで、話は聞いていただろ。出て来たってことは、話してくれるんだろう?」
ミーナは小さく頷いてベルの隣に座った。
「…それで、何が聞きたい?」
「さっき立ち聞きした話だよ。ベルが組織にかくまわれた本当の理由だ」
「本当の理由…か。では聞くが、君はどこまで気付いているんだ?」
「いや、本質的には何も知らないよ。肝心なところかはぐらかされてきたからな。だけど、今なら話してくれるんだろ?」
ミーナは少し考えたあとゆっくりと口を開いた。
「…ふぅ。どうせ隠していても君のことだからいつかは答えにたどり着くと思っていた。それが今になろうとはね」
「お前やレオを見てればそれくらい察するだろ。むしろ、お前ってわざとやってるようにも見えたんだけど?」
「元々、私は隠し事が苦手でね。おかげで三課時代には苦労したよ」
「だろうな。お前、結構顔に出るタイプだし」
「仕方ないさ。そういう性分なんだ。あと、本題の方は君が察している通りだよ。彼女はダーシェ派との繋がりが強く疑われている。まだ確証はないけどね」
「ちょ、ちょっと待て…俺はそこまでのことは予想していなかったぞ?どういうことだよ!」
それを聞いてミーナはばつの悪い顔をした。
どうやら僕の思考を先読みし過ぎて墓穴を掘ったようだ。
僕としては結果オーライなのだが。
「は、ははッ…い、今のはなかったことにできないか?」
「いや、どう考えても無理があるだろ。それに、本人まで居るんだぞ?」
「ミーナさん…」
ベルは不安そうにミーナを見ている。
彼女は記憶を失っているものの、日常生活に必要なものまでは失われていない。
そのため、ダーシェ派に関する知識は人並みに残っているのだろう。
ダーシェ派と聞いただけで不安そうな表情になったのが何よりの証拠だ。
「…我ながらとんでもないミスをしてしまったらしい。おまけに一番知られては困る相手がよもや身内とは…冗談にしても話が出来すぎているな」
「勝手に落ち込んでいるところ悪いけど、今さら取り繕っても遅いからな?」
「そんなつもりはないよ。わかった、一つ一つ説明していこうか」
ミーナは観念したのか、治癒魔法の使い手とダーシェ派の繋がりについて説明を始めた。
まず、治癒魔法の使い手がダーシェ派との繋がりを疑われる根拠というものがあるらしい。
それは、ダーシェ派のリーダーである人物が関係しているそうだ。
彼女によれば、元々そのリーダーの人物はゼロル派の司祭をしていた人物だと教えられた。
ゼロル神といえば世界の大多数を占める信仰の対象だが、闇の神であるダーシェ神とは敵対関係にある。
両者の関係は、“創造のゼロル”と“破壊のダーシェ”という名前からもわかるだろう。
そして、その司祭だった人物は生まれながらに魔石を身体に宿し、その力を多くの人々に役立てようと考えていた。
しかし、ダーシェ神に魅了されたその人物は、自らゼロル神を裏切りダーシェ派を作り上げた。
これがダーシェ派という組織が生まれた理由だ。
また、ダーシェ派は各地から治癒魔法を扱える者を集めているという情報もある。
そのため、ベルはダーシェ派のスパイとして目を付けられたようだ。
「私が…スパイ!?」
「一応、そうやって疑われている。いずれ君に尋問が行われるだろうね」
「いずれって、そんな悠長な。三課の連中に頼んで記憶を覗いてすぐに身の潔白を証明したらいいじゃないか」
「生憎だが、記憶を失った状態では正確な情報は得られないんだ。だから、彼女を組織で預かるのは記憶が戻るまでという期限がついているんだよ」
組織としても今すぐに尋問を始めたいと思っているようだ。
しかし、それが叶わないことも知っているため、組織的に監視するという目的があるらしい。
その話だけを聞けば、僕も人事ではない。
誰かが四六時中僕を見張っているのだから。
ミーナの表情を見る限り嘘はいってないだろう。
彼女は正直な性格なので顔色を見れば一目瞭然だ。
つまり、僕とベルが一緒に行動をすれば監視も分散することはない。
効率を考えた上での判断のようだ。
理屈は理解したが、疑われているという点においては気持ちのいいものではない。
ベルも先ほどからずっと不安に支配されていた。
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