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異説 太平洋戦記  作者: 水谷祐介
第一七章 闇夜の海戦、まやかしの戦い
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一一三 脇役の席に座る主役


 帝国海軍第五航空戦隊司令官の山田定義海軍少将は、マーシャル諸島時間における一九四三年一二月一〇日の夜明けを、二五ノットの速力で穏やかな海面を切り裂く旗艦たる航空母艦「飛鷹」の艦橋で迎えていた。

 赤道の近くであるから、普段なら夜が明けたと思ったら急速に太陽が動くように“見え”、一気に明るくなっていくはずだ。

 しかし、どんよりとした雲に覆われ、暗くはないが明るさの欠片も無い夜明けの大空を、黙って見つめる彼の両目は雨雲のような無念の色に染まり口は真一文字に結ばれている。

 「電測より艦橋。“テニアン航空隊”、メジュロ環礁に接近中。着陸体勢に入りつつあるとみられます」

 南の最前線たるトラック諸島と東の最前線たるマーシャル諸島の、共通の後方支援基地として存在するマリアナ諸島には、第一航空艦隊隷下の航空隊が“後詰め”としていくつか控えている。

 マーシャル諸島を担当地域とする第二航空艦隊に増援部隊として派遣された、第二五三海軍航空隊と第五八一海軍航空隊は元々テニアン島にあったため、二つ合わせて便宜上“テニアン航空隊”と呼ばれているわけだ。

 「……艦長より通信。索敵機から新たな報告は無いのか?」

 「は、現在のところ定時連絡のみです。落伍機は確認されておりません」

 「飛鷹」の艦長、松原博海軍大佐が山田の気持ちを察したように発した問いかけは、昭和の初めに一般解放されたアマチュア無線に海軍兵学校入学以前からはまり込んでおり、電波男と呼ばれる「飛鷹」の通信長の無機質な声によって無惨にも裏切られる。

 「駄目だよ、艦長。この天気ではやはり無理だったようだ」

 ――“メジュロ環礁沖海戦”と後に公称が定められることになる夜間の水上戦闘がもたらした結果は、戦略的には合衆国海軍のメジュロ環礁に対する艦砲射撃を阻止したことから帝国海軍の勝利である。

 また戦術的な戦果を見ると、沈没艦が駆逐艦四隻である帝国海軍に対して合衆国海軍は重巡洋艦一隻と駆逐艦九隻である一方で、帝国海軍は戦艦「出雲」と軽巡洋艦「最上」「雄物」他駆逐艦三隻が大破、軽巡洋艦「沙流」「夏井」他駆逐艦三隻が中破しており、合衆国海軍は戦艦一隻と重巡洋艦、駆逐艦のそれぞれ一隻ずつが大破、駆逐艦一隻が中破と、損傷艦まで含めるとやや微妙なところである。

 むしろ、何より問題なのはこと戦艦同士の砲撃戦に限れば、長らく帝国海軍の象徴として君臨してきた信濃型戦艦の一角の「出雲」が、敵新鋭戦艦に撃ち負けるだけでなく敵駆逐艦の肉薄雷撃を受け、あわや沈没という所までいってしまったことを筆頭に、新鋭軽巡洋艦「雄物」は命中こそしなかったが、敵戦艦の主砲弾を至近弾として多数浴びてしまったために機関室が粗方水没して完全に航行不能となっており、第三水雷戦隊に至っては旗艦の利根型軽巡洋艦「最上」が舵を失って航行不能、木村昌福海軍少将以下の司令部要員は艦橋付近に被弾した敵弾が元で軒並み戦死あるいは負傷、最新型の艦隊型駆逐艦として建造が今なお進行中の夕雲型駆逐艦を装備していても一二隻中一〇隻が戦線離脱という状態で、魚雷も全て撃ち尽くしていている。当然、メジュロ環礁に艦載の魚雷は貯蔵されていない。

 「出雲」について少し掘り下げれば、少なくない犠牲を払いながらも、身を張って隔壁の補強に努めた応急班の奮闘もあって、メジュロ環礁で明石型工作艦の二番艦「三原」を待つその身は着底することなく海上にある。

 しかし、“海上の海軍工廠”による応急修理を受けないことには環礁外に出ることも叶わない。大海原の荒波に耐えられる保証は、今のところどこにも無かったのである。

 メジュロ環礁を合衆国海軍の手から守るべく編成された第六艦隊第一警戒隊の中で一応戦闘を続行出来そうな小破以下の艦艇は、戦艦一、軽巡洋艦一、駆逐艦二という恐るべき状態にあり、さらに揃って弾薬庫が軽くなっている。

 とにかく、どこからどう見ても勝ったようには見えないのだ。 

 そうと決まれば、海戦前に第二警戒隊として第一警戒隊より分派された機動部隊が色々な意味で取り付くっておくのが今後のためである。

 その第二警戒隊という名前の第五航空戦隊だが、載せてきた唯一の第一線用機体である戦闘機を“出向”させてしまったせいで、対潜哨戒機を載せたただの潜水艦の目標物になってしまった「乗鞍」と「穂高」は、クェゼリン環礁のルオット島泊地に淋しく残留している。

 とは言え、護衛艦艇が全て水上戦闘に駆り出されてしまったために、いつもはメジュロ環礁を拠点に活動する六隻の哨戒艇に、避難を兼ねて護衛された「飛鷹」と「隼鷹」は、それだけでも充分な攻撃力を備えている。

 海戦の終了を受け、メジュロの飛行場が当面安全である保証を得た山田が、敵艦隊“甲”……戦艦「出雲」を大破させた戦艦中心の水上砲戦部隊を完膚なきまでに叩き潰すべく編成を発令した攻撃隊は、その編成内容が非常に積極的なものだ。

 具体的には、第六二一海軍航空隊先任飛行隊長の阿部平次郎海軍少佐を指揮官に、直衛隊として落下式増槽を吊るした零式艦上戦闘機四八機、胴体下に零式航空魚雷を吊るした九六式艦上攻撃機が三六機、さらに二式八〇番五号爆弾を吊るしたものが三六機の戦爆雷連合一二〇機である。

 これを「飛鷹」と「隼鷹」の定数と比較すれば、零戦の四分の三と九六艦攻の全てであり、当然第二次攻撃隊など出すつもりは無いし、どんなに優秀な整備員でも機体の稼働率を一〇〇パーセントにすることは、急な出撃だったことを割り引いても不可能であり、分解状態で持って来た補用機を組み立てている暇も余裕も無い。むしろこれだけの機体を飛行甲板に並べきったことを称えるべき……先頭の零戦などカタパルトが無かったら間違いなく滑走距離が足りなくて離陸出来そうもない。

 艦上爆撃機の彗星は丸々残っているが、戦艦に対して急降下爆撃を敢行してもあまり効果は認められないし、周囲を囲む護衛艦艇を掃討しようにも、その数が大したことないから出すだけ意味がない。そして重ねて言うが、彗星をさらに並べられる余裕など飛行甲板には無い。

 とにかく万が一第五航空戦隊が敵機の空襲を受けた時は、メジュロ環礁に避難に来たのか破壊されに来たのか、どちらなのかよく分からない第三〇三海軍航空隊に防空を依頼するつもりであった程に、ひたすら攻撃に特化した編成なのだ。

 何があろうと、敵新鋭戦艦は我々五航戦が撃沈してみせる。

 山田は帝国海軍生え抜きの航空屋としてこの強い決心のもと、まだ夜が明けない内から司令職を兼任する六二一空に籍を置く、ほとんどの搭乗員に訓示した言葉を、朝令暮改どころではないが引っ込めてしまおうかと思い悩んでいる状態だ。

 “索敵攻撃”という選択肢、すなわち「良く分からんが、敵艦隊はあっちにいるだろう」と当たりを付けて攻撃隊を出撃させ、「それ見んさい、我が予想は正しい」と見つけ次第突撃させる方法も有るには有る。

 しかし、「ごめんなさい、見付かりません」となった時、燃料は無駄になる。爆弾や魚雷も重量物には違いないから着艦時に主輪を折る可能性がある。ましてや着艦フックが制動索を捉え損ね、先に着艦した機体に突っ込んで万が一信管が作動すれば大変だから、事前に投棄しなければならない。マーシャル諸島に来るだけで相当の重油を消費しているのに、ここでとんでもない無駄遣いをすれば色々なところに頭が上がらなくなりかねない。

 おそらく最適解は攻撃中止であろうことは山田も分かっている。何しろいつ発艦命令が出ても良いように二五ノットで走っているのだ。今でこそ穏やかな海が少しでも荒れようものなら、ぎゅうぎゅうづめの飛行甲板はさらに荒れることになる。

 だからさっさと割り切って格納甲板に機体を戻して、爆弾や魚雷を弾薬庫に戻せば良いのだが、その爆弾がともすれば悩みの元凶ともなっているからややこしい。

 すなわち、二式八〇番五号爆弾である。“五号”の名が示すように、攻撃機の水平爆撃により敵戦艦の装甲の水平部をただぶち抜くための専用爆弾である。

 徹甲弾改造五号爆弾……名前の通り戦艦用の直径四一センチの九一式徹甲弾を改造したような、緊迫する日米関係を受けて急造された明らかな間に合わせの品とはわけが違う。

 海軍航空本部の時代から、航空魚雷の威力を信望する艦政本部系の一派に対抗すべく、今では海軍中将の階級に達した大西瀧治郎に率いられた生粋の航空屋達……「いずれは艦上爆撃機の急降下爆撃でも戦艦を沈めて見せる!」と息巻いている――これを四号爆弾という。命中率が高い代わりに装甲貫徹力に欠ける急降下爆撃の欠点を補うべく、ロケット噴射装置を備えた“優れもの”だ……が開発を推進した、真の意味での対戦艦専用徹甲爆弾なのだ。

 この新型爆弾が弾薬庫にあったからこそ、第五航空戦隊に戦艦の撃沈が任せられたと言っても過言ではないのである。この新型爆弾が出撃を待つ九六艦攻の胴体下にあるからこそ、山田が結論を出しかねているのである。

 帝国海軍はかつて南太平洋海戦の終盤において、戦闘行動中の戦艦を航空魚雷を用いて撃沈した。

 また、大艦巨砲主義をとっていた合衆国海軍でも、TNT火薬が一〇〇〇ポンド詰まった二〇〇〇ポンド爆弾であれば至近弾で、一一〇〇ポンド爆弾でも命中させれば水平装甲の薄い旧式戦艦を撃沈出来る――ということをドイツ帝国海軍より接収したヘルゴラント級戦艦の二番艦「オストフリースラント」や、除籍されたイリノイ級戦艦二番艦の「アラバマ」を実験台として、第一次世界大戦後に合衆国陸軍航空隊のウィリアム・ミッチェル陸軍准将が示している。……ここで、合衆国本土を護るのは戦艦ではなく重爆撃機だ。戦艦なんて要らんから陸軍航空隊にもっと予算を回せ、いや空軍を作れ、作ろうとしない軍上層部は何と怠惰なんだと声高に言ってしまったのが間違い……

 しかし、水平装甲が分厚くなった“ポスト・ジュットランド級戦艦”を航空爆弾だけで沈めた記録はどこにも無い。その機会が目の前にあるのだから、優柔不断な奴、と片付けては山田が気の毒だ。

 だが結局、山田が己の考えをまとめる前に、羽を生やした結論が飛び込んで来てしまった。

 「電測より艦橋。対空電探、方位三二〇度、距離二三〇に反応あり。単機と見られます」

 「通信より艦橋。電測が探知せる目標より発せられたと思われる通信波を受信しました。『我、二航艦司令部よりの連絡機なり。旗艦近傍への着水を許可されたし』以上です」

 第二警戒隊、つまり第五航空戦隊の上級部隊たる第六艦隊の本隊は、敵に位置を悟られぬよう現在厳重な無線封止下にある。

 その第六艦隊から連絡機が飛んでくるなら良いのだが、そもそも指揮系統がずれているだけでなく、無線封止をする必要性が全く無い第二航空艦隊から連絡機が飛んでくる理由は、伝えるべき内容を電波に乗せられないからに他ならない。

 この時帝国海軍は、翔号作戦の発動前に順次切り換えられた暗号コードを一年近くに渡って継続使用しており、すでに解読されているのではという疑念が当然ながら存在するのだ。

 「解読されると不都合な内容か……人ってのは役職によって変わると言うだども、どうやら本当らしいさな」

 「……司令官?」

 「あぁすまん何でもない。私の名前で連絡機に返信してくれ。『本艦近傍への着水を許可する』とな……戦隊停止、二哨隊宛て、対潜警戒をより厳となすよう要請」

 「……艦長より機関室。両舷停止、続けて制動始め。本艦は停止する」

 二隻の空母の飛行甲板が大混雑をしていることはともかく、とても着艦出来るような状況ではなくかつ比較的高速で走っていることは第二航空艦隊司令部も当然承知しているはずだ。そこへわざわざ水上機を寄越すあたり、暗号を解読されることを恐れているだけではないことは明白だった。本当に暗号だけなら、メジュロ環礁に配備されている高速の魚雷艇を、少なくとも山田なら経由させるところだ。

 命令を出しながら自嘲的な表情になった山田は、どのようなことを伝えられるにせよ、それが敵艦隊への攻撃命令ではないことだけは断言できた。停止状態から二五ノットに戻すのに、一体何時間かかるのやら。

 山田のそんな思いを余所に、「飛鷹」を二五ノットで前進させていた力がいったん切られ、一呼吸おいて逆向きの力を与えられたスクリューが艦を止めようとする。

 とは言え、三万トン近い艦が二五ノットで走っていたのだからその慣性力はそう簡単に打ち消せるものではない。「飛鷹」は身震いしながらも海上を走り続け、第九八一海軍航空隊に属することが水平尾翼に記された機体番号から判定できる零式水上偵察機が上空に達した時もまだ前進していた。

 そしてようやく二隻の大型空母が歩みを止め、周囲の哨戒艇や哨戒機の動きが心持活発になる中、その機体はゆっくりと着水態勢に入り、着水するなり「飛鷹」から下ろされた内火艇のもとへ一直線に向かっていった。

 両者は落ち合った後、内火艇が機体の真横に張り付き、偵察員席に搭乗していた士官を迎え入れた。

 その様子は「飛鷹」の艦橋からも観察出来たが、細かな所まではさすがに分からない。だから内火艇に乗り込む下士官兵達が驚く様に幹部達が気が付くことはなかった。むしろ彼等にとって意外だったのは、件の零式水上偵察機が用件を済ませるなりクェゼリン環礁の方角へ飛び去って行ってしまったことだ。やって来た士官は、そのまま「飛鷹」に留まるということか。

 やがてその士官を乗せた内火艇は「飛鷹」に引き上げられ、それを確認した松原の命令のもと「飛鷹」は再び、それはそれはのんびりと動き始めた。

 全力運転する機関の鼓動が艦橋にまでも響き渡る中、山田や松原以下の幹部達はまもなく来るであろう第二航空艦隊司令部よりの連絡士官を迎えるべく、視線を出入口の扉へと転じた。

 「失礼します」の一言が響いた時、彼等は妙な感覚を覚えた。声が高過ぎたのだ。しかし、妙でも何でもなかった。その士官は女性だったのだから。

 「第二航空艦隊司令部付、永倉妙子海軍中尉であります。連合艦隊総司令部よりの命令をお伝えすべく参りました」

 大日本帝国が抱えるおよそ七〇〇〇万の人口の内、女性の占める数は単純計算で三五〇〇万となる。世界の列強の一角として欧米の強国と対峙し続けなければならない中、これを活用しない手が一体どこにあるというのか。と、東北帝国大学第二代総長の北條時敬が己の大学に女子学生の入学を認めて以来、“良妻賢母”を理想の女性像とする古くからの慣習に抗いながらも、九州帝国大学がまずこれに続き、ほぼ大都市部に限定されつつも広まっていった女性の社会進出はもはや珍しくも何ともなく、普通選挙権も付与されるまでになった女性に、後方担当の職にほぼ限って軍人になる道が開拓されたのも、見方によってはごく自然なことだった。

 そんなこんなで海軍兵学校に女子部が創設されてから一〇年余り。

 毎年一五〇名近い男子生徒が全国から集まる一方、女子生徒は高等教育を受けられる大都市出身者やそこへ出てこれる地方の裕福な家庭の出身者に限られその数も平時では一桁、満中戦争や第二次世界大戦の勃発で男子入学者が二〇〇名を超えても、女子入学者はせいぜい二〇名だった。

 しかし確かに彼女達は存在し、こと学業に関してはたいていの男子学生に比して優秀であったから、その印象は強烈なものがあった。

 とにかく、もはや女性士官自体は珍しくは無く、彼女達は様々な場所で活躍している。ただし、艦上を除いて、であるが。

 「発、連合艦隊司令長官。宛、第五航空戦隊司令官。昭和一八年一二月一〇日、〇一〇〇。帝国総合作戦本部より灰号作戦発動さる。帝国海軍第六艦隊第五航空戦隊及び第六二一海軍航空隊は、直ちに本隊に合流し作戦行動に移れ。以上です」

 「……ご苦労。で、君はこれからどうするのだね?」

 帝国海軍の水上艦の内、女性軍人の長期間の乗艦が想定されているのは練習艦に限られる。となれば、彼女は任務を終えたのだから退艦すべきなのだが、その手段はもう視界内に無い。

 「私の記憶が確かなら、飛鷹型航空母艦の航空隊中隊長級用の個室は、戦闘機を一機も積まない状態でも足りるよう用意されているはずです」

 無論戦闘機を積まないなんてことはあり得ないが仮にそうなった場合、九九機の爆撃機または攻撃機を搭載できることから、単純計算で一一人の中隊長が必要になる。しかし現実には戦闘機を積んでおり、これらの一個中隊毎の定数が異なることから二部屋余っているのだ。

 「つまり、君の任務はまだ終わっていない。ということかな?」

 「その通りです。それから司令官、これを」

 「……なるほどね。艦長、彼女は灰号作戦の終了まで五航戦司令部付士官として扱うことになった。すまないが艦内の手配は君に一任する」

 永倉の差し出したもう一つの電文にさっと目を通すなり、あまりにあっさりと発せらせた山田の言葉に、松原は思わずキョトンとしたが彼に逆らう力は無い。一体何が起こっているのか分からぬまま、ただ了解の意志を示した松原を尻目に、山田の指示は続いた。

 「第二哨戒艇隊を一時的に指揮下に入れ、我々はこれからヤルートを目指す……つまり六艦隊は今後、灰号作戦に基づき行動することになる」

 「……しかし晴二号作戦は」

 「聞くまでもあるまいが、改めて言えば晴二号作戦は六艦隊の管轄からは外れ、二航艦が単独で米艦隊の撃滅を図ることになる。つまり、もう我々が考えることではない。飛行甲板上の艦上機は、戦闘機一個中隊を残して至急格納甲板に下ろし、対艦兵装は取り外せ。搭乗員や整備員達には、後で私からも誤っておこう」

 無論、これは事実上の晴号作戦の中止宣言だ。問題の敵艦隊がハワイ方面に退避して行くことはほぼ確実であるから、今やっとメジュロ環礁に辿り着き整備も爆装もされていない航空隊に対艦攻撃を命じることなど出来るはずもなく、そもそも敵艦隊とやらがどこにいるのか分からないのだ。

 とは言え、手負いの新鋭戦艦二隻と新鋭正規空母二隻を抱える敵艦隊は、まだ第五航空戦隊の攻撃圏内にある可能性は残っている。今にでも、発見の報が偵察機や潜水艦から届くかもしれない。

 灰号作戦が発動されたとしても、みすみす戦果を逃すのは……といった異論を、山田は言下に退けた。

 「くどいぞ。これは私の意志であり作戦本部の意志だ。個々人の思いはどうであれ、決定された方針に忠実であるのが帝国海軍人たる者の使命だ……通信参謀、哨戒艇隊との連絡は付いたかね?」

 「は、当隊の指揮下に入る旨は了解したが速度は一四ノットを維持してもらいたい、とのことです」 

 とにかく、決まったことだ。と、通信参謀の答えを聞くなり山田は自ら隊内電話に歩み寄り、受話器を取り上げ「隼鷹」艦長を直接呼び出し当面の方針を伝達し始めた。

 「本〇一〇〇、灰号作戦が正式に発動された。それに伴い我が五航戦はヤルート環礁停泊中の本隊へ合流後、ギルバート諸島攻略へ向かうことが決定した……陸用爆弾と八〇番の通常爆弾の用意を忘れぬようにな」

 そして受話器を置いた山田は針路変更の命令を出しつつ、艦橋の脇に一人立ち凛とした表情で海上を見つめる女性士官が、今日無駄遣いした燃料代を埋め合わせるだけの仕事をしないよう、誰ともなしに願っていた。


 ご意見、ご感想お待ちしています。今回は(仮)じゃありません。

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