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異説 太平洋戦記  作者: 水谷祐介
第一六章 合衆国海軍、マーシャルへ
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一〇九 レーダー射撃の権威


 一九四三年一二月九日、マーシャル諸島時間午後九時五二分。

 合衆国海軍太平洋艦隊第五一・三任務群司令官のウィリス・A・リー海軍中将は、旗艦に定めた最新鋭戦艦たるアイオワ級戦艦の二番艦「ニュージャージー」の羅針艦橋に立って、漆黒の大海原をじっと見つめていた。

 空には厚い雲がたちこめ、星明かり一つ無い上に第三群は完全な灯火管制を敷いている。

 そのためお互いの艦影を視認することは困難を極め、艦隊の航行序列はもっぱら各艦の戦闘指揮所……CICに置かれた対水上レーダーのPPIスコープの前に艦長自ら立って、操艦の指示を出すことにより保たれていた。

 「……メジュロ環礁まで後どのくらいかね?」

 「直線距離にして四万二〇〇〇ヤード。ポイント・ガンマ到達まで約三五分です」

 「ふむ、日本海軍の新たな動きに関する情報はどうだ?」

 「駄目です。現在のところ有力な情報は入っておりません」

 「やはり駄目か……僚艦の動きに変化は無いな?」

 「はい、落伍艦はありません。全艦定位置です」

 合衆国海軍のある種の慣例として、艦隊の陣形が輪形陣だろうと単縦陣だろうと、旗艦はなるべくその中心に置く傾向にあり、緒戦の艦隊決戦であったウェーク島沖海戦において、当時の太平洋艦隊司令長官ハズバンド・E・キンメル海軍大将座乗の戦艦「サウスダコタ」を単縦陣の先頭に据え、結果撃沈され一時的に指揮系統が混乱したという戦訓から、それはより重視されるようになっていたが、リーはそれを綺麗さっぱり無視していた。

 つまり、戦艦……旗艦「ニュージャージー」を先頭に据え、続けて「アイオワ」、ボルチモア級重巡洋艦三姉妹の「ボルチモア」「ボストン」「キャンベラ」の順に並べているのだ。

 ついでに書けば「ニュージャージー」の左隣には、合衆国海軍一の精鋭を誇る第二三水雷戦隊、通称“リトル・ビーバーズ”司令官のアーレイ・A・バーク海軍大佐座乗のアトランタ級軽巡洋艦「サンフアン」とフレッチャー級駆逐艦六隻が、右隣には同じくフレッチャー級駆逐艦七隻が一列になって進み、任務群全体では三列縦陣を組んでいる。

 彼等の目的はただ一つ、メジェロ環礁の帝国海軍の飛行場に艦砲射撃を敢行し、これを使用不能に陥れることにある。

 彼等の行動計画はまずメジュロ環礁の南東方面から接近し、便宜上ポイント・ガンマと名付けられた、同環礁と東隣のアルノ環礁を結ぶ線分の垂直二等分線上の一点を通過後北向きに変針、二つの環礁の間をすり抜けるように進みながらメジュロ環礁の飛行場に間断無く巨弾を浴びせかけ、その後東に変針して夜明けにはフランク・J・フレッチャー海軍中将の第五一・一任務群……任務部隊本隊と合流、さらにその後のことはリーの管轄ではない。

 ではその最中に、迎撃の日本艦隊が現れたらどうするか?

 「そのために本艦が先頭を走っている。艦隊一の高性能レーダーを艦隊の真ん中などに置いては意味が無いではないか」

 と、誰かに尋ねられたのなら、オリンピックでメダルを量産した合衆国随一の射撃の名手であり、合衆国海軍随一のレーダーの専門家であるリーは答えただろう。

 問題はただ一つ。日本艦隊の所在がまったくもって掴めていないということだ。

 レーダーがある以上奇襲を受ける確率はほぼ零だが、対地射撃をしている最中に突然現れて驚かされるのは不愉快である。

 合衆国海軍作戦本部が纏めたウェーク島沖海戦における敗北の三大要因は、第一に敵艦隊の所在を掴めなかったことにより対応が後手に回ったこと、第二に優勢な敵航空戦力の昼間空襲により巡洋艦及び駆逐艦に大損害を被り、夜間の艦隊決戦の際、戦艦数の優位が敵水雷戦隊の肉薄攻撃と巡洋艦部隊の臨機応変な動きの前に封じられたこと、第三に敵水上戦闘機により弾着観測機の行動が大きく制限されたこと、とされている。

 今回は第二は勿論第三の理由についても問題は無い。艦隊上空には機上レーダーを搭載した夜間戦闘機タイプのF6F“ヘルキャット”が常時一〇機以上張り付いている。

 敵の通信波の飛び交う頻度や現時点で内容が判明している範囲での暗号解読により、敵の航空隊の増援部隊は今日の日没直後にクェゼリン本島へ到着したこと、メジュロ環礁には戦闘機しか展開していないことが分かっており、さらに夜間戦闘機がいないということも実際に来てみて分かった。

 これで敵艦隊さえいなければ言うこと無いのだが、いるのかいないのかどっちなのかがまず分からないのだ。

 僅かに積んできた艦上攻撃機TBF“アベンジャー”は第一群の周辺警戒で手一杯であり、通信波の解析と限られた暗号解読で分かること以上の情報は、太平洋艦隊が事前にマーシャル諸島に送り込んでいた潜水艦部隊に頼るしかない。

 ところが、その潜水艦からの情報が今日の正午前を境に激減しているのである。

 日本海軍が新型の対潜哨戒機を実用化したらしいという事前情報を考えれば、潜水艦の損害が当初の見込みを上回ることは想定内だったが、日本海軍は本来は攻撃任務に従事する機体をも対潜哨戒に駆り出し、持てる対潜艦艇も総動員したのか、敵艦隊の動きに関する有力な情報がろくに入ってこなくなったのだ。

 敵である第五一任務部隊がマロエラップ環礁に接近し、攻撃隊まで放たれ爆撃をかけられてもなお日本艦隊はルオット島の泊地から離れず、かと思えば午前八時頃にヤルート環礁方面に南下を始めたという、戦艦と空母各二隻を中心とする別動隊がその後一体どこへ行ったのかをリーは知らない。

 しかし海図を見る限り、第三群を迎撃する日本艦隊があるとすれば、対潜哨戒機を周りにわんさと張り付けているであろうこの別動隊である。

 もしそうなら空母はともかく二隻の戦艦が立ちはだかるということになり、事前情報からそれはヤマト・タイプかシナノ・タイプのどちらかとなる。

 どっちにしろ、攻撃力防御力共にアイオワ級以上の能力を持っている。仮に真っ昼間の一騎討ちとなれば、勝つのは厳しい。

 無論、カタログデータだけ一見すると見劣りする艦を、合衆国海軍がわざわざ造ったことにはそれなりの理由がある。

 すなわち、一九三一年に締結された“ロンドン海軍軍縮条約”の存在である。

 この条約により米英日仏伊のいわゆる世界五大海軍国は、指定された保有量を超える分の艦艇の廃棄と、新規建造は既存艦の代艦に限られた。

 そして軍縮条約の条文には載らず、あくまでも一種の慣例措置としての制約だったため世間にも流れず、もし流れていたならロンドンに派遣された合衆国代表団が新聞紙上で袋叩きにされずに済んだであろう、ある秘密の条件があった。

 すなわち、“保有戦艦を一六インチ砲艦で統一してはならず、保有戦艦の一六インチ砲は合計八〇門まで”という、合衆国の主力艦の保有量制限が総計六〇トンまで認められた代わりに現れた不気味な条件であった。

 もっとも、これを満たすための一四インチ砲艦をテネシー級二隻に抑え込み、合衆国海軍のみ合計“八二門”の一六インチ砲の保有を特例として認めさせたことも合わせれば、代表団はむしろ英雄扱いされても不思議は無かった。

 しかし特例の代償として、この秘密条項を暴露しないことを誓わされた合衆国政府は律義に口を閉じ、情報を制限された合衆国国民は保有量制限のため廃艦処分になった一六インチ砲艦に、世界恐慌の煽りを受け造船所の船台上で建造が凍結されていたポスト・レキシントン級巡洋戦艦姉妹はまだしも、よりにもよって当時合衆国最強のサウスダコタ(1920)級も含まれたことを批判材料としたわけである。

 とは言え実際問題、未曾有の恐慌に苛まれていた当時の合衆国国民の視線の先には常に経済問題があり、この件は民主党が共和党に対する攻撃材料として軽く扱った後に忘れ去られた。

 そして経済が回復の兆しを見せ始め、欧州情勢がきな臭くなってきたことによりこれが再び思い出されようとした時、合衆国海軍はテネシー級の代艦として一四インチ砲艦のノース・カロライナ級二隻、コロラド級代艦として一六インチ砲艦のサウスダコタ(1938)級四隻の建造を発表したことにより、合衆国海軍はこの件をほぼ完全に誤魔化すことに成功していた。一部の高官しか知らないこの機密が後々公開されたところでもう色々と遅過ぎる。

 「そこへいくと、このアイオワ級はレキシントン級代艦となるが、それはあくまでも予算上の話であって実状は反映していない。ヤマト・タイプでもシナノ・タイプでも、出てくれば戦艦の威力は主砲の数だけでも装甲の厚さだけでもないということを思い知らせてやる」

 ノース・カロライナ級はその基本設計が、一四インチ砲艦であるが故の防御力の貧弱さが祟って帝国海軍の一六インチ砲艦の前に屈し、サウスダコタ級はバランスの良い戦艦だったが、ウェーク島沖海戦では護衛艦艇不足の所に敵水雷戦隊の突撃を受け、ラバウル北方海戦では戦闘行動中を航空機によってそれぞれ全て撃沈されている。

 では、アイオワ級はどうか?

 前級のサウスダコタ級と単純比較すれば、攻撃力は主砲の長砲身化により勝り、防御力に大きな変化は無い、つまり相対的に弱体化、速力は帝国海軍の公称三五ノットのイセ・タイプを意識して公称三六,三ノット、異常である。

 戦艦が最大戦速を発揮する機会が果たしてどれ程存在するのか疑問であり、いざというときには重宝すると言われても、リーに最大戦速を発揮する気などない。

 「ま、要は命中率だよ、日本海軍。F6Fのただ中に弾着観測機を突っ込まさせる度胸があるなら別だが、レーダーだけを頼りに貴様達がどれだけの命中率を確保出来るのか、とっくりと観察させてもらうよ」

 そう口中でつぶやきながら不敵な笑みを浮かべたリーは、アイオワ級のレーダー射撃の精度に自信を持っている。

 それに大声で公言すると部下の戦意に良ろしからぬ影響を与えるために黙っているが、日本海軍と遭遇してもリーはその戦艦を撃沈しようとは思っていない。

 手っ取り早く命中弾を与えたら、頃合いを見て素早く引き上げるつもりなのだ。

 戦いが長引けば、否応なしにカタログスペックの差がのしかかるし、第一群の防空圏内に入る前に朝になって航空攻撃を受けては目も当てられない。

 つまるところ、合衆国海軍のレーダー射撃の技術力を内外に示すことが出来ればそれで良い。

 日本艦隊の出現はメジュロ砲撃作戦の失敗を意味し、戦略的な勝利は日本のものとなるが、彼等に与えられる精神的なダメージはいか程のものか。

 戦力回復が急務の状況下において、突貫工事の末に竣工してからすでに半年以上の月日が経っており、訓練航海の度に機関が不調をきたしてドック入りすると、その際に摩耗した主砲砲身の交換もしなければならない程に、レーダー射撃のデータ収集のため実弾を撃ちまくってきたのだ。

 新造戦艦の分も含め、なぜか主砲砲身の鋳造工場が大量生産体制を敷くという、前代未聞の状態を合衆国の軍需産業界に引き起こしてきた前歴は伊達ではない。

 などとリーが一個任務群を預かる司令官としてとんでもないことを考えていると、CICからの直通電話が不意に鳴り、竣工以来「ニュージャージー」を預かっている艦長のカール・F・ホールデン海軍大佐の大声がリーの耳を突き抜けた。

 「司令官、対水上捜索レーダーが目標を探知、敵艦隊です!」

 「やはり来たか! 敵艦隊の規模は!?」

 唐突に飛び込んだ報告にリーは頭を押さえながら即座に聞き返した。ホールデン直々の答えによって、彼が次にとるべき行動は文字通り一八〇度変わる。

 「戦艦級の大型艦二、中型艦四、いや五、小型艦八いや九、一〇……一二です! 司令官、御指示を!」

 よし、これならいけるぞ! リーは艦橋の隅の電話機群に取り付くやいなや、艦隊無線用と艦内放送用の二つの受話器を両手で取り上げ、叫んだ。

 「全艦対水上戦闘用意! 今度こそ日本海軍を叩き潰す。彼等に今日の戦艦決戦が何たるかを見せ付けるのだ!」

 それはまさに、後日帝国総合作戦本部が“メジュロ環礁沖海戦”の公称を定めた大艦巨砲の宴の幕が開かれた瞬間だった。



 今年の六月初めに書きつけた“マーシャル……”のプロットを改めて見ると、「一〇九、マロエラップ環礁沖に於いて日米巡洋艦部隊の小競り合い……規模は小。云々」とあります。

 ……一体何でこうなったのでしょう? 心当たりはまぁありますが、相変わらず自分の脳内に浮かぶ物語を制御出来ずにいます。

 戦略やら伏線やらが計画通りにいっているだけマシ、なのでしょうか?

 ご意見、ご感想お待ちしております。


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