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異説 太平洋戦記  作者: 水谷祐介
第一六章 合衆国海軍、マーシャルへ
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一〇八 翼をもがれた搭乗員


 「対空戦闘用意! 配置につけぇッ!」

 一九四三年一二月九日、マーシャル諸島時間午前六時五七分。

 マロエラップ環礁の中で最大の面積を持つタロア島に置かれた帝国海軍タロア飛行場はこの時、けたたましい空襲警報のサイレンと基地司令の絶叫、駆け回る将兵の足音によって支配されていた。

 同飛行場に展開していた唯一の戦闘機隊である第三〇三海軍航空隊の局地戦闘機“紫電二二型”は、すでに稼働全機が緊急発進しているが、対空電探を見るに迎撃隊は明らかに圧されている。

 敵機は二つの悌団に分かれて進撃しており、一方が約一三〇機もう一方が約六〇機のグラマンF6F“ヘルキャット”からなっており、迎撃隊は彼等よりも数に勝る前者と熾烈な空中戦を展開しつつ、後者に安全飛行を保証してしまっている。

 数が少ない以上迎撃隊を二手に分けては最悪各個撃破される。

 敵機の動きは昨日と違い、どういうわけか空中戦よりも進撃を重視しているようであり、基地に降り注ぐ機銃弾の数と増援がまだ到着していないことを考えれば仕方の無いことではあるが、飛行場の地上要員に黙ってやられる義理は無い。

 艦艇に搭載されていたもののお古である八九式四〇口径一二,七センチ連装高角砲の砲座の脇に、荷台に追加の砲弾を積んだトラックが横付けして兵が一発ずつ弾を運び入れ、こちらは工場直送である九八式六五口径三〇ミリ連装機銃の機銃座に、給弾ベルトの入った木箱を肩に掛けた兵が次々と飛び込んでいく。

 高角砲に装填された砲弾は内蔵された時限信管を対戦闘機用に調節され、機銃は左右に二本並んだ銃身のどちらか一方だけにベルトが装着されている。

 「対空戦闘用意良し!」の報告が駐機場や格納庫、滑走路脇に設けられた砲銃座から次々と上がり、敵機が迫り来る方角をじっと睨み付ける。

 そして対空戦闘に関与しない将兵は皆、島の至るところにあるトーチカ兼防空壕の中で息を潜めている。

 開戦時には帝国陸軍東方方面軍の部隊が駐屯し、いわゆる“マーシャル要塞”として米軍の来寇に備えていただけあって、方面軍が解散した今も身を隠す場所に困ることはない。

 もっとも、基本的に珊瑚礁の上に土砂が積もっているような島だから、掘り進めると間を置かずに珊瑚の硬い地層に達し、さらに無理をして掘り進めると今度は海水が止めどなく噴き出し収拾がつかなくなる。

 無論場所によって土砂の厚みに違いはあるが、全般的にタロア島に築かれた要塞は“半地下”であり、爆弾が直撃した場合果たして屋根がどこまで耐えられるのかは甚だ疑問だが、銃弾に耐えられない言われは無く、仮にも“たとえ太平洋艦隊及び海兵隊等の奇襲を受けても、連合艦隊主力の到着まで耐えられる”というコンセプトの基に築かれた要塞である。

 弾薬庫や燃料庫が直径一二,七ミリの弾丸によって蜂の巣にされることはあり得ないし、“第四次帝国戦争指導大綱”の第一項目に挙げられた“人的資源の絶対確保”を、“絶対国防圏”から除外された拠点の指導者達は律義に守り、タロア島は出来得る最上の防衛体制をもって敵機を待ち受けていたのである。

 「隊長! 何をなさるおつもりですか!?」

 「決まっとる、上がるんじゃ! 仮にも先任隊長たるもんが、基地がやられんのを黙って見ておれるわけなか!」

 そんななか、本来なら誰もいないはずである格納庫の中に、三〇三空先任飛行隊長の黒江保彦海軍少佐の怒声が響いた。

 「馬鹿なこと言わんで下さい! こんな機体で戦えるわけないでしょう!」

 問答無用で操縦席に乗り込んだ黒江に対し、彼を見上げるように踏み台の上に立った整備員が、両手を操縦席の縁に掛けながら機体から降りるよう説得を試みる。

 黒江の愛機は昨日、敵の第三次攻撃を迎え撃った彼にすれば二回目の戦闘の際に左主翼とエンジンに被弾し、それきり戦闘には参加していない。

 幸いエンジンへの被弾はかすり傷のようなもので、全員徹夜で損傷機の修理あたった整備員達の手によって復活を遂げているが、もう一つの被弾箇所である左主翼に穿たれた二つの大穴と、吹き飛ばされたエルロンはそのままだ。

 無論、飛ぶこと自体に深刻な問題は無い。

 だが修理されていない弾痕は無視出来ない空気抵抗を生み、エルロンも右主翼のものだけでは横転動作が緩慢になるし安定性も悪い。戦闘機としての性能は大きく落ちていると言って良い。

 予備機に乗り換えれば何も困らないのだが、そんなものは第一次攻撃を迎え撃った際の損傷機の置き換えとしてすでに使い切っている。

 「確かに格闘戦は出来んが一撃離脱なら戦える! 早うエンジン回せ!」

 「いかに隊長の御命令でもそれだけは受け入れられません! 早く降りて退避して下さい! 第一弾も燃料も昨日の残りそのままじゃないですか!」

 整備員もこの帝国陸軍からの編入かつ年下の士官を相手に一歩も引かない。

 こんな整備不良の機体で搭乗員の命を危険に晒すわけにはいかない。叩き上げのベテラン整備員として、決して譲れない義務感と信念がある。

 「指揮所より隆元一番、黒江! 貴様何しとるかッ!」

 と、誰が見ても平行線を辿り続けている二人の会話に突然三〇三空司令にして、タロア島の海軍部隊の先任指揮官の堀場一雄海軍大佐が割り込み、黒江の左手に握られた隊内無線用のヘッドセットからやはり怒声が響き渡った。

 誰かに黒江等の事を聞いたのか、はたまたどこかで見ているのかは分からないが、整備員にして見れば大変心強い味方の怒声はさらに続く。

 「『乗鞍』戦闘機隊が現在急行中だ。この調子でいけば飛行場手前で阻止出来る! 貴様の出る幕やない下がれ!」

 すぐ近くから送信されているにも関わらず、大声による音割れだけでなくひどく雑音が混じっている。恐らく必死に空中戦を戦っている者達がいらぬことを聞かないように、三〇三空の隊内無線が使用している周波数からわざとずらしているのであろう。

 黒江も負けじと言い返すべく右手を送信スイッチに添えたが、おなじく陸軍からの編入将校である堀場の方が、上官としてか一枚上だった。

 「貴様は飛行隊長だ。一〇〇人以上の搭乗員を率いる者が、己の意地だけに従って動いて良いとでも思っとるのか!? 気持ちは分かるが、それでは部下に示しがつかん。良いか、これは命令だ。貴様のような男にこんな所で死なれてはたま……そら、増援部隊が来たぞ」

 だんだんと口調が穏やかになっていった堀場の声を被うように、聞き慣れた二つの爆音が黒江達の耳に届き始めた。零戦の栄エンジンとF6Fのダブルワスプエンジンのそれである。

 「……隊長、間も無く飛行場上空で戦闘が始まります。そんな所で離陸するなんて自殺行為です。お願いですから降りて下さい」

 「まぁ仕方無い……けどなぁ、退避はせん。ここで見守る」

 「……分かってます。お付き合いしますよ」

 決して長い付き合いではないが、黒江が異常なまでの頑固者であることは充分過ぎる程に分かっていることだ。

 今はただ、その頑固さが祟って最悪の事態が起こることが防がれただけでも良いではないか。

 格納庫という狙われやすくまともな防弾機能の無い場所に、どういうわけかそんな黒江と居残ることを決めてしまった自分に苦笑しながら、整備員は一際大きくなってきた栄エンジンの爆音に顔を上げた。

 どこからともなく上がり始めた歓声が島全体を包み込んでいくなか、ギリギリのタイミングで到着した空母「乗鞍」戦闘機隊の零式艦上戦闘機“五二型乙”がフルスロットルでタロア島の上空を駆け抜けて行く。

 三〇三空が迎え撃ったF6F群はまだ視界に入ってはいないが、野放しにされているF6F群は既に基地に向かって緩降下を始めており、零戦隊はそれを食い止めるべく一斉に急降下に移る。

 すると今度はF6F群がさらに二手に別れ、一方は急上昇に移って零戦隊に立ち向かい、もう一方はなお飛行場目掛けて突っ込んで来る。

 「撃ち方始めッ!」

 そんなに機銃掃射がしたいのなら俺達を抜いてからにしろ、と言わんばかりに猛然と高角砲が火を噴き、次々に花開いた金属の花火の中を強行突破したF6Fに四方八方から火箭が飛ばされる。

 まず基地上空に突入したF6Fは一〇機弱の小編隊であり、彼等は対空砲火を一身に集めながら一直線に飛び抜け、頃合いを見計らっていたのかまた新たな小編隊が基地上空に突っ込んで来る。

 「間を開けた程度で俺達をかわせると思うなよ。左四〇度、仰角三〇度……撃て!」

 弾薬庫脇の機銃座の一つの指揮官たる古参の指揮官が不敵に叫び、同時に正体不明の疑問が彼の頭に浮かび上る。

 最終学歴が小学校の口減らし目的で軍人になった彼に三角比の素養などあるはずは無いが、長年の経験から距離と角度から高度を割り出す勘は異常に冴えている。

 「敵機、爆弾投下!」

 「何ィ!?」

 機銃掃射にしては高過ぎる……そう思った途端彼は部下の報告に驚愕の声を上げ、高度七〇〇メートル弱まで降下した一機のF6Fの翼下から二つの塊が切り離されると、それらは吸い寄せられるように弾薬庫へと落下した。

 とは言え、弾薬庫の屋根が比較的低空から落とされた航空爆弾ごときに抜かれてはたまらない。

 抜かれない代わりに、弾薬庫の屋根に命中した爆弾は間を置かずに炸裂し、大量の金属片が弾薬庫周辺の機銃座に降り注いだ。

 防盾など着いているはずはない剥き出しの機銃座にあって金属片の雨を浴びた下士官兵達は、断末魔の絶叫と血飛沫を撒き散らして息絶える。

 「機銃三班より救護班求む、大至急だ!」

 「逃がすなぁ、撃て!」

 肩から先が真っ赤に染まった下士官が必死の形相で受話器に怒鳴り込み、弾薬庫の周辺の生き残った機銃座からは反撃の火箭が放たれる。

 爆弾を投下した後急上昇で離脱を図ったそのF6Fは、怨念が乗り移ったかのような多数の銃弾を背後から浴びたちまちの内に空中分解を起こす。

 「て、敵機後方より接近!」

 「なッ! ま、間に合わん! 伏せろぉ!」

 仇討ちに成功した喜びも束の間、新たに現れたF6Fが超低空から突っ込んで来る。

 指揮官達は反撃を諦め異口同音に叫んだが、反応の遅れた兵の身体を直径一二,七ミリの銃弾が貫き、血飛沫と共に彼の肉体は瞬時に無数の肉片と化す。

 「二番滑走路東方低空より敵機、後方に友軍機無し!」

 「二番滑走路上、高度〇三地点丙に弾幕射撃用意! 周辺警戒を厳となせ!」

 そもそも三次元空間を高速で飛び回る相手に、ほとんど二次元の平面上でしかも手動で動かしている機銃で対抗しようとすること自体に無理がある。

 そこで編み出された悪あがきが“弾幕射撃”である。要するに追い付けないのだから無理して追いかけず、先回りして待ち伏せるということだ。

 指揮所からの有線電話による指示によって所々の機銃座が発砲を止め、その銃口を指定された地点へ一斉に向ける。

 反対に高角砲群はこれまで以上に、敵機の撃墜よりも機銃座に対する注意を逸らさんと盛大に火炎を噴き上げる。

 「撃てッ!」

 そして島のあちこちで叫ばれた号令一下、滑走路上を飛ぶF6Fを包み込むように火箭が舞い、罠に飛び込んだ機体が二機連続して爆砕される。

 だが時を同じくしてF6Fの翼下から投下された爆弾もまた滑走路に吸い込まれ、重い機体が離着陸する際の衝撃に耐えるべく硬く平らに整地された地面に大穴を穿ち、吹き上げられた土砂が落ち着いた時にはもうその付近にF6Fの姿は無い。

 帝国海軍にすれば、まったくもって予想していなかった戦闘機のみによる対地攻撃を敢行した彼等は、結果的に一つの飛行場に大混乱を引き起こし、やることを済ませるとその快足を活かして手早く撤収にかかっていたのである。

 「負傷者の救護及び被害報告急げ」

 視界に入る出来事が風のように推移し、F6Fの発するダブルワスプエンジンの爆音が潮を引くように消え去ると、最も土砂の層が厚い場所に最も頑丈に造られた高級幹部用の防空壕の入口に陣取っていた堀場の、こちらも迅速な指示に一呼吸置いて至る所から返事が返ってくる。

 「輝元一番より入電。『敵機反転せり。元保中隊を警戒に残し、残存機はこれより帰還す』以上です」

 「一番及び二番滑走路は各々使用不能。外郭諸島の着陸場は無事です。三〇三空と『乗鞍』戦闘機隊には既に伝えてあります」

 「設営隊の工機庫がやられました。機材は軒並み大破、飛行場の復旧は粗方人力に頼らざるを得ません」

 「人的損害は現在まで戦死一二、負傷二三です。重傷者は航空搬送の要有りとのことです」

 「了解した。重傷者は直ちにクェゼリン本島に移送しろ。離陸だけなら誘導路でも構うまい」

 と、堀場は言ったものの、周辺の着陸場は着陸場であって飛行場ではない。

 ある程度の燃料弾薬は備蓄してあるが、需要を満たせる程の量があるわけではなく、タロア飛行場が復旧しない限りマロエラップ環礁の航空兵力は事実上消滅したようなものだ。

 しかし、基地の早期復旧に賭けるか潔く諦めて残存機を他の基地に移動させるかを決定する権利を堀場は持たない。ただ上層部に報告を上げて指示を仰ぐだけである。

 「二航艦司令部宛て、報告。『敵艦上機部隊の空襲により、タロア飛行場使用不能。残存機は周辺着陸場に収容せり。復旧の見込みは追って報告す』以上だ」

 ……本人に自覚があったかと言えばまるで無かったのであったが、この堀場の言葉はマーシャル諸島を巡る戦況が、帝国海軍の想定からあまりに呆気なくかけ離れ始めたことを告げる重大発言であった。


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