↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
過去と未来を繋ぐ者達へ  作者: 卵飯好男
【バルカン王国編】第2章 異世界で生きる

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
26/90

第26話 少しずつ

 勇者が召喚されたらしい。


 そんな噂を聞いてから数日が経った。


 王都ではまだその話をしている人も多かったけれど、俺の生活には特に何の変化もなかった。


 勇者が何人いるのか。どこから来たのか。どれくらい強いのか。


 聞こえてくる話は日によって違う。


 王城でとんでもない魔法を使ったとか、すでに国王から特別な武器を与えられたとか、近いうちに国中へ姿を見せるとか。


 最初は少し面白がって聞いていたけど、誰が本当のことを言っているのか分からないので、すぐに飽きた。


 そもそも俺には関係がない。


 勇者には勇者の生活があって、冒険者には冒険者の生活がある。


 今日の俺にとって重要なのは、王城にいるらしい勇者より、目の前にいるこいつだった。


「うわっ!」


 突っ込んできたアーマーボアを横へ避ける。


 大きい。


 ハウンドウルフとは比べものにならない。


 全身を覆う硬そうな皮膚もそうだけど、何より突進の勢いが怖い。まともに受ければ、大剣ごと吹き飛ばされそうだった。


「正面から受けんな!」


「見れば分かる!」


「だったら余裕持って避けろ!」


「それができたら苦労しないだろ!」


 ガイウスに怒鳴り返しながら、大剣を構え直す。


 アーマーボアが向きを変える。


 速さだけなら蒼牙狼の方が上だった。


 ただし、こいつは止まらない。


 地面を蹴る。


 また突進。


 今度はさっきより早く動いた。


 ぎりぎりまで待たない。相手が走り出した時点で横へ動き、進路から外れる。


 そのまま追いかける――のはやめた。


 どうせすぐに振り返る。


 だったら待つ。


「少しは頭使うようになったじゃねえか!」


「今まで使ってなかったみたいに言うな!」


 案の定、アーマーボアがこちらへ向き直った。


 次も俺を狙っている。


 でも今度は、俺も準備できている。


 大剣から片手を離す。


「《ファイアボール》!」


 火球を飛ばした。


 当てるつもりはない。


 アーマーボアの少し右側。


 地面へ着弾した火球を避けるように、相手が進路を左へ変える。


 そこには《ブレイヴ》がいる。


「今!」


 横から攻撃が入った。


 アーマーボアの身体が揺れる。


 倒れない。


 硬い。


 でも体勢は崩れた。


「朝陽!」


「分かってる!」


 大剣を両手で握る。


 走る。


 狙うのは頭じゃない。


 脚。


 振り下ろした刃が食い込む。


 手に重い感触が返ってきた。


「っ……!」


 深くは入らない。


 それでも十分だった。


 アーマーボアの動きが鈍る。


 そこへガイウスが踏み込んだ。


 俺とは違う。


 同じ大剣なのに、一撃の重さがまるで違う。


 振り抜かれた刃を受けて、巨体が地面へ倒れ込んだ。


 しばらく待つ。


 動かない。


「……終わった?」


「まだ近づくな」


「はい」


 前なら、倒れた瞬間に気を抜いていたかもしれない。


 でも今は待つ。


 ガイウスが確認してから、ようやく大剣を下ろした。


「ふう……」


 息を吐く。


 疲れた。


 でも、怖くて何もできなかったわけじゃない。


 蒼牙狼と戦った時みたいな、よく分からない動きも出なかった。


 普通に見て、考えて、動いた。


 その結果として倒せた。


 そっちの方が、なんとなく嬉しかった。


「どうだった?」


 ガイウスに聞く。


「何が」


「今の」


「普通」


「もうちょっと何かあるだろ」


「じゃあまあまあ」


「下がったじゃん」


「褒めてほしいなら最初からそう言え」


「別に褒めてほしいわけじゃないけど……」


「なら普通だ」


「腹立つなあ」


 笑い声が聞こえた。


 最近、《ブレイヴ》の連中にもよく笑われる。


 最初は完全にガイウスのおまけみたいな扱いだったけど、今は普通に仕事仲間として混ざれるようになってきた。


 昨日より今日。


 今日より明日。


 たぶん、こういうことなんだと思う。


 ◇


 討伐を終えて王都へ戻ったのは、日が傾き始めた頃だった。


 依頼の完了報告を済ませ、報酬を受け取る。


 カードに表示された金額を見るのも、もう珍しくない。


 最初は何も知らなかった。


 ルクスの価値も分からない。


 冒険者が何をするのかも知らない。


 魔法の使い方も知らない。


 魔物を見たことすらなかった。


 それが今では、自分で依頼を選んで、必要な物を準備して、魔物と戦って、報酬を受け取っている。


「慣れたなあ……」


 思わず呟いた。


「何が?」


 受付の人に聞かれた。


「あ、いや。最初ここに来た時、何にも知らなかったなって」


「そうでしたね」


「結構迷惑かけた?」


「それはもう」


「そんなに?」


 冗談っぽく返されて、少し笑う。


 最初にこのギルドへ来た時のことを思い出す。


 冒険者登録。


 カード。


 ランク。


 依頼。


 一つ説明されるたびに質問していた。


 あの頃の俺が今の自分を見ても、たぶん同じ人間だとは思わないだろう。


「Dランクにもなったしな」


 カードを見る。


 そこにある文字はD。


 二か月ほどでここまで来たのは早いらしい。


 でも、別に俺がすごく強くなったわけじゃない。


 今日だってガイウスたちがいたから安全に戦えた。


 一人なら受けない依頼も多い。


 それでいい。


 今はまだ。


「朝陽!」


 後ろから声が飛んできた。


 振り返るとガイウスが酒場の方から手を上げている。


「飯行くぞ!」


「行く!」


 カードをしまい、そちらへ向かう。


 今日は何を食おう。


 そんなことを考えながら歩いている自分に、少しだけ笑った。


 この世界へ来たばかりの頃は、明日どうするかすら分からなかったのに。


 ◇


 日々は思っていたより早く過ぎていった。


 依頼へ出る。


 戻る。


 大剣を練習する。


 魔法を練習する。


 暇があれば王立図書館へ行く。


 たまに何もしない日も作った。


 朝から市場を歩いたり、見たことのない商品を眺めたり、食べたことのないものを買ってみたり。


 失敗もした。


 値段を見間違えて思ったより高い物を買ったこともあるし、頼んだ料理が想像していたものと全然違ったこともある。


 依頼先で雨に降られて、泥だらけで王都へ戻った日もあった。


 ガイウスに大剣の使い方を怒鳴られ、その日の夜に一人で練習して筋肉痛になったこともある。


 魔法の練習で服を焦がした時は、本気でへこんだ。


 日本から持ってきた物は、もう簡単には代わりが手に入らない。


 充電が切れて使えなくなったスマホも。


 そのスマホを充電するための充電器も。


 学生証も。


 財布の中に残った日本の金も。


 今のムンドゥスでは役に立たない。


 それでも捨てる気にはなれなかった。


 スマホだって壊れたわけじゃない。


 充電さえできれば、また電源が入るはずだ。


 いつか充電する方法が見つかるかもしれない。


 そんな期待がまったくないわけでもないけど、それ以上に、俺にとっては日本から持ってきた数少ない物の一つだった。


 だから大切にしまっている。


 その一方で、こっちの物は増えていった。


 冒険者として使う装備。


 着替え。


 日用品。


 この世界で買った物。


 気づけば荷物の中は、日本から持ってきた物より、この世界で手に入れた物の方がずっと多くなっていた。


 それに気づいた時は、少しだけ変な気分になった。


 嫌ではない。


 寂しくないわけでもない。


 ただ、本当にここで生活しているんだなと思った。


 ◇


 王立図書館へ通う理由も、最初とは少し変わっていた。


 最初は魔法を知りたかった。


 七属性。


 魔法の仕組み。


 どんな魔法があるのか。


 どうすれば上手く使えるのか。


 そういう本ばかり読んでいた。


 でも、この世界で暮らしていると、それ以外にも分からないことが増えてくる。


 依頼で知らない土地の名前を見る。


 酒場で知らない国の話を聞く。


 市場には見たこともない地域の商品が並んでいる。


 冒険者同士の会話に、知らない歴史上の人物が出てくる。


 そうすると、気になる。


 ある日、魔法の本を棚へ戻したあと、俺はそのまま別の棚の前で足を止めた。


 歴史。


 以前にも、この世界について知るために簡単なものは読んでいる。


 でも、あの頃は書かれていることの半分も実感できなかった。


 国の名前を読んでも場所が分からない。


 王都と書かれていても規模が想像できない。


 魔物と書かれていても、実際に見たことがない。


 今なら少し違う。


 一冊手に取ってみる。


 適当な場所を開いた。


 前より読める。


 文字が、という意味じゃない。


 書いてあることが頭の中で形になる。


 街道。


 冒険者。


 魔物。


 国。


 宗教。


 自分が実際に見たものと結びつく。


「面白いな」


 気づけば、そのまま椅子へ座っていた。


 魔法とは違う面白さがある。


 この世界がどういう場所なのか。


 どうして今の形になったのか。


 誰が国を作ったのか。


 昔は何があったのか。


 日本にいた頃、歴史の授業が特別好きだったわけじゃない。


 テスト前に年号を覚えるのなんて面倒だった。


 でも今は違う。


 自分がその世界の中にいる。


 外へ出れば、読んだ場所へ実際に行ける。


 それだけで本の中の話が急に近く感じた。


 しばらく読み進めてから、本を閉じる。


「……そういえば」


 ふと、思い出した。


 俺が最初にいた場所。


 あの遺跡。


 今まで忘れていたわけじゃない。


 むしろ、何度も考えた。


 でも王都へ来てからは、生きることを覚えるので精一杯だった。


 冒険者になって。


 金を稼いで。


 魔法を覚えて。


 大剣を教わって。


 毎日が忙しくて。


 いつの間にか、考える時間が減っていた。


 俺は、どうしてあそこにいたんだろう。


 そもそも。


 あそこは何だったんだろう。


 少し気になった。


 でも、すぐに本を閉じることはしなかった。


 今から飛び出して調べに行こうとも思わない。


 場所だって遠い。


 あの頃とは違って、今は生活もある。


 受けている依頼もある。


 ガイウスとの約束もある。


 だから、その日はただ頭の隅に残した。


 次に図書館へ来たら、少し調べてみよう。


 それくらいだった。


 ◇


「最近、お前また図書館ばっか行ってんな」


 数日後。


 ガイウスと飯を食いながら、そんなことを言われた。


「またって何だよ。前から行ってるだろ」


「最近は長え」


「そう?」


「この前なんか朝から夕方までいただろ」


「よく知ってるな」


「依頼誘おうと思って探したんだよ」


「言ってくれれば行ったのに」


「図書館から引きずり出すほどの依頼でもなかったからな」


「で、何してた?」


「普通に終わった」


「ならいいじゃん」


 肉を一口食べる。


「最近は魔法だけじゃなくて、歴史とかも読んでる」


「歴史?」


「うん」


「また何で」


「何となく」


 本当に、最初は何となくだった。


「この世界のこと、俺ほとんど知らないからさ」


「まあ、そうだな」


「冒険者やってると知らない場所の名前とかいっぱい出てくるし。せっかくなら知っとこうかなって」


「悪いことじゃねえな」


「ガイウスは詳しい?」


「何に」


「歴史」


「俺に聞くな」


「だと思った」


「殴るぞ」


 笑いながら避ける。


 こうして話していると、少し前まで命の危険がある仕事をしていたことを忘れそうになる。


 それくらい、この生活に慣れてきた。


「そういや」


 ガイウスが肉を切りながら言った。


「お前、どこ出身なんだ?」


 手が止まった。


「何だよ」


「いや」


 どこ出身。


 答えようと思えば、日本。


 でも、この世界に日本なんてない。


「遠いところ」


「雑だな」


「本当に遠いんだよ」


「バルカンの外か?」


「もっと遠い」


「どこだよ」


「説明しても分かんないと思う」


「何だそりゃ」


 ガイウスは笑った。


 俺も笑う。


 それで会話は終わった。


 ガイウスは深く聞いてこなかった。


 でも、その日の夜。


 宿へ戻ってから。


 俺は久しぶりに、しまっていた学生証を取り出した。


 そこには日本にいた頃の俺がいる。


 制服を着て。


 少し緊張した顔で。


 カメラを見ている。


「真白、朝陽……」


 自分の名前。


 当たり前だ。


 俺は真白朝陽。


 十七歳。


 日本で高校生をしていた。


 それは変わらない。


 ただ。


 じゃあ、どうして俺はこの世界にいるんだろう。


 なぜ、あの遺跡だったんだろう。


 勇者みたいに誰かに召喚されたわけでもない。


 少なくとも、俺はそんな話を聞いていない。


 気づいたら一人でいた。


 あの暗い遺跡に。


 答えは出ない。


 今までだって、何度考えても分からなかった。


 でも、前とは違うことが一つだけある。


 あの頃の俺には、調べる方法すらなかった。


 今は。


 王立図書館がある。


 この世界の文字も読める。


 多少なら歴史も分かる。


 冒険者として金もある。


 一人で王都の外へ出ることだってできる。


「……調べてみるか」


 帰る方法を探すためにも。


 自分がここへ来た理由を知るためにも。


 まずは。


 あの遺跡が何なのかくらい。


 知っておいてもいい気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。