第11話 初仕事
「…………」
依頼票を見る。
もう一度見る。
「…………」
間違いない。
俺は今日。
冒険者になった。
Fランク。
この世界で初めて手に入れた肩書き。
そして。
記念すべき。
初めて受ける依頼。
「――倉庫の荷運び」
「…………」
もう一度見る。
「倉庫の荷運び」
変わらない。
「…………」
冒険とは。
◇
「こちらで間違いありません」
受付の女性が依頼票を確認する。
「王都西側の倉庫で、搬入された商品の荷下ろしを手伝う依頼ですね」
「はい」
「本日中。特別な技能は必要ありません」
「はい」
「指定された倉庫へ向かい、依頼主の指示に従ってください」
「はい」
「何か問題が発生した場合は、無理に解決しようとせずギルドへ報告を」
「はい」
「以上です」
「…………」
「どうされました?」
「いや」
依頼票を見る。
「もっとこう……」
「はい」
「冒険者っぽい説明があるのかと」
「冒険者っぽい?」
「魔物が出たらどうとか」
「出ませんよ」
「ですよね」
「王都の倉庫ですから」
「ですよね」
「不満ですか?」
「いや!」
首を振る。
「むしろ安心です」
「それは何よりです」
笑われた。
「では」
「はい」
「行ってらっしゃいませ」
「…………」
その言葉。
なんか。
いいな。
「行ってきます」
俺は冒険者として初めて。
ギルドの扉を出た。
◇
「西側……」
問題発生。
「どっち?」
王都ルイ。
広い。
めちゃくちゃ広い。
そして。
当然。
俺は土地勘ゼロ。
「…………」
ギルド戻ろうかな。
いや。
出て一分。
恥ずかしい。
「聞くか」
近くの店。
「すみません」
「ん?」
「この倉庫ってどっちですか?」
依頼票を見せる。
「ああ、それならこの道を真っ直ぐ行って――」
「はい」
「二つ目の大通りを右だ」
「二つ目を右」
「そのまま進めば倉庫街が見えてくる」
「ありがとうございます!」
「新人か?」
「え?」
男が俺の手を見る。
冒険者カード。
「あ、はい。今日登録しました」
「そりゃ頑張れ」
「ありがとうございます」
歩き出す。
「…………」
新人。
カード見ただけで分かるのかな。
いや。
俺が依頼票持って迷子になってたからか。
「……そっちだな」
たぶん後者。
◇
歩く。
それだけで。
王都は面白かった。
「…………」
昨日。
いや。
アルヴェン村から来たばかりの俺には。
まだ全部珍しい。
建物。
店。
人。
荷馬車。
道の端では食べ物を売っている。
「うまそう……」
肉。
焼いてる。
「…………」
駄目だ。
金。
まだ仕事すらしてない。
「終わったら考えよう」
進む。
別の店。
服。
その隣。
見たことのない道具。
「…………」
何だあれ。
気になる。
でも。
仕事。
「後で」
また進む。
「…………」
なんか。
全部後回しだな。
金がないってつらい。
◇
「ここか」
景色が変わった。
大通りの華やかさが少し薄れる。
代わりに。
大きな建物。
荷馬車。
木箱。
樽。
大量の荷物。
「倉庫街……」
働いている人も多い。
荷物を運ぶ人。
確認している人。
荷馬車を誘導している人。
「…………」
あった。
依頼票に書かれている場所。
「すみません」
声をかける。
「冒険者ギルドから来ました」
「ああ?」
大柄な男が振り返った。
「依頼受けた奴か?」
「はい」
依頼票を見せる。
「真白朝陽です」
「アサヒ?」
「はい」
「見ねえ顔だな」
「今日登録したばっかです」
「新人か」
「はい」
男が俺を見る。
上。
下。
「細いな」
「…………」
初対面ですよね?
「運べるか?」
「たぶん」
「たぶんじゃ困る」
「頑張ります」
「まあいい。無理なら言え」
「はい」
男が指す。
「あそこに積んである箱を、奥の倉庫へ運ぶ」
「全部?」
「全部」
「…………」
見る。
山。
「…………」
冒険者って大変だな。
◇
「ふっ……!」
持ち上げる。
「重っ……」
何これ。
中身何?
「腰使え!」
「はい!」
言われた通り。
持ち直す。
「う……」
運ぶ。
一歩。
二歩。
三歩。
「…………」
遠い。
倉庫の奥。
さっきより遠く見える。
「朝陽!」
「はい!」
「そこじゃねえ! 右!」
「右!?」
「そっち左だ!」
「あっ!」
方向間違えた。
「すみません!」
「落とすなよ!」
「はい!」
何とか。
運ぶ。
「ここ?」
「そこ!」
「よっ……!」
置く。
ドン。
「はぁ……」
「次!」
「休憩は!?」
「一個で休むな!」
「はい!」
厳しい。
◇
一個。
二個。
三個。
「…………」
四個。
「…………」
五個。
「……腕取れそう」
「聞こえてるぞ!」
「独り言です!」
「口動かす暇あったら手ぇ動かせ!」
「はい!」
アルヴェン村。
薪割り。
水汲み。
畑。
あれで。
少しは身体が慣れたと思っていた。
「全然じゃん……」
重い。
普通に重い。
隣を見る。
別の男が。
俺より大きな箱を持っている。
「…………」
すご。
「兄ちゃん!」
「はい?」
「前!」
「え」
「うわっ!」
人。
避ける。
「すみません!」
「危ねえぞ!」
「すみません!」
怒られた。
「…………」
仕事。
舐めちゃ駄目だ。
◇
少しずつ。
慣れてきた。
「…………」
箱。
同じ大きさでも。
重さが違う。
持った瞬間。
重い。
軽い。
「…………」
持ち方。
重い箱を。
腕だけで持つとキツい。
身体に近づける。
少し楽。
「…………」
足。
置く位置。
曲がる時。
箱で前が見えにくい。
なら。
先に進む場所を見る。
「…………」
「おい、新人!」
「はい!」
「それ奥じゃねえ! 手前!」
「あ、これ手前でしたっけ」
「印見ろ!」
「すみません!」
まだ。
間違える。
「…………」
でも。
さっきより。
少しだけ速い。
「次」
箱を持つ。
重い。
「…………」
下。
持ちやすい場所。
「ここか」
持ち上げる。
「…………」
さっきより楽。
「お」
ちょっと嬉しい。
大したことじゃない。
ただ。
持ち方が分かっただけ。
それでも。
「…………」
できなかったことが。
少しできるようになる。
悪くない。
◇
「休憩!」
「…………!」
その言葉。
神の声に聞こえた。
「はぁぁ……」
座る。
「疲れた……」
腕。
痛い。
腰。
痛い。
足。
痛い。
「冒険者……」
横を見る。
倉庫。
「…………」
冒険者?
本当に?
「兄ちゃん」
「はい?」
さっきの大柄な男が水を渡してきた。
「あ」
「飲め」
「ありがとうございます」
受け取る。
「新人にしちゃ真面目だな」
「そうですか?」
「途中で逃げる奴もいる」
「え」
「楽な仕事だと思って来るんだよ」
「…………」
ちょっと分かる。
俺も。
荷運びなら簡単。
そう思った。
「冒険者って」
「ん?」
「こういう仕事も多いんですか?」
「低ランクならな」
「やっぱり」
「不満か?」
「いや」
水を飲む。
「俺、何もできないんで」
「…………」
「剣も使えないし、魔法も使えないし」
少し笑う。
「だったら今できる仕事するしかないかなって」
「そうか」
「はい」
男が笑った。
「なら十分だ」
「何がです?」
「最初からできる奴なんざいねえよ」
「…………」
「できねえなら覚えろ」
男は立ち上がる。
「休憩終わり!」
「早っ!」
「働け新人!」
「はい!」
◇
日が傾き始める頃。
「終わった……」
最後の箱を置く。
「…………」
腕。
上がらない。
「お疲れ」
「お疲れ様でした……」
「明日も来るか?」
「…………」
「冗談だ」
「よかった……」
笑われる。
「依頼完了の確認はこっちで出しとく」
「ありがとうございます」
「ギルド戻れば報酬受け取れる」
「分かりました」
「じゃあな、新人」
「はい」
少し迷って。
「ありがとうございました」
「おう」
倉庫を出る。
「…………」
夕方。
王都。
「疲れた……」
でも。
「終わった」
初めて。
自分で受けた仕事。
ちゃんと最後まで。
◇
「お帰りなさい」
「…………」
ギルド。
受付。
同じ女性。
「ただいまです」
自然に言ってから。
「…………」
変か?
でも。
受付の女性は普通に笑った。
「初依頼、お疲れ様でした」
「めちゃくちゃ疲れました」
「荷運びですからね」
「腕取れるかと思いました」
「取れなくてよかったです」
「軽いなあ」
冒険者カードを渡す。
「確認いたします」
「はい」
少し待つ。
「依頼達成が確認できました」
「おお……」
「おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「初めての依頼ですね」
「はい」
「報酬はこちらになります」
「…………!」
来た。
報酬。
「現金で受け取りますか? それともギルドへの預金に入れますか?」
「選べるんですか?」
「はい」
「…………」
考える。
現金。
今。
少し持っている。
「預金で」
「かしこまりました」
手続き。
「カードをご確認ください」
「はい」
見る。
「…………」
増えてる。
所持金。
朝より。
ちゃんと。
「……おお」
働いた分。
数字が増えた。
「…………」
嬉しい。
普通に。
「俺が稼いだ金……」
「はい」
「冒険者として」
「そうですね」
「…………」
ちょっと。
いいな。
「ではカードをお返しします」
「ありがとうございます」
受け取る。
Fランク。
変わっていない。
当たり前。
依頼一個。
「ランクってどれくらいで上がるんですか?」
「一概には言えません」
「やっぱり」
「依頼の内容や達成状況なども含めて判断されますので」
「じゃあ地道に?」
「地道に」
「…………」
俺向きかもしれない。
◇
「そうだ」
思い出す。
「宿」
「まだ取っていなかったんですか?」
「はい」
「もう夕方ですよ」
「仕事先行っちゃって」
「…………」
ちょっと呆れられた。
「近くで安いところ」
「でしたら――」
教えてもらう。
「ありがとうございます」
「今日はもう依頼を受けないでくださいね」
「受けませんよ」
「初日に張り切りすぎる方もいらっしゃるので」
「俺、もう腕上がらないです」
両腕。
「ほら」
「上げなくて結構です」
「はい」
◇
ギルドを出る。
夕方の王都。
「…………」
朝。
いや。
今日。
王都へ着いたばかり。
冒険者になった。
初仕事。
初報酬。
「…………」
濃いな。
一日が。
教えてもらった宿へ向かう。
途中。
「…………」
いい匂い。
足が止まる。
屋台。
焼いた肉。
「…………」
腹減った。
財布。
現金。
ある。
でも。
「カード……」
気になる。
めちゃくちゃ。
屋台を見る。
「…………」
いや。
さすがに。
「すみません」
「おう」
「これ使えます?」
冒険者カードを見せる。
「使えるぞ」
「……!」
使える!
「一つください」
「毎度」
カードを渡す。
支払い。
返ってくる。
「…………」
カードを見る。
所持金。
減っている。
「すげえ……」
「何が?」
「いや、何でもないです」
肉を受け取る。
一口。
「…………」
うま。
「うっま……」
疲れてるからか。
めちゃくちゃうまい。
歩きながら食べる。
「…………」
今日働いた金で。
飯を買った。
当たり前。
ものすごく当たり前のこと。
日本でも。
みんなやってる。
でも。
今の俺には。
それが少しだけ嬉しかった。
◇
宿。
「一泊お願いします」
「一人かい?」
「はい」
「冒険者?」
「今日なりました」
「ほう、新人か」
「そんな分かりやすいです?」
「顔がな」
「どんな顔ですか」
「浮かれてる顔」
「…………」
否定できない。
「支払いは?」
「カードで」
「使えるよ」
「お願いします」
二回目。
さっきより。
少し慣れた。
「…………」
便利だな。
部屋へ案内される。
◇
「はぁ……」
ベッドへ倒れる。
「疲れた……」
アルヴェンの宿とは違う。
知らない部屋。
知らない天井。
「…………」
鞄を置く。
冒険者カードを出す。
見る。
名前。
性別。
年齢。
所持金。
ランク。
F。
「…………」
変わったのは。
所持金だけ。
でも。
「一日目」
依頼。
一件。
「…………」
先長そうだな」
笑う。
スマホを取り出す。
電源。
残り少ない。
「…………」
時刻を見る。
意味があるのか。
こっちの時間と合っているのかも分からない。
それでも。
癖で見る。
「…………」
写真。
開こうとして。
止めた。
「やめとこ」
電池。
もったいない。
画面を消す。
「…………」
スマホ。
学生証。
日本円。
制服。
そして。
冒険者カード。
「…………」
少しずつ。
増えていく。
この世界のものが。
◇
ベッドに寝転ぶ。
「明日は……」
何しよう。
依頼。
受ける。
それから。
「魔法」
忘れてない。
むしろ。
かなり楽しみ。
「あと王都も見たい」
図書館。
市場。
色んな店。
王城も。
遠くからしか見ていない。
「…………」
やること。
多いな。
帰る方法も探さないといけない。
俺が目覚めた遺跡についても。
何か分かるかもしれない。
でも。
「…………」
一日で全部は無理だ。
だったら。
一個ずつ。
「まずは……」
働く。
食う。
寝る。
知らないことを知る。
できないことを覚える。
「…………」
それでいいか。
今は。
◇
目を閉じる。
身体は疲れている。
腕も痛い。
足も重い。
でも。
アルヴェン村へ着いた最初の夜とは違う。
あの時は。
明日どうすればいいのか。
何も分からなかった。
今は。
明日やることがある。
「…………」
冒険者。
まだ。
荷物を運んだだけ。
魔物も倒していない。
剣も振っていない。
魔法も使えない。
それでも。
「……まあ、一歩目だよな」
小さく呟く。
異世界での。
俺の仕事。
俺の金。
俺の生活。
まだ始まったばかりだった。




