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光明とは毒である。絶望とは安らぎである。そんなリアル


「おにぃは愚かなんだね。」

「そうだな、妹に全財産巻き上げられそうな程度には愚からしい。」


結局彼女が俺の愉快な話を聞いた結果は爆発した感情によって次の段階へ移行しようとした魔眼のおかげか、それともそのせいと言うべきか?中断された。

懸念すべきところといえば彼女が一般的に崇拝されている精霊信仰についてかなり懐疑的な思想に偏ってしまったと言うことと隠し事をしていた罰として今日一日彼女の買うものの代金全てを払うこととなったくらいだ。

…まぁ、買い物についてはどちらにしても奢るつもりだったのでそれは予定ないといえば予定内だろう。


あと想定外といえば行く先々にマリアがいて妹の機嫌が最底辺を通り越して急転直下のマイナス方向に第三宇宙速度くらいの勢いで加速していると言うことぐらいか?


『マリアは世界を救うらしいから俺はその成長を助けろと言われ…』

『ギリっ』ベキョォ!


…うん、キニシテハイケナイ、お、オレノタメニアラソワナイデー(棒)


「…おにぃ、私はおにぃとかマリアちゃんにも怒ってるけど一番は精霊様にだから、おにぃの為じゃなくて私の精神衛生のために争ってるだけだから。」

「それをやると世界的な共通認識的には叛逆どころか人でなし直行なのでやめてくださいお願いします。」

「うん、だから憂さ晴らししてるんだよ?なぜかマリアちゃんを見ると殺意が沸くけどね!」


やめてくれ、マジで、真剣と書いても本気と書いてもいいからマジでやめてくれマイシスター、ほらあんなところに熊野ピーさんぬいぐるみが…


「その気のそらせ方はひどいと思う。」

「うん、俺も思ったがお前の価値観やら倫理観から見て言葉によって説得するのは薄っぺらな俺じゃあ不可能だと判断した。」

「…にぃは薄っぺらなんかじゃないよ?」


ギュムッと俺の体の背後に妹的な何かがくっつく。肉体の強化によってその力は馬鹿にならないレベルの物となっているが殴る蹴るやら魔力による衝撃波やらなんやらを毎日毎日食らっていた俺の体はビクともしなかった。

そしてビクともしなかった肉体と裏腹に精神的な部分では背中全体に当たる柔らかな女の子らしい柔らかさにドギマギする。

周囲のからの視線をカットするために気配を薄くする。ひさびさに魔力を使っているからか目の前の光景が地獄絵図めいているが視界の変化は小学校のうちに慣れてしまった。少なくともその変化を周囲の人に気付かせなかったのだから俺の我慢強さも相当なものだろう。


「にぃは私たちを守ろうとしたんでしょ?守り方とか犠牲が出てるとか色々あるけどそれでも私はこれが発動するまで知らず知らずのうちに助けられていたんだよ?」


ヒーローは弱音を吐かないよね?


それは呪いである。

今春中学生になるとはいえ、精神的な成長が早い女の子とはいえ、彼女はまだ小学生兄には優しくしてもらいたいし格好よくいてほしい、きっと…そう言う事だろう。


「ああ…そうだな。」


だから俺はその呪いを受け入れる。いつか彼女が俺にそんなことを言ったのを後悔しないように、妹の憧れとなれるように、俺は口角を無理矢理あげて無理に笑顔を作って見せた。


『…愚かだね…君は。』


きっとそうなのだろう。


「ふふっ、おにぃ、変な顔。」


…それはちょっと酷くない?



しかし、兄弟だけの話と言うのは大通りでやるものではないし、ましてや接触をできるだけ抑えなければいけない相手の近くで気配を察知できるような超級の魔法使いのそばで俺は立ち止まるべきではなかった。少なくとも少しは移動するか妹には秘密を知られても良いのだから魔力を全放出して無になるべきだった。

まあだが相手も相手だ。幼馴染とはいえすでに三年以上疎遠だったのだ。そんな無理矢理にこっちのスケジュールに噛んで来るとは思わないだろう?


「お久しぶり、アビス君」


その声を聞いた時、心の中で天を仰いでしまったのは仕方ないと思う。なにせ今の俺は魔力の制限を緩められているお陰でまだ制御が甘く明らかに彼女の周りに侍る俺に関わったことのある人間が知っている魔力量よりも明らかに大きく。避けるためとは言え連続して様々な魔法や魔力操作を行ったためにいつも通りの魔力量に戻すこともできず。結果…


「ああ、お久しぶりマリア。」


周囲から俺を取り囲むように飛んできた3桁程度のいつもの威力の魔法が俺の魔力にかき消された。


「なっ!?」

「どうなって…」

「どう…して…」


幼気な少年少女のプライドやらなんやらに致命的な損失を生んでしまったわけであった。ああ、無情、意図しないザマァとか勘弁してくれ、何の為にヘイトの操作までしてコッチを殴らせてんだよ…


「マリア…ちゃん、周りの人は何でおにぃちゃんに攻撃したの?」


出来れば…本当に出来ればだったけど来るなら来るでこの魔王少女めいた重圧を生み出しているマイラブリーシスターに事情説明をする前にして欲しかった。段取りというものがわかってないって言うか…いや、俺のミスか?気の緩みってやつか?


『本当に…大変そうです楽しい!』

「(クッソむかつくなお前!)」


学園に入る前から前途多難とか助けて…マジで。



手を出して来たのは相手、防犯カメラにも写ってはいるが相手方の大半は高名な魔法使いの子息子女、いわゆる特権階級であり揉み消しは容易い…そう、本来ならその筈だ。

問題なのはマリアが兄や家族の誰かから疎まれているらしいと言う事と暴走状態のマイシスターが居ると言うことである。

後者はまあ何とかなるとして前者は…ちと難しい、そもそも5属性を使える彼女にわざわざ使い方を教えなかったくらいだどんな難癖をつけて来てもおかしくない、と言うか俺は一回彼女の家の人であろう隠密系の人に『復讐したくはありませんか?』とか取引の体をしたマリアの汚点となれと言う指示を受けたりもしたがもちろん無視、契約上彼女の不利益になることは出来ないのでそのあと何度も色々あったがその時はネロを説得してその暴威で証拠も残さず。跡もなく。何が起きたと言う事さえ解明されない自然災害で何人か死んでもらった。

そんな彼女の家が彼女の取り巻きが学園に入ろうと言う一応希少な回復魔法と再生魔法を持つ学生に攻撃したとなるとどうだろうか?

しかも相手のお兄さんは宮廷魔導師、国家権力の中で魔法使いというのがたどり着ける究極にいる。

あれ?これは…俺がここでどう行動しようとどうにもならないのでは?

というかやって来た相手には未来の勇者パーティーの一員もいるんだが?

え、マジどうすんの?


次の瞬間俺と妹は凄まじい勢いで後ろに引っ張られマリアたちのいたところでは横にあったブティックから商品が雪崩れ落ちついでにまるで目くらましか何かのように近くのおもちゃ屋のクラッカーが暴発しまくったが…もう、俺知ーら無い!



しばらくして俺たちは商業施設の従業員以外立ち入り禁止の屋上に来ていた。


そして目の前にいるのは…


「お久しぶりです。アビス様、これまで王命の公務ご苦労様でした。」

「…あーっと、ああ、地味子Aか、見違えたよ。」

「飽くまで影ですので、私の姿は如何様にも変わります。」


王国の影、公にできない任務を遂行する裏の騎士団、一般人にはその詳細は知らされていないが噂が立つくらいには有名な王国の秘密結社にして王家直属の機密集団、その一員であり以前から少しずつ交流があった名も知らぬ女性がそこにはいた。


「お久しぶりだけど、まぁ…中学生は厳しいね…」

「小学生の頃から無理はありましたがここまで成長すると最早コスプレです。任務遂行は貴方もよく知るもう一人に任せました。」


女性といったのは彼女がもうえろえろなボディを持った『大人の女性』的な姿になっていたからである。ちなみに小学生を演じさせられていた頃から片鱗はあったが未亡人とか言われても納得できそうなエロさでありながら全体の雰囲気はどこか薄い、インパクトと特徴のなさに緩急があり地味子と言うよりはもう完全にくノ一である。

俺がそんなことを思っていると妹がハッとして俺をかばうように立つ。今の俺よりも多い魔力を全て魔眼と肉体強化に振り抜き戦闘的な体制をとっている。


「おにぃに何の用ですか?」

「…最高ランクの『裁定の魔眼』保持者、アビス・ランドウォーカーの実妹にしてその名をキャロル・ランドウォーカーですね、報告書より親密なように見受けられて安心しました。」


彼女の淡々とした『確認』にたじろぐ妹の肩に手を置く。


「大丈夫だ。彼女が俺の敵になるときは王命のある時、つまり…俺もお前も問答無用で殺される時だからな。」

「…にぃ、それは気休めになってるの?」


俺は少しため息をついて意図的に魔力にかけてあった枷を外す。

風もない。妙な破壊もない、完璧に制御された力が与えるのは澄んだ感覚と広がる知覚、無用な破壊は起こるはずもなく。起こすほど俺も馬鹿じゃない。


「に…ぃ?」

「…想定外です。まさか貴方がここまでの高みにいるとは思いませんでした。」


地味子はわかりやすく『驚愕』と顔の表情筋を総動員して驚きを表す。しかしその表情にも余裕が見られる所から俺は『一割』程度の解放で大体のことが簡単に進むのだと認識し、少し安心した。それと同時に確信できることが一つ。


「(俺が本気で力を振るえる事は万に一つもないだろうというなぁ…)」


この世界には役者が揃っている。勇者的な立ち位置でこの世界の防衛機能として何の問題もなく一級品と言えるマリア、その取り巻き、特に俺に攻撃してこなかった連中も精霊達の恐る巨悪に対抗する力があるだろう。

俺を攻撃して来た奴らもライバル役や踏み台としては十分すぎるほどに強く。俺の状態をここまでにした上級生の何人かは現状マリアを越える超ド級の化け物になっているだろう。一人はマイシスターより格が落ちるとはいえ同程度の魔眼使いだしな…あん時のことを思い出したら吐き気がして来たぜ(震え)


まあ、そんなことより彼女の用事を聞くとしよう。予想できない事はないし妹のプロフィールについて露骨にアピールして来たんだ。そういう事なんだろう。


「で?我が妹殿が勇者パーティーの一員とかいう予言でも降りて来たのか?」

「ご明察、いえ露骨過ぎましたね、私達は世界の理から外れこの世界の外側からこの世界を俯瞰している貴方に対して貴方の課せられてる契約の遂行を手助けする以外接触しないようにして来たのです。つまり貴方に用があるのではなく貴方以外に用があるのは確実…論理的かつ合理的な結論ですね。」

「なっ!」


…そこまで考えていたわけじゃないが、まあ結論はあっていたようだ。だが、妹はどうも不満があるというか…俺のせいだな、これは…


「嫌です!絶対に嫌です!」


案の定拒否、しかしそれすらも読んでいたかのように地味子Aは滑らかな動きで俺に刃を突きつける。特殊な加工かそれとも魔法的な効果付与か殴られ屋をやっていた俺の表皮を薄く割いたそれは俺の命に届かないながらも彼女に家族全員の危機を理解させるには十分だった。

そして俺は動けない、精霊の大雑把な契約の中にあるマリアの不利益になる行為をしないというところにようやく抵触したようだ。…ガバガバ過ぎじゃないですかね…


「にぃ!」

「ダメだな…俺は動けない、契約に引っかかったみたいだ。」

「それは僥倖です。ここで貴方に抵抗されていたら最悪の場合禁呪の使用、精神改変や記憶改竄を使う事になりませんからね。」


周囲の影からまるで染み出て来たように黒装束の軍団は俺たちを取り囲む。その全ての敵意は俺に向けられており、俺の心ではなく妹の心に負荷をかけるのを加速させるように俺の体に薄く傷が出来ていく。

王国が優先すべきは確実な勝利による国の存続、言ってしまえば彼ら影の一貫した目標は『魔王』と呼ばれる災害が起きた場合や戦乱の中、或いはもっと複雑な破滅への道の中から大多数の民と王家の存続をすること、少数派切り捨て、反逆者は消しとばし、障害を切り崩す。それが影の騎士団たる彼らと表の騎士の一貫した目標であり、そのためにどんな手段を用いいるかで裏と表が分かれている。

つまりは…妹が勇者と共にあらねばならないと言う国益の為に、俺はイレギュラーは死んでも構わないという事である。

…ついでに言えば俺の場合世界も殺しにかかって来ているので偶然にも魔法が使えなくなったりしても不思議ではない、詰まる所…


「…っぐっは、」

「…魔法が無くても硬いですね、貴方は、近衛兵として王の盾となりますか?」


屋上の白い床は俺の血に濡れ、せっかくの服は赤黒く染まり切り裂かれている。全身に千箇所以上の出血箇所が出来てようやく膝をついた俺だが体も心もまだまだ元気だ。だが妹の方はそうはいかなかった。


「…ていき…す。」

「はい?なんでしょうか?」


黒い細身の剣を一閃すると俺の体にまた傷が付く。最初の薄皮レベルなら自然治癒でも目に見える速度で治るがそれを察してからは意外と容赦ない傷をつけてくる。地味子の制服に返り血が付くが表情はまるで抜け落ちたように微動だにしない。


「っ…!言ってるでしょ!ついていくわよ!行けばいいんでしょ!」

「ふむ、物分りが良くて良かったです。」


彼女が承諾すると共に世界からの負荷が多少マシになり魔法の使用が可能になった。俺は一瞬にして傷を直し全てを再生させると散らばった血液を固めて行く。

妹はそれを見て少し固まり、黒装束の軍団は身構え地味子もいつのまにか戦闘態勢になっていた。

俺はゆっくりと立ち上がると久方ぶりに出来た血液の塊をそっとポケットに入れ大きく伸びをした。


「さて、用事は済んだか?」


俺は投擲されて来た不可視の刃を指二本で掴み取るとそのまま断ち切った。


「…貴方は、一体…」

「どうした地味子表情が出てるぞ?あと、契約を利用するのはいいが部下の教育はなんとかしとけよ?」


俺は呆然としている妹に近づき声をかける。


「ほれ、帰るぞ?」

「…ふぇ?」


俺はまだまだ軽い妹を小脇に抱え爽やかに笑った。


「じゃ、また何処かで。」


練り上げられた肉体強化とそもそも鍛えられた肉体は相乗的な勢いでその強化率を上げ人のままに人以上の力を持つことができる。理屈的には身体能力強化とは筋力強化、ひいてはこの世界における肉体の動きを作る筋肉のような物の強化を指している。つまり走る力が上がるのでは無く走るときに使う筋肉が発生させるエネルギーを強化しているのだ。

俺はデパート全体を強化し踏み砕けないように細心の注意を払って跳躍した。少し目立つだろうが今日くらいはいいだろう。不安にさせた分、希望を持たせてもいいだろう。


それが甘い毒であるというのを自分が一番良く知りながら俺は妹にそれを与えた。


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