光の陰には闇がある。ファンタジーにも嫉妬はある。そんなリアル
突然だが俺は最近イジメを受けている。
正確にはイジメられ役をやっている。
より正確に言うのなら契約上の義務によっていた仕方ない犠牲となることを強いられている。
「誰が好き好んで殴られ屋なんてやるものかよ…」
服は破れていないし痣も無い、しかし芯に残る鈍痛の様なじんわりとした痛みは決して消えない。拙いながらもネロの補助と肉体の備える防衛本能によって発動される高度な再生魔法によって肉体はより強く。より硬く。より頑強に構成され直し服すらも再生する。後詰の回復魔法によってあざは消え、骨と内臓だけにしていた強化を再度全身に回す。
「あ゛〜いてぇいてぇ。」
肩を回すとゴリゴリと音が鳴り滞っていた血流が急速に流れ始め収縮していた筋肉やら関節やらの伸びやらが取り戻されていく。
今回は魔力を使った衝撃波、無駄に有る才能をこれまた無駄に持て余した雷属性の魔法やら、肉体強化による圧倒的威力の暴力だったり…わざと弱いフリをしているのも有るがそれにしたって遠慮がなさすぎる。お陰で土ペロ床ペロ何でもござれ、倒れすぎてここ何ヶ月かで俺は立派な床ソムリエである。
さてはて、なぜこの様な目に俺があっているかと言うと…それは勿論マリアの為であり所為である。
この間の魔力純化操作をものの数日で習得した彼女は今までもその容姿と家柄、そして類稀な五大元素の全てを持つその魔力適正、今までも十分に魅力的であった彼女が五大属性を完璧に使いこなせる様になったともなれば…まあ、想像できるだろうが凄まじい勢いで株が天元突破した。
それと同時に問題になったのは俺の存在である。
何が問題か、今まで俺という存在は彼らにとってマリアの取り巻き筆頭というかぼっち組の筆頭をやっていたためにその延長線上でマリアの世話をしている愉快な奴くらいの立ち位置だったんだと思う。これでも結構マイルドに表現したが多分実際にはもっとドロドロした評価だろう。
だが、今となっては魔力量が一番少なく魔法使いとしての家柄もないただの一般人が貴族である他の誰よりもマリアに近くマリアに頼りにされているという状況…マリアに取り入りたい奴らからしたらいい迷惑だろう。なにせ親友ポジション、もしくは最も頼れる友人という強ポジションに自分が入れないのだ。
まぁ、それだったら俺がフェードアウトするだけで済んだのだが、そこにさらに一気に学内での影響力を持ったマリアに反感を持ちあまつさえ悪意を持って害を成そうとする輩が存在する。そのおかげで俺は彼らの反感をヘイトをいい感じに操作し自分に向けるか他のやつになすりつけるかしないといけなくなったのだ。
まあ、悪意を持っていた奴らはマリアに群がって来た奴らがいい感じに処理してくれた。それで少しは手間が省けたのはある。しかしそれと同時に何故か知らないが反感を持っていた奴らも俺の立ち位置が気に入らなくなり俺は瞬く間に魔法使いクラスと言う名のほぼ貴族しない空間で浮いてしまい攻撃されるようになった訳である。
…いや、ざっくりとこう説明したがその内実は複雑に絡み合っている上に大人やもっと上の方の事情とかもあるらしくマジ魔境である。
一回親衛隊の中にまともに喋れる奴(王家の子飼いで実年齢はすでに中学生)な地味子Aが色々頑張っている?俺のところに来て色々と話してくれたのだ。
曰く、精霊からのお告げがあり教会は動き始めているが俺のせいか俺のお陰か早まった彼女の覚醒のせいで貴族からの横槍を抑えられないとか。
曰く、お告げの中に彼女の仲間となる人物名が具体的に出て来たらしいがそれが結構過激かつ高位の貴族の出の高慢ちきなエリート君だったりクレイジーサイコレズだったりして王家としても陰ながら警護はできるがそれ以上は出来ないとかなんとか…
ま、結局のところ俺は紆余曲折あって王家直属の彼女のお守りに任命されてしまったのだ。
で、その任務が殴られ屋…うーん、公僕ぅ!
「悲しいかな、それでも魔法の技能が日進月歩で上がっていくのを見て喜んでしまう俺なのでした。」
『…貴方を追い詰めたつもりも、悪気もないけれど君はもっと上手くやれたんじゃないか?』
俺が自虐気味に独り言を呟くとネロは珍しく真剣な顔でこちらを見て来た。
なので俺はこう答える。
「ああ、俺が傷つかないと言う意味ではもっと上手くできた。」
『じゃあ!』
「だが、お前のかけた契約によってこれ以上に手が打てなくなった。なにせ俺はお前に殺されないように完璧にことを運ぶ必要がある。だからお前はできる限り俺のサポートだけをしていてくれ、」
俺がですますで区切らなかったのはわけがある。それ以上は独り言というよりも殺意の乗った精霊という存在、俺にこの役目を押し付けさらに今でも俺を世界の外へ弾こうとしている理不尽に対する明確な反逆となるからだ。
だがまあ、言わないだけで俺の雰囲気は相当最悪なものだったんだろう。ネロはその日を境に少し静かになった。
そして、彼女にとっていいことなのか悪いことなのか知らないが俺の再生魔法と回復魔法は彼女が補助してくれるレベルの上級魔法くらいなら今のか細い魔力量でも操作一つでなんとかなるレベルにまでなった。
つまるところ彼女が俺が傷つくのを見るにが嫌なら今すぐにでも俺の中から消え失せても俺にも、俺を排斥しようとする世界にも何の影響もなく。後腐れもなく処理できるそんな風になって来た。何より最近は彼女のそれとはまた違う何かが俺の体に入り込んで来ているみたいなんだが…まあ、今考えても仕方がないか…
「今日の晩御飯なんだろうな…」
『私はオムライスと見ましたよ?よくわからないですがこの曜日は卵料理が多い気がします。』
夕暮れの中そんな可笑しな会話が溶けていった。
そして時が経った。
諸君もロリコンかペドが狂喜乱舞する様な幼児、童子であり社会的自由のない、ある意味で言えば法整備がされた街、国に住んでいる様な子供が小学校に延々と通う話を聞いていても時間の無駄だろう。
いや、正確に言えばただただ通っていたわけでは無い、魔力操作を磨き、日々魔力の受け入れ容量が増える様に体内と対外の魔力を循環し、魔法の術式を、形式を死に物狂いで覚えた。
お陰で中学生となった妹には微妙に避けられ、あの日から余りあった魔法使いの才能と自信をさらに爆発させカリスマとその類まれな美貌でクラスの人気者となった幼馴染とは疎遠になったが…まあ、相変わらず契約通り手助けはしている。
何が言いたいか、それを一言で言うのなら…
「高校生、正確には学園モノの始まりか…」
『同時に貴方にかけてあったいくつかの制限が緩むのよ?なんでそんな死にそうな顔をしてるの?』
ネロは不思議そうに俺を見る。本当に意味が分からなそうで面白…いや、滑稽だ。俺は痣も何もない綺麗な、しかし引き締まった。まるで何かに殴られ続けて岩か何かの様に硬化した自身の肉体を見る。
まあ、小学四年生の魔法使いクラスと一般クラスの境からマリアのそばにいるには俺の努力も魔力量もふさわしくないと、そう言って俺を攻撃するものが後をたたなかったのはもういった通りでその奥底にマリアへの憎しみやら害意やらを溜め込んでいると自覚しながら、マリアという巨大な光に照らされるよりもそれが作る影を見つけて埃が出ないかと期待して、そして単純に鬱憤を暴力という形に変えたくて…というところまで同じでそれが中学生の間も続けられた。年に直すと約六年ほど殴られ役をしていたわけだ。
まぁ、終盤の方は殴られすぎて今度は逆に自分に弱体をかけないといけなくなったが…まあ、この世界の人間の肉体は適応と本能に優れた野生動物のような…というか某戦闘民族的なところがある為にこんな事になったわけだ。
「…はぁ、地道に修行と訓練してるより殴られ続けた結果身についた痛覚遮断と再生魔法と回復魔法の方が強くなるってどう言う事だよ…」
お陰でこの世界に存在する高等教育機関、その中でも最高峰とされる第一魔法学園に、中学くらいで才能の隔絶から直接会うことも少なくなったマリアと同じ学園に回復と強化魔法で入れてしまうのだから恐ろしい、というかそれで魔力量が増える…下手したらまた要らぬ横槍がマリアに入っているかもしれない為同じクラスに入る為やむなしというのもあるかもしれないが基本的に劣等生という認識の方が楽でいいのだが?
『くふふ…愚かね…私が契約を緩めると言ったら緩めるの、考えたって仕方ないじゃない、それに攻撃魔法や錬金術の方が評価されるんでしょう?魔力量のあるだけの回復魔法使いなんて注目されないと思わない?』
「馬鹿、ネロ馬鹿」
『うえぇ?』
…そうだった。こいつは一応精霊なんだった。俺の周囲の人間から情報を集めてより人間社会に馴染もうとしているがその根底は精霊だ。
「攻撃魔法や錬金術よりも回復魔法は使い手が少ない、だから俺みたいな木っ端でも取ったんだろうがっ!」
『…あ、そうか!』
あ、そうか…じゃねぇ!
「何を考えてたんだお前は…」
『えへへー、ごめんごめん、私の知識は何百年かズレがあるっていうのを忘れてたよ』
ちなみに何百年か前は身体能力強化の流れで肉体の再生は誰でも出来たそうな…って馬鹿!魔法文明最盛期の時代の話だろ!何千年前だと思ってんだ!
『…てへぺろ!』
「そういうところはすごい勢いで吸収すんのになぁ…」
俺は眉間を揉みながら合格通知を手に取り最低ランクのクラスであることをもう一度確認して痛覚遮断と意識遮断に合わせ技である神経遮断を使い糸の切れた人形の様に、泥人形が地に崩れ砕ける様にベッドに倒れ眠った。
今はそれくらいしかできない、明日から春休みだがそろそろ妹との会話がない冬の時代に心が軋んで来た。せっかくだから入学祝いでもしてやろう…俺はそんな風に考え…その考えも間も無く闇に沈んだ。
『…そろそろね…』
ネロは、いや、水の大精霊は自分の予想以上に強くなった。自分の掛けたしがらみを物ともせず生き抜いてきた自身の仮契約の相手を見た。
『世界の軋みが聞こえる。もうじきマリアちゃんに…』
世界を救ってもらう日が来る。
彼女は自分を二分割し彼への呪縛を半減させると共にその力を弱く。しかし意識は完璧に残した。存外、このまま彼に仕えるのも…そう考えた彼女が彼の頬に顔を近づけ…
『ダメだよネロ、横取りは許さない、君たちの愛し子は彼女だろ?』
『っ!』
彼から吹き出した闇に阻まれる。
『君の様なただ人間が好きな精霊は彼女を構っていればいい…僕には、僕にはこの子しか居ないんだから。』
『…そう、そういう事…』
彼が闇に包まれながら眠るのを見てネロは激しい妬みに、嫉妬に駆られた。その感情がなんだか彼女には分からなかったが一つだけ確かなのは彼女が漆黒のそれを羨んでいるという事だけだった。
春、それは出会いと別れの季節…とは名ばかりのリア獣大量発生期である。
俺は昨日からの予定通りに彼女…妹を連れてお出かけして居た。
「…それで、おにぃはどこに連れてってくれるの?」
「うーん、前のお前だったら遊園地一択だったが…」
俺がそういうと彼女はわかりやすく嬉しい様な、しかし絶妙に嫌そうな顔をした。いや、多分嫌ではないのだが何か理由がある感じの嫌がり方だ。
「おにぃと恋人がたくさんいるところに行くのはちょっと…」
「あぁ〜、確かになぁ…っと!?え!何?なんで俺殴られたの?」
「知らないっ!」
俺がそれもそうかと納得すると脇腹に軽い衝撃、見ると俺よりもだいぶん小さい妹の肘鉄が俺の脇腹に当たって居た。しかも不機嫌だ。仕方ないここは適当に甘いものを…
「おっと」
「ん?どうした…の…」
俺がクレープ屋を発見すると同時に見つけたのはそこに居た銀髪に虹色の眼をした美少女、もといマリアであった。周りには彼女の派閥とも言える魔法使いの子孫、いわゆる貴族階級やそのおこぼれに預かろうとする取り巻きでいっぱいだった。俺はとっさに魔力と見た目の偽装を展開する。
妹は彼女を見て複雑そうな顔をしながら俺が反転するのについて来る。
『また避けるの?』
類まれな才能を無駄に発揮して音だけを飛ばして来る彼女に俺は応えられない、なにせ彼女の周りにいた何人かは俺を攻撃して鬱憤を晴らしていた奴らだ。いけば無用な衝突が起こるし、精神的に腐っていても魔法使いの見習いの中でも最高レベルの才能と努力を重ねてきた彼らにとって魔力の逆探知くらいお手の物だ。彼らの視線が集まる前に俺は全くの別人へ姿を変えこれまた無駄に高まった気配殺しで人混みに紛れた。
そんな俺たちが辿り着いたのは訪れていた巨大商業施設の外縁、ショッピングモールができる前からあったであろう老舗っぽい珈琲店だった。
「………」
「………」
沈黙、沈黙が重い、彼女も俺の置かれている立場を、マリアへの妬みの肩代わり的な所業を知っているのもあって沈黙の重さは水銀めいたどろりとした重みで時間感覚と互いの認識の麻痺を起こす。
周囲に誰もいないのと魔導式蓄音機といえばかっこいいが見た目が古めかしいだけの音楽プレーヤーから流れる一昔前の音楽が時間の流れを遅く感じさせているのかもしれない…そんな中口を開いたのは静かにミルクレープを食べていたマイシスターだった。
「おにぃ、率直に聞くけどなんでマリアさんを避けてるの?」
…彼女も理由は知っている。だがその理由に納得できていないのだろう。なにせ俺は人のために進んで傷つくような壊れた人間性を持っているわけではない、それを彼女も知っているし、だから俺の理由に違和感があったのだろう。
ここをごまかすのは何か大切なものを失うことと同義な気がする。信頼とか信用とかそういうものではなく兄弟間の仲とか絆的なサムシングが欠落してしまう。
だが…
『……』
ネロはこちらを楽しそうに見つめるだけ、いや、楽しそうに見えるが目が笑っていない、契約の呪縛は半分ほど解除されたがそれでもこれはギリギリすぎる。精霊にまつわるなんやかんやを俺が口にすればどこまでいったかにかかわらず妹も巻き込むつもりだろう。
だから俺は…
「おにぃが部屋で誰かと話しているのとか、おにぃのそばに誰かがいつもいるのと関係してる?」
『なっ!?』
バカ単細胞ネロと違い表情筋の制御力と感情の堰き止めが得意な俺はコーヒーを飲みつつ顔色を変えずに彼女の目を見た。
その目には魔力が宿り、この世ならざる者を見る生まれながらの魔眼を起動させていた。その効果は単純にして至高だ。『凡ゆるものを見通す』この一点に特化した見る事に関してはどんな魔法も届かない、彼女は生まれながらにそれを持っていたがその制御に難儀していた筈だ。少なくともつい最近までは…
「そうか、そういうことか。」
「うん、魔法使いとしての才能はマリアちゃんどころかおにぃよりも低い筈の私が大した苦労もなく魔法使いクラスに入れた理由…そして、おにぃを疑う事で完成した忌々しい力だよ?」
魔眼をはじめとする先天的な異能は魔力や肉体に制御よりも精神的な枷によって封ぜられていることが多い、彼女の場合それは純真さの否定、疑う事、世界の真理を『見』ようとする精神性の構築にあったようだ。
「だから遠慮なく巻き込んで?私のステキなお兄さん?」
「…くはは、はいはいそうでございますねお姫様?」
不信感を持たせるくらいはいいと思った俺の落ち度だ。その不信感が彼女の瞳をこじ開け、その曇りを払ってしまった。ネロは自分のことを直視して来る彼女の視線に耐えきれず俺の後ろへ隠れていく。
「(どうだ?ネロ、俺の妹は巻き込みたいか?)」
『ごめんだよ、巻き込むどころか巻き込まれそうだ。いいや、あれは絶対すり潰してくるよ、擂り鉢とかでギーコギーコって足先から削られるに違いない!』
何故そんな芝居がかって怯えているのか知らないが、今の彼女に誤魔化しは聞かないだろうしすれば背後から突き刺されそうな気迫があるのは同意できる。
「仕方ない、じゃあ、俺の、不運な男の話を聞かせてやろう。」
そう言って俺は嘘すら見抜く超級の魔眼を起動しながら俺の酷く愉快な話を聞いたのだった。