一般人で脇役たれ
「『不死身』、『不死』前から精霊様が憑いているのはわかってたけれど…随分とすごいのに絡まれたわね。」
「…本当にどうにかなりそうだ…ふは…」
以前、この世界は五大元素とそれを司る神の如き精霊によって運営されていると言った。別にそれは間違いではないが魔法という世界の真理を探究する研究がある以上、教会の経典と本来の世界の形に違いがある。それ自体は暗黙のルールによって護られてはいるもののその矛盾を知る者は多い、無辜の民にそれを知る者は多くは無いが、民族伝承であったり、魔法使いの中でも異端的な研究をするものであったり、王国貴族などはそれを知っている。
「五大元素のうちの光、それに対する『虚無』、『闇』とも言えるそれは神話の時代に消し去られたと言われて居たわ…勿論、そんなはずはないのだけれどね。」
光あるところに闇がある。火がつけば影ができ、星々の光は闇夜の中でしか輝かない、明るさの中で逆説的にその存在を示す闇は教会の中では禁忌とされて居た。…その属性が、その魔力が、光と四大元素を崇める教会の魔法たる『回復』と『再生』そして『解呪』であるというのは皮肉である。
『酷いよねー、私の力を使いながら私を否定するなんてさ!』
「実際、魔法としての闇属性はその一切を失伝したと言っても過言ではないわ、それにこの国だけかもしれないけれど黒い髪の子供、つまり闇に適性のある子供が生まれる事はかなり希よ、あったとしても魔力が低すぎて魔法を使いこなす様な所までその技能を伸ばすことはなかったり、貴族の中から出ても固有魔法の方が属性魔法を押しつぶすことが多いわ。」
まあ、幸いにして異端査問にかけられたり、村八分にされたりする様な事はない、魔法が学問的な体系化をされている為に遺伝やなんかも魔力や魂、血統などという形で理解を示されている。
それ故に教会による魔女狩り、異端審問なんかは鳴りを潜めた筈だった。
うん、筈だったんだ。
「エリン・ジルバニア、そしてアビス・ランドウォーカー!以上2名は精霊教会最大司教の名の下に異端査問会に出頭して頂く!」
「わぁ…」
「…どこの差し金かしらね?」
テラスを出た瞬間に黒頭巾の集団に囲まれたかと思うといきなり羊皮紙を開き声高らかにそんなことを宣誓したのだった。
いや、意味不明なんだけど、異端査問やらなんやらは鳴りを潜めたはずじゃあ?
すると俺が持った疑念を見抜いてか、それとも単に不思議そうに首をかしげる俺を見兼ねてかエリンお嬢様が耳打ちをする。
「…バカね、対外的に大虐殺が起きてないだけで今度は貴族同士のつぶしあいやら宗派ごとの殺し合いに使われているに決まってるじゃない。」
ああ、なるほどね(絶望)美少女の耳打ちはご褒美だが入ってきた情報が最高に最悪すぎる。なにせ俺は世界的に見て異物でここ最近教会がらみも王様絡みもついでに言えば最初からとはいえお貴族様の方とも具合がよろしくない、もっと素敵に立ち回れればいいんだが、あいにく俺は一般人ここに極まっている。今現在も多少痛みに強く。勝手に不死身の体を装備させられただけのロートルである。
「それで?一体私たちをどうするつもりかしら?」
「…ひとまずこの王都中央にある教会に来て頂く。宜しいか?」
ひと暴れするというのも選択肢には入っていたがお嬢様の静止もあって一応やめておく。…まあ、それに武器を構えられている時点でよろしいもクソも無い、俺が死ななくてもお嬢様が死ねば俺は詰む。一応魔力を待機させていたが…彼らの提案に乗るしか無いのであった。
「心当たりはあるか?俺はある。」
「あいにくね、私も敵に事欠かなくてよ。」
「良いから歩け!」
戦闘用に改造されているからか威圧感のある鎧めいた神官服を着こなす教会戦士に俺だけど突かれながら空を見る。
ああ、本日は晴天なり…
教会というのは得てして神を崇めるという以上に民衆を操る為の権威と圧力を有しているものである。現代では美麗で荘厳な雰囲気、としか感じられない建物にも迫力がある。
「随分と快適な車ね、どこの技師の作品かしら?」
「…ジルバニアより寄贈された最新鋭の物だ。だが、今回の貴方は重要な参考人としてよびたてられています。『寄付』に応じた扱いはしますが、上層部への口利きは不可能ですね、どうやら今回は『枢機卿』よりも上からの要請のようです。」
「そ、ありがとう。」
とってもエキサイトかつ貴族様っぽい会話をどうもありがとうございます。さて、そろそろ良いかな?
俺は檻の柵を掴む。ジャラリと手首あたりから嫌な音が聞こえるがそこにあるのは想像しているよりもファンタジックではあるものの手錠である。
「なんで俺はこんな事に?」
「…ごめんね?」
「…今回最大の嫌疑をかけられているのは貴方です。アビス・ランドウォーカー、貴方には『禁術使用』と『反逆罪』の嫌疑があります。貴方が一応ジルバニア家の従者見習いである為にこれで済んでいますが普通ならもう首が胴体と離れている事でしょう。」
『ま、それでも死なないでしょうがね。』と皮肉げに笑う彼は俺たちに向かって文書を読み上げた張本人であり…鉄仮面を取った素顔がとってもチャーミングな金髪碧眼のパーフェクトでトゥルーリーなイケメソである。
いや、冗談はこれくらいで、彼はジルバニア家子飼いの教会内部の間者、ぶっちゃけていうと今回の立役者、どうやら異端査問とかそれ以前に俺と彼女を抹殺しようという動きがあるらしく機能のそれは前哨戦でこれから激化することが予想される…ので、教会で身柄を確保した。という事実を盾に俺たちを保護してくれるらしい、まあ、信用できるかは微妙だが、彼女号令一つでブレイクダンスからタップダンスまでなんでもござれな面白い曲芸集団でないというのが確かだ。
「…そろそろですね、」
「ええ、そのようね。」
ちなみに俺たちが載っているのはトラックのような魔道具の荷台、にある貴族様っぽいVIPルームである。…もちろん俺は檻の中だがな!
ちなみに前方後方にそれぞれ俺たちを囲んでいたカソック集団がいるがお嬢様の号令で無茶苦茶なダンスを踊らされてから一切口を開いていない、よく訓練されていると評価しても良いが、恐ろしくもある。
「なっ!前方に装甲車発見!魔導兵器を搭載したもので…まずい!教会の執行部です!」
「予想通りですね、お嬢様。」
「ええ、そうね。」
あの?運転手さんの声聞こえてる?あれ?
「え、やばくない?」
「ええ、やばいわ、手が読まれているのはわかってたけどまさか街中で仕掛けて来るなんて…もう少しで門だったのに。」
「ええ、途中何度か魔導迷彩で外装を変え中央から離れていたのですが…申し訳ございません。」
…おっと、これは…
「まずいんだな?」
「ええ、まずいわ、アクション映画の戦闘シーンさながらの大爆発まで秒読みって、感じね。」
「あの口径は105mmの物理砲ですね、原理は爆発魔法によって礫を飛ばす簡単な物ですが、ライフリングと術式魔法による加速、強化を刻まれた弾丸に仮想術式延長砲身付き…我々の車両は一瞬で粉微塵ですね。」
いやいや、紅茶飲みながら解説してる場合じゃないだろう。
「落ち着きすぎだろ。やばいんじゃないのか?」
「まあ、想定の範囲内というか…エリン様のお兄様が出てくるくらいまで考えていたので問題はあれど差し支えはありません、多少荒くはなりそうですがね。」
「ええ、そうね、ああ、アビス『解除』…っと、これで大丈夫ね。」
エリンのつぶやき一つで俺を詰め込んでいた檻が壊れ、手錠は外された。
え?これ教会の…
「馬鹿ね、盗聴の危険性があったからそれっぽい会話してただけで彼らは私の私設部隊、『剣神』仕込みの超人集団、所謂エリートってやつよ。」
「あはは…照れますね、まだまだあのお方の届きませんが、その御期待に答えましょう。」
次の瞬間爆音が鳴り響き然るべき衝撃が…衝撃が…
「来ない、障壁でも貼ってあるのか?」
「勿論、一応トラックの様相を呈していますが…」
彼が指を鳴らすと前後にいた運転手以外の人間が次々に配置につき、それぞれ壁面や床に魔力を流したかと思うと近未来的なインターフェースやらカッコいいナビゲーションシステムが起動する。
うん、そういえばソウダネ、ジルバニア家といえば貴族である以前に…
「貴族令嬢の方が聞こえがいいけど社長令嬢も捨てたものじゃないでしょ?」
「魔導具生産、シェア共に王国一のバケモン企業だったな…」
そうである。今までファンタジーな描写が多かったがこの世界はあくまでも魔法が科学の代わりに成長した世界、民家は王城よりも低くあるが、それに劣らぬ威容がこの世界の街にはある。一つは『壁』、強力な魔法を変えられた対魔物用の巨大兵器そしてもう一つは、『ビル』有り体に言って完全にミスマッチ…とはいえない、例えるなら新宿や、大阪城周りのような景色を西洋風にしてみてくれればいい、多分それが正解だ。
一瞬でちょっと変わったトラックから立派な戦闘車両に変化したそこで彼女はむふんという擬音でもつきそうなほど胸を張って笑う。
「王族がなんですか、勇者がなんですか、自分の身を守るのは自分です!」
「流石でございますお嬢様。」
いつのまにか湧いているお爺様に戦慄しながら俺は乾いた笑みを浮かべる。
…やはりこの世界は個人が活躍できるようなものでは無いようだ。俺は車に乗る前に見上げた空を我が物顔で飛んでいく飛行機を思い出し、なんとも言えない感じになったのを思い出した。
『…ま、そうは言っても所詮人間業、強大な個である一部の魔物や魔王という現象、私たち精霊のような世界そのものと比べればまだまだ…だよ?タブンネ、私ちょっと封印されててたからよく知らないや!』
『…今の魔法技術は過去に滅亡したどの文明よりも高度化しているよ、それがいいのか悪いのかはわからないけどね。』
ネロと黒い少女の念話が非常に興味深いし、そういえばこいつらも精霊だから太古の時代からこの星に生きているんだなと思いました。
…いや、というか…
「勇者っているの?」
「…それが残念ながら必要なのよね。」
「ええ、非常に残念ですがね。」