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強さの現実


俺は学園の入学式と同時に起きた心臓に悪い出会いを思い出しながら帰り道を歩いていた。はっきりしたのは言うまでもなく。俺は弱い、という事だ。


「はぁ…」


何を基準にそんな当たり前のことを言っているかといえば、それは魔力の制限だったり、付け焼き刃の武術であったり。未だに才能の壁を超えられない魔力操作であったりだが…


「あの爺さん、やばいなぁ…」


シルバニア嬢の無拍子魔法もやばかったがアレくらいなら俺も出来る。彼女の場合は神眼の付属効果と彼女自身の技量もあるが、俺の場合は回復魔法をストックし即時発動できるようにしてあるのがそれに当たる。

だがあの爺さんは別次元である。俺に彼女の拘束魔法が当たる前に、抵抗しようとした俺の関節と健、何より非物質で有りエネルギー体であるはずの魔力を斬った(・・・)のだ。

ぶっちゃけ俺がインスタントな速攻魔法にあそこまで完璧に嵌るのは不可能である。


魔法というのは対象の魔力に働きかける事で発生するものと自身の魔力をエネルギーそのものに変えるものの二種が主流である。

ついでに言うと自身の魔力をエネルギーに変えて撃ち込む物はほぼ物理攻撃であると言うのは言うまでもないだろう。

さて、魔力と魔法は密接な関係にあり、強化や回復、拘束などの魔法は相手や自分の魔力に作用するものである。この時俺のように魔力を無に出来る者には一切の効果が出ないのだがもう一つ例外がある。

それは魔力量が術者よりも多いか、拮抗している時である。


基本的に魔法によって魔力と魔力が干渉し合う時魔力量が多いほうが有利になるのは言うまでもないだろう。だが魔法を放つ時に使う魔力と抵抗者が使用できる魔力はその絶対量が違う。まあ、じゃんけんで例えるなら抵抗する側は相手の魔法に抵抗するとき後出しで勝負できるのだ。

その為俺はあの一瞬だけ魔力を増強し抵抗力をあげていた。その為あんな風に跪くような事にはならず弱いしがらみが付くくらいで済むはずだったのだが…


「最悪なのはそのことをあのお嬢様が全然わかってないってことだ。」


恐らく彼女に対して差し向けられてきた暗殺者を退けてきたのはあの爺やと呼ばれていた老執事なのだろう。

さて問題はここからである。


「…消えろ、イレギュラー。」

「おじさん疲れるの嫌だかさっさと殺されてくれよ?」

「アハハハハハハ!!」


目の前にはカソックに改造された戦闘用義腕の両腕をつけた厳つい男と気が触れたような文言を吐く銃のような物を両手に持った男、そして狂ったように高笑いをするチェーンソー的な物を両手に持った少女…

どう見ても襲撃者なのは良いんだが…


「なんで俺狙いなんですかねぇ…」

「言う必要はない、ここで死ね。」

「アハっ!」


俺とカソック男の問答が終わる前にチェーンソー少女が踊るように俺のほうへ突っ込んでくる。

それを見ながら俺は一応構えを取る。何だかんだこの世界においての戦闘というのは初めてだが異常なまでに落ち着いている。勿論勝てる自信はない、だが生き残る自信はある。身体能力だとか魔法だとかそう言う明確ではない理由からくる自信ではない、俺は近づいてくる少女に対し構えを解いて拳ではなく掌で胸部を撃ち抜く。


この世界では一般人でも驚異的な戦闘力を持っている。魔法というのは弱者と強者の境目を埋めがたい物にするが、魔力による戦力の格差は生まれにくい、だから一応体を鍛えるのだろうが…


メキョッと言う音が少女の胸部から聞こえ俺の左肩にチェーンソーの刃が喰い込み周辺の肉を巻き込んで削り飛ばす。

俺は腰を使わずに胸部の打ち据えた掌を骨折音や衣服などを一切気にせず一気に捻り足先から腰へと伝わってきた地を蹴るような力を背骨と筋肉を軋ませて出来うる限り伝え切る。漫画のように、いや、武術としては最悪なレベルで収束しきれなかった力が地面を破り砕ける。


「キュッッフ!?」

「…」


少し遅れてズドンというような破砕音が彼女の内部から発生し吹き飛ばす。

鮮血を口から吐き、眼球をグルリと回し、捻るようなエネルギーによって捩れた胸部から血を撒き散らして人気のない路地裏から更に先の闇まで吹き飛んで行った。

俺はといえば一瞬で再生させた左肩の様子を見て今度は構えを解いたまま強化された感覚のままに体を動かし重なった銃弾を避ける。


「っち!おい、一般人じゃなかったのかよ?」

「…イレギュラーはイレギュラーと言うことだ。『剣神』が最低限の実力はあると見たからここに立っているのだ。気をぬくな。」


あくまで護身、飽くまで闘争では無く逃走、と行きたい所だが…


(多分ジルバニア嬢絡みか…勇者絡みだよなぁ…)

『流石だねー、多分そうだよ?で、どうする?逃げるの?逃げ道なんてないのに?』


俺は脳内に響くアホ精霊の声に応えるように足を踏み出し錬金術に連なる土属性の魔法を発動、杭のような岩石が二人に向かって突き出る。


「…早いが…それまでだな。」

「そりゃあそうさ!実戦経験なんてないがくせっ!?」

「運が悪かったですね?」


そしてカソックは横に、銃士が後ろに避けた。

だが後ろに避けた銃士の胸からは細い鉄の杭が突き出ていた。


「ばッガ、マジがよ゛!」


肺に刺さったのかゴボゴボと言う濁った音が口から漏れる。残念ながら致命傷ではないだろう、簡易な再生魔法が使えれば十分再生可能なレベルの損壊だ。さっきの少女もそうだがこの世界の人間は基本的に頑丈で身体能力に至っては同じ人型だと思えないレベルで高い、まあ全部魔力の所為なんだが…


そんな風に思考しながら失った魔力相応の地獄絵図を見せられつつ構えを解き直すと今度はカソックの男が無言で加速、いや!一瞬で最高速に…


「なかなかだがここで死ね。」


不可避の一撃と言って良いレベルの一撃、腕の機構が火を噴き爆炎と衝撃が俺の体を貫く。視界的には肉肉しい何かが蠢き襲ってきたように見えるが視界は現実離れしていても衝撃は確実に俺を襲う。



「…咄嗟に後ろに飛んだ…か。」


追撃しようとしたカソックの男だが排熱機構を発動した男は二人の再起を待つ。彼の役目は基本的に先手必勝の一撃決殺か最後の仕上げ、トドメである。攻撃力の代わりに持続力をある程度廃した彼は先ほどの手応えから命に届いたような気配がない事に薄く笑う。


「頑丈な事だ。これで再生と回復魔法を使うのだから下手な魔物よりも恐ろしいな。」

「アーハー?本当にネェ…」


闇の中から這い出てきた少女は最悪気分だとばかりに顔を歪めながら欠けたチェーンソーのチェーンを見せびらかしながら衝撃が貫通し背中側がビリビリに裂け前側を鮮血で濡らした状態で出てきた。


「サイアクだよー、体は馬鹿みたいに硬いし水薬は使わされるシィー。」

「…油断するからだ。それともいつもの悪い癖か?」


彼女は顔を歪めながらも口だけは嬉しそうに弧を描き、ただの紐のようになったチェーンを手に食い込ませ恍惚とした表情を浮かべる。


「アハっ!そうかも、結構いい感じに死にかけられてハッピーってかんじ?」

「…狂ってんなぁ、オジサン自分より強い若人と戦いたくないんだけど?」


両手に銃を持った男はさっさと傷を塞いで大仰に首と手を振る。


「そうですか、じゃあ死んでください。」

「んっ!?」


そして残念な事にその一言が彼の最後の一言となった。彼が最後に見たのは生命の輝きである魔力の圧縮された光、その残滓だった。

先ず首が回転し身体中の関節が捻じ曲がりまるで大気中にある膨大な魔力を操っているかのような異常な奔流によって捻り潰すように、見方を変えればまるで雑巾でも絞るように触れられた箇所から人間が絞られたのだ。


ぶちゅり


そんな生々しい音とともに男は人間から肉塊に姿を変えた。

そんな場面を見ながら少女とカソックの男は冷静だった。


「なるほど、イレギュラー。確かにこれは異物だ。」

「うーん、有り体に言ってバケモンだねーあれは。」


そんな声を聞きながら俺は地獄のような視界の中で握りつぶした男だけが正常に見えるようになったのを見て殺したと言うのを認識した。


『制限が外れてる?なんで、どうして!?』

『それは私のせいだよ、ネェ?水の大精霊ネロ?』


頭に響くもう一人の声、俺は意図的に視覚を白黒にし痛覚などの感覚を最低レベルまで落として膨大な魔力を制御した。

彼女らの攻撃はすでに始まっており痛覚はほぼ無いものの斬り刻まれ削り取られ爆炎とともに衝撃が連続して襲いかかってくるが、膨大な魔力を消費して凄まじい勢いで再生し回復する。加速度的に視界が歪み精神がすり減るどころか捩じ切れそうになるが同時にもう一人によって精神を無理やり補強されていく。


『なっ!君は彼を壊す気なの!?』

『いいや?彼が生きやすいようにしているだけだよ?』


根幹から自分が作り替えられているようなサイアクな気分を俯瞰的に見ていた俺は損傷を与えられた瞬間からまったくもって俺の制御下にない肉体から魔力を拒絶し俺を動かすもう一人の操作から自由になる。


「っはぁ!っっふぅ!」

『あーあ、止められちゃった。』

『ああ、良かった。ほんとに、本当に良かった。』


気がつけば路地裏はだいぶん見通しのいい感じになっており目の前には両腕が吹き飛んだカソックの男となぜか恍惚としている少女が頰を上気させ焦点の合わない目で俺を見ながら体を痙攣させていた。


「…化け物が…」

「そうかよ、俺にはお前らの方が怖いくらいさ。」


魔力が完全に体から抜けると同時に世界の拒絶がこれでもかと俺の体を物理的にも精神的にも揺さぶりバキバキと軋む体が地に膝をつく。肉体操作による痛覚緩和が世界の意思によって通常に戻され痛覚が、視覚があらゆる物が戻ってくる。そして過敏になっていく。今までの痛みが、魔法の反動が一挙に押し寄せ俺をひねりつぶそうと、魂ごと擦り潰そうとしてくる。


気がつくと男は両腕もないのに立ち上がってこちらを見下ろしていた。


「計画通りだ。貴様を暴走させれば自爆してくれるだろうと踏んでいた。ジャックが死んだが…まぁ、補填は効く。カルマが死んでいればもう少し考えたが…ふむ、まあ、いいだろう。」


気がつけば周りはただの路地裏となりジャックと呼ばれた銃使いが人型に、男の両腕は再生された。少し顔色が悪いところを見るとどうやら魔法の反動がキテいるようだ。


「やはり私の能力でも貴様はどうにもならないか。」


まるで時間が巻き戻ったようだ。いや、恐らく…


「ジルバニア家の血統魔法かな?」

「……」


血統魔法、それは貴族を貴族たらしめるブルーブラッド、貴い血、権力の象徴にして切り札である。

彼が顔をしかめる中、俺は今日テラスで聞かされた護衛の話を思い出していた。



「一応、暗殺者と言ったけどあなたが相手をするのは貴族の暗部、普通の魔法使いじゃなくて理を外れた魔導の深淵、血統によって受け継がれてきた闇の術の使い手…それもジルバニア家の人間になると思うわ。」

「お家騒動って奴か?」

「いいえ。伝統よ。」


伝統、伝統かぁと思ったがどうやら思ったよりも貴族の世界はトチ狂っているらしい、通常魔物などを倒すとその残滓を取り込みそれによって自身の魂を補強し強化できる。それを同じような魔力と固有魔法を持つもの同士でやればどうなるか…


「私の持つ魔法は次元断裂、攻撃性の高い時空魔法、いえ、時空魔法という枠組みの中では異端と言っていいレベルの代物よ。」


聞けば時空魔法と呼ばれる物の多くは瞬間移動や無限収納、時間停止や時間加速など時と空間を司るものが多いそうだ。その中で直接的な攻撃力を持つのは彼女の次元断裂が初めてのものらしく生まれた瞬間からその命を危険にさらされてきたそうだ。


「ま、私は運が良かった方よ、私たちはちょっと特殊な魔法使いが多かったからお父様の間引きは無かったわ。」

「…」


それは幸運ではないし、暗に死んでも何かしらの形で有効に活用されるということじゃないだろうか?俺が何かを言おうとすると彼女はにっこりと笑った。


「いい、私の勇者様?あなたは平民でそれの中ではほぼ固有魔法を持つ貴族と同じレベルの力と特殊な体質を持っているわ。」

「…それはちょっと言い過ぎじゃないか?」

「はぁ…自己評価が低いのね?」


彼女は少しぬるくなった紅茶を飲む。


「でも、その評価の低さは重要よ、だって貴族のそれも固有魔法を使いこなすような怪物と何の武器もない平民なんてドラゴンとスライムのような物よ、私みたいに半端な使い方をしていてもこの国を更地に変えるくらい訳ないもの。」

「それは恐ろしいな。」


実際そうなのだろう。なにせ彼女の魔法は次元断裂、射程無限の斬撃であり破壊を撒き散らす暴風、魔力消費が大きく世界の理から逸脱するような人のみを超えた魔法ゆえに使えば俺のような精神負荷がかかるらしいがそれを考えても使えばこの辺りを更地にできるというのは納得できる。


「だから貴方のやるべきことは生き残ること、そのためには戦う相手をよく知るしかないわ。」

「なるほど?」

「じゃあ、今からお兄様とその他私の命を狙う分家五つ、教会に入った子もいれて全員の特徴と魔法を言うから全部覚えてちょうだい?」

「は?」

「大丈夫、人間は痛みで記憶を補強できるわ、私がどっちもいけるクチなんだから貴方にもそうなってもらわないとね?」



「『時間遡行』アルベルト・ジルバニア、ジルバニア家の分家の生まれだがその能力から本家に引き取られた。能力は空間と時間を一定範囲内で再生、もしくは遡行する。だろ?」

「…エリンか、相当入れ込んでいるようだなアイツも。」


彼はそういいながら腕を振り上げる。ガチンガチンと杭のような物が今までよりも深く引き絞られ赤い炎が青く変色していく。


「だが、しね、ここで死ね。我らが悲願のために死ね。」

「さぁて、殺せるかな?『坊ちゃん』?」


この日都市の中心から全体に亀裂が発生し一時魔力断線が起きたが幸いなんの被害もなかったそうだ。


「…ちょっとした賭けね、」

「…左様でございます。ですがこの程度で死ぬならそれはそれでそこまでの男だったということでしょう。」


その日アビス・ランドウォーカーは家に帰らなかった。

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