第二十回
「まさか、『ウンディーネの嘆き』を、有坂姉妹に……?」
「ほかでもない。そのまさかだよ」
これが発端だったのだ。
いや厳密に云えば、すでに悲劇の歯車は動き始めていたのだけれど。その時はもちろん、知る由もなかった。十五年以上前の北鎌倉で、嗟嘆の軋みと、緋色の潤滑油にまみれながら。
あるいは真の発端は、十九世紀初頭のパレルモにまで、遡れると云うのか。
「布石は打ってあるのですか」
アポ、と口にしかけ、なぜかそう云い換えた。いかにも顔の広い「妖怪」であるが、有坂姉妹との繋がりは全くないようだ。一口に放り込まれたチーズが、不適な笑みとともに、ぐしゃりと噛み潰された。
「これから打ってゆくわけさ。そのためのブレーン会議じゃないか。なに、すでに駒は充分進めてあるよ。ここにいる両先生がた、とくに京林くんは長篠明子と昵懇だ」
「そこのところがよく判らないのですが。なぜ彼女の誕生日に、ビッグネームの有坂姉妹が駆けつけたのでしょう。見渡したところ、報道関係者は一人もいないようですが」
演奏中、客たちは圧倒されるあまり、フラッシュ一つ焚く者はなかったのだ。京林が、髪を掻き上げた。
「単純な話です。アキちゃんは、学生時代から有坂美月と親交がありましたよ。姉の鞠花と組んで一気に名が売れる前から、心酔してたんですね。藝大の卒業演奏会にも、水月は客席に姿をあらわしてます」
「そうして卒業後、明子は実質上、有坂水月の秘書のような役廻りとなっているのさ」
「秘書と云うか、付き人ですね」
残酷な言葉だ。私が眉を顰めたのも素知らぬ顔で、京林が続けた。
「スケジュール管理のみならず、運転手までやるそうです。そのうえピアノ弾きの仕事までこなすんだから、若いとはいえ、よく身体が持ちますよ」
「そこまでしなければ?」
「仰言りたいことはよく判ります。ご想像どおり、アキちゃんは現在、奨学金の返済に追われる身なんです」
「音楽大学は、学費がものすごいと云いますね。でも藝大なら私大よりずっと、金銭面では楽なんじゃないですか」
「塵も積もればですよ。それも七年間。高校時代のぶんもありますからね」
長篠明子。出身は兵庫県加古川市。
実家は豆腐店を経営し、祖母と両親との四人暮らしが続いた。母親には音楽の素養があり、「嫁入り道具」にピアノが含まれていたほど。明子は三歳の頃から、ピアノのレッスンに通うことができた。
祖母が亡くなった翌年、長篠豆腐店は経営破綻した。明子が十一歳の頃だ。ピアノは差し押さえられ、家族は無一物となって市営団地に引っ越した。
「おばあちゃんが、ブレーキ代わりになってたんだと思います。それがなくなると、父のギャンブル好きに歯止めが効かなくなりました。お嬢様育ちの母は、競馬が賭け事だということさえ、知らなかったくらいですから」
いつぞや、明子は京林にそう語ったという。
父親が他界したのは、その二年後。アルコールに溺れてゆく中で、もともと弱かった肝臓を瞬く間に癌に蝕まれた。母親はパート先で知り合った女に、シャーマニズム系の宗教を勧められ、彼女もまた、そのまま溺れていった。
中学を卒業後、明子は単身上京した。難関であった都内の私立高校にパスしたのだ。
「必死でした。あのままいたら、次は私が壊れる番だと思いました。あの土地がとても、怖かったんです。」
母親にはもちろん、仕送りはおろか、学費を支払う能力もない。パートによる僅かな余剰は、すべて宗教につぎ込まれた。ただ彼女が借金だけは作らないことが、救いと云えた。借金という概念が、なかったらしい。
めぼしい親戚もいないので、板橋区で朽ちかけた木造のアパートを借りた。男性名の表札を出し、なるべく制服姿で出入りする姿を見られないよう気を遣った。それでも幾度かは、怖い思いをすることを避けられなかった。
奨学金をはじめ、様々な支援金を調べ尽くして利用するかたわら、アルバイトを掛け持ちした。さらにレベルの高い授業に喰らいついて行きながら、ピアノの練習も怠らなかった。
公民館から縁遠い友達の家まで、ピアノのある所ならどこへでも出かけたという。アルバイト先の喫茶店では腕を見込まれ、BGM代わりに演奏することを許された。
「とにかく、ピアノが弾きたかった。黒い大きな手を広げて追いかけてくる、得体の知れない何かから、ピアノを弾いている時だけ、逃れられる気がしましたから」
喫茶店のマスターが有坂美月のリサイタルのチケットをくれたのは、高校二年生の時だった。




