第十九回
曲は緩やかで、何処までも甘美。
花園で遊ぶ二羽の小鳥が、睦まじく啼き声を交わしているようだ。それも恋人よりは、姉妹に例えたほうが似つかわしいだろう。古風な形式美は小宇宙的な庭園を想わせ、鳥たちは美しい世界に調和し、宇宙の一部であることの尽きない喜びを歌う。お互いに呼び合うように、ときには囁き、ときには歓喜に震えながら。
演奏はあっという間に終わっていた。
花ざかりの庭園で隠れんぼをしている、幼い二人の少女の幻が、不可解な戦慄とともに浮かんでは、消えた……
一瞬全ての音が途絶えたあと、有坂姉妹が一礼すると、割れんばかりの拍手が起こった。鞠花は儀礼的に客に手を振り、水月は明子の肩をねぎらうように、軽く叩いた。そのときの、明子の目の輝きが忘れられない。
二人は奥へ引っ込み、まるで何事もなかったように、明子は無名のピアノウーマンに戻っていた。弾き始めた曲は、バッハの有名な「主よ、人の望みの喜びよ」。
天に駆け昇るようなフレーズに、自身の気分を託すのだろう。
「ヴァイオリンは学芸会なみだったけど、なんだかものすごく得した気分」
女性客の一人が、声高に云うのが聞こえた。
お遊びの域を出ない演奏だったのは、門外漢の私にも何となく判る。ただ、そのことがかえってアットホームな好感度を高めたのも確か。超高級ホテルのシェフに、ありあわせの材料で賄いをご馳走された気分、とでも云おうか。
またそのへんの素人には決して真似できない、華があり、凄みが備わってもいた。宮本武蔵の水墨画が、何百年後までも人の心を打つのだとしたら、技術の巧拙だけでは片付けられないインパクトが、含まれていたのではないか。
現に私は、隠れんぼをする少女たちの幻まで見たのだ。
いずれにせよ、今夜たまたま「OTELLO」に集まった客たちは、永久に忘れ難い語り草を持ち帰ることになるだろう。
世間を驚愕させた北鎌倉事件の発端にたまたま、居合わせたという意味も含めて。
「なるほど、サプライズだね」
堀川にしては珍しく、言葉をなくしている様子。眼鏡の位置を正して、京林が云う。
「有坂鞠花、水月、そしてアキちゃんといった三名が、サプライズ的に何か一曲、披露する場合を考えた結果、こうなったのでしょう」
「お互いが最も平等な立場で演奏できるパターンが選ばれた、といったところかね」
「ええ。鞠花が歌い、水月がピアノを弾いたのでは、どうしてもアキちゃんの存在が消し飛んでしまう。かと云って彼女のピアノが、鞠花の声に振り廻されずに済むとは思えませんからね。専門外とはいえ、姉妹にヴァイオリンの素養くらいあることでしょうし」
アキちゃん、などと親しげに呼ぶわりに、冷たい分析をするものだと思う。皮肉らしく歪んだ笑顔で、蒲良が云う。
「さらに勘ぐれば、こんな場末のレストランで、ほとんど無名のピアニストと、飲み食いが目的の客のために、世界的な演奏家が無償で芸を披露できるものか。といった意味が含まれている、か」
「ピアノウーマン……」
私の不用意な独り言を、なぜかいつも堀川は聞き逃してくれない。
「ビリー・ジョエルかね。ピアノマンという呼称は、そもそも無名のピアノ弾きに対する蔑称なんだろうね」
「ええ、ガードマンと呼ばれたことのある人間には、痛いほど判る気がするんです。自分が名前のない何かにされる屈辱感と云いますか。先生という呼称の対極にある軽蔑が込められているような」
「小説じゃなかなか喰えなかったようだね、酒井先生」
赭い顔でうつむく以外、どうしようもなかった。けれどもある意味、五年も続いた警備員稼業から足を洗わせてくれたのは、堀川に他ならないのだから、返す言葉もない。
こんなことはあまり云いたくないのだが、ガードマンとは悲しい職業である。通行人に怒鳴られ、現場監督に怒鳴られ、職人に怒鳴られ、同僚にまで怒鳴られる、3Kならぬ4D仕事。職業に貴賎なしというのは嘘っぱちで、小学生にすら賤視すべき存在と心得て扱われる。
悔しいのではないか。私がそうだったように。長篠明子も。名前のない「ピアノマン」として扱われる現状が。
心の底では悔しくて、悔しくて、仕方がないのではないか。
「閑話休題といこうじゃないか。きみ、有坂姉妹と行き逢ったところで、おれの計画はだいたい想像がついただろう」
血の色をした液体を傾けながら、堀川は横目でほくそ笑むのだ。




