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下民 VS 上民・貴族連盟


 走り回って疲れ果て、六人は中庭の入り口へ戻った。そこでシェイザードが待っている。


「ただいまー」


 そう言って戻ってきたシャーリルに、シェイザードは思わず固まった。


「? なんでそんな顔してんだよ」


 不思議そうなシャーリルの横を子供達がすり抜けていく。


「あ〜疲れた」

「サフィって結構動いてるのに体力つかないね」


 ティアが不思議そうに首を傾げる。


「ほっといて」

「寝てる間に戻ってるんじゃねーの?」


 いつものようにクロウがからかうと、サフィがくってかかった。


「そんなわけないだろ!」

「そのうちミルーに追い越されたりしてね?」

「ティア! そう思う?」


 嬉しそうなミルーにティアが頷く。


「思うわよ、ミルー」

「ミルーには負けないよ」

「ミルーだってサフィに負けないから!」


 そんな賑やかさが去っていくと、シェイザードはやっと微笑を取り戻した。


「いえ……そのようにお声をかけて頂ける程、親しくなれましたでしょうか?」

「何言ってんだよ」


 くすりと笑ってぽん、と肩を叩かれる。


「一緒にいるんだから。普通の事だろ?」

「……そうですか……シャーリル様はとても良いお方ですね」


 そう言ってふわりと笑うと、シャーリルは不思議そうに首を傾げた。


「あ、そうだ。今度はあんたも一緒に遊べよ」

「私も一緒に、ですか?」


 大人が子供に混ざって遊ぶなど、あり得ない事だ。いやさっきまでシャーリルは遊んでいたのだが。それにもとてつもなく驚いた。妙齢の女性が子供達に混じって走り回るなんて。それも、かなり楽しそうに。


「そう……ですね……考えておきます」

「おう!」


 にっと笑うシャーリルに、シェイザードもにっこりと微笑み返した。







 いつの間にか窓にもたれて眠っていたのを、ルヴィスに揺り起こされた。頭を振って眠気を追い払うと、小さく溜息を吐いて次の場所へ向かう。


 これから貴族の子息達と遊ばなければならない。自分もまだ子供だという自覚はあるが、それにしてもこの歳で、世間体や名を挙げるために他人にすり寄る事を覚える子息達には辟易する。


 ともすればすり寄る相手の存在を忘れて序列をつけたがり、果てはその場でいびり始める。


—―滑稽でしかない。




「殿下、今日は中庭でカードでもいかがですか?」

「近頃人気のある菓子も揃えましたよ」

「ああ、では中庭へ行こう」


 中身のない会話にいつものように頷き返した。中庭へ足を進めるとぞろぞろと五、六人がついてくる。まるで儀礼用のマントの裾を引きずっているようで、歩みが重い。


 中庭へ出ると、暖かい日差しに思わず目を細めた。ここにさっきまでミルー達がいたのだと思い出す。あの賑やかさが嘘のように静かだ。


「殿下、東屋あずまやへ参りましょう」

「ああ」


 庭の開けた場所を後にして、東屋へ向かう。そこにはもうすでにカードやお茶が用意してあり、奥の席へ勧められてそこへ座る。配られたカードを取り、さして面白くもない言葉を交わす。何も心が動かない。


「レヴェリー、何してるんだ。早くカードを取れよ」

「あ、ごめん」

「まったく、いつになったらぼけっとしてるの治るんだ?」

「……」


 そう言えばこの子息はいつもいびられている気がする。


 確か——。


「カロヴァ家なんて末端の上民風情が、どうしてここにいるんだろうな?」

「本当に」


 くすくすと嘲笑が広がると、レヴェリーは苦笑して俯く。いつものように。それに苛立ちが増したのか、さらなる言葉が浴びせられる。


「レヴェリー、お前は粗相がないようにだけ、気をつけていればいいんだぞ?」

「うん、分かってるよ」


「分かっているなら少しは頭を働かせろよ」

「うん……」


「もういいからお茶でもついでくれ。ほら、侍女達に混じって、さ」


 これ以上ない蔑みに、子息達は楽しそうに笑う。レヴェリーのカードを持つ手が震え、笑みを作ろうとして失敗した。さすがに諌めようと思った。


 その時——。


「へえー。貴族ってのは自分で茶も汲めないんだな」

「なっ、誰だ!?」


 これみよがしの大きな声。ラズウェルは目が丸くなった。いつの間にか東屋の正面に子供が立っていた。確か、クロウという少年だ。


「聞いたか? リア。人に世話焼いてもらう事を恥ずかしいと思わないらしいぞ」


 クロウの横にいた少年は、一見すると貴族の子息のように見えた。が、クロウが親しげに声をかけているところからすると、下民らしい。


「そうみたいだね。貴族って考えがズレてるよね。自分の世話も出来ない事の方が恥ずかしいのに、ね?」

「なんだと!?」


 子息達は下民からの言葉にかなり腹を立て、ずらっとクロウとリアの前に立ちふさがった。


「お前達はなんだ! 誰の許しを得てここにいる!」

「誰って言えば、国王?」


 さらりとクロウが言えば、ざわりと殺気立つ。


「何!?」

「お前達、軽々しくそんな事を……!」

「ねえ、……君たち・・・・


 リアがわざとらしくくすりと笑う。


「なんだと!?」

「最近殿下に乳母がついたのは知ってる?」

「なっ……それくらい当然だ! 何故お前達が」


「じゃあその乳母は陛下からここへ滞在許可が出されているって事だよね?」

「そうでなければ乳母役の仕事が全う出来ないだろう。そんな事も」


「それじゃあ、その乳母と一緒に来た子供達の事は知ってる?」

「そうらしいが……」


 そこまで言って、ようやく子息達は気付いた。


「まさか……」


 にっこりとリアが微笑んだ。容姿が綺麗なだけに、とてつもない魅力がある。


「だから僕たちは、いわば陛下の許可を得てここにいるんだよ」

「っ……!」


 ぐっと黙り込んだ子息達を見回し、クロウはにやりと笑った。


「残念だったな? ただの下民じゃなくて」

「!」


 怒り心頭の子息達。レヴェリーはおろおろと見比べ、ラズウェルは唖然としていた。なんだろうこの二人は。貴族を敬いも恐れもしない。


 誰もが動けないでいると、クロウがひょいとカードを手に取った。


「下民風情が貴族の物に触れるな!」

「じゃあ隠すか後で消毒しとけ」


 けろりと言い返すクロウ。カードを取り返そうと一人の子息が手を伸ばすと、ひょいと身を引いて避けた。


「くっ、お前……!」

「なんだよ。そんなとろい動きじゃ、俺から取り戻すのは無理だぞ?」

「ふざけるな! 陛下に滞在許可を頂いただけで図に乗って……!」


 怒鳴られたにも関わらず、クロウとリアはにやりと目を合わせた。


「じゃあ鬼ごっこやろう! クロウが鬼」

「よし! 特別に数え無しで初めてやるよ。ほら!」


 言うが速いかクロウが走り出すと、子息達も走り出した。


「待て! 身の程知らずめ!」

「馬鹿にしやがって!」

「あいつを捕まえろ! 思い知らせてやれ!」


 完全に頭に血が上った子息達は、何故か楽しそうなクロウを懸命に追いかけて去ってしまった。





 呆気にとられて動けなかったラズウェルとレヴェリー。そして、何故かリアも残っていた。リアはクロウ達を見送ると、にこりとラズウェル達に振り向く。


 侍女が慌てて走って行くのが見える。誰かに知らせに行くのだろう。


「まだ名乗ってなかったよね。僕はリア。よろしくお願いします、ラズウェル殿下」


 ぺこりと礼をするリアは、言葉は粗野なものの、やはり貴族の子供に見える。それに戸惑い、ラズウェルはほとんど無意識に返事していた。


「あ、ああ……」


 にこり、と笑うリア。そしてリアはレヴェリーにも声をかける。


「えっと、君は?」

「あ、え? あの、俺は、レヴェリー=カロヴァと言います。以後お見知り」

「ちょっと、君がそんな物言いしなくてもいいんじゃないの? 僕は下民だよ?」


 ぷっ、と噴き出したリアにつられ、レヴェリーはぎこちなくも微笑む。


「あっ、そうだね。可笑しいか……」

「レヴェリーって呼んでいいかな?」

「あ、うん。いいよ」

「それで」


 くるりとリアの目線がラズウェルに戻る。まだ唖然していたラズウェルは、思わず焦った。表には出さなかったが。


「“ラズウェル殿下”って長いし、“殿下”っていうのは名前じゃないから……ラズって呼んでもいい?」

「えっ!?」


 驚いて声を上げたのはレヴェリーだ。


「だ、駄目だよ! 殿下をそんなに気安く呼ぼうだなんて!」

「だって、なんだか他人行儀じゃない。シャルは乳母として来たんだし、それなら僕たちとも家族みたいなものだし」

「え、か、家族!? そ、そんな気安いものじゃ……」

「え? なんで ?まさかラズ、家族同然の親しい人がいないの?」


 もう許可なくラズと呼んでいる。レヴェリーは真っ青になってリアを凝視してしまった。問われたラズウェルは。


「……父上以外に、か?」


 何故かまともに聞き返してしまった。


「うん。だって父親は血の繋がった家族じゃない。いるでしょう? 例えば……ほら、護衛騎士さんとか」

「ルヴィスか。まあ……あれは親しいと思う……が……」

「あの人だけ?」


 もっといないの、と視線で問われ、ラズウェルは思わず記憶をまさぐる。


「……シェイザード、か?」

「それだけ?」

「………………ラフィス?」


 くすり、とリアが微笑む。それにラズウェルもレヴェリーもはっと目を見張った。本当に下民なのか、かなり疑わしい。


「じゃあ僕たちも親しい人に入れてね」

「え、お、俺も!?」


 慌てるレヴェリーににこりと微笑むリア。ラズウェルは何か言わなければと口を動かしたが、言葉が出てこなかった。


「さあ、そろそろクロウを取っ捕まえに行かないと、皆倒れちゃうね」

「き、君が彼を捕まえるの?」


 驚くレヴェリーにリアは笑う。


「僕、こうみえていつもクロウと追いかけっこしてるんだよ? そうそう負けないよ」

「ええっ!」

「ラズまでそんな顔して。じゃあ手伝ってよ、二人とも」

「なっ、私もか?」

「で、殿下にそんな事させちゃ駄目だよ!」


 リアはにこにこしながら二人の手を掴む。


「言い合いしてる間に皆倒れちゃうから。ね? ほら!」


 ぐいぐい引っ張って、しまいには走り出す。


「リア!」

「……」


 レヴェリーはつられて走るが、ラズウェルも走り出したのには驚いた。


「で、殿下!」

「ラズなら走ってくれると思った!」

「……」


 仕方なさそうなその顔を見て、リアは楽しそうに笑った。






 ラフィスは離宮の一階にある、広い廊下を早足に歩いていた。菫色の目を鋭くしてシャーリル達を探す。


(シェイザードがついているから、あまりに非常識な事は出来ないと思うが——昨日の今日だ。あの女は侮れない)


 突然、廊下の奥を小さな影が走ったかと思うと、その後ろから、あろう事か貴族の子息達が走り去って行った。


(……な……何!? 何故あんな事になっている!)


 誰もいないのを良い事に舌打ちをし、ラフィスは子供達を捕まえる為に走り出した。




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