遊びは学び?
「クロウとリアはどこ行った?」
中庭での鬼ごっこが済んだ後、シャーリル達は二階に与えられた広間でお茶をしていた。
「さっき探検してくるって言って出てったけど」
サフィが首を傾げ、ティアが不安気に眉を寄せる。
「探しに行く?」
クロウもリアもしっかりしているから無茶はしていないと思うが、変なところで意気投合して突っ走ってしまう所がある。シャーリルは決然と立ち上がった。
「よし。今からクロウとリアの捜索に行くぞ。サフィ、ティア、ミルー。いいな?」
「了解!」
こくりと頷いて三人が立ち上がり、さっと部屋を出て行く。つられるようにゆっくりと立ち上がったシェイザードに、シャーリルは苦笑した。
「シェイも頼む。悪いけど」
シェイザードはにっこりと微笑んだ。
「お気になさらず。私はシャーリル様の侍従ですから」
その台詞にシャーリルは両手を腰に当て、ちょっと悩む。その様子に首を傾げてシェイザードは訊ねた。
「探しに行かなくてもよろしいのですか?」
「行くけどさ! なんか他人行儀なんだよなぁ。あたしの事はシャルって呼べよ。な? それくらいいいだろ?」
言いながらくるりと向きを変えて駆け出して行くシャーリルを、シェイザードは姿が見えなくなるまで見つめてしまった。
シャーリルとは、今日初めて会って、今朝、挨拶を済ませたばかりだ。それなのにこの打ち解けようはどうだろう。これで何か打算があるなら大したものだと、シェイザードはくすりと笑った。
「待て!」
子息達が怒りも露に追いかけてくるのを、クロウは余裕で振り返る。
「この、下民風情が!」
クロウはいくら相手が怒り狂って追いかけてこようが怖くはなかった。普段から一日中、人一倍走り回っているので、追いつかれる事はないだろう。対して子息達は息が切れかけている。それを見てやっぱりな、と笑った時——。
「何をしている!」
聞いた事のある怒声が響き、クロウも子息達も思わず飛び上がった。
「フェルセイル様!」
一人が叫ぶように言うと、一斉にラフィスの前に一列に並んで頭を下げた。クロウは呆気にとられて動けない。
「皆、殿下のお相手をするのが役目だろう! 何故こんな事になっている」
子供に向ける怒りにしては、少々怖すぎやしないかとクロウが思っていると、案の定子息達は震え出した。
「そ、それは、その……」
すうっと目を細めたラフィスの威圧に耐えきれず、一人が叫んだ。
「あっ、あいつがカードを奪ったんです! だから——」
「私は彼が何をしたのか聞いたのではない。お前達は何をしているのかと聞いたんだ」
「っ……!」
あまりの恐怖と、上手く言い返せない悔しさに誰もが歯噛みしていると、ラフィスは追い打ちをかけた。
「殿下はどうされた?」
「あっ!」
皆すっかり忘れていたようだ。途端にさあっと青くなっていくのを見て、ラフィスはさらに恐ろしい声で叱る。
「お前達は何故ここに招かれているのか、それすら覚えていられないのか!」
「っ!」
びくり、と全員が身体を震わす。
「役割も果たさず、あまつさえそれを忘れて他ごとに興じるとはどういうつもりだ! 自らの家柄に泥を塗る行為だという事が分からないのか!」
もう、子息達の中に言葉を発する者はいなかった。涙と震えを堪えるので精一杯なのだ。見守るクロウに視線を移し、ラフィスが口を開く。
「お前は——」
「ラフィス、何をしている?」
この場にいた子供達全員が、声の主を縋るように見た。そこには少し息を弾ませながらも、実年齢よりも遥かに威厳ある態度のラズウェルがいた。その脇にはリアとレヴェリー。
「殿下……」
ラズウェルが息を弾ませているのを目にして、ラフィスは目を見開いた。驚いた事にラズウェルの目が僅かに生き生きとしている。
「殿下、どうされたのですか?」
ああ、とラズウェルはさらりと言った。
「少し身体を動かしていたんだ」
「身体を動かす? しかし、武術の稽古は」
「あっ……いや、そういうのじゃない。遊びだ。そうだな? リア」
ラズウェルの口から出た“遊び”という言葉と、傍らにいたリアに声をかけた事に、ラフィスはかなり動揺した。しかも、今の反応からすると稽古はサボられたのではないだろうか。
「うん。鬼ごっこだからね。走らないと面白くないよ」
にっこり笑って頷くリアを、レヴェリーが呆然と見つめていた。怒りをあらわにしているラフィスの前で、何故こうも平然と笑っていられるんだろうかと驚いているのだ。
「……」
言葉を失うラフィスを見て、ラズウェルはさらに続けた。
「クロウは足が速いからな。なかなか掴まらないんだ」
いきなり名前を呼ばれて驚くクロウに僅かに笑み、ラズウェルは復活しそうなラフィスに先手を打った。
「私が子息達と遊ぶのに、何か問題があるか?」
「っいえ、何もございません……ですが」
何か言いかけたラフィスの口が開いた瞬間、元気の良い声が駆け寄ってきた。
「いたーっ! クロウとリア、いたわよ!」
「ティア」
クロウが呟くと、ティアの後ろからミルーとサフィ、そしてシャーリルとシェイザードもやってきた。
「なんだよ遊んでたのか? それにしてはなんか雰囲気が……」
クロウに話しかけていたシャーリルの目が、ラフィスで止まった。ラフィスもシャーリルと目が合うと、固まる。
「さあ、では少し休むとしよう。皆、行くぞ」
今だとばかりにラズウェルが声をかけた。
「あ、はっはい!」
この流れに乗るしかない子息達が慌ててラズウェルの後に続く。リアも自然に続くので、その後をレヴェリーが慌てて追う。その後にクロウも続いて、ティアは少し心配そうにちらりとシャーリルとラフィスを見ていった。その後ろにミルー、サフィが続く。
「ラフィス、どうしたんですか?」
シェイザードの問いかけにはっと我に返れば、シャーリルも不思議そうにラフィスを見ていた。
「お前こそ、これはどういう事だ。こういう事にならないように見張るのも、乳母の侍従であるお前の仕事だろう!」
「おや、これは子供達の問題でしょう? シャルが何かした訳ではありませんよ?」
「な……っ」
今、シェイザードが何を言ったのか。ラフィスは耳を疑った。まさか、乳母を愛称で呼んだのか。しかも庇わなかったか。
「お前……」
驚愕に目を見開くラフィスを見て、シェイザードはにこりと微笑んだ。
「シャルが子供達に何かを唆したわけではありませんから、この事は純粋に、子供達の問題ですよ」
シェイザードがシャーリルを親しげに呼んでいる。それが信じられない。こんなに気安い男だっただろうか?
「あれらは殿下のお相手を命じられているのだぞ! それをせずにここで自由に過ごして良い道理がない!」
「あのなぁ」
ずいっとシャーリルがシェイザードを押しのけて前へ出る。途端にラフィスは顔を顰めた。
「まだ子供だろ? 遊ぶのは当たり前だろ」
「シャーリル様。彼らは下民の子供ではないのです。六歳にもなれば公の場に顔を出す義務があり、彼らの言動は家柄の地位と名誉に関わってくる。子供だからと走り回る事、役目を忘れる事を許し甘やかす事は出来ません」
はあ、とシャーリルは額に指を置いた。
「……あんた、子供の頃遊んだ事は?」
「今は私の話しをしているのでは」
「ないだろ。ふざけあってじゃれたり、怒って追いかけ回したり、悪戯したり」
悪戯をした事があるのか、とシェイザードは思い、シャーリルなら今でもやりそうだな、と思いついて小さく笑った。
「そんな事をしては家名に」
「そういう事で学ぶんだよ。どんな時にふざけてもいいのか。どれくらいからかっていいものなのか。つまり、相手を気遣うって事をだ」
「遊びでそんなものが身に付くと、本気で考えていらっしゃるのか?」
「そうだよ。ついでに走り回れば鬱憤も晴らせるし、ちょいちょい言い合いして怒ってれば感情の制御も出来るようになるんだよ」
「気遣いも感情の抑制も、遊びではなくきちんとした教育で学ばせる事は出来ます。彼らは下民の子供ではないと言った筈だ!」
「子供は、身分関係なく子供だろ」
言い切ったシャーリルに、ラフィスは掴み掛からんばかりの怒りを感じた。シャーリルの後ろにいるシェイザードが笑みを収めて冷えた目をしている。もしもラフィスが手を挙げれば、すぐさま割って入るだろう。その剣呑な視線には構わず、シャーリルを射殺さんばかりに睨んだ。シャーリルは負けじと睨み返してくる。
「……なあシェイ。ここでは、あたしが思うように世話をしてればいいんだろ?」
シャーリルがシェイ、と呼びかけた事に、そしてそれをシェイザードが許容している事にラフィスは驚いた。シェイザードはにこりと微笑む。
「ええ。陛下からもそのように命が下りました。シャルの思うように御子らをお育て下さい」
それを受けて、シャーリルはラフィスを睨みつけた。
「だそうだから、黙って見てろよ。教えなくたって自分で学ぶ事はいっぱいあるんだから」
「……」
最後の台詞にはっと息を呑み、ラフィスは踵を返して去っていくシャーリルの背を、じっと見つめたままそこにいた。
「あ、シャル! シェイザードさんも、こっちだよ!」
「ルーヴェルス様!?」
がたたっ、と子息達が慌てて立ち上がって叩頭する。その慌てぶりにくすりと笑ってシェイザードは座るように促した。
「私は今朝方より、シャーリル様の侍従になりました。ご家族にももう知らせが回っているとは思います」
「ルーヴェルス様が……下民の侍従ですか……?」
そんな、と呻く声が聞こえるが、当事者の下民は気にせず事を進める。
「ほら、シェイも座れよ。あ、ティア! あたしもそのケーキ食べたい!」
「分かってるわよ。今持ってきてくれるから、ね?」
「ラズはクッキー食べる?」
リアにそう聞かれてラズウェルはおおいに戸惑った。
「こんなにたくさん食べたら、夕餉が食べられないだろう」
「え? そうか?」
「クロウはよく動いてよく食べるのが売りだから」
「それはなんか俺を貶めてないか? リア」
「それしかしないんだから、そう言われても仕方ないよ」
「なんだと? サフィのプリン頂きっ!」
「あーっ、クロウ! 覚悟しろよ!?」
「こら暴れるな! 菓子が落ちるだろ!」
「シャル。リアにお菓子を取られていますよ」
「なにっ!?」
「あっ、シェイザードさん言わないでよ!」
「待てリア! それを返せ!」
「シャル、ミルーのあげる!」
「え? ミルー! なんていい子なんだ!」
「あ、ケーキが来たわよ皆!」
シェイザードが下民の侍従と聞いて不服そうだった子息達だが、賑やか過ぎるシャーリル達に目を奪われ、やがて放って置いたらせっかくのお茶菓子が全てなくなってしまうという危機感にかき立てられて大人しく食べ始めた。
ラズウェルも戸惑いつつも食べているのを見て、シェイザードはつい口元が緩む。いつも寂しげな主君の御子が、僅かながらも楽しそうにしていると見えたから。
「ほら、ケーキいる奴は手をあげろ!」
「はいっ!」
乱暴な言葉遣いのシャーリルの台詞に子息達は一瞬何を言われたのか分からない様子だったが、クロウ達が元気よく手をあげているのにつられて、皆が慌てて、しかしちょっと恥ずかしそうに手を挙げる。シャーリルはそれを見てにっと笑った。
「おーっし! 順番にな! ティア、半分よろしくな!」
「はーい」
ラズウェルはぽかんと見ているだけだったが、隣に座っていたリアがラズウェルの手を持って勝手に参加させていた。それに驚いていたラズウェルだが、拒否はしなかった。それを見ていて、シェイザードは先程のシャーリルの言葉を思い返していた。
『子供は、身分関係なく子供だろ』




