第一話 記憶:前世
──冥界。そこは、死した魂、もしくは自身の魂を自ら制御できる者しか辿り着けない場所。
冥界の首都的な立ち位置である〝王都ウィンダー〟を中心に、死神〝アレイ・コーナー〟がこの世界を統治している。
〈アレイ視点〉
「アレイ様」
背後に冷たい風を感じた。
どうやら調査を終えたようだ。
「当たりか?」
俺はにやりと笑みを浮かべながら振り返る。
期待の通りだっただろうと、そう高らかに宣言するように。
「ええ。アレイ様の読み通り…… 空間にわずかなズレが観測されました 」
彼女は至って冷静に告げる。
俺のこのような態度にはとっくに慣れてしまったようだ。
「そうか。わかった」
俺がそう返すと、ミラは謁見室を出ていった。
これからやるべきことは、分かっているようだ。
だったら俺も、成すべきことを成さなければ。
──空間のズレ。
それが観測されたのは今回が初めてではない。初めに観測されたのが、大体二百年ほど前だ。
以後、五年から十年に一度、必ずこの同じ日に決まった場所が歪む。
……日付と、場所。それについて、心当たりがあった。
俺は謁見室をあとにして、自身の書斎へと足を運んだ。
これで何度目になるだろうか。
書斎の奥にある扉を開ける。そこには研究に使う参考資料が並べてある。
迷いなく足を動かし、その本棚へ。
慣れた手つきでとある本を取った。
それはとある伝説の話だった。
千年前の今日。この冥界で起こった、悲劇の物語。
その名は……
“未完の冥界譚”。
---------------
【“ロスターレイク”は、実に活気で溢れ、冥界の中で最も賑やかな街であった。
しかし、突如として現れたとある死神により、その活気に溢れた街もたった一夜にして壊滅することとなる。
生の魂を刈り取る死神が現れたのだ。
我々はそれを“悪の死神”と云う。
悪の死神は圧倒的な力を持ち、たった一振りで冥界中に地響きが轟いた。
奴が通ればその地は吹き荒れ、鎌を振えば空までもがうねるように捻じ曲がった。
絶望と祈念の中、しばらくして、悪の死神の前に何者かの影が現れた。
楚の人も手に鎌を持っていたことから、おそらく死神であると考えられる。
そのことから、我々はそれを“正義の死神”と云う。
二人は少しの見つめ合いの末、戦闘を開始した。
彼らの戦いは三夜ほど続いた。
その間、鎌の交差する音が冥界中に響いた。
時折ガラスの砕けるような音が響き、
土埃のような細かい塵が冥界を覆い、
風は逃げるように地を這った。
その戦いに巻き込まれた住民も多く、今のところ最低でも一二〇〇万もの魂が闇へ葬られたと分かっている。
そんな激しい戦いを前に、生き残った冥界の住民は息を呑んで見守るしかなかったのだが………
新月が三日月に変わる三夜目、突如としてその音が止んだ。
冥界には「被害を受けた」という事実、結果のみが残留した。
家族を喪くした哀人の叫びも、戦友を消くした送人の嘆きも、荒廃した日常の闇の中へと消えるだけだった。
絶望と哀しみにのまれた住人たちの、こだまだけが響いた。
その後、正義の死神と悪の死神の亡骸も魂の残骸も見つからず、結局のところ、本当の勝敗は誰も知らなかった。
ある者は「相打ちになったのでは」と言い、ある者は「正義の死神が勝った」「悪の死神はまだ生きている」と言った。
その中で、ひとつ興味深い“解釈”が出た。それは、「まだこの戦いは終わっていない」というものだ。
私を含む全ての冥界の民は、この戦いの結末を知らない。
それも含め、私はこの物語を“未完の冥界譚”と名付ける。
この消えた魂に敬意を表するとともに、冥界の歴史に刻み込むことを約束する。
この物語は、都市伝説などで片付けてはいけない。
忘れてはいけない悲劇として、永遠に語り継がねばならぬ物語なのだ。(未完の冥界譚より要約)】
---------------
──千年前〈正義の死神視点〉
絶望の中、わずかに空気が揺れるのを感じた。
赤色を帯びていたはずの空が、青白く染まっていく。
そして次の瞬間、俺に向かってその光の刃が放たれた。大振りでなんとかその斬撃を避ける……
が、回避しきれずに掠ってしまう。
やはり、こいつを倒すことは不可能なんだろうか。
いや、ただこのまま倒せないと俺の目的が──
「っ!」
考えてる暇は与えてくれないようだ。気づいた時には、はるか後方で大地が抉れていた。
辺りに血が飛び散り、視界が赤く染まる。
俺の鎌はさっきの斬撃で飛ばされてしまったようだ。
足に力を入れ、飛ぶように走る。その瞬間だけ、音を置き去りにした。
そしてさらに力を振り絞り、鎌を取った。
だが……
相手はさらに速く、こちらとの距離を詰めてきた。
“ドカン”と破裂音がしたかと思えば、すでに奴の鎌は俺の眼前に迫ってきていた。
魅了されるほど奇妙に輝いたその鎌には、呆然と立ち尽くす俺の顔が映し出されていた。
まずい。
どうにか防御体制に……いや、きっと間に合わない。頭が貫かれる。
なんだ、今できることはどうすれば俺は生きられる俺は、何をすれば……
「俺はまだ、生きたい」
そうして、その鎌は振り下ろされた。
視界が真っ黒になり、遅れて激痛が走った。
──ああ、俺、死ぬのか。
全てを否定された気分になった。
俺がやってきたこと全て。
「俺はまだ、生きたい」
暗闇でそう呟いた。
だが、届くことは……。
「……?」
その、瞬間。視界が一気に色を帯びた。
身体を覆っていた激痛の嵐は、はたと止んだ。
戻ってきた視界で、ふと目の前を見る。
奴の鎌は、俺の心臓部に刺さっていた。
「なぜ俺は、生きている……?」
そう呟いて、俺と目の前の奴は困惑した。
生きていること、それだけじゃない。
なんでも出来るのではないかという自信までもが湧いてきた。
そしてそれに呼応するように、俺の中に魔力が行き渡る。
……なるほど。
俺はようやく状況を理解した。
多分、この状況を理解できるのはこの世で俺だけだろう。
目の前のやつすら、多分知らないはず。
“この時” は。
「ははっ」と笑いを溢しながら、叫ぶ。
「やっと……報われる!」
その瞬間、まばゆい光が俺を包んだ。
奴には黒い光がまとわりついていく。
──俺を、転生させる。
目的のためにはそれが必要だ。
こいつを封印して、おれを転生させて、来世の自分に……。
ああ、俺にこんな力があったとはな。
いや、正確には違うか。
まあでも分かることは、とりあえず、まだ諦めるときじゃなかったってことか。
俺は持っている魔力全てを解き放つ。
体内を雷のような衝撃が走った。
その雷が、それぞれ“目的達成”のために自分を再構築している。
「ハハッ。」
思わず笑ってしまう。
なにがおかしいんだろう。自分でも分からない。
ただ、思わず笑みが溢れる。
「次会うときは、いつだろうな?」
放出された魔力により目の前で封印された“そいつ“に語りかける。
「悔しいだろうが、まあさすがに、やり方ってもんもあるだろ。」
「………。」
もう話せなくなったそいつに、ひたすら話しかける。
俺の勝利を自慢するように。
「……まあ多分、お前がどうやろうが、きっとこうなる運命だったんだろうな。」
「………。」
「共感はできる。だって、俺とお前は同じ考えだからな。」
「……じゃあ、またな。」
そう言った直後、全身から力が抜け、意識は遠のいていった。
光の粒子となって消えていく身体を、最期に見た。
ーーーーーーーーーーーー
まず視界がとらえたのは、白い壁だ。そして横に大きめな窓がついており、そこから入ってくる日光が俺を照らしていた。
……まぶしい。
それから逃れようと目を動かしたところ、どうやら俺は人間に包囲されてるらしいことがわかった。
体が勝手に動く。
いや、何者かに運ばれている……のか?
しばらくして、ある女の前で止まった。誰だろう。
そして俺はそいつの元へ。
目の前にいるその女は、涙を浮かべていた。
見たところ二十代後半くらいか。かなり若く見える。
その隣にいるのは知的で落ち着いた印象を持っている男だ。
その男も、恐らく女と同年齢だろう。
「ほら#######!」
「##、あ##もだ###て##」
その女は何かを話しているが、部分的にしか聞き取れない。
なんて言っていたのだろう。
意味が伝わらなければ、言葉などただの雑音だ。
やっぱり──
その瞬間、妙な浮遊感が、身体の上部から突き抜けた。
持ち上げられたのか?
そして次に視界へ入ってきたのは、隣で見た男の顔だった。
「あ#、##の#?##ま##なら…##いー、#の#か##な」
男も何か言っているが、俺の耳の性能が悪すぎるのか聞き取ることが難しい。
とりあえずどうにか抵抗をしようと手を伸ばす……あれ?
そいつに手を伸ばしてみた。しかし、それは届くことなく易々と掴まれてしまった。
この段階で俺は、かなりの違和感を覚えた。
まず手を動かす動作だ。
手は確かに動いたのだが、想定していた動きよりも明らかに遅すぎた。力が全く入らない。
何よりも俺の手。
あんなに小さくなかった。
あんな手、まるで赤子ではないか。
しかもなんであいつは俺の手を掴むだけ掴んで何もしてこない。
その手は実に穏やかで、優しい手だった。
ならば殺意を出す必要もないだろう……
あ、そういうことか。
ここでようやく、俺に何が起こっているのかが分かった。
たしか俺は、悪の死神に負けて転生したんだ。
転生して……それで……
あれ?
俺は、なにが目的で転生したんだ?
ーーーーーーーーーーーー
〈けあ視点〉
あれから三年が経ち、自力での移動はかなり出来るようになった。
視覚や聴覚も発達し、この世界のことも分かってきた。自分の部屋にこもって本を読んでいたら、
「けあ、ご飯よ」
と言いながら、母の蓮香が扉を開けてきた。
“けあ”と言うのは俺の名前で、本名は「白夜 恵亜」というらしい。
そうして、母に連れられて食卓へ。
俺の横に母、正面に父の明紀が座った。
イスはテーブルの周りに合計六個配置されてるため、座る位置がかなり奇妙だと感じた。
正直言うと、俺はこの時間があまり好きではなかった。
その理由は至ってシンプルで、ペースト状にした食べ物を食べるのには抵抗があったからだ。
だからこそ俺は、差し出されたスプーンに手を添えながら言った。
「飽きてきたし、そろそろ固形物も食べたいんだけど……」
何気に、ここまで自分の意思を出して話すのは初めてかもしれない、と感じた。
今までは俺個人としてやりたいことに没頭していた。
何より、この脳と身体が追いついてなくて、慣れるのに大変だったというのが大きい。
やっぱりこれも成長というやつか。
考えてみれば、この世界に来てすぐの頃は何も分からなかったからな……
と、父と母を横目で見る。何やら様子がおかしい。
「あ、あ、あなた……!」
「これは ーー おど、ろいたな」
父の手からフォークが逃げ出した。
なるほど。
恐らく、俺が三歳児にも関わらずここまで話せていることに驚いているのだろう。まあ言われてみれば、こんなに話すなんて初めてか。
「この子、やっぱりおかしいんじゃないかしら……」
「ああ、間違いない。この子は天才児だ」
天才児……?
「そもそも、産んだときから感じてたのよ。泣いてるとこなんて見たことないし、ずっと部屋で“能力”の本を読んでるし。そういえばこの前も、自分から部屋に戻っていくところを見てびっくりしちゃったしね」
「……将来はきっと、とてつもない能力者になるぞ!」
声を震わせながらそう語る父母に苦笑しながらも、その場を後にした。
ちなみに能力というのは、魔法や魔術のようなものだ。
ただ、能力自体は努力で習得するものではない。
人間が産まれるときにはすでに宿っているものだ。
その能力に合わせて、使いやすいようある程度の型……要するに、魔術のような技を自分で作っていくものらしい。
俺はまだ幼いから能力を解放していないが、恐らくそれは時間経過で使えるようになるだろう。
そして、この世界にはどうやら “ルゴン族” と呼ばれる謎の生命体がうろついているらしい。
姿形は様々であり、生物の種類に関係なく視界に入った動くものは全て攻撃してしまうとのことだ。
今後ルゴン族とも対峙することがあれば、自分なりに研究をしてみてもいいかもしれないな。
ちなみに、前世の記憶は依然として消えたままだ。
何かきっかけがあれば思い出すこともあるだろうが、確証には至っていない部分もある。
だったら能力を発現させることが最優先だろう。
そしてそのあとに記憶を取り戻す……そうだ、これでいこう。
あと、ある程度歳を重ねるまではあまり言葉を発さないほうがいいか。天才と呼ばれるのも、そろそろ重くなってきたところだ。
ーーーーーーーーーーーー
三年後──。
俺は六歳になった。
あれから適当な図書館に行っては本を読み漁ったりして情報を集めていたが、あまり収穫は得られなかった。
それほど家にあった本が有能だったのだろうか。
それとも、分かっていることがあまりにも少なすぎて全て似たような内容になってるとか。
あるいは、能力やルゴン族のことを公表すると不都合な部分があるとか。
ただ、民間人に被害が及んでいる以上、あまり隠しすぎるのも良くないだろう。
となれば、有力なのはやはり“未知な部分が多すぎる”といったところか?
そんなことを考えながら俺は外に出る。
「母さん、いってきます」
「ええ、いってらっしゃい。気をつけてね」
最近の俺は、外出にハマっている。
記憶を取り戻すきっかけを探したいのもあるが、今はそれ以上にルゴン族に会いたい。
なんならそれで能力解放のきっかけも見つけたい。この目的に関しては親には秘密にしてある。
──ただ、ルゴン族と会って、能力を解放して前世の記憶が戻るかは分からない。
だがやってみる価値はある。そう踏んだのだ。
それにしても、俺の住んでいる“蒼代都市ラナー”は景色がいいな。
もちろん、これは皮肉ではなく。
街道の左側を見ると、少し遠くに門が見える。あそこが関所だろう。
恐らく別の都市へと繋がっているのだ。
そして、赤く染まった空と神々しく輝く太陽が壁からのぞいている。ここに住めばこんな景色を毎日見られるのだ。
だが少しいうと、永住するとなると不向きなのではないかと感じる。
都市の中心は能力の設備が多く、それ専門の有名な学校まである。
また、ある程度の実力が無いと入れない店なんてものもある。
そのため能力に自信がある者が多く集まってくるのだが、逆に中心から外れるとほとんど何も無い。
見渡す限りの家々である。能力を中心としない者は圧倒的に住みづらいのだな。
結局皮肉になってしまった。まあこうは言ったけど、俺からすればこんなの──
「あ?なんだあれ?」
顔を正面に戻し、道を左へ曲がろうとしたときだった。俺の視界の右端に、白くて毛深い何かが見えた。
猫か?いや、猫はあんなにデカく無い。
大型犬?いや、だとしたら毛が多すぎる。
そこで俺は一つの可能性を思いつき、急いでそれを追った。
そうだ、そうだ。絶対そうだ。あれは間違いない、ルゴン族だ。
俺は高騰した気分のまま、無心でそれを追う。
どうやらつけられていることに気づいていないようだ。
このとき、もはや俺には白以外が見えていないのでは無いだろうか。
それほど必死に、その尻尾の先を見ようと奮闘している。
大丈夫、体力には自信がある。無我夢中で走り続けた。
ーーーーーーーーーーーー
〈明紀視点〉
「蓮香」
「あなた、はやかったわね。どうしたの?」
妻が俺に向けてくれた笑顔で、ようやく私は安心することができた。
「ルゴン族の報告の数がおかしいんだ。いつもは多くても三件くらいなのに、今日は五十件も報告されてさ」
それを聞いた妻の顔は、段々と青ざめていった。
「……え?それは、この都市だけで……?」
「ああ、それで少し遅くなるかもしれないって報告に来たんだ。アトラスの可能性がある。それに……」
言うのを躊躇った。
この先の言葉を言うのが、辛い。
これを言ったあとの彼女の顔を考えただけで、精神がおかしくなりそうだ。
こんなに弱っているのは、すでに見慣れた仲間の死体を見たからかもしれない。
──いや、でもここで弱気になってはダメだ。
割り切らなければ、本当に手遅れになってしまう。
伝えられるときに伝えないと。
そうだ、前からそんな経験をしてきただろう?
しかし、先に口を開いたのは彼女だった。
「けあが!」
「……え?」
彼女は泣きそうになりながら、叫ぶ。
俺が任務で数えきれないほど見てきた顔だった。
「けあが、さっき散歩に……!それで、もしルゴン族に殺されでもしたら……!」
俺は一瞬で血の気が引いた。
生きた心地がしなかった。
きっと、蓮香と同じ顔をしていたと思う。
「っ!今すぐにいってくる。どこに行ったか、とかは分かるか?」
俺は拳を握りしめた。
「たしか、今日は南門近くを見てくるって……」
「南門か、わかった。すぐにいく。ここで待っていられるか?」
「ええ、私はある程度自衛はできるし大丈夫……だけど……」
その後、彼女は崩れて泣き出してしまった。
背中に手を添えようとしたが、彼女は「南門以外は、こっちが探してみる」とすぐに立ち上がり、北門へ向かった。
完全に動揺している。
くそっ。
俺は自分の無力さを恥じた。
しかしすぐに頬を叩き、無理やり切り替えた。
今はけあが最優先だ。
「南門なら、そう遠くはない……」
夕陽に背中を任せ、俺は能力をフル稼働させて南門へ駆け出した。
ーーーーーーーーーーーー
いける。あそこは突き当たりだったはずだ。
何度も行ってるから、わかる。
全てを吹き飛ばす勢いで右足を前へ突き出し、左へ向いた。
── そして、そこの突き当たり。
ちょうど家と家に挟まれて暗闇、暗い影となっている場所に、やつはいた。
「こいつが、ルゴン族……!」
白い尻尾の付け根には、金色に輝くオーブ。
さらにその先には、白い狐のような顔があった。
目は二対で三つずつ、合計六つの目が、暗闇の中で紅く光のようなものを放っている。
たてがみが風に靡いて揺れている。…風なんて吹いていないのに。
爪は銀色に輝いており、影をわずかに照らしている。
牙には赤い液体が付いており、どれだけそいつが命を奪ったのか理解した。
それを見た瞬間、俺は自分の行動を強く後悔した。




