4-2.兵庫県洲本市
鳴門海峡の訪問は明日、福良港への具体的な足は後程確認することにした。まずは今割り振られたデータ処理のため紙束大学ノートを確認して何の項目を作るか検討する。
篤四は車のエンジン音を聞きつけて駆け込んできたので中途で放り出してきた作業や道具の片付けに畑へ戻り、ゆりねは晩御飯の支度に台所へ移動した。残ったのは実篤と道承と、篤盛である。
実篤はボディバッグの中にぬいがあっても多少なら鞄外の状況が解るらしい。しかしからは出られないため篤四の畑には同行できなかった。大人しくつけっぱなしのテレビを見ている。
篤盛はノートPCの電源コンセントを繋ぎ、何やら操作をしている。視界の端に捉えていたが、何となく話しかけたそうな気配を察知したため道承が紙束から顔を上げると目が合った。
「実はな、この表なんやけど……。」
そう言って画面を指す。何らかの数値が入力された表計算ソフトだった。出荷数か作付量か、農業に明るくない道承には見当もつかない。
「コピーしたか何かですかね、ここのマス、計算式が消えてます。直しときますね。」
他に壊れている所が無いか確認しながら表内容を確認する。四則演算だけでは無く割合の計算等もある。式の修正も出来ない篤盛には難しいだろうと思いつつ、自身で作ったのかと問えば息子が作ってくれたのだと言う。
パソコンに詳しい(親基準)息子がいる。しかも過去に親の仕事に使える表を作成している。
今見せてもらった物以外にも作っているかも知れない。篤盛の許可を得てフォルダ内を見せてもらうと今回道承が依頼されたものの素地になりそうなファイルがあった。コピーして今日の日付をファイル名先頭に追加、道承が継承更改したと息子側にも解りやすくする。
マクロは組まない。更新できずに死ぬ未来が見える。シンプルな式だけでいい。用意された記録は膨大で、一晩でどうにか出来る分量ではないので、今道承がすべきなのはデータ入力だけすれば必要な情報が得られるフォーマットの作成だ。
「これ作った息子さんは今どうされてるんですか?」
「パソコンの……何や?プログラマー言うんか?あれをやっとるよ。若いうちにふらふらしといて歳取ったら落ち着くんやろ思うとったが、いつまで経っても落ち着かん。」
「引く手あまたな技術職じゃないですか。立派ですよ。」
「でもパソコンさえありゃどこでも出来る言うてな、日本中ふらふら回っとるんや。正月は沖縄おったらしいが、今は岩手におるらしい。」
「物理的なふらふらでしたか。楽しそうですね。」
「盆ぐらい帰ってこい言うたら冷麺送ってきよってな。母ちゃんなんか『私もう今日から冷麺の母ちゃんになる!』言うて、冷麺と夏の思い出写真撮って送っとったわ。」
「親子仲良いですね。」
仲の悪い親の為に計算表は作らないか。出しゃばらないように気をつけつつ、自分の作業と意図を別シートにメモ書き程度に残しておく。ご子息がSEなら畑違い感はあるが、道承よりはソフトにも家業にも詳しいと思うので、活かすにしろ殺すにしろ良きに計らって貰えるだろう。
篤盛がスマホをいじりながら黙っているので道承も黙って作業をしていると、何やら目当てを見つけたのか画面を見せてきた。
「ほら、これや。」
盛岡冷麺の箱をバスタオルで包んで寝かしつけるように抱っこしているゆりね。
小さいスプーンに恐らく大根おろしを乗せて盛岡冷麺の箱に差し出すゆりね。
バンの助手席に立てかけられシートベルトをかけられている盛岡冷麺の箱。
「元気な盛岡冷麺ですね!」
「篤也もおんなじこと言うとったわ。ほんでな、成長した盛岡冷麺撮りたいんで、この箱をこう、背中に甲羅みたいに背負うてみ。」
「ちょっと無理があるんで頭に被るとかでも良いですか。」
平たい化粧箱なので頭に被るのも難があったが、さり気なく手を添えて支えると篤盛は数枚撮影した。撮られた画像を見せてもらうと『今箱から羽化しました、どうも盛岡冷麺です。』と言った具合だった。興が乗ったのかここから数枚のショットを撮られた。
盛岡冷麺の箱を肩に引っかけてノートPCで作業をする道承。
盛岡冷麺の箱を小脇に抱えて夕飯準備中のゆりねを手伝う道承。
盛岡冷麺の箱を抱えて篤盛とゆりねに挟まれ家族写真を撮っている道承。
それならばと千拓の依頼内容を共有して一緒に芳一ぬいの撮影もさせてもらう。
盛岡冷麺の箱を覗き込む芳一。
ノートパソコンに挟まれる芳一。
玉ねぎの山に埋もれる芳一。
ぬいぐるみが多少動いたところで誰も気にしないだろうと街中では動いていた実篤も、流石に今は全力でぬいぐるみを遂行している。ゆりねに腹をもちもち頭をふにふにされているが耐えている。
「小坊主くん、そない頭つるつるやったら外暑いやろ。おばちゃん帽子用意したろか?」
「この写真、篤也に送ってもええか?」
「どうぞどうぞ。構いませんけど、知らん成人男性の画像届いたら息子さん驚きませんか?」
「盆に帰って来とったら道承君のことも分かっとったはずやし、別に驚かんかったんや。せやから驚かせといたらええ。」
親子間の事なので、道承からの言及はここまでにしておく。ご子息に対する義理は果たした。篤盛は本当に息子に送信しようと画像を厳選している。一人作業に戻ろうと思ったところでゆりねからそろそろ夕食だと予告された。座卓の上を片付けなければ。ノートPCと大学ノートはどこに置いたら良いだろうか?
復帰した篤盛に聞いて無事片付けられた座卓の上には今や所狭しと惣菜や取り皿が配されている。成人四人で食べるにしても多い。
ひときわ目を引く中央の大皿には、刺身が豊かに盛りつけられていた。切り出されたばかりだろう切り口の角が立ち、色彩鮮やかだ。
「これな、こっちからアジ、チヌ、コチ、タコやで。」
「おおおおお……すご……あ、あのぬいぐるみと一緒に写真撮っても良いですか、妹に見せてやりたいんです。」
「ようけ撮ったって。あんたちょっと待ち。ほら、この子も撮ったってどうや?」
芳一ぬいとご馳走を撮っていたら横にそっと淡路島のゆるキャラぬいを添えられた。心無しか迷惑そうにしている芳一ぬい。表情豊かな実篤である。速報として数枚千拓に送信すると受領のスタンプが届いた。即レスに妹の快復を感じて肩の力が抜けた。
「お待たせしました。いただいて良いですか。」
「もちろん!食べて食べて。」
「いただきます。」
まずは中央の刺身から。いずれも歯ごたえがあり新鮮でとても美味しい。付けて食べる醤油は、関西だと薄口になるのだなと醤油小皿の明るさを見て思う。
着信音が遠くから鳴った。篤盛のスマホらしいが取りに行くには無さそうで、鳴らしっぱなしにしている。気にはなるが口を出すことでも無いので道承は揚げたての穴子の天麩羅を取る。初めて使う藻塩を付けてかじれば滋味深い風味が広がり磯の香りが鼻を抜ける。ハモの天麩羅を同様に味わっているうちに着信音は切れていた。玉ねぎのかき揚げを取った時着信音が近くで鳴った。今度はゆりねのスマホらしい。
「はいー?どないしたん?」
ゆりねが通話に応答すると、スマホの向こうから、何を言っているかは聞き取れないが大声で何かを訴える男の声が聞こえる。対するゆりねはその勢いに負けじと応じる。
「母ちゃんが産んだんは盛岡冷麺です!お盆に帰ってきたんも盛岡冷麺!うちの子は盛岡冷麺なんですー!」
かき揚げの玉ねぎが甘くて美味しい。塩で甘みが引き立っており一緒に揚げられている小エビにも劣らない主役を張っていた。もう半分はめんつゆでいただこう。
「はぁ?あんたにそんなこと言われる筋合いないわ!手は貸さんと口ばっかり達者に言うて!よう見てみぃ、じいちゃんにそっくりやろが!」
先程撮った道承 as 盛岡冷麺画像を見たご子息からの通話のようだ。やはり素性の知れない男を泊めたと思われたらしい。
玉ねぎの味噌汁が美味い。炒めた玉ねぎの甘さ香ばしさと生の玉ねぎのシャキシャキした食感にワカメと豆腐、かき玉が
「ミッチー、電話代わってくれる?盛岡冷麺送ってきたアホ息子なんやけど。」
「え、あ、はい。」
汁椀と箸を置いてスマホを受け取り耳に当てる。
「お電話代わりました、髙﨑です。」
『藤井篤也です。この度はわざわざ来ていただいたうえに、うちの親の遊びに付き合うてもろてありがとうございます。お手数おかけしました。』
「いえ、結構楽しかったです。あの、藤井さんは収量計算のファイル作った方ですか?」
『そうですけど。』
「お聞きしたい事があるんです!」
篤盛に頼まれて既存現行ファイルの修復と新規ファイルの作成について相談すると解りやすく回答をくれた。
『そのフォルダ、クラウドに上げてもらえる? 数式とか必要な項目はこっちで拾って作るさかい、髙﨑君はとりあえず入力だけやってもらえたら助かる。』
「解りました。今ご飯中なので食べ終わってからでも良いですか。」
『おっ盛岡冷麺?』
「ではないですね。」
終話してスマホをゆりねに返し、ここからは通常の晩御飯になった。
篤四は良くも悪くも体育会系のため酒を強引に勧めてくるかと思ったがそんな事は無かった。食べている間は黙る質のようだが、それにしても初対面の勢いが全くないのは不思議な気がした。実篤の説教がまだ効いているのかも知れない。
夕食を終え、皿洗いを伝っている間に篤盛が道承の泊まる部屋に布団を敷いてくれた。篤也の部屋だったらしい。空の学習机が何となく郷愁を刺激される。篤盛から一晩借りたノートPCを学習机に置いて指示通り指定ファイルをクラウドにアップした。
「ミッチー!風呂やでー!」
「はーい。」
実子の如く風呂を勧められ笑ってしまった。
風呂上がり、廊下を歩いていると居間までの途中にある部屋の襖が開いて、篤四に手招きをされた。手元に芳一ぬいがない。実篤に同席してほしかったがここで大学生男子がぬいぐるみ取ってきます!というのも妙な話で道承一人、篤四の部屋に招かれた。
「徳次ぁどうじゃった?」
シンプルな問いに話したはずだと思ったものの、良く考えれば迎えの車で話しただけなので篤四はその場にいなかったのを思い出す。
「あ、写真撮りましたよ。見せましょうか。スマホ取ってきても良いですか?」
部屋に戻る口実を得て、スマホと実篤 in 芳一ぬいを持って篤四の部屋を再訪する。
(曾祖父ちゃん、篤四さんてどんな人?どう対応したら良い?)
『あんまり考え込まんでもええぞ。篤四は裏表はないけえのう。嘘やええ加減なごまかしは好かん。悪い知らせでもはっきり言うたほうが飲み込みが早いんじゃ。』
ノックをするか一瞬考えてから、襖越しに篤四に声をかけた。入室許可の返事を受けて襖を開ける。六畳の和室は大小の和箪笥と座卓のみで、さっぱりとしていた。あまり物を持たない主義なのかもしれない。
篤四は座卓についていたので角を挟んで隣に座る。
「お待たせしました。徳次さんはこちらですね。起き上がるのに難儀するらしく、長い時間眠っていて時折起きる生活をしているそうです。頭はしっかりしてらして曾祖父の事を色々お話ししてくれました。」
『寝て暮らせる三年寝太郎がうらやましい言うちょったんじゃけえ、あの暮らしを楽しんどるじゃろうのう。』
道承からスマホを受け取り、じっと画面を見つめる。目を眇めスマホを近く遠く前後させているので老眼で見えにくいのかも知れないと思い至り、道承は画面拡大で徳次の顔を大きく表示した。
「……中兄ぃ、こんなじゃったかのう。」
長らく会っていないのだろう。認識と現状を埋めるように写真を凝視している。今でこそ寝たきりの徳次だが往時は元気だったのだろうし思う所は多々あるだろう。
「よねはどうしちょる?」
「写真はこれですね、グループホームに入ってらして認知症が進んでいるとの事でした。このぬいぐるみを気にしていたのであげようとしたのですが、いらない可愛くないと断られまして。徳次さんや下松の写真を見せたら長い事眺めてましたよ。」
徳次の画像の時と同じく拡大でよねの顔を大きく表示させる。
『まあ穏やかなもんじゃったのう。これまでケンケンしよったんは気ぃ張っちょったんじゃな。あれはあれで悪うない老後じゃったと思う。』
「……下松の写真、見せてもらえるかのう。」
「こちらですね。」
長く長く、見つめていたかと思うと大きく一つ息を吐いて、スマホを道承に返してくれた。
「ありがとうのう。少し気が楽になったわ。今までろくに連絡も取らんでおったけえな。」
「いえ、大した事では。農業に明るくないので勝手を言いますが、そんなにお元気なら今のうちにお二人に会いに行くと良いと思いますよ。……去年まで居た曾祖父はもう居ませんから。」
『おるけどのう。』
徳次はともかくよねは長くなさそうだったとは言い難いので、匂わせに留める。聞こえないのをいい事にまぜっ返す実篤はスルーをする。
黙り込んでしまった篤四にお休みを言って道承は部屋を退出した。自室に戻ってのデータ入力が待っている。
ノートPCを開くと、クラウドにアップしたファイルは篤也が修正してくれていた。作業上聞きたいことが聞けるようにとトークアプリで篤也とフレンドにもなった。
後はひたすらデータを入力するだけの作業の夜は意外に楽しかった。単純作業に向いているかもしれない。
夜更けまで入力作業をしたものの半分と終わらなかったが、朝食の際に報告すると藤井夫婦は非常に感謝をしてくれた。どうも篤也が今度帰省すると言ったらしい。また資料作成に手を貸してくれた事にもニコニコらしい。仲の良い家族である。
朝ご飯は卵焼き、ソーセージ、白米と玉ねぎの味噌汁という郷愁ダイレクトアタックのメニューだった。今回も忘れず芳一ぬいと撮る。藤井家の前で動けはしないがバランスを良く取ってくれる実篤。ぬいぐるみが板に付いている。
「そうや、そのぬいぐるみちょっと貸してくれへん?家出るまでには返すさかい。」
「あ、はい。どうぞどうぞ。」
実篤はやや不安そうな顔をしたが行ってこい。
朝食とその皿洗いを終えて、荷物の整理をする。今日は鳴門海峡に行った後そのまま埼玉に帰宅予定だ。忘れ物は勿論、土産の買い忘れがないようにもしたい。バイト先に配り土産を買わなければ。生徒へはお菓子等渡してはいけない塾規定なので除外として、同僚と社員の講師は全部で何人くらいいただろうか。
バックパックの空きと相談しながら、仏壇に退出の挨拶をする。お供え物が整理されたらしい仏壇脇には、小さな女の子の写真とままごと人形のモルちゃんが飾ってあることに気が付いた。昨日はお供えの陰に隠れていて見えなかったようだ。朗らかな夫婦にも色々あるんだろう、勝手に推測して恥知らずに感傷を持ったり同情をする人間にはなりたくないので道承は意識的に考えるのを止める。
ただ、今はお盆なのでこの子ももてなされて居るんだろう。死後のことは本当に良く解らないが実篤の例を考えると死後も個が続くようなので、それならばこの女の子も今幸せであれば良いと思う。
車を出す準備が出来たと声がかかったので今度こそ道承は考えるのを止めて荷物を担ぎ、玄関へと向かった。
「できたで。どない?」
玄関で待ち構えていたゆりねに返された芳一ぬいは、ピンクのキャップを被っていた。いわゆる野球帽である。芳一にはやや大きいサイズなのは、元はモルちゃん仕様だからなのか。
昨晩芳一のハゲ頭を気にしていたのでカスタムしてくれたようだ。脱げないように一部縫い留めてある。実篤が宿るぬいぐるみに針を入れたのか。痛いのか、痛くないのか。道承は震えた。
「ありがとうございます。」
ほかに述べるべき言葉など無かった。
取り急ぎ写真を撮って千拓に送る。芳一ぬいとゆりね〜背後に写り込んでピースする篤盛を添えて〜は祖母の徳美に送った。
本日は洲本バスセンターまで車で送ってもらい、そこからバスで福良港に移動する予定だ。
「乗れ!送っちゃる!」
「ありがとうございます。」
往路と同じ篤盛のバンかと思っていたが、復路は篤四の軽トラになるようだ。手間をかける立場で否やは無い。道承は篤四に改めて頭を下げた。ぐしゃぐしゃに頭を撫でられ助手席を勧められた。芳一ぬいはボディバッグに、バックパックを足元に置いてシートベルトをする。
「あかん!忘れとった!ちょっと待ってな!」
屋内に駆け込んだ藤井夫婦は玉ねぎを一抱え持って戻り、道承に土産と言って持たせてくれた。優しさが重い。
窓越しに藤井夫婦に別れの挨拶をする。
「色々とありがとうございました!」
「こっちこそ孫が来とるみたいで楽しかったわ。」
「おれへんけどな。」
「またおいでな。」
軽トラはエンジンをふかし出発した。畑や木々の間の道を走る。
走る。
走る。
正直通ってきたルートは憶えていないが、往路のときにかかった十五分を経ってもまだ着かない。うっすら不安になってきた道承は恐る恐る篤四に尋ねた。
「今向かってるのって……?」
「福良港よ!ワシもこのまま福山まで行こう思うてな!小倉はさすがに難しいが、福山なら日帰りできる距離じゃけえのう!」
『これぁ絶対思いつきじゃろうが!たぶん誰にも知らせちゃおらんぞ。道、由美子に連絡してやってくれ。』
明石海峡大橋経由で本州から淡路島入りした道承は知らなかったが、どうも鳴門海峡を越えて四国を経由し瀬戸大橋で本州入りするルートがあるらしい。
道承はフェリーの時間を調べるふりで由美子に篤四がよねに会いに行こうとしている事をショートメールで知らせ、藤井家は固定電話の番号しか知らないので昨晩交換した篤也のアカウントにテキストメッセージで同内容を連絡した。
両者気づいてくれるのを祈るばかりである。
登場人物達訛り方言の翻訳にchatGPTを利用しています。
星や絵文字もらえたら喜びます。




