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第40話 この祝便は境界を越える

一週間後、北辺の空は春らしく高く、中央配送室の棚はようやく“待っている紙”より“届いた紙”の方が多くなった。


 エルザの元へは正式な弔慰金通知と支払証が届いた。トビアスは兵舎再入室許可を受け取り、臨時労務ではなく元の任へ戻ることが決まった。アンナの婚礼も予定通り執り行われ、嫁資目録は立会人の前で開封された。


 共同倉庫の増設申請は差し止め。ベルントとエーヴァルトの取り分は回収手続きへ入り、交換局は当面、中央配送室の監督下で動くことになった。


 忙しさの合間、私は自分の礼状束を整えていた。王都、村役場、世話になった旧友、そして大聖堂。今度こそ、ちゃんと届く結婚通知だ。


「署名は決めたか」


 レオンハルトが後ろから問う。


「はい」


 私は一枚を見せた。


『北辺中央配送室監査官 エルマ・シュタール

 ヴァインベルク侯家 エルマ・シュタール・ヴァインベルク』


「長いですね」


「でも削りません」


 彼はそれを見て、静かに笑った。


「似合っている」


 昼過ぎ、国境路の再開祝いを兼ねた小さな祝宴が開かれた。配達隊、役場書記、村人、寡婦たち、帰還兵、花嫁と花婿。誰も泣き喚かない。ただ、ちゃんと働いて、ちゃんと食べて、ちゃんと笑っている。そういう大人の祝宴だ。


 出発前、私は礼状と祝便を新しい交換袋へ納めた。今度の袋には、返送札ではなく、受取確認欄と再送先控えが最初から付いている。誰かの都合で止まらないよう、仕組みそのものを組み替えた。


 レオンハルトが朝一番の短い手紙を差し出した。


『今日も、最初の一通は君へ』


 私はそれを祝便束のいちばん上へ重ねる。


「業務私用混在ですよ、侯」


「今さらだ」


 まったくその通りだ。


 号令とともに、馬が動き出す。北辺から村へ、村から山駅へ、山駅から国境へ。袋は以前よりずっと軽いのに、中身は前より重い。ちゃんと届くと信じて託された紙ばかりだからだ。


 私は走り去る交換袋を見送りながら、胸の奥で静かに思った。


 止められていた時間は、もう戻らない。けれど、これから届く時間は守れる。


 この祝便は、境界を越える。私の名前も、誰かの生活も、今度こそ途中で勝手に書き換えさせない。


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