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びっくりして、わたしはそのまま数歩、後ろに下がった。
「――……ペル、……ディアン?」
どこか焦点の合っていなかった目が、わたしの視線とかち合うと、一気に正気に戻ったのか、呆然と、こちらを見ている。
「ご、ごめん。何かあったってわけじゃないんだけど、凄くうなされてたから、気になって……」
とりあえず死んでないことに、安堵しながら、わたしは彼に話かける。
わたしの話を聞いたマグラルド様は、数秒の沈黙の後、半分以上抜いていた剣を、そのまま鞘に納めた。
「すまない、無意識に……。怪我はないか」
「ボクは大丈夫だけど……」
首に手をやったのがまずかったのだろう。この人は王族なのだ。暗殺の計画の二つや三つ、あったのかもしれない。わたしが出くわした一回以外にもきっと存在しただろう。
自分の身を自分で守れるように、と、警備隊の訓練に混ざるような人の首を、気安く触ろうとしたわたしが悪い。つかんでいた肩に近かったから、と言う理由だけで、首筋に触れようとしたなんて、考えが足らなかった。
「ボクより、マグラルドの方が大丈夫? 顔色が悪いよ」
「――ん、んんッ。問題な――……、いや、少し、夢見が悪かっただけだろう」
咳ばらいをしたマグラルド様は、そう言う。問題ない、と言いかけて、言葉を治したのは、心配を突っぱねるのは良くないと学んだということなのだろうか。
それにしても……本当に、嫌な夢を見ていたのだろうか。それとも、体調不良を隠しているだけ?
お医者様じゃないから、マグラルド様を見ても、彼の体調がどのようなものなのか、分からない。
でも、あの、『障り』の不気味な感覚。
あれを間違えるような聖女は、この世にいないだろう。
いまだぞわぞわとした感覚が残る手を、つい、さすってしまう。
ただ、どうして、今、マグラルド様を触って、そう感じたのか、全くもって理由が分からない。
「……何かあったら、絶対言ってよ? 医者じゃないから、何でも診察できるわけじゃないけど、守護魔法なら使えるから」
「ああ」
「絶対――、絶対、だからね?」
「……ああ」
わたしは念を押して、マグラルド様に言う。こうでもしないと、手遅れになってしまうような気がして。
マグラルド様が、わたしをどう思っていても。
わたしは、どうしてもマグラルド様を諦められないから。
なら、せめて、彼に幸せになってもらいたいのだ。もう二度と、会うことはないだろうと思って、国を出たけれど。わたしが一人で生きていく先に、わたしの知らないところで、マグラルド様が幸福に満たされることを信じて、諦めようとしたけれど。
もう一度、会うことが叶ってしまったのだから、彼が幸せになるところを見届けたい。満たされるところを、見たい。
――たとえ、わたしの命に代えたとしても。




