第36話 魔邪騎士
満月の夜、現れた魔邪者は騎士のような鎧を纏っていた。
「お初さん、今度のアイツの呼び名は……」
学ランのフードにスッポリと収まり、俺の頭のすぐ後ろにいるお初さんへ問いかける。
「巨裂牟や巨水塊の時と比べると随分小柄に見えるから〝巨〟ではないか……そうね、魔邪者の騎士だから魔騎士か邪騎士……いえ、魔邪騎士ね」
「魔邪騎士……」
小柄……とはいうものの、四、五メートルはあるだろうか……十分、デカい。
そんな魔邪騎士は、いわゆる西洋甲冑を着込んでいるように見える。いわゆるプレートアーマーやフルプレートというやつだ。だがその材質はどうやら金属……ではなさそうだ。夜目でハッキリとは見えないがゴツゴツしている。恐らくは石や、それほど大きくはない岩を集めて──巨水塊の時の水のように──鎧の形を成しているのではないだろうか。
いや、鎧だけじゃない。魔邪騎士のつま先から胸元まではある大剣、そして同程度の長さで垂直に並び、浮遊しながらヤツの周囲をゆっくりと旋回している五本の騎兵槍もまた、同様に石造りと思われる。
騎兵槍──円錐をを長く伸ばし、柄の手前が大きく広がった形状。その柄頭からは時折、光る糸のようなものが見える。炎糸だろうか……あれも巨水塊の時と同じ、操り糸って感じか。
そして特徴的なのが、兜の頭頂部、他には首や肩、腰といった鎧の隙間から──あれは樹木の……だと思うが、葉を繁らせた枝がワッサワサと溢れ、飛び出し、背中の方へと柳のように垂れている。遠目には飾り羽根を大量に背負っているみたいだ。その様子から察するに、あの岩石鎧の下の身体は……樹? 今回は樹木に取り憑き、依代としているのか?
「まったく毎度、よくもまぁ考えつくもんだな……」
「ホントね……」
「魔邪者ってのはみんなああなのか?」
「知らないわよ。同じヤツと三回も戦ったことなんてないもの」
「そうなのか……」
「ンナァァァゴ」
低く、唸るような遠鳴きをして爪が獅子形態へと変化する。
「お初さん、くれぐれも助太刀は無用に願うぜ」
「言われなくてもそのつもりだったけど……どうやらこっそり手を貸すってのも無理っぽいわね……」
「?」
「気づかない? 魔邪騎士からほとんど魔素が出てないの。放出を抑えているみたい。どうやってるのかは知らないけど……」
「……本当だ。前回まではバカみたいに撒き散らしてたのに……」
ザァァァァァッ──
風が吹き抜ける。
──と、それまで微動だにしなかった魔邪騎士がわずかに顎を上げる。同時に寺の鐘が鳴った時のような振動が辺りを震わせると、その中に微かな言葉が聞こえてきた。
「猶予はアタえタ……。木ッ端持チのオとコ……妖シきケもノ……アくマでモ マぎ使イに与すルカ……」
「当 然!」
「ニィヤッス!」
これ、会話だよな……? 前にお初さん、魔邪者とは無理って言っていたけど、もし可能なら──
「おい! お前に少し聞きたいことが──」
「ナらバ……最早ナにモ言うまイ……」
「あ! おいったら! ちょっと──」
石の大剣がゆっくりと持ち上げられていく……。その剣先が俺の胸に差し掛かった時──
「ソしテ我ガ 憎悪……返シてもラうゾ……」
そう言って上段に構え、再びピタリと動きを止めた。
憎悪を返せ……この勾玉のことか……? そんなに憎しみを手放したくないのか、オマエは……。
「万超は……どうして魔邪騎士を気にかけるの……?」
「……アイツ……初めて会った時、父親と母親を……探しているような口ぶりでさ……。それが……」
「それが……?」
「少し気になって……」
「──!! 来るよ!」
「──っ!」
ズ シン…… ズ ン……
あ……れ? えらくゆっくりだな。前みたいにガンガン来るのかと思ったら……。
爪はヤツの側面へ駆け出しながら距離を取るが、俺はこの場を動かなかった。一歩、また一歩と、上段に構えたまま近づいてくる魔邪騎士は、しばらくしてようやく俺を間合いに捉えた。
そして、満を持して振り下ろされる大剣 しかし──
ガ イ ン !
「 ム゛ウッ!? 」
魔邪騎士が意外そうな声をあげる。驚いたか! これくらいの大剣、今の俺ならもう弾き返せるぜ!
鈴の大太刀! 風 武 頑 巌 っ !
決して折れない木神刀の一振りを、風の絶技で補強する──元は巨裂牟の岩パンチをなんとか受けられないかと考案した技だ。むはは! 存分におったまげるがいい! この絶技なら剣だけじゃなく騎兵槍だって……って、あれ? ランスは? さっきまで魔邪騎士のすぐ後ろに浮かんで……
「ニャッッ!!」
「ぐふっっ!」
突然、シッポプロペラで横からやってきた爪に体当たりをかまされる──学ランの腰の辺りをガムリと咥えられ、突っ込んできた勢いそのままに──今いた場所からの強制離脱をさせられる。万歳をして、身体をくの字に曲げた状態での無理やりな高速飛行、脇 腹 が ! 限 界 です! 加えて──
「落ちるぅ!」
爪がぶつかってきた衝撃でフードから投げ出されたお初さんが、振り落とされまいと必死に俺の髪を掴んでいるもんだから、
「痛でででででっ!」
しかし、離してくれとも言えない! 耐えてくれ! 俺の 毛 根 ! にしたって爪はなんで──
ド ド ズ ズ ズ ン ッ ッ !
「な、なんだ!?」
騎兵槍が──空から降ってきた!? 立て続けに五本、俺達を追いかけるように上空の死角から降り注ぎ、豪快に地面へと突き刺さっている。爪はこれを回避してくれたのか!
「気づかなかった……助かったぜ 爪!」
「モガニュ!」
制服を咥えたままで返事をした爪は、魔邪騎士から十分な距離をとって俺を下ろした。
月明かりがあるといってもやはり暗い。再びフードへスポリと入った歴戦の天魔導士に俺は真剣な調子で尋ねる。
「お初さん、夜の戦闘はどうすればいいんだ!? アドバイスをくれ!」
「知らない! だって私、早く寝るから夜に戦ったことないし!」
聞いて損したっ!
「ニャッッ!」
「爪──見えるのか!?」
猫って……夜行性だっけ? いや、完全なそれではなかったような……でも、やる気があるならありがたいぜ! そういえば完全な夜間戦闘は初めてか……それがこういう局面で訪れるとは……救いがあるとすれば、魔邪騎士の動きは今までで一番遅いってことくらい。飛んでる騎兵槍にさえ気を付ければ──!
ズン…… ズン…………
とはいえ急所──色違いの炎はドコだ? 以前のように魔素が吹き出していないもんだから、どのあたりか特定することは疎か見当をつけることすら難しいぞ。順当に行けば頭か胸のあたりなんだろうが……。
「よし、接近戦はなるべく避けるようにして、遠距離からあの鎧を削り、急所を探っていこう。あ、でも爪──お前って離れた場所への攻撃手段は……」
「……ニャッス」
爪はニッと笑い、前足の鉤爪をペロリと舐めた。悪そうな顔してんな おい。
「じゃあ、いくぜ」
俺は風ロペラ絶技、爪はシッポプロペラを駆使しつつ、近づきすぎないように注意をしながら魔邪騎士の周囲を駆け巡り、撹乱させる。
そして先ほどのように上空からの騎兵槍が来たら反撃のチャンスだ。攻撃を躱し、地面へ突き刺さっている隙に火炎系の遠距離絶技で石の鎧を溶かす……作戦なのだが、口惜しいことに命中率がもうひとつだ。あの大剣が壁のように掲げられていて防がれてしまう。というか魔邪騎士、剣もランスみたいに飛ばさないのはなんでだ? あんなスローな振り方しか出来ないのに……。
俺がそんなことを考えていた一方で、爪はというと、魔邪騎士が俺の絶技に気を取られている間に、背後から鉤爪を高速で振るい、真空の刃を飛ばす攻撃を繰り返していた。削れてはいるのだろうが、あの垂れ下がる枝葉が邪魔をして、弱点──色違いの炎はまだ見つけられていないのだろう。それっぽい合図も未だにない。
だがこのまま続けて行けばいずれは……!
相手が対策を打てていないなら、その攻撃は継続して優位性を保つ──卒業試練でお初さんにかまされ続けたあのイヤーな雷糸からの教訓だ。
そのことに魔邪騎士も勘付いているのか、ちょこまかと動く俺達を、苛立たしげに追ってくる。
だがそれがピタリと止んだかと思ったら、空中の騎兵槍がヤツの足元に集い、先端をこちらの方に向け、扇子を広げるように水平に並んだ。
爪は俺とは反対側、挟撃が可能な位置をキープしている。
なんだ? そのままこっちに飛ばす気……か? あんなバレバレな攻撃……
「なにか企んでいそうね」
「え……そう思う?」
「ええ」
ググッ……
魔邪騎士は手に持つ石の大剣を、彼方を指し示すかのように胸の高さまで上げた。そうして扇状に並んだ石造りの騎兵槍の上を撫でるみたいに、並行に、薙ぎ払うかの如く剣を振るった次の瞬間──さながら薪を縦へ真っ二つにしたように──槍はそれぞれが等しく二つに割れ、上半分の五本は魔邪騎士の剣先の軌道に従い、半円を描くようにスライドして向こうの爪に狙いをつけてビタリと止まった。
「 ヴゥン゛ッ!! 」
形容し難い魔邪騎士の雄叫びが号砲となり、騎兵槍は爪と俺に向けて一斉に放たれた。
槍が分裂し、倍の数になって爪までも狙ったのは予想外だった、が──俺への攻撃は想定内! 好機だ、この面倒な騎兵槍、半分だけでも溶解させてやる!
鈴の大太刀! 燒 饅 頭 !
言わずもがな、〝水饅頭〟の豪炎バージョン! さぁ 来い! その槍、全部ドロドロに──
────ピタリ
「あっ──」
と、止まりやがった! あ くっそ! これは考えてなかった! どうする!? きっと技を解いたらその瞬間を狙ってくる! ぐぐぐ……燒饅頭……自分の技が熱゛い! お初さんもフードをスッポリ被って耐えてるし──マジでゴメン! でも止まっているならその隙に次の絶技を──いやダメだ、今使ったのは〝大太刀〟──最大吸気の一撃……だったはずだけど、まだ余裕がある……感じが……する? ひょっとして俺、成長してる!? とにかくやるしかない──騎兵槍を操っている炎糸、断ち斬ってやる!
地面へ木神刀を突き立てる!
神楽鈴の飛太刀! 砂 嵐 羅 !
宙で静止している五本の石槍、その末端から伸びる細い炎の糸へ──巻き上がった砂の竜巻がうねるムチのように襲いかかる!
ヅ ヅ ヅ ヅ ヅ ッ !
手応えアリだ! 酸欠もない──やっぱ俺、成長している!
半身の騎兵槍が地へ落ちたのを確認してから〝燒饅頭〟を解除。すぐに絶技で、今度こそ跡形もなく溶かして……
──と、その時、全身が大きな影に覆われる。
「万超 後ろっっ!」
「後────ろっ!?」
そこには大石剣を下段から、今まさに振り上げんとしている魔邪騎士の姿が!
「いつの間に!?」
ブ ア ア ッ ッ !
いいぜ! 何度でも弾き返してやる! 鈴の大太刀 風 武 頑 巌ぁ!
──だが、木神刀にはなんの手応えもなく、代わり目にしたのは、散弾銃から発射されたようなバラバラに分裂した岩石の群れだった。
マズいっ! 鈴の太刀 水涙ごろ──
ド ド ガ ッ ッ !
「ぐっっ──!!」
ギリギリ、厚めの水涙衣で防げたかと思った。しかし勢いを止めきれなかった拳二つ分ほどの岩石が左肩、腹、ふとももにブチ当たり、吹っ飛ばされる。
痛っっってぇぇっ! が それより受け身をいや違う風の絶技で着地を────
一瞬のうちに様々な考えが浮かぶが身体がいうことを聞いてくれない! 動かない身体で倒れずに着地するには──すぅぅぅぅぅっ!
神楽鈴の太刀! 水 ッ 風 呂 ォ !
ドッボォォォォォン!
風で圧し留めた水のフロへダイブし、なんとか事なきを得る。
「ぷへあっ!」
「スマン お初さん! これしかなかった!」
「全然オッケーよ、危なかったわね。けど、やるじゃない!」
「ああ……俺達だけでなんとかするって啖呵切ったんだ、これくらいは……ゲホッゥゲホッ」
「大丈夫!?」
「ちょっともらっちまって……」
「ニャウ……」
「爪! よかった、おまえ無事──じゃないじゃん!」
現れた爪は目の上が腫れて、試合後のボクサーみたいになっていた。
「爪ちゃん!? 他は──他にケガしたところは!?」
フルフルと首を振る爪。
「よかったぁ」
「ニュウウゥゥ……」
「おまえも分裂武器にやられたのか?」
「フゥゥーニャアァ!」
「おお、わかるぜ! 俺も後ろから突然……」
待てよ……そういや、いつの間に背後を取られたんだ? 魔邪騎士の動きはそんなに速くなかったはずだ──そう考えながら、ふとヤツを見る。
「な……なんだありゃ!?」
さっきまでは確かに二本の足だった魔邪騎士。しかし今は腰回りの鎧──その下から木の根のようなものが何本、何十本と生え、伸び、タコやイカみたいにウネウネ、ウゾウゾと蠢いている。その見た目は短冊のスカートというか、風に揺られる吹き流しというか……。
あの動き……身体は一本の樹木で──巨裂牟の時のように、関節部を魔邪の炎で繋いでいると思っていた。けど、どうやら違う……何本もの樹を細く裂いて、それを束ねた感じ……か? だから無理なく曲がるし、放出する魔素も巧みに抑えることが可能ってわけか。
ただ、絶えず動いているあの短冊吹き流し足……それと比較して微動だにしない上半身とのアンバランスさが、なんとも言えない不気味さを醸し出していると感じるのは俺だけだろうか。
「くそぅ……卒業試練も乗り越えて、少しは強くなったと思っていたのに……」
「向こうも進化していたってわけ……か。それに……」
「………………」
「………………」
「……お初さん?」
「ああ、ゴメン……。アイツを見ていると、どうしても思い出しちゃうことがあって……」
「……思い出す?」
「あの鎧、そして戦い方……忘れもしない五年、いえ、もうすぐ六年前になるのかな……」
「それって──」
「ええ、伯爵、子爵、そして男爵を彷彿とさせるのよ」
「──!?」
「なんなのよ……アイツは──」
お初さんの口から発せられた意外な言葉。
流れる雲が満月に懸かり、ヤツの姿を暗闇に沈める。
魔邪騎士……オマエは 一体………………




