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【XIII】#28 Johanna/stupiditY



 

 「……そうかい。アンタが氷空を殺したってのかい。伊達に乙種を名乗っちゃいない訳だ」


 受付嬢であるヨハンネは小さくため息を吐き、氷空の依頼の部分に大きな罰印をつける。

 レーヴァにある探索者ギルド──「赫灼のねぐら」にて、ホロウは海棠氷空の殺害依頼の達成を報告している。

 基本的には討伐した対象の持ち物を渡す必要があるのだが、彼女の身体や当時持っていたものは全てパンドラが消滅させてしまったので、彼女とロドリアの住んでいた場所から、彼女を想起させるようなモノを幾つかヨハンネに渡したのだ。

 最初の方は、疑念の表情を此方へと向けていたが、最終的には認めてくれた。

 ホロウは眉を下げ、申し訳無さそうな表情で、ヨハンネに小声で話しかける。


 「申し訳ないです。本来であれば首などを持ち帰る必要があったのに」

 「や、そもそも精神生命体(エクトプラズマー)の首を持って変えることなんて不可能さね。幻想義体(シミュラクラ)を使ってなかったのなら、身体も所詮他人の物を借りていただけだろうからね」

 

 どよめきやざわめきがあちこちから聞こえてくる。氷空を殺したのか?や、証拠がない以上、信じない等といった言葉が多数聞こえてくることに、ホロウは違和感を覚える。

 彼女は本来、「被妄曲馬團」に所属していた。そしてその組織は区域長を守れなかった結果を非難され、実質的な解散にまで追い込まれてしまっている。


 (「被妄曲馬團(パラノイド・サーカス)」に所属していた割には、やけに周囲の支持率が高い……やっぱり)


 彼女が煽動していたのだろう、皆が待ち望んでいる「赫の悲劇の再来」を。

 この区域を実質的に支配している機械仕掛けの天使(マキナ)の動きさえ止めてしまえば、その隙に赫を荒らした上で、機械仕掛けの天使ごと破壊してしまえば良い。

 しかし、此処でも気になるのは、彼らの行動の矛盾についてだ。決定的におかしいのだ。

 彼らの言う「赫の悲劇の再来」というものは、要するに赫の区域のトップ(イスラ)を殺すという行為そのものを指しているのだと、ホロウは考えている。

 しかし、もし仮にそうなった際に誰がトップに立ち、この区域をどうしていくかなどの話が全く聞こえてこないのだ。

 誰をトップに置き、何を成すかを考えていない時点でこの区域の未来などないだろうに。

 この区域がどうなってしまおうと、ホロウには関係ないが、それでもイスラが赫の民衆に破壊されるのを黙って眺めているだけ、ということは避けたいと思っている。

 そのために核の捜索や製作を頼んでいるのだが、今の所見つかる気配はない。

 ホロウが憂鬱そうに息を吐くと、ヨハンネが眉を顰めて、低い声で呻く。


 「さて、絶世の美女であるあたしの前でそんな憂いた顔して、一体なんだってんだい?」

 「あぁ……いえ、ちょっと思うところがあって……」


 ヨハンネは受付の裏にホロウを連れ込み、扉の鍵をガチャリと掛ける。

 案内されたのは、質素な部屋だ。ソファとテーブルが複数個あるだけの休憩室と行った所だ。

 フカフカのソファにホロウを座らせて、ヨハンネはテーブルの上で両手を組んで顎を乗せた。


 「此処でなら、外の野郎共には聞こえない。なんか重い事考えてんでしょ?言ってみな」

 「大したことじゃないですよ。氷空の死に様を見た時に、同情しただけですから」


 彼女がイスラの核を盗んだのも、全ては「エラー」が唆したのが理由だ。

 氷空の発言を鑑みると、恐らくはロドリアが死んだ際に蘇生してくれることを条件にしていたようだった。

 てっきり、自分の知らないうちにディストピアを行き来出来るようになったのかと思われたが、どうやら今の所はログハウスの禁は破られていないらしい。

 前に自分が確認した時も必死に突き破ろうとしていたので、あそこが破壊されるのも時間の問題だ。

 そう遠くないうちに、あのログハウスを破壊しても何らおかしくはない。

 

 (彼女が暴走する前に、引導を渡さないといけないのかも知れない……)


 「エラー」の暴走が徐々に白から逸脱しつつある。

 自分達を喰らうために、あの女は此処まで追い掛けてくる可能性が非常に高い。

 目的のために手段を厭わない獣が一番危険なのだ、形振り構わずに襲いかかるから。

 いつのまにか煙の出る嗜好品を口に加え、ふかしていたヨハンネは何処か遠い目で話し始める。

 

 「海棠氷空……ねぇ。彼女はあたしの目から見ても異質だったよ」

 「異質……ですか?」


 ホロウの疑問に、ヨハンネは首を縦に振り、煙を口から吐き出す。

 どうにも独特の匂いがして好きではないが、此処は黙って彼女の話に耳を傾ける事にする。


 「あぁ。精神生命体(エクトプラズマー)なんて希少種はそうそうお目にかかれない。本来なら中央管理局(セントラル)が種族を減らさないためにも保護するのが一般的なんだが……」

 「海棠氷空はその枠に当て嵌まらなかったって事ですか?」


 「あぁ。実際問題、あいつは緋浦家があった時から、レーヴァではそれなりに幅を利かせていた。それこそ、「被妄曲馬團」だったか?あそこの幹部だったんだからな」

 「「被妄曲馬團」って具体的に何をしていたんですか?私あんまり詳しくなくって……」

 

 ヨハンネは、嗜好品を一吸いして、そりゃあ赫に来たばかりだもんな、と首を複数回縦に振る。

 足を組み直し、吸い終えたモノを乱雑に捨てると、次の嗜好品に火を付ける。


 「解散してから顕になったんだけどね、要するに緋浦家を護る秘密組織……みたいな感じだったらしい。三年くらい前だったか。機械仕掛けの天使──今の赫を牛耳っている奴が、緋浦一家を全滅に追い込んだんだが、そいつの襲撃が分かっていたのにも関わらず、「被妄曲馬團」の奴らは護り切れなかったんだ」

 「「赫の悲劇」と呼ばれる出来事ですよね?」


 そうだ、とヨハンネは相槌を打った後に話を続ける。

 

 「緋浦一家を殺害した天使はその場を去り、中央管理局が来た頃には茫然自失状態の二人の女性が居たって話さね。まぁ、その二人が今何処で何しているのか……というか、どんな名前なのかすらあたし達は、知らないんだけどね」

 「そうなんですね……勉強になります」


 ホロウは彼女の話に適当に相槌を打ちながら、頭の中で話の整理をする。

 彼女の話が真実であれば、この区域の人々は木槿とゆかなの存在を知らない可能性が高い。

 ヨハンネの話を聞いている感じでも、そこまで二人にヘイトが行っている訳でもなさそうだ。

 どちらかと言われると、今機械仕掛けの天使が赫の頂点に君臨しているという現実が、受け入れられないらしい。

 ホロウは気になったことを、さり気なく聞いてみることにした。

 

 「今、「赫の悲劇の再来」って単語が飛び交ってますけど、仮に天使を殺したとして暴れてる彼らは、誰をトップに上げて、どう変えていきたいとか考えはあるんですかね……?」

 「ないね。あいつらは赫の状況の悪さを理解してないだろうから。どっちかと言われたらまた中央管理局に統括してほしいとか思ってないじゃないかね?結局元に戻るだけだけど、それを望んでる人は多いかも」


 彼女はこの区域にいる人物の中では、比較的状況を理解できている側の人物だ。

 建築家(アークテクス)鍛冶師(スミス)も居ないこのレーヴァでは、新しい武器や耐久度が高い武器などが高級品になっている。

 そのため、闇市などで横流しされた物や、別の区域で買っていることが大半だ。

 運び屋という職業が発展したのも、赫の区域で「赫の悲劇」が起きてからのことだ。


 「中央管理局が管理したら……この区域にもまた人間種が多く流入するのでは?」

 「別に構わないでしょ。種族の違いで諍いが起きるなら、トップが諌めればいいだけの話だよ」

 

 それが出来たなら、赫の区域はもっと前から良い場所になっていただろうな、と苦笑する。

 その後も、何気ない話をしながら、二人で暫しの時間を過ごした。

 

 (そうだ、イスラさんの様子見にいかなきゃ。後どれくらい時間あるか確かめないと)


 ホロウは、ヨハンネと別れた後、その足で「被妄曲馬團」の元アジトへと足を運ぶ。

 その間にも、民衆のホロウを見る目は酷く冷たいような気がしていた。

 

 



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