【XIII】#27 Repair/crueL
話を聞き終えたホロウは急いで、「歪曲」の館へと戻り、禍津の部屋へと押しかける。
勿論、目当ては禍津ではない。その部屋に何故か居座っている葵琴理に用がある。
どぉん!とノックもなしに禍津の私室に押し入ったホロウは、目の前の光景に目を丸くする。
なんと、ベッドの上で禍津が琴理に覆いかぶさっていた。どう考えても情事三秒前のそれでしかない。
三人の視線があった時に、しばしの沈黙が部屋に立ち込めた後に、ホロウは何も言わずに無表情でドアノブに手を掛ける。
「え、あ……、お邪魔しました……。時間を改めますねっ」
「おい待て、誤解した上で言いふらすのが目に見えている。おいっ!!……ちっ」
部屋を出ようとしたホロウを逃さないが為に、禍津が次元閉鎖を詠唱し、部屋から出れなくなってしまった。
扉を押しても引いても開く様子はない。文字通り、逃げられなくなってしまった。
ホロウは小さく息を吐き、観念したような表情で禍津を見据えると、禍津はこめかみに青筋を浮かべながら、特徴的なモノクルのズレを直している。
先程までベッド上で琴理に見せていた優しい表情とは、大きな違いだ。
どう見てもキレている。こうなっている時の禍津は本当に怖い、怖すぎる。
ずんずんと禍津が距離を詰めてくる度に、ホロウは一歩ずつ一歩ずつ後ろへと後ずさる。
最終的には、壁にまで追い詰められて、頭上には今にも雷を落としそうな禍津の顔が佇んでいる。
「お前の発言は、この館ではよく響く。だから此処で見たことは忘れろ。良いな?」
「でもあれってどう見ても……えっ……」
禍津が強めに壁を叩く。最近巷で噂になっている壁ドンと言う奴だ。
意中の異性にして貰うと胸がときめくらしい、実際には命の危機を覚えているのだが。
「え、えっと……流石に私にまで手を出すのは……、その、琴理にも悪いと言いますか」
「お前……、余程死にたいらしいな?」
禍津から黒いオーラが滲み出している。この世界では一夫多妻制が普通だったのだろうか?
別に複数人を愛したいのなら、止めはしないが、自分はまだそういった相手が居ないのだ。
どうせ誰かに愛されるのなら、その人の愛を一身に受けていたい、独占してみたいと思う。
「別に死にたくはないですけど……まだやりたいことは沢山ありますし……」
「ならさっさと忘れろ。それに俺はあいつに覆いかぶさっていたわけではない」
いや、もろに覆いかぶさっていただろ。とホロウは心の内でツッコミを入れる。
禍津がホロウに顔を近づけ、睨みつけているが、やはり禍津からは生き物の匂いがしない。
イズや琴理もそうだが、かつてはあったはずのその人からするような匂いがしないのだ。
あくまで推測ではあるのだが、に蘇生された者は何かしらが欠けている可能性がある。
禍津が蘇生された者かどうかは知らないが、彼からは甘い香水の匂いしかしない。
禍津がいつも使っている香水の匂いがふわっと香ると、禍津が先程よりも顔をさらに近づける。
少し離れた場所でこちらをぽかーんとした表情で見ている琴理に聞こえないようにするために。
「後で事情は話してやる、お前も用があって此処に来たんだろ?何の用だ」
「実は……」
ホロウは先程、木槿から聞いた内容をかいつまんで話す。
その中には、恐らく彼女は機械仕掛けの天使の核を破棄した為、このままだと「赫の悲劇の再来」が来るのは時間の問題だろうということ。
それを防ぐためには核を用意するか、「緋色の烏」に歯向かう赫の民を根絶やしにするしか選択肢がないということ。
その他の情報を、全て報告し終えると禍津はなんとも言えない表情で眉間に皺を寄せていた。
「……恐らくということは、確定事項ではないのだろう?そもそも俺に動くメリットがない」
「いいえ、メリットはありますし、ほぼ確定事項と見ても構いません」
禍津はホロウの言葉を聞き、目を見開いて驚いた仕草を見せる。
間もなく、うぉっと声を漏らすが、気がつけば禍津の背中に琴理がよじ登っていた。
「やっほ〜、ホロウセンパイっ。うちに内緒でおじさんと話すなんてずるいっすよ。何の話ししてたんすか?」
「お前には関係ないから、あっち行ってろ」
「いや、関係あるよ。良かったら琴理も話聞いてくれない?」
ホロウの言葉に、琴理は目を輝かせて首を縦にぶんぶんと振る。禍津がホロウに聞こえるように舌打ちをしているが、聞かなかったことにしておく。
身体こそ成長しているものの、彼女の反応は昔から変わっていないらしい。
フィーアの琴理は自身への嫌悪感を顕にしていたが、今の彼女は好感度マックスと言った形だ。
この世界の自分は一体、彼女に何をしたのだろうか。気にはなるが、あの性格では仕方ない気もする。
琴理にも話をし終えると、鼻息を荒くしていた。どうやら興味を持ってくれたらしい。
「要はその核をうちらで作れば良いって訳っすね?ただ実物も見たことないし、作り方も分からないから、そこが厳しいっすね……」
「そうね……私も見たことないし、モノ作りの才能はからっきしだからなぁ」
二人はそう言うと、徐ろに禍津の方を見る。もう禍津の扱い方はある程度把握している。
ツンケンしていて、普段は非協力的だが、だからといって手を貸してくれないわけではない。
それなりの理由と、筋さえ通してしまえば、ある程度は融通してくれるし、本を出してくれる。
案の定、嫌な顔をしていた禍津だが、一冊の本を懐から取り出す。どうやら、既に用意してくれていたようだった。
「機械仕掛けの天使の書──本当になんでもありだね……」
「俺の『万物記録』に出せない書物はない。それ読んでさっさと作るぞ」
琴理は手渡された本をペラペラと捲ると、興味津々といった表情で目を輝かせる。
昔の彼女は本を読むこと自体が嫌いだったはずなのだが、そんな彼女でもサクサクと読み進めていく。
気になったホロウは、禍津の脇を小突き、そっと耳打ちする。
「あの本って、本が苦手な子でも読めるんですか?」
「いや。他の本と同じだが、ただただ興味のあるジャンルだからだろうな。もしくは……」
禍津は、琴理の事を目を細めて眺めている。まるで自分ではとても手の届かないものを見るように。
寂しそうにも、嬉しそうにも見えるその表情を、言語化出来ないホロウはただ見ていた。
「いや、これは俺が言うべきことじゃない。……ともかくだ。保険で作成はしてみるが、確実にできるとは言い切れないぞ。なんせ機械仕掛けの天使の核なぞ、普通の武具とは比較にならない程、希少で貴重なものだからな。だから見つけられるなら見つけてこい、いいな?」
「わかりましたっ!ただ、琴理が作った核で代用する可能性は高いと思うから……」
本をぱたんと勢いよく閉じた琴理は自信満々にサムズアップする。
「任せて欲しいっす!という訳で、おじさん!この材料たちはあるっすか?」
「だから俺はおじさんじゃないと何度言えば……ふむ、これなら多分在庫があるはずだ」
武具作りの天才とも言える琴理は、すぐさまホロウの依頼した核作りに着手し始める。
ホロウは邪魔にならないようにすぐさま部屋から出る。扉に凭れ掛かって、黄昏れた。
「結局、あの二人はベッドで何やってたんだろ?え、えっちなことじゃなかったのかな?」
どう考えてもキスする三秒前だったのだが、結局お茶を濁されたせいで、話を聞けなかった。
けれど、これで最悪の事態は防ぐことが出来るだろう。この館にいる限り、時間の流れはかなり歪で歪んでいる為、タイムリミットまでの時間も大幅に稼げる筈だ。
後はパンドラがドゥーランとの話の中で、情報を引き出すことが出来れば御の字なのだが。




