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【XIII】#19 Sister/eviL


 海棠氷空を始末したパンドラと共にホロウと禍津は一度、「歪曲の館」へと帰還することにした。

 アズラはなんでもクデラインでやることがあるらしく、一時的に別行動を取りたいと申し出たのだ。

 氷空はコアらしきものを持っていなかったので、恐らくはクデラインを捜索するのだろう。

 道案内といい、様々な部分でアズラにはお世話になったので、断る理由もない。

 折角時間が空いたのならと、里乃達と情報交換をする時間にしようと考えた。

 何度行っても慣れない転移の際に感じる目眩をやり過ごした後には、いつもの白黒が入り混じった奇妙な館が目の前に広がっている。

 ホロウは背伸びをし、気持ちの良さそうな声を出しながら、隣を歩いていた禍津に話しかける。

 

 「何ていうか、大分久々に帰ってきた気がします。もう随分見ていなかったようなそんな感じっ」

 「此処を家だと認識しているなら、相当パンドラに毒さ……」


 禍津は途中で言葉を切るも、後ろでふよふよしながら付いてきているパンドラはこめかみに青筋を浮かべながらも、満面の笑みを浮かべている。

 凄い笑っているはずなのに却って怖いので、可能なら辞めて頂きたいとホロウは毎度思う。

 禍津が凄まじい速度で館へと走り抜けていくが、パンドラもそれに負けないほどの速度で滑空していく。

 あそこまで速度が出るんだなぁ、なんて呑気に考え事をしていると、転移魔術の際に生じる揺らぎを検知する。


 「誰か帰ってくるのかな。今屋敷内に誰が居るのか知らないけど、イズ達かな?」


 転移に巻き込まれると、変な場所に自分も転移される可能性もあるため、少し離れて様子を見る。

 やがてその場に蒼い蝶と靄の掛かった扉が現れ、そこからはイズとノインが出てきた。

 ホロウが待っていたことに気づくと、イズはぱぁっと顔を破顔させて、此方へと走ってくる。

 

 「お姉ちゃん!……んんっ、待っててくれたのかしら?」

 「帰ってくるって言ってたからね。それに私も今戻ったばかりなんだ」


 ホロウが笑顔でそう言うと、イズは助走をつけてホロウの懐めがけて飛び込む。

 普段であれば躱したりするものの、なんとなくホロウも受け入れようかなと思い、抱き返す。


 「ふわぁ……抱き返してくれたぁ……普段は逃げたり避けたりばっかりなのに」

 「まぁ……、たまには良いかなってね。ほらおいで」

 

 灰色がかった髪の毛を撫でるも、きちんと手入れされているのか、サラサラだ。とても、水浴びもままならない探索者の髪とは思えない。

 それに匂いも甘くてふんわりした香りがイズの周辺に漂っている。本当に彼女は探索者なのだろうか?

 自分もなるべくそういった部分には気を使っているが、どうしても汗をかいた後などは匂いが気になってしまうものなのだが。

 自分の服の袖をくんくんと嗅いでいると、後ろから里乃──ノインが現れ、ニマニマと意地の悪い笑顔で此方を見ている。


 「妹ちゃん、魔弾ちゃんと会えるからってお風呂済ませた上に、お気に入りのこ……」

 「こ?え、なに?イ、イズ……すんごい顔になってる。分かった、聞かないから……」


 言葉にはしなかったが、イズがノインを見る目は、完全に殺人鬼のそれそのものだった。

 流石に若干怖気付いたのか、ノインがなんでもな〜いと言ってそっぽを向くと、再び顔を綻ばせた。

 ノインの言論を完全に弾圧したイズは再度、自身の頭をホロウの胸辺りにグリグリ押し付ける。

 愛情表現が上手なイズに完全に、気圧されているホロウはあははと笑いながら、頭を撫でる。


 (イズ可愛い……。私もいつかこんな風に甘えられるのかな)


 「それで〜魔弾ちゃん。此処に呼んだってことは話がある程度纏まったって事だよね〜?」

 「うん。それについては私の私室で話しても良いかな?お茶菓子とお茶は用意しとく」


 頭を撫でながらノインと話していると、撫でていた頭が此方の方向へと顔を向けている。

 随分とだらしない顔になっているのかなと思えば、それなりには見れる顔で。


 「で、あれば。私が用意しておくわね。お姉ちゃんのセンスは怪しいものがあるし」

 「……ねぇ、ノイン。なんで私ディスられたのかな」


 目尻に涙を貯めながら、ホロウが嘆いていると、ノインはケラケラと笑っている。

 

 「愛故なんじゃない〜?好きな人には意地悪したくなるって言うじゃない?」

 「そうなのかなぁ……。あぁ、はいはい。もっと撫でれば良いのね……」


 ご満悦そうなイズの頭を撫でながら、泣きべそをかいているホロウを見ているノインはご満悦だ。

 なんだかんだ言っても、三人はそれなりに仲が良いと言っても差し支えない。

 茶会の準備を進めながら、ホロウの私室へと足を運ぶ。



 ________________________


 久し振りに雑談感覚で楽しくお喋りが出来るとウッキウキで準備を進めているホロウは一足先に私室へと足を運ぶ。

 両手いっぱいのお菓子を抱き抱えたホロウが私室へと入ると、先客が既に居た。

 

 「む、来たか。先に失礼しているよ。ヴァール殿」

 「んぉ。随分と菓子の類を掻き集めたものじゃな〜。妾にも分けよ。フィナンシェは最優先じゃ」

 「また肉がつくぞ。パンド……髪の毛を引っ張るのは止めろ!抜ける!!」

 

 後ろからも来客が来るというのに、もう既にこの部屋は騒がしくてたまらない。


 (色々困ったなぁ……。そもそも禍津さんとかアティスさんってお菓子食べるのかな)

 

 落ち着かなさそうにホロウの私室を見回していた毒々しい研究者らしい格好の女性。

 ふよふよ浮かびながら、退屈そうに知恵の輪を嗜んでいる者。

 モノクルの位置を調整し、難しそうな本を読んでいる紫髪の男性。


 (あんだけ引っ張られても髪の毛抜けないの凄いなぁ。何かコツとかあるのかな?)

 

 ホロウは何故、勝手に私室に入っているのかを聞こうとしたが、一旦全てを飲み込む。

 突っ込んでも無駄なのだ。此処の人達はいい意味でも悪い意味でも規格外の者達ばかり。


 「……この人数なら私の部屋よりも大広間の方が良いのでは?」

 「妾は問題ない。どうせ浮いておるからのぉ。それにこやつらは菓子が好きでもない」 

 「事実ではあるが、お前にそう言われるとなんだか無性に腹が立つな」

 「んむ。禍津殿の言う通りだ。普段しないことを行うのもたまには良いことだろう」

 

 てっきり茶会は三人で行うと思っていたので三人分しか用意していなかった。

 元々食べる気のなかった禍津とアティスまでお菓子を食べるというのなら、再調達しなければいけないかもしれない。

 ティーカップも三つしか用意していないのを禍津が確認すると、モノクルを正して息を吐く。


 「要は菓子と茶が人数分あれば良いんだろ。茶会の書──第参拾頁『茶菓子と茶について』」


 禍津が本を閉じるとテーブルの上には、菓子と人数分の紅茶が用意されていた。

 彼の『万物記録(アカシック・レコード)』がいかに万能なのかは知っていたつもりだったが、此処までだと、もはや全部禍津に任せてしまえば良いのではないか、という考えが芽生えてしまうのもそうおかしなことではない気もする。

 ふよふよと浮かんでいたパンドラはテーブルの上からお菓子を一つひょいとひったくり、頬張る。


 「ん〜。やっぱりふぃなんしぇは格別じゃなぁ。少し質は劣るが、十分じゃ。うむうむ」

 「文句を言うなら食うな……あくまでこれは記録でしか無い。どうやっても本物には劣る」


 ホロウはふむふむと思いながら、あとから来たイズとノインも席に招き、六人が一堂に期す。

 先程までは三人でお喋りしながら、報告するだけだと思っていたのに、ホロウの中で緊張感が走る。

 

 「では、『赫の区域』についての現状報告をして貰おうかの。まずはホロウ、頼めるな?」

 「はい。では最初に「壊惑の手記」の筆者である海棠氷空ですが……」


 緊張感は全身に巡っているものの、それでも口はなんとか動く。

 自身の報告が終わるまでは、このまま身を預けてしまおう。

 ホロウが手記に落とされてから、氷空を討伐するにあたっての簡単な話を説明し、ふぅと息を吐く。

 

 (こういう説明はイズの方が得意なんだろうけどなぁ)


 ちらりとイズの方を見ると、それくらいは自分でこなせるようになりなさいと舌をべーっと出された。

 長い付き合いだとそこまで分かるものかと、ホロウは感心しながら五人の前で己の体験したことを簡潔に話し始める。

 






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