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【XIII】#18  Struggle/ cravinG


 ホロウは眼の前の敵を見据える。

 黒髪ストレートで見るからにお嬢様という出で立ちの彼女の所作は、どう見ても武人のそれそのものである。

 構え自体は見たことがない。恐らくこの世界独自の流派の物なのだろう。

 両腕は蒼碧に光っている。強化している箇所なのか、それとも憑依魔術の一種かは分からない。

 未知は恐怖だ。分からないことに生物は恐怖し、恐れ慄く。自分だってそうだ。


 (彼女に対しては恐怖でしか無い。氷空は他人に寄生する精神生命体……)


 寄生方法や、条件が判然としない中で無闇矢鱈と戦って良いものは分からない。

 けれど、今ここから逃げる訳にはいかないのだ。此処で彼女を止めないと安息の時は訪れない。

 ホロウは彼女の動向を伺いながら、黒い銃に弾丸を装填する。実弾を用いるのはいつぶりだろうか。

 普段はゴム弾を使用することが多いのだが、相手が相手だ。殺傷性は高いほうが良い。


 「それが貴方の使用する得物、銃と呼ばれるものですか。罪源の皆様も使われてると聞きますが」

 「……『罪纏』」


 ホロウは別の銃を懐から取り出し、こめかみに銃口を突きつけて引き金を引く。

 バリィンとガラスが割れるような音が周囲に鳴り響いた後に、ホロウの身体が拘束着と修道服の組み合わさった格好へと変わる。

 聖骸布で顔を隠したホロウの姿は神秘的とも耽美とも取れるような姿になっている。

 近くで見ていたアズラは「おぉ……」と感嘆の声を漏らし、氷空は目を見開いて驚いている。

 

 「それが貴方の本気って事ですわね……!此方は未だに震えが止まりませんが……」

 「この格好で居ると、人間種の心身に強力な悪影響を与えるんです」


 それを我々は災禍と呼んでいる。人の身体を蝕む悪意の産物。

 本来は罪源の面々への詛として中央管理局が付与したものだが、これが却って面倒な相手を選別するという意味では非常に大きなメリットになっている。

 並大抵の相手は会話をすることもままならず、最悪の場合、死に至るものも少なくはない。

 勿論、此方側である程度制御できるが故に放置しているものだが、こういった手合いの物には手加減する必要もないだろう。

 ホロウの『罪纏』には災禍の効果を再現したものが搭載されている。それがあの格好だ。

 罪源の面々によって、災禍の効果はまちまちだが、ホロウの場合は強烈な畏怖の付与。

 思考は淀み、まともに考えは纏まらず。身体は竦み、まともに動かなくなってしまう。


 (他の人のものと比較すれば、戦闘の補助になるかどうか程度だけど、充分過ぎる)


 一時の油断が、この世界でも命取りとなるのだ。ましてやホロウの持つ銃は威力が高い。

 昔は銃で弾丸を放つだけしか出来なかったが、魔術で加速させたり、誘導させたりと様々な事ができるようになっている。

 銃自体も見た目はハンドガンだが、威力だけで言えばスナイパーライフルと遜色ない程だ。

 そんなモノを至近距離で撃たれたものがどうなるかなど、想像に難くない。

 ただの人間種であれば、大体が即死だ。心臓部、もしくは頭部を狙う為、苦しみはない筈。

 足が震え、身体も武者震いのように震えている氷空をホロウは見据える。

 どう見ても災禍が効いている。だが、慢心は油断の元だ。演技の可能性を頭に入れておく必要がある。

 不慣れではあるが、カマを掛けておこうか。無駄にはならないはずだ。

 

 「人間種に効くのは間違いありませんが、精神生命体の貴方には効かないはずですよ」

 「あら。じゃあこの身体の震えはなんなんでしょうね?……単純な恐怖かしら?」


 自身の身体を抱きしめ、苦悶の表情を浮かべる氷空を横目に、ホロウは戦闘準備を着実に進める。

 弾丸の装填も、魔術の付与も、相手への警戒も怠ることなく進めている。


 「来るなら来て。苦しいのは一瞬だけになるよう努力するから」

 「慈悲深いんですのね。その慈悲深さがあれば、己の身を捧げて欲しいものですがっ」


 「それはゴメンかな。私、まだまだやりたいこととかやらなきゃいけないことが沢山あるから」 


 氷空の両拳が蒼碧に光り始める。その拳を固く握り締めて此方へと突っ込んでくる。

 弐百メートルほど離れていた場所から、凄まじい勢いで距離を詰めている。

 足運びや体捌きが先程の単細胞とは違い、縮地に似た動きまでしているのを見るに、格が違う。

 避けるのも難しそうだと判断したホロウは、ひとまず氷空の軌道を逸らすために銃口を彼女の額に向け、引き金を引く。

 ズダァンと甲高い音が鳴り響くが、氷空は難無く躱す。どんどんと距離が縮まり、もう後数秒で接敵するだろう。

 いくら弾丸を放てども躱され、焦りの中で使用した魔術も躱され、もう終わりだと思ったその刹那。

  

 「そこまでじゃ」

 「……っ!?」


 重々しい声が何処からか降り注ぐ。その声を聞いた氷空は、即座にホロウから距離を取る。

 目を瞑り、敗北を覚悟していたホロウが目を開くとそこには、パンドラがふよふよと浮かんでいた。

 

 「パンドラ様……どうして此処が……?」

 「そこの性悪メガネが探知できて、妾が出来ない訳無いじゃろう?」


 白と黒が入り混じった髪の毛の女性──『七つの罪源』の主「歪曲のパンドラ」本人だった。

 ホロウと似た格好のパンドラは聖骸布こそしていないが、見た目は瓜二つで、違う部分はプロポーションくらいなものだ。

 ホロウがパンドラの前でこの格好になりたくないのは、これが原因でもある。

 一方、性悪メガネは「黙って聞いていれば……」とこめかみに青筋を浮かべ、悪態をついていたが、アズラにまぁまぁと宥められ、その場では何もせずに居た。


 「まさか、大犯罪者の貴方がこんな場所にまでおいでなさるとは思ってもいませんでしたわ!」

 「おぅ。妾も出しゃばるつもりはなかったんじゃがの。流石に人のモノに手を出す奴が居ればな」


 パンドラはふよふよと氷空の元へと浮遊し、氷空の首根っこを掴んで目をくわっと見開く。

 

 「妾とて、無闇矢鱈と生ける者を殺めるつもりはない。此処で失せるなら見逃してやるが?」 

 「……っ!!……わたくしはそれでもっ、愛する者を取り戻すためならばッ」 


 ホロウ達には見えなかったが、氷空の表情を見るに、相当の恐怖を覚えたのだろう。

 涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃになり、顔色は真っ青。普通であれば失禁していてもおかしくはない。

 けれども、氷空は恐怖の根源たるパンドラに至近距離でガン付けられても気絶することなく立ち向かう。

 パンドラはそういう人間が好きだ。……人間であれば好きだが、彼女は人間種ではない。

 必死に身動ぎし、逃げ出さんとしている氷空を底冷えするような視線で見ているパンドラは首をホロウのいる方向へと向ける。


 「のぅ、ホロウや」

 「は、はいっ!なんでしょうか?」


 現在進行系で敵の首根っこを掴み上げ、空中に上げている大罪人が発したとはとても思えない優しい声で、パンドラはホロウに問いかける。

 あまりに急に声を掛けられたせいでホロウは上ずった声で返事をしてしまい、パンドラは薄く笑う。

 優しい表情、優しい声で、パンドラはホロウに優しくない内容を告げる。

 

 「そなたは率直に答えれば良い。此奴に罪はあると思うか?」

 「……無いとは言い切れません。未遂とはいえ、私を現実改変のパーツにしようとしましたから」

 

 「では此奴を赦せるか?此奴の罪を受け入れることは出来るか?」

 「……出来ません。彼女──氷空は愛する者を救いたいが故に我々を今後も害するでしょうから」


 首根っこを捕まれ、声を出すこともままならない氷空は、必死に首を横に振り、抵抗するが、パンドラは視界にすら入れていない。

 お前の言葉や意志などは最早、関係のないことだ、と言わんばかりだ。

 彼女の残酷さは時に救われ、時に報われないと思うこともある。今だってそうだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 「だ、そうだ。妾の愛する者がそういうのであれば、そなたが生きる意味は最早あるまい」

 「……っ!!……っっ!!」


 氷空の必死の抵抗も虚しく、邪悪に笑うパンドラは首を掴む力を更に強める。

 足がつかない程度に浮いていたパンドラは少しずつ、徐々に高度を上げていく。

 ジタバタと足を動かし、抵抗するも、パンドラの掴む力は見た目以上で外れる気配はない。

 それどころか、自身が精神生命体のせいでどれだけ気道を塞がれようと自分自身は死ねないのだ。

 その事を分かっていて、パンドラは鼻歌交じりで氷空の首を絞めたまま、宙を浮いている。


 「のぅ。そなた本来の声帯で喋れ。ガワはもう間もなく息絶えるからの」

 「ちっ……何なんですの貴方は……。こんなことして何になるんですの」


 氷空の機械音にも似た声に、パンドラは少し驚きつつもホロウ達の居る方を見る。

 

 「簡単な話じゃ。人が大切にしている者に触れようとする不届き者を排除する。それだけの事」

 「はっ、貴方が大切に思うことが、彼女にとっての枷になるのでは?」


 氷空の憎々しげな声色に、パンドラはふむ、と少し考え込むもふふっと小さく笑う。


 「何がおかしいんですの。貴方がやっていることは許されざる行為ですわよ?」

 「貴様のやっていることよりかはマシじゃがな。もう良い。疾く消えよ機械生命体(エクトプラズマー)


 パンドラは魔術を詠唱し、一つの魔術の名前を呟いた。

 

 「ゲノム・ディスパージョン」


 パンドラの魔術は瞬く間に氷空が寄生していた肉体を分解し、パンドラが握って離さなかった本体部分も徐々に分解していく。

 緑色にも見える情報の塊であった氷空は、表情を歪めてパンドラを睨みつける。


 「良いんですか、わたくしが消えれば「赫の悲劇」を知るものがまた一人減る事になる」

 「はぁ?そんなもの構わないに決まっておろうが。貴様なぞ居なくとも」


 パンドラは遥か下に向かって指を指す。そこには毒々しい紫髪の男が立っている。


 「あの男一人居れば、何も問題ない。貴様の価値など路傍の石ほどにもないのだからな?」 

 「パンドラぁああああああ!!!!」


 断末魔をひとしきり聞き終えたパンドラは、ホロウ達の居る場所へと戻る。

 あんな聞き苦しいモノはこやつらには聞かせられぬ、と苦笑いをしながら。

 

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