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【XIII】#17 Outlandish/sanctioN


 「あら、なんでしょうか。飛べもしない烏の手先風情が。わたくしの邪魔をするのですか?」

 「人の見る目もない寄生虫が偉ぶってんじゃねぇよ。オレの仲間に手を出すなって言ってんだ」


 氷空は余裕そうな表情でアズラを見ているが、アズラは威嚇しながらホロウを己の後ろに隠す。

 作品内でも、彼女の戦闘描写は一切確認できなかった。

 つまり、ホロウは氷空がどうやって戦うかを一切知らないのだ。唯分かるのは、己の身体は精神生命体。

 実体を持たないが故に、他者の身体を借り受けて戦うのだろう……、此処まで考えて顔が真っ青になる。


 (ってことは、身内の身体を勝手に盗んでその人の力を全力で振るえるってこと……?)

 

 そうなると非常に不味いことになる。

 自分の身体を勝手に持っていかれて、“嘘”を使用し続ける道具にすることだって、理論上可能だ。

 彼女がどうやって他人に寄生するかなどの知識も一切ないため、初見殺しを受ける可能性は十二分にある。

 だから、アズラは急いでホロウの身を隠させたのだ。ホロウはすぐに禍津の方を見る。

 禍津も此方のことを見ており、視線が合うや否や、首を一つ、縦に振った。

 表情に一切の変化はないが、彼のあの態度を見るに既に対策済みなのだろう。ホロウは息を吐く。

 

 (信じますよ、禍津さん……。此処で氷空に攫われるわけにはいかないのだから)


 神に祈るように地面に膝をつき、両手を胸の前で結び、組んだ手に頭をつける。

 其の実、神に祈るつもりなど更々無い。神など、この世界にだってきっと存在しないのだから。

 ホロウがこの体勢でいるのは、すぐに魔術を発動できるように服の袖の中に簡易魔術紙(スクロール)を入れていることと、禍津などの言葉を聞き逃さないように聴覚に集中するようにする為。

 転移や目眩ましの簡易魔術紙の用意は既に済んでいる。後は魔力を紙に注ぐだけで発動できる。

 何の作戦会議もしていない現状ではあるが、自分に出来る限りの打開策は考えておきたい。


 (守られるだけの存在に戻るなんてもう嫌だもん……)

 

 目を瞑り、外からドシンドシンと巨体を揺らしながら部屋へと入ってくるロドリアも含めて四人のやり取りに耳を傾ける。

 

 「おぉいおぉい、僕ちゃんが外を見張ってる間に随分と状況が変わってるお……嫁ちゃん、これどーなってるんだお?」

 「見ての通りですわ、交渉決裂。わたくしの『お願い』は聞き入れてくれませんでしたわ……」


 氷空が膝から崩れ落ち、目を擦り涙をハンカチで拭う仕草を見せると、ロドリアの顔は緑色から一気に真っ赤に変化する。

 わなわなと震え、身体からも湯気が立ち上る。目を瞑っているホロウには彼がどういう表情をしているのか分からないが、室内の温度が急上昇したことで、異変を察知している。

 気温が急上昇した熱源域付近から、唸り声が聞こえてくる。


 「誰だ……誰が僕の嫁ちゃんを傷つけたんだお……許さない。絶対に許さないお……」

 「けっ、ダルいことになったな。あいつが暴走するとオレでも苦戦するんだよなぁ」


 アズラが悪態をつき、ホロウを背に庇っている間も、ロドリアの感情はどんどんと膨れ上がる。

 嫁ちゃん、嫁ちゃんと戯言の様に宣う彼の口調はどんどんと変貌していく。

 愛している者の悲しみ、怒り、憎悪、憐憫、慟哭。聞こえていないはずのものも彼の耳は吸い取り、徐々に黒く染めていく。

 いつしか、緑だった身体は真っ黒に染まり、気性もそれに伴って非常に荒々しくなっている。

 白かった中央管理局(セントラル)の制服も、いまや肌の黒さを際立たせるアクセサリにしかなっていない。

 

 「嫁ちゃんを傷つけたのは誰お……。お前か?お前なのか……?」


 彼が虚ろな目で見ているのは、どうやら自分らしい。悲しいことに大正解だ。

 粘ついた視線をアズラが庇ってくれているにも関わらず、自身の身体にまで届いている。

 今すぐにでもここから逃げ出したい所だが、逃げた所で自分の場所を追跡でき、即座に移動できる身体を持っている氷空の前では無意味。

 身体への侵入方法が分からない以上、下手に動いて身体を奪われては本末転倒だ。

 結果的にこうしてアズラの後ろに隠れているが、現状を打開できる手段は見つかっていない。

 それどころか、今にも襲いかかってきそうな大巨漢は、アズラを持ってしても面倒な相手だという。


 「うがああああああああ!!アズラぁ!!!」

 「別にオレはなんもしてないんだがなぁぁっ!!」


 まっすぐ突っ込んでくるロドリアの突進を、真正面から弾き返すべく拳に魔力を込めて殴る。

 普通の女性であれば簡単に折れてしまうであろう腕も、折れることなく難なく弾き飛ばした。


 「かぁああ……。やっぱ重いなぁこいつの身体。それなりの力で殴ったんだけどな」

 「うがああああああああ!!」


 手首を回していたアズラのもとへ、第二波のロドリアがやってくる。

 勢いも衰えずに、先程よりも憎悪や慟哭などの感情がブーストされているせいで一撃が重くなっている。

 一撃目と同じ様に弾き返そうとしたアズラは、一瞬だけ後退したが、なんとかロドリアを弾き返す。


 「これマズイな。おい虚華、立て。流石にあいつの攻撃を真正面から受けてるとオレの腕が折れる」

 「わ、わかりましたっ。ひとまずアズラさんに合わせて動きますねっ」


 再び突進するべく体勢を整えているロドリアを前に、アズラはふっと鼻で笑う。


 「言うじゃねぇか!なら合わせて貰おうかっ!虚華ぁ!」

 「はいっ!頑張りますっ!」

 「いや。そこまでだ」


 ホロウとアズラは、息があった動きがこれから出来るという時に、口を挟むものが居た。

 毒々しい長髪にモノクルを装着した長身の男──禍津。

 彼は本をパラパラと捲り、ロドリアの前に立ち、人を殺す程の眼光で睥睨する。

 一瞬だけロドリアも狼狽えるような仕草を見せたが、すぐに威勢を取り戻す。


 「なんだぁ?お前。ヒョロヒョロしてて弱そうだなぁ」

 「弱いかどうかは試してみれば良い。風体は人間なのに人の身を捨てた哀れな獣風情が」

 

 禍津の煽り文句に、ロドリアはどす黒い顔を真っ赤に変化させて突進を開始する。

 単細胞だと言わんばかりの表情で、禍津は一冊の本を開き、ロドリアを見据える。


 「獣屠殺の書──五拾頁、第三節『解剖について』」


 禍津が本を開き、そう唱えた途端、ロドリアの動きがピタリと止まる。

 皆が何事かとロドリアの方へと視線を向けたその瞬間だった。

 ロドリアは全身から血を吹き出して、その場に倒れ込み、絶命していた。

 彼の死に様を目の当たりにした氷空は、脇目も振らずにロドリアの元へと走った。

 

 「ロドくん……」 

 「けっ。なかなかグロい死に様だな。嫌いな奴だったが、最期まで無惨だったか」


 氷空は血の海に漂っている彼の亡骸の近くでただ立ち尽くしていた。

 声には悲しみが滲み出していたが、表情からは何も感じ取れない。

 血で真っ赤に染まった中央管理局の制服に付いていた勲章を一枚剥がし、懐に収めた氷空は、くるりとホロウ達のいる方向へと顔を向ける。


 「これで尚の事、貴方を手に入れないといけなくなりましたね。ホロウさん」

 「私はゴメンだよ。誰かのために道具になるなんて。死んでも嫌」


 ホロウが首を横に振り、拒絶の意を示すと、氷空は自虐じみた笑みで薄く笑う。

 顔も身体も違う上、自分が知っているのは本の姿をしていた時だけなのに。

 どうしてか、彼女のあの笑う顔だけは何処か見覚えがあったような気がした。

 

 「貴方ならそう言うと思いましたわ。けれど愛する者を取り戻すためなら、どんな犠牲も厭わない。それがわたくしなりの正義ですわ!」


 ホロウがその言葉を聞いた時に、眉を顰めた。なんて偽善的な正義だろうと思った。

 自分にとっての正義などは未だに分かっていないが、彼女の正義が如何に都合の良いモノなのかはよく分かった。

 それと同時に、他者に己の正義を振りかざすことが悪なことも理解できた。

 いや、前から薄々は気づいていた、反面教師のような存在が近くに居たのだ。

 だからこそ、ホロウは彼女に言ってやらねばならない。貴方の正義は間違ってると。


 「貴方の正義は理解したよ、氷空。でも受け入れることは出来ない」

 「……ならどうするつもりですの?わたくしは貴方を決して逃がしはしませんわ。文字通り地の果てまで追い込んでやりますもの」


 氷空の表情は真剣そのものだ。彼女の身のこなしも詳しくはないが恐らく武人のものだろう。

 まともに戦えば、圧倒的に不利な相手だ。確実に勝つためなら禍津に頼るのが筋だ。

 勝てない相手に勝負を挑んで敗北し、身体を乗っ取られてはそこで自分の人生は幕を下ろす。


 (ならば、力を借りて叩き潰すしか無い。……一人じゃ何も出来ない私は他人を頼るしかない)


 「止めて見せる、貴方の正義を……貴方の悪行を。友として敵として」


 ホロウは銃を握り締める。見据える相手は人の姿を持たぬ精神生命体。

 どうしても憎めない彼女を手に掛けることが出来るのか、なんて事を考える余裕はない。

 今は眼の前の敵をねじ伏せることだけを考えて、相手を見据える。

 



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