【XIII】#14 Happening/discomforT
【XIII】#7の続きになります。
二日程、歩き続けてようやくホロウとアズラはレーヴァの北西に位置する都市──クデラインへと辿り着いた。
イズから聞いた通り、建物は焼け落ち、屋根が破壊され、雨ざらしになっているものも散見される。
レーヴァと建築物の構造は同じだが、此処まで酷くは破壊されていなかった。
(人為的な破壊行動……でも生物を完全に排斥するつもりはなかったのかな)
あちこちから燻った煙のような匂いが漂っているが、銃声や争っている物音は聞こえてこない。
争いは起きてはいないが、何かがこれから起きる予感がする。本能が警鐘を鳴らしている。
少ないながらも濃密な殺意をこちらに向けているものが複数名居るようだ。現に、今も自身に向けられているそれは、非常に不快感を煽るようなものだ。
(なんだかすっごい嫌な感じ……ディストピアとは違った空気……)
舐られているのかと錯覚するような視線に、どこから聞こえてくるのか分からないが、荒い呼吸音。
なんの匂いかはわからないが、本能が不快だと訴えかける臭い。じっとりとした空気感。
五感のうち、四つの感覚器官が此処は危険だと訴えかけている。
怖気付いた訳では無いが、徐ろにホロウはアズラの後ろに隠れ、無意識に視線から逃れようとする。
呼吸も荒く、明らかに正常な反応ではない事に気づいたアズラは、頭をポリポリと掻きむしる。
「んあ?あー……此処の空気感は慣れないよな。マシになるまで後ろに隠れてな」
「ありがと……、粘っこい視線とかが気持ち悪くて……」
顔を真っ青にし、辛そうにしているホロウを背中に隠し、アズラは視線の主をキッと強い視線で威圧する。
アズラの後ろに隠れてからは、幾分かマシになる。脂汗も引き、ようやく目眩も収まる。
「虚華。一旦牽制はしておいた。あとは精神に効く魔術でも使えば此処でも歩けるだろう」
「うん……。ありがとう。簡易魔術紙でそういうのも持ってるから使うね」
ホロウは鞄の中に収めていた簡易魔術紙を取り出し、魔力を注ぎ込むと、紙に描かれていた魔導陣が光を放ち、ホロウの身体を包み込む。
精神干渉系の魔術は気つけ薬のような効果を発揮するものが幾つかあるが、習得する余裕のなかったホロウは数枚ほど、鞄に入れていた。
簡易魔術紙の魔導陣が消え去る頃には、大分気分はマシになっていた。今ならある程度行動することも可能だ。
待っていてくれていたアズラにお礼を言い、ホロウは改めて今いるクデラインを観察する。
「確か此処って、大虐殺があって廃れた街だった……んだよね?」
「あぁ。赫の悲劇の前だが、此処での虐殺が悲劇に繋がったって話も出てるな」
アズラは他人事のように語るが、ホロウの知る限り、彼女も赫の悲劇に関わっている人物だ。
しかし、アズラの表情は何かを懐かしむかのように、ただ遠くを見ているだけだった。
きっと、今の関係性では何も聞き出すことは出来ない。そう判断したホロウはそっか、とだけ言った。
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この街のことをよく知らないホロウはアズラの先導のもと、街をどんどんと北に進んでいく。
生物の数は圧倒的にレーヴァよりも少ないが、一人も居ないというわけではやはりなさそうだ。
比較的、崩壊がマシな屋根がある建物には、──亜人種に似た生物が威嚇しながら、こちらの様子を伺っている。
「みんな、ギラギラした瞳でこっち見てる……ボロボロになっているのに」
「奪われないように必死なんだよ、あいつらも。此処は流刑地みたいな場所だしな」
アズラが歩いている間、暇だからと此処の事を少しだけ話してくれた。なんでも此処は追放された者が最期に行き着く場所のようだ。食べるものもそう多くはないが、自給自足が出来ないほどではない。
だが、自分で取りに行くよりも漁夫の利を狙った方がより少ない労力で手に入る。そのため、この街では基本的にツーマンセルや複数人でトライブのようなものを組んで行動することが多いらしいのだ。
(群れなきゃ殺される……此処も残酷なんだ。確かに彼らの瞳には不信感と憎悪が孕んでるし……)
みんながみんな、ボロボロの格好だ。衣服を買える場所も無いのだから、自作しなければ行けないのだろうが、そんな事をしては他のものに奪われるだけ。
簒奪の対象になることは、それだけでリスクなのだ。ならば、ボロボロの格好のままで良い。
自分が彼らにしてあげられることは何も無いが、せめて襲われない限りは不干渉で居たい。
暫くの間、北へと真っすぐ進んでいくが、未だに歩く速度が衰えないアズラに、ホロウは訊ねた。
「アズラさん、まっすぐ進んでいますけど、何処に向かっているんですか?」
「大分北の方に、情報屋……というのは本職に悪いな。耳年増みたいな奴が居んだよ」
その人物に対していい思い出がないのか、アズラは露骨に不快感を顕にしてそう言った。
人の好き嫌いがあまり無い彼女でも、嫌な顔をするような人物に自分が会って大丈夫だろうか?
ホロウが心配そうな顔でアズラの隣を歩いていると、徐ろに頭を撫でられる。
目を丸くして、アズラの方を見ると、アズラは歯を見せてニカっと笑っていた。
「虚華に何かしたら、その時はブッ殺してやる。だから安心しな。オレが保証する」
「……うん、ありがとう」
眼の前で惨殺されるのもそれはそれでキツイんだけどなぁ、なんて口が裂けても言えるわけもなく。
本当に大丈夫だろうか、と心配になりながら歩みの早いアズラに合わせて必死に足を動かした。
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クデラインの北も北、もう少し歩けば中央管理局も見えるのではという所まで歩くと、ぼっかりと空いた洞穴のような場所へと辿り着く。
他の者が隠れ住んでいた住居のような場所は、争った跡があちこちに残されていたが、この洞穴の周辺だけは傷一つ付いていない。
訝しげな表情でホロウが洞穴を観察していると、アズラが静止するようにジェスチャーで指示する。
自分を庇うように腕を横に出し、洞穴の方を睨みつけているアズラを見るに、中に誰か居るのだろう。
ホロウもアズラに習い、警戒心を最大限まで引き上げて、様子を窺うとのしのしと足音が聞こえてくる。
「なんだぁ……?嫁ちゃんが帰ってきたと思ったら今度は来客かぁ……?」
「ひぃっ……!」
のそのそと緩慢な動きで現れたのは、緑肌に大きな腹、醜悪な見た目を塗り重ねたような亜人族──オーク族の様に見える人間種だった。
ボサボサの髪の毛は皮脂でベタベタだ。久方水浴びをしていないのだろう。
臭いからしても、かなり醜悪だ。とても同じ人間種だとは思えないほどだ。
それ以上にホロウが驚いたのは、彼は中央管理局の制服を身に纏っていた。
あちこちが擦り切れ、ボロボロにはなっているが、それでも見れば一発で分かる。
あれは赫の区域で着用されていた制服だろう。白でも蒼でもない赤い腕章をつけている。
「よぉ、ロドリア。二年振りくらいか?」
「げ、悪鬼かよ……此処に何の用?僕ちゃんに会いに来た訳?」
ロドリアと呼ばれた男は、ベタベタの髪を掻き上げ、アズラにアピールするも、アズラは苛立った表情を浮かべたまま洞穴の一部を殴り付ける。
ゴォンと周囲の空気を震わせるほどの一撃は、洞穴に亀裂が入る。そのヒビを見たロドリアは目をひん剥いてアズラに怒鳴り散らす。
「久方振りに顔を見せたと思えば、僕ちゃんと嫁ちゃんの愛の巣を壊そうとするなんて何事だお!?」
「あいも変わらずきっしょい喋り方だな。お前のいう嫁、帰ってんだろ?出せよ」
「あら、ロドくんの悲鳴が聞こえてきたかと思えば……貴方達ですか」
「さっき帰ってきたばっかとか言ってたな。その辺も洗いざらい離して貰おうか?海棠」
眠たげな声色で奥から出てきたのは、探していた件の人物。
精神生命体と呼ばれる実体を持たない生物である「海棠氷空」本人だった。