【XIII】#8 Detest/genosidE
話1/4以下で結白虚華の話を聞いていたセエレは気づけば、虚華の館に連行されていた。
なんで連れられたかも正直覚えていない。今日の晩御飯のことと、ホロウのことしか考えてなかった。
(どっちにせよ、マジヤバな状況なんは理解できっけど……)
囚人を縛り付けるにしては随分と豪奢な椅子に座らされ、貴族の会食にでも使われているような長いテーブルの先には、件の虚華と、その側近とも呼ばれているブルーム・ノワールが粛々と此方を見ている。
いつもの探索者としての格好ではなく、区域長としての責務を果たすために誂えられた格好だ。
白を基調にした重々しい軍服を改造されたようなそれには、左胸に「喪失」の刻印に似たモノが刻まれている。
各区域、各世代ごとに纏う制服は違うのがセオリーだが、今代の制服は異様に異質だった。
先代──虚華の父が区域長だったものとはまた違ったそれは、彼女の私兵達も身に纏っているものだ。
白いはずなのに、何処か黒い何かを抱えているのが目に見えてわかるそれは、民衆にも好評を得ることはなかった。
「それで。この状況は何なんですかね?うちって善良な市民なはずですけど?」
「お前には「飼主」との接触の疑惑が掛けられている」
重々しい声色で「エラー」、今は白の区域長「結白虚華」が告げる。
玉座に座る彼女は文字通り、この区域の長だ。彼女が長になってから、白は地獄に近づきつつある。
今までよりも苛烈な人間種至上主義に、過剰な多種族の排斥。
このままでは、この区域に住まう人は居なくなり、彼女は裸の王になるだろう。
それを止めようと進言しようものなら、彼女の得物である展開式槍斧で両断されるだけだ。
依頼数も探索者も減りつつある現状に、セエレも今後どうするかを考えていた所だった。
その矢先に、まさかの拉致監禁だ。溜まったものじゃない。
互いに最初は取り繕っていた言葉や仕草も徐々に化けの皮が剥がれ、本性が現れ始める。
「「飼主」……ホロウちゃんの事を過剰に毛嫌いしてるの。どうせあんたの私怨っしょ?」
「はっ、何を根拠に。私はただ、人間種以外がこの街の英雄として崇められる。その歪さに異を唱えているだけです」
鼻を鳴らす、余裕ぶっている虚華に、セエレは心の奥底で唾棄し、心底軽蔑した表情を見せる。
語気は激しくなり、言葉の節々に棘が含まれている。
「それだよ、それ。そもそも他種族の排斥って何?彼ら彼女らが何したって訳?ただの差別思想拗らせて喚き散らしてるガキが何生意気いってんの?」
「口を慎みなさい。貴方が意見しているのはこの区域の主ですよ。貴方には本来、発言権すら無い。しかし寛大な私が猶予を与えているに過ぎません。感謝こそされども、罵倒される筋合いなど有りません」
余裕綽々な態度で言葉を並べてはいるが、眉間に皺が寄っていたり、明らかに此方の言葉にいらだちを覚えているのは目に見えて分かる。
探索者時代からホロウを含め、彼女たちのことを見ていた。そんなセエレが言えることは一つ。
(こいつに人の上に立つ才能はない。精々、反乱軍の首領として狩られる程度の器だ)
甘やかされて育ったである彼女、彼女の亜人嫌いを助長させた彼女の両親。
様々な理由によって、歪められた彼女に引導を渡せるのはきっと、ホロウだけだろう。
冷ややかな表情で此方を見下す彼女の瞳に、再び余裕が戻る。黙っていたせいだろうか。
反論してやろう。此処で命を散らしたって良い。こんな区域に微塵も未練はない。
「何様のつもりだし。労せず得た権力で偉ぶっちゃって。言葉で言い負かされるのが怖くて逃げ続けてる負け犬っしょ?あー、だから「飼主」ってあの子のこと呼んでるんだ?自分が「負け犬」だから!」
「貴様……っ!」
案の定、血の気が異常に盛んな虚華は徐ろに展開式槍斧を構え、セエレの喉元に槍先を突きつける。
もはや彼女こそが一番人間種から離れている存在だよなぁと、セエレは苦笑しながら、ブルームを見る。
彼は何も言わずに二人のやり取りを静観しているが、彼の瞳に何が映っているのかは分からない。
(味方なのか、純然たる敵なのか……判断しにくいなぁ)
喉元に槍を突きつけられている以上、セエレが取れる行動は多くない。
文字通り、主導権を暴力を振るう側が握ってしまっている。
「このまま殺すつもり?区域長直々に何の罪もない市民殺しちゃって良い訳?」
「私に舐めた口を利いた。それだけで万死に値する。違いますか?」
虚華はブルームを見る。頷かないと後でお前も酷い目にあうぞ。そう言わんばかりだ。
しばしの間、沈黙を貫いた後に、ブルームは小さく息を吐き、虚華を睨みつける。
「違うな。今回は彼女に話を聞く度に呼んだだけだ。にも関わらず正論を翳され、怒りを覚えている時点でお前の負けだ。頭を冷やしてこい。此処から先の事情聴取はボクがやる。良いな?」
「貴様……貴様まで私に歯向かうのか?」
虚華の鋭い眼光を一身に受けても尚、ブルームはケロッとした態度で言葉を返していく。
手慣れた態度で、暴君を手懐けるそれは、かつての本当の「飼主」だと呼ばれていた彼を思い出す。
「良いだろう。此度は私が退く。しっかり情報は引き出しておいて下さいね」
「少なくとも、お前よりかは上手くやれるだろうな」
ブルームの嫌味が含まれていた言葉を聞くと、虚華はふんと鼻を鳴らす。
セエレに向けられていた槍斧を、収めて虚華はカツンカツンとヒール音を鳴らしながら、部屋を後にする。
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「こうして話すのは久しぶり……になるのかな?」
「……まぁ、普段は依頼を斡旋する側と受ける側ってだけだし。そうかもね」
虚華が立ち去った部屋で、ブルームは自分が座っていた椅子をセエレの隣に置いて座る。
先程までのピリピリした空気から一転、今のこの場所は平和という言葉がよく似合う。
ブルームが淹れたお茶も、彼が先に口を付けることで安心感を付与させており、感情を弛緩させる。
「すまないね、彼女が暴走してしまって。最近は特に酷いんだ」
「ホロウちゃん絡みの人物を執拗に虐めてるんでしょ?うちも標的になっちゃった感じ?」
ブルームは苦虫を噛み潰したような表情で首を縦に振る。
もう自分もこの区域を出なければ行けないのだろうか。こうした選民思想に嫌気が差してはいるものの、今まで白を出たことのなかったセエレにとっては、この区域が全てだった。
区域を超えるのは簡単ではない。探索者や商人等といった特定の身分の者のみが超えられるものだ。
昨今では簡単に移動できるように中央管理局が画策しているという話も聞くが、未だに進んでいないあたり、期待はできない。
「ホロウが貰ったっていう手紙……持っているか?良ければ見せてくれないか?」
「え、うん……これだけど」
セエレはホロウから渡された手紙を渡す。
ブルームは手紙の中身を見ると、深いため息を吐いた後に、セエレに手紙を返却する。
「さっきの手紙はセエレさんが書いたものじゃない。そうだね?」
「当たり前じゃん!心配はもちしてるけど、この状況じゃ出せないっしょ!」
そもそも、手紙を送る手段だって持ち合わせていない。連絡手段もない。
だから、ホロウがジアに来た時、本当に驚いたのだ。嬉しかったが、それ以上に申し訳なかった。
「うん、そうだね。あの手紙は恐らく、「エラー」が出した物だ。君の筆跡でもないだろう」
「え。良く知ってんね?確かに違うけど、大分似せてたよ?あれ」
セエレが目をパチクリして驚いていると、ブルームはふっと目線をそらす。
彼のこの仕草は昔から変わらない。照れているのだ。可愛らしいものだ。
「分かるさ。この区域で二年も探索者やってるんだ。君の文字を見抜けないほど間抜けじゃないさ」
「……そ、そう。ありがとうだし」
年下の格好良い男の子がこうして颯爽と助けてくれると、ついうっかり好きになりそうになる。
胸の高鳴りを無理矢理抑えながら、セエレはニッコリと笑う。
「それで。これからうちはどうなるんかな?やっぱり死刑?」
「いや。そんな事はさせない。ホロウやボクの知り合いを無碍に死なせはしない」
彼の意志の強い言葉に、胸の高鳴りがやかましく鳴り響いているが、無理矢理抑え込む。
自分はジアの受付嬢であって、探索者と恋仲になりたい訳ではない。
「そう言ってくれると非常に助かるんだけど、此処……何処?」
「本当に話何も聞いてなかったんだな、此処はジアにある白の区域長の住居。案内するから着いてきて」
そう言われ、ブルームは慣れた手つきで扉を開けて、外まで案内してくれた。
こんなに心優しい彼がどうして虚華になど侍っているのだろうか。
甚だ疑問ではあるが、きっと彼なりの事情があるのだろう。
彼と別れてからも、警戒は怠らずに歩き続け、ようやく「薄氷」へと戻ることが出来た。
(でも、此処を発つ選択肢も頭に入れておかないと)
セエレは、何事もなかったようにギルドの扉を潜り、元の生活へと戻っていった。




