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【XIII】#6 Decline/detestablE


 一時的な共同戦線を結ぶことになったホロウ達は、ひとまず作戦会議をすることになった。

 大きなテーブルの上に、一枚の地図が広げられる。古い羊皮紙で出来たそれは歴史を感じさせる。


 「いいか?此処がレーヴァだとすると、海棠が潜伏しているのはこの辺りだ」


 アズラはレーヴァよりかなり北上した、殆ど中央区に近い位置を指差す。

 その場所を見た里乃は眉をひそめて、不快感を顕にする。


 「そこって、クデラインって呼ばれてる場所じゃない?本当にそんなトコにいるの〜?」

 「クデライン……確か、赫で大虐殺が起きた末に生まれた廃墟……だったかしら?」


 なんでイズがそんなことまで知っているのかはもうツッコむまでもない。

 二人の話を聞くと、そこには街があったとのことだが、大虐殺が起きた後に、焼き払われた。

 それ以降、不浄の地として誰も立ち入らなくなった場所らしいのだ。

 だが、ホロウは思った。中央区のすぐ近くというということで、元より忌避されていたのではと。

 この世界においても、中央管理局と中央区というものはどの区域の民にも好かれていない。


 「そんな場所に立ち入る物好きって、赫には居たの?」


 ホロウの問に、アズラは首を横に振る。


 「ほぼ居ないと言っても良い。だが、赫の連中は大体が訳アリだ。前々から候補には上がってたが」 

 「メリット・デメリットが釣り合ってないって判断したんでしょうね。此処の人達は」


 それ程までに、中央管理局というものはこの世界でも恐れられている。

 数少ない顔見知りであるイドルや、スメラ、オルテアなどは例外なのだろう。

 よくよく考えてみれば、他の中央管理局の職員は殆ど見かけたことがない。


 「私、あまり中央管理局の職員の事を知らないんだけど、どうしてそんなに嫌われているの?」

 「赫は例外だが、白や蒼を巡った虚華なら、少しは分かんだろ。良く考えてみろ」


 ホロウは思考の海に身を投じる。この場であれば、深く思考しても問題はない筈。

 アズラの言葉がすっと入るように、深呼吸して、身も心も落ち着かせる。


 「一般職員を見たことあるか?白い制服に各区域を示す腕章をつけた者達だ」

 「そう言えば殆ど見たこと無い。白の区域長の側近だけかな……」


 ジアの焼き討ち事件の際に、白の区域長の側近として、二名ほど職員が護衛として同行していた。

 そんな彼女らも、すぐさまに殺されてしまったので、ホロウの記憶にはあまり残っていない。


 「そうか。基本的にアイツラは中央区から出てこない。出てくるのは中央管理局(セントラル)が不利益を齎された時くらいだ」


 アズラの言葉にも表情にも、不快感が現れている。過去に何かあったのだろう。

 そうでなければ、赫を解放すると称して、区域長一族を殺すことも無い。

 竹を割ったようにさっぱりとした性格の持ち主が発した憎悪に、ホロウは気圧される。


 「甘い汁を吸い、各区域に負担を負わせてのうのうと暮らすだけならまだ良い。アイツラのダメな所は、自らが強者だと勘違いして、我が物顔で闊歩していることだ」

 「間違いないね。わたしが区域長だったときも、金品とか納めろ〜しか連絡来なかったし」


 里乃はアズラの言葉に賛同し、耳を傾け続ける。彼女の瞳には反論の意志は見られない。

 蒼でも赫でも、人間種でも鬼族でも、感じることは同じなのだろう。

 異なる世界の出であるホロウでさえも、中央管理局の異質さは十二分に理解している。

 どうやら、世界は違えど、中央管理局は相応に腐っているらしい。


 「ま、そんな奴らと関わるのはゴメンだろ?だから、中央管理局のある方角に行けば行くほど、そこに住みたがる奴も減る。裏を返せば、そういうトコに海棠が居る可能性が高いって訳だ」

 「でも、確証はあるの?そんな所で常人は暮ら……」


 そこまで言って気づいた。彼女は常人じゃない。仮に彼女が一人でクデラインなる場所に居たとしても、生きていけることに。

 精神生命体として活動している彼女は食事を必要としていない。

 食べるものがない、程度の障害であれば何の問題もないのだ。


 「だから、一度そこに行こうと思うんだが、お前らも来るか?」

 「依頼を受けた以上、同行する義務があるからね。私達は行くよ。ね?」


 ホロウがイズと里乃の方を見ると、二人は微妙そうな顔をしている。

 なんだか風向きが変わったなぁ、と思いながら様子を見ていると、イズが口を開いた。


 「行くのは別に構わないのだけれど、問題は依頼人の方。私もノインも詳しく知らないの」

 「そんな人と同行するのはちょっと厳しいかなぁ〜?」

 

 イズと里乃の疑いの目を一身に受けたアズラは、腕を組み、難しい顔で眉間にシワを寄せる。

 暫く考え込んだ末に、一つ頷くと、徐ろにホロウと肩を抱き、がははと笑い出す。


 「お主ら二人の意見もご尤もだ。じゃあまずは酒場で飯でも喰いながら話そうか。オレのことを」

 「……良いんですか?」

 「別に構わねぇよ。それに【蝗害】のアジトに居たのってアイツだろ?」


 ホロウがアズラに耳打ちすると、アズラも小声で返事をしてくれる。

 大雑把に見えても、こういった所が人情味で溢れているので嫌いになれないのだ。


 ____________


 酒場に移動してから、アズラは慣れた手つきで、食事を注文する。

 イズや里乃の物は、アズラおすすめのメニューを適当に選んでもらった。

 料理が届くまでの間に、ホロウは此処最近何をしていたのかを簡潔に話した。


 「はぁん。なるほどな。緋浦のお嬢さんの墓参りをしに来たら、本に閉じ込められた……と」

 「もう一人同行者が居たんだけど……。戻ったんだよね?」

 「えぇ。墓参りをするついでに、私達を此処まで連れてきてくれただけだったから」


 自分で聞いてきた割には、あまり興味なさそうにアズラは食事が来るのを待っていた。

 その態度にイズは少しムッとしていたが、ホロウはまぁまぁ、と宥めながら、周りを眺める。

 先程までと打って変わって、此方を攻撃してこようとしてくる者は居ない。

 それどころか、アズラとすれ違うと、気さくに挨拶する者や、忠告する者ばかりだ。

 彼女の表情を見るに、警戒心など一切ない。そう思うと、先程までに数人は殺してしまったことに罪悪感を覚える。

 ホロウの表情に気づいたのか、アズラは声を掛ける。

 

 「なにシケた面してんだよ。なんか気になることでもあったのか?」

 「いや……実は」


 ホロウは正直に、此処に来てからの出来事を話すと、アズラは快活に笑う。


 「何だそんなことかよ。別にオレは気にしねぇよ。お前らが先手打った訳じゃねぇだろ?なら自業自得でしかねぇ。人間種に見えるってだけで攻撃仕掛ける単細胞にゃ、後で酒でも供えとくさ」

 

 そう。此処には人間種が居ない。前まで居た数少ない人間種も全て排除されてしまっている。

 ホロウもイズも見た目は完全に人間種そのものだが、種族上では人間ではない事になっている。

 そのせいで、来た初日に凄まじい反発を受けたが、返り討ちにしてからはそういうのも減った。

 襲ってこない限りは攻撃するつもりもないということを説明すると、なんとか納得してくれたのだ。

 

 「んじゃ、改めてノインだったか?お前さんに自己紹介するが、オレはエリディアル・ルレ・フィレーラ・アズライール。長いから、アズラでいい。「緋色の烏」って組織に所属はしているが、別に奴らにずっと協力している訳じゃねぇ。俺はあくまで協力者ってだけだ」

 「それは、イスラさんも?」


 ホロウの問に、アズラは首を縦に振る。機械仕掛けの天使(マキナ)は上位存在の中でも有名な部類に入る。不老不死の身体に、恒久的に活動できる魂を兼ね備えている生物の頂点とも謳われていた。

 そんな彼女が今、活動休止の危機に迫られ、こうしてホロウ達に依頼しているとは誰も信じないだろう。


 「「信仰」部隊だかなんだかに名前だけ所属しているが、結局はただの偶像崇拝に過ぎないからな。オレらは赫でフラフラと生きていられりゃ、それで良かったんだが……」 

 「核が盗まれたせいで、そういう訳にも行かなくなった……ということね」


 「あぁ。しかもそれを盗んだのが昔の顔なじみだからなぁ。やむなく依頼を出したって訳だ」

 「でもふと思ったんだけどぉ、白髪の悪鬼(デミウルゴス)と呼ばれた貴方が依頼を出す理由って何〜?」 

 

 それは確かに気にはなっていた。

 氷空がどれほどの実力者かは知らないが、アズラが手こずるとは到底思えない。

 彼女が拳を振るう所を殆ど見たことはないが、それでもかなりの実力者だとは聞いている。

 何か、他人を頼らざるを得ない理由でもあるのだろうかと、ホロウが固唾を呑んで言葉を待つ。

 言葉を選ぶように、慎重に考えた結果、アズラは簡潔に一言、確かこう言った。

 

 「目的地に辿り着ける自信が無い。いつもイスラ頼りだったからな」


 ただの方向音痴なだけだったらしい。



 

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