【XIII】#5 Desire/usurP
案の定、裏に連れて行かれると、ヨハンネに色々とお叱りを受けた。
どうして此処に来て二日目でこんな大事を起こすのか、などなど。どれもご尤もなご指摘だった。
ホロウはただただ平謝りを繰り返していたが、それが効いたのか、早々に解放された。
「ほら、朝にホロウには見せたが、これが今日の依頼一覧だ。気になるものがあれば教えな」
ヨハンネが乱雑に投げた依頼一覧を、改めて三人で覗いてみる。
やはり中身の大多数は人間種の討伐依頼だ。それにどれもそこまで高賃金ではない。
恐らくは一般市民が依頼しているのだろう。依頼者の名前がどれも公式ギルドのものではない。
ホロウはおずおずと二人の表情の変遷を見るべく、ちらちらと様子を窺うも、二人共表情を変えることなく、一覧に目を通している。
(えぇ、なんで二人共そんな平然とした顔しているの……。あ、でも……)
よくよく考えてみれば、ホロウだって必要があれば人でも魔物でも殺している。
きっと、二人に聞いても同じ事を言うだろう。あれだけ殺しておいて何を今更?と。
(じゃあ、この私の心の中にある違和感ってなんなんだろう……?)
これも恐らくは自分で見つけなきゃいけない課題の一つだ。正義とはなにか?と同じ事。
心此処に非ずといった形相でペラペラと頁を捲っていると、朝にはなかった顔ぶれが追加されている。
「あれ、さっきは見なかった依頼もあるね……っつ!?」
「ん?あぁ、海棠氷空の殺害依頼か。確かにこの依頼は少し前に受理したばかりさね」
ホロウは目を見開いてその頁を舐めるように見る。
数年時間が経過していても何一つ変わっていない幻想義体の装いは間違いなく、自分が借り受けていた身体そのものだった。
ホロウの知る限り、物語上では「|被妄曲馬團《パラノイド・サーカス」》」を裏切り、赫の悲劇が起こる直前まで、傍観者を徹底していたのだ。
作中では氷空は旅先案内人として主人公を補佐していた。
悲劇が起こった際には逃亡していた──という認識だったが、フィーアではどうなっているのだろうか。
依頼内容と、依頼者の記載欄を見るとホロウは目を見開いて驚く。
「海棠氷空の殺害依頼を出したのはアズラさんなんだ……。しかも理由は「被妄」絡み……?」
「見覚えある顔が居ると思えば、ホロウじゃねぇか。お前ら、レーヴァに来てたのか?」
噂をすればなんとやらと言った感じで、ホロウが振り返ると白髪の悪鬼と称されている女性──エリディアル・ルレ・フィレーラ・アズライール本人だった。
短い白髪を綺麗に切り揃えており、筋骨隆々な肉体美を隠そうともしない着こなしはそこらの探索者には出来ない所業だとホロウは思っている。
相変わらず快活そうな話口調でホロウへと近づくアズラを里乃とイズは間に割り込む。
「「白髪の悪鬼」、彼女に一体何の用なの。内容次第では介入させて貰うわよ」
「わたし個人としては、別に良いんだけど〜。手伝ってくれたんでしょ?わたしの葬式を」
「……さてね。オレはその場にいただけだ。別に何もしちゃいない」
頭数が多いと思われていたのは、彼女らが居たからだったらしい。
今となってはもう終わったことだ。知り得た情報を胸に仕舞、ホロウは二人に言葉を被せる。
「アズラさんは私達の敵じゃないよ。少なくとも今は。そうだよね?」
「ん?おう。敵対する理由なんて、今ははないしな。んで、依頼。見たんだろ?」
アズラはヨハンネに目配せをする。どうやらあの依頼を自分たちにだけ見せるように手配したのだろう。
しかし、理由が思いつかない。何故、アズラがそうする必要があったのだろうか?
ホロウが不思議そうに首を傾げていると、アズラがドアの方向へ親指を向ける。
「此処じゃなんだ。オレの住んでる所で話そうぜ。問題ないよな?虚華?」
「……問題ないよ。二人共、私は大丈夫だから。行こう」
ホロウの声色や態度が一気に変わったのを里乃もイズも感じ取ったのだろう。
一気に警戒モードへと移行しながら、アズラの後を黙って着いてきてくれている。
______________
案内されたのは、記憶に新しい「被妄曲馬團」がかつて使っていたアジトだった。
あの時、中にこそ入っていないが、外壁や扉の模様など、特徴的なもの全てが記憶と一致している。
癖になっているのか、部屋の中に入るときょろきょろ見回してしまう。
イスラも一緒に暮らしているのか、乱雑な性格のアズラが居る割には綺麗に整理されているようだ。
アズラに近くのソファに座るように促され、ホロウ達は腰掛ける。
「悪いな、此処まで足労掛けちまって」
「大丈夫だよ。あそこまで仕込みをするの。大変だったでしょ?」
ホロウはアズラの事を素直に褒めると、アズラはあからさまに恥ずかしそうにする。
実際問題、よくも此処まで彼女も情報を収集していたな、と思う。
どれだけの時間、あの日記に閉じ込められていたのかは分からないが、もとに戻り、活動を再開してから一日しか経っていない。
よほど有能な諜報員でも「緋色の烏」に居るのだろうか、と思うほどだ。
「いや、そうでもない。実はな、オレはお前が閉じ込められていた本を読んだことがある」
「なっ……」
ホロウがソファから立ち上がり、アズラに詰め寄ろうとするのをイズが止める。
あれを読んでいたのなら、あれを読んでいたのなら、と黒い感情が溢れ出そうになる。
「じゃあ、あの五日間を……」
「体験済みだ。無論、オレの時と虚華と時じゃ話の内容は違うだろうけどな」
アズラは髪を掻きながら、不思議そうな表情をしている。
多少、言葉を濁そうとしたのか、色々言葉を考えるような素振りを見せてから、口を開く。
「それでだ。なんでオレが海棠氷空の殺害依頼を出したと思う?」
「確証はないけどぉ、此処に居ない相方ちゃんが関係してるんじゃない〜?」
口を挟んだ里乃の言葉に、アズラの纏う空気までもが一変する。
どちらも敵意を持っていないのに、此処まで殺伐とした空気になるのもおかしな話だ。
「流石、元区域長殿。観察力はピカイチですね。はなまるまるまるを上げましょう」
そんな空気をぶち壊すように、割烹着のようなものを来ている黒髪の天使が裏から現れる。
あまりに奇妙な格好をしていたもので、イズと里乃はつい吹き出してしまう。
「おい、イスラ。お前、待機モードで居ないとダメだろうが」
「基本はそうしていますが、状況を貴方一人では説明できないと判断しました。まるまる」
(あ、語尾がまるまるなんだ……)
緊迫していた空気が全てぶち壊れる音がした。
イスラもアズラも各々が何かを抱えているのだろうが、此方としては知らない分には何も言えない。
まずは知っていることを話して貰わねばならない。彼女に何が起きたのか。
_____________
席を座り直し、ホロウ達は横一列に座り、アズライスラも一人用のソファに腰掛ける。
話を要約すると、海棠氷空は物語上では「被妄曲馬團」に所属していたが、裏切り脱退した。
その裏切った後に、主人公と出会い、赫の悲劇が起こるまでの数日間をどう過ごすか。
そういう物語だったのだが、史実では裏切った後に、「緋色の烏」に加入していたとのことだ。
(そこも驚いたけど、一番驚いたのは……)
機械仕掛けの天使の身体が幻想義体を参考に作られていた、という部分だ。
海棠氷空は幻想義体に憑依した精神生命体であることは、物語上でも把握していたが、それは事実であり、「緋色の烏」内でも実力者として重宝されていた。
しかし、彼女はある日姿を忽然と消した。それも持ち出してはならないものを盗み去って。
「それが機械仕掛けの天使の核。幻想義体にも流用できる身体を動かすのに必要なものだ」
「……じゃあ、今のままじゃ……、イスラさんは」
ホロウが震え声でそう言うと、イスラは無言で首を縦に振る。
「そう永くも持たずに身体が動かなくなるでしょう。なので普段は待機状態で温存しています」
「なら、今も待機状態で温存しなきゃ!核だっていつまでも保つ訳じゃないんでしょ!?」
「えぇ。だから、こうして貴方達と話しているのです。彼女では話が冗長になってしまいますから」
「余計なお世話だ!……と言いたいトコだが、事実だからな。そういう訳だ」
アズラは徐ろに頭を下げる。例と言われるそれをアズラがするのをホロウは初めて見た。
それは所謂物を頼む際にする仕草であり、それらは人間種の間では普遍的なものだった。
「オレに力を貸してくれ。このままじゃ、イスラが動かなくなっちまう。それに!」
「あの物語を読んだ時に、魔弾ちゃんと幻想ちゃんに因果関係があるからって〜?」
顔が笑っていない。普段であれば心底楽しそうな表情で人を嘲笑っているあの里乃がだ。
いつもは装着していない装身具もきちんと着用しており、臨戦態勢そのものである。
装身具から糸を複数射出し、アズラの身体を雁字搦めにする。
糸を急速に回収すれば、アズラの身体に食い込み、大ダメージを与えることも出来るだろう。
その事実を知っているにも関わらず、アズラは何も言わずにただ此方を見守っている。
「里乃!止めて。アズラさんも、命の危険性があるのなら抵抗するべきです」
「魔弾ちゃん、こいつは魔弾ちゃんの感情を利用して良い様に使いたいだけだよ?」
理乃の言葉に、ホロウは黙って頷く。そんな事は百も承知だ。
だが、生きとし生けるもの、利用できるものは利用した方が良いに決まってる。
自分だってそうだ。此処に来るまで散々他者を利用し、利用されてきた。
正気を失いかけているのか、随分と語気の強い里乃の頭を一発殴り、一言だけ呟いた。
「今は落ち着いて。お叱りなら後で受けるから」
「……分かった〜」
里乃はアズラを睨みながらも、装身具を用いて、糸を解除する。
身動きを取れるようになったアズラの身体には、あちこちに糸による索条痕に似た痣があちこちに残っている。
苦しげな表情を見せてはいないものの、それなりのダメージは負っているはずだ。
ホロウは簡易魔術紙を用いて回復をし、アズラの顔を覗き込む。
「ごめんなさい。彼女にも思うところはあったみたい」
「らしいな、オレも不用心だった。すまない」
ホロウは黙って頷くと、立ち上がっていた全員に座るように促し、話を続ける。
「あの物語に囚われてから、私も氷空の事は気になっていた。だから協力するよ」
「……!魔弾ちゃん」
里乃は相変わらず、協力することを嫌がっているが、あえてホロウは微動だにせずに言葉を続ける。
イズは黙って此方を見ているだけだが、自分に何かあれば、すぐに行動してくれるだろう。
「大丈夫。私達「星失」は、これより海棠氷空の殺害依頼を受理します」




