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【XIII】#4 Justice/inexorablE


 イズと里乃に起こされるまでの間、ホロウはずっと一人で考え込んでいた。

 ヨハンネに言われた正義について──正義とはなにか。

 久方振りに思考の海に浸りながら、様々な可能性を考えたが、結論は出なかった。


 (身近にいた人で正義という単語を用いていたのは……)


 真っ先に思いついたのは「エラー」の事だった。並行世界と思われるフィーアにおいてのホロウ自身。

 結白虚華は、この世界においては正義を振り翳し、巨大な斧槍を用いて他者を排斥していた。

 言葉にしなかったが、彼女と相まみえた時、何かもかもが衝撃的だった。

 この世界に多数存在する種族のうち、人間種のみを尊び、他種族を以上に嫌っていた。

 背景もある程度聞いてはいたが、あれ程の殺意を持って他者を害する気持ちは理解できない。


 「実際問題、「エラー」の異常性は常軌を逸してたしなぁ……あんまり参考にならないか」

 「何が異常なのかしら」


 先ほど、ホロウを起こした後に下で食事を取っていた筈のイズがするりとベッドの下から現れる。

 もう既に多少の抗体が出来てしまっていたため、声を上げることはないが、それでも驚いてしまう。


 「なんでそこから出てくるの……」

 「なんだか、お姉ちゃんが苦しんでいるように見えたからよ。それであの女がどうかした?」


 ホロウは先程の出来事を完結にイズに伝えると、イズは難しそうな表情で考え込む。

 それはそうとして、早くベッドの下から出てきてくれないだろうか。

 いつまでもそこで難しい顔をされても、正直此方としては困るのだ。反応に。

 流石に堪えきれなくなったホロウは、一旦イズを引きずり出してベッドに座らせる。

 

 「あら、頃合いを見て出てこようと思ったのに」

 「人が真剣に悩んでる時に、お惚けを挟まないの。何も無いなら部屋から出てって」


 あまりにイズが自分をからかうせいで、少しむっとしてしまう。

 ホロウが頬を膨らませて外へと押しやろうとすると、イズはするりとホロウの腕から抜け出す。

 こういう時に恵まれた身の熟しで、するりとこちらの攻撃を避けるのは非常によろしくない。

 

 「……別に悪気があってした訳じゃないのに……」

 「悪気あってしてたらもう絶交ものだよ。それでね?ヨハンネさんに聞かれたの」


 イズが少しぺしょっと落ち込んでいたので、ホロウは怒ってないよ、とフォローを入れる。

 その後に、貴方にとっての正義って何?という旨の問を、ヨハンネにされたことを伝えると少し考え込むような仕草を見せる。


 「正義とはなにか……ねぇ。また難しい事聞かれちゃったわね」

 「イズにとっての正義って何?」


 ホロウがそう尋ねると、先程とは比較にならないレベルで難しい顔をする。

 まるで聞いてはいけないものを聞いてしまったかのような空気感が漂っている。


 「正義とは人を狂わせる免罪符。正義なんてものは絶対に振り翳しちゃダメよ、特に貴方はね」 

 「人を狂わせる免罪符……?どういう事?」


 ホロウが不思議そうな顔で首を傾げていると、イズは薄く笑う。

 なんだか心底安心したような彼女の表情を見ると、こちらもなんだか少しだけ嬉しくなってしまう。

 ホロウも笑っていると、イズはびしっと指を突き出して、ホロウの唇に添える。

 

 「貴方も知るように、無闇矢鱈に正義を振り翳していると「エラー」のようになるわ」

 「……そうだね。じゃあ私にとっての正義ってなんなんだろう?」


 ホロウはそんなもの見つけられるだろうか、と心配そうな表情を見せる。

 

 「それは貴方が自分の人生で見つけるものよ。大丈夫、貴方なら見つけられるわ」

 「うーん。なのかなぁ。だと良いけど」

 

 _________


 各自、昼食を取り終えると、ホロウ達はギルドへと足を運ぶ。

 ホロウにとっては二度目だが、先程来たことは簡潔に伝えてある。

 相変わらず、ギルド内は酒と薬物と獣の臭いが充満しているせいで、鼻が曲がりそうだ。

 昼を過ぎたことも有り、それなりに賑わっているらしい。

 あちこちから酒や肉の注文が飛び交っており、ギルドと言うよりかは、酒場といった印象だ。


 「皆性懲りもなくお酒グビグビ飲んでるけど、何が良いのかなぁ〜?」

 「さぁ?ノインは二十歳だし、飲んだことはあるんじゃないの?」


 この場での唯一の飲酒可能ラインに到達していた里乃にイズが話を振ると、里乃は首を横に振る。


 「あるけど、美味しいものじゃないかなぁ。わたし、あんなの呑まなくても人生楽しいし〜?」

 「おい。その言い草はオレらが酒飲まないと楽しみがないような言い方だなぁ?オイ」


 ホロウはそれ見たことか、と顔を片手で覆う。

 そんな煽り文句を聞いたら、誰でもキレるのはおかしな話ではない。


 (でも、ギルドに彼女を連れてきたのは二回目だし、勝手が分からなかったのかな)


 面子の中で最年長の里乃のことを気遣いながら、声の主に視線を向けると、そこには屈強そうな男がこめかみに青筋を浮かべて睨んでいた。

 真っ赤な肌の色を見るに、人間種ではないことは窺えるが、種族が何かまでは分からない。

 身体のあちこちに古傷が残っており、頭髪は全て剃っているのか、一切無い。

 防御よりも速度と攻撃力を重視したような格好をしている割に、獲物は自身と同程度の刀身を誇る大剣を携えている。


 (見るからに狂戦士みたいな人だぁ……しかも性格まで一致してるぅぅ……)

 

 ホロウは心底ビビり倒しているが、隣に居るイズも眼前の里乃もなんとも思っていなさそうだ。

 つい、ひぃっと声を出しそうになったが、ホロウは我慢して二人のやり取りを見守る。


 「なんですかぁ?なにかわたし、おかしなこと言いましたぁ?」

 「あぁ?言ったに決まってんだろうが。新参者の癖に生意気なんだよ。お前“ら”」


 なんで自分も含んでるんだ、と言ってしまいそうになるが、何も言わずに縮こまる。

 あの手の直情的に恐怖を煽ってくる存在がホロウはどうしても苦手なのだ。

 イズがこっそりと背中に隠してくれると、ホッとするが、それでも身体が危機感を覚えている。

 

 「ちょっとぉ。うちのリーダーが怖がってるんで、辞めてもらえますぅ?無駄に殺気振りまかないでくださいよぉ」

 「あぁ?こいつがリーダー?はっ、ビビり倒している雑魚じゃねぇか。お前ら、階級はいくつだ?」


 屈強な男の問に誰も答えない。周囲もこちらに注目しているらしく、無為な行動は出来ない。 

 沈黙がどうやら答える気概もないと判断したのか、男は豪快な笑い声を上げる。


 「はははっ、やっぱり雑魚かよ。しかも、見た目が随分と人間種くせぇなァ?種族言えよ」

  

 完全に格下判定を里乃に下したのか、男は随分と舐めた態度で此方(こちら)に突っかかる。

 この区域でも白と真逆の事態が起きているのを鑑みると、種族など関係ないことがよく分かる。

 先程まで黙っていた里乃が、急に深いため息を吐いた後に、(おもむ)ろにストレッチをし始めた。

 

 「ねぇ、リーダー。此処まで馬鹿にされたんだし、もう殺っても良いよね〜?」

 「……死なない程度なら、許す」


 其の実、ホロウも此処まで言われる筋合いはないんじゃないかなとは思っていた。

 だからこそ、何も言わずに捨て台詞だけ吐いて何処かに行くならそれでいいと思っていたのだが。


 「おっけぃ、了解!ってことでおじさん。死なない程度に痛い目見てもらうね〜」 

 「は……?何言って……あ?」

 

 どうにも、相手の男はとことん人をコケにしないと満足しないらしい。

 それならば、手痛く痛めつけるぐらいなら許可しないと、今まで黙っていた里乃に申し訳が立たない。

 ホロウが黙って首を振り、許可を出すと同時に、里乃は詠唱と抜刀を同時に行う。

 刀を二回ほど振ると、七〇センチほどある得物を納刀し、心底楽しそうに笑った。

 足取り軽く、待ち合わせ場所にいた友人に会うかのようにスキップしながら、男の前に立つ。


 「はいっ、おしまーい。おじさ〜ん。反射神経鈍々の鈍なんじゃない〜?」

 「え……?は……?」


 男の両手足はすっぱりと切り落とされており、胴体と首だけが繋がっている本体は、信じられないものを見るような目で理乃を見ている。

 目は血走り、怒りで浮かんだ青筋も消えることなく、ただ困惑の声を漏らしながら、喚いている。

 未だに現状を飲み込めていない男を見た里乃は、見かねた様子で切り落とした両手足を男の眼の前に蹴り飛ばす。


 「理解できた?今日から貴方はだるまさんだよ〜。鬼族だからって調子乗ってちゃダメだよ〜?」


 だるま状態の男の耳元で理乃が何かを言うと、一気に男の顔が青ざめる。


 「お前が……ということはお前ら……」


 何かを言い残そうとしていたが、そこで男の意識は落ちてしまう。

 その後、そそくさと男の仲間らしき者達が気絶した男を回収してギルドを後にした。

 男が去ってから最初のうちは静かだったが、すぐにギルド内は喧騒に包まれる。

 どうやら、ここの者は飽き性が多いらしい。酒が回って記憶力や危機感が欠如しているのだろう。

 刀を振り回して満足した風体で此方へと向かってくる里乃に、ホロウは怒った顔で叱りつける。

 

 「もう!ノインやり過ぎだよ!」

 「え〜?あの人、死んでないよ?鬼族だし、腕も足も綺麗に切り落としたからすぐ繋がるし」

 

 鬼族の特徴など一切知らないホロウは、開き直っている里乃の顔を見て頭を抱える。

 

 「も〜……でも、ありがと。ちょっとだけスカッとした。あの男の顔を見て」

 「ん。終わりよければおーらいってことだね!じゃあ早速どんな依頼があるのかみに」


 騒動も一段落したことだし、ひとまずは依頼カウンターへ向かおうとホロウが先に歩き出す。

 すると、里乃の言葉が途中で途切れる。どうしたんだろうと振り向くと、そこにはヨハンネが里乃の首根っこを掴んで、顔を引き攣らせながら笑っていた。


 「ギルド内で他探索者をだるまにするのは流石にお説教だ。……ホロウ、覚悟は出来てるね?」

 「……ひぃん」


 ホロウは特徴的な鳴き声を上げ、もっと強く叱っておくべきだったと、深く嘆いた。

 

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