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【Ex】#7 煮詰められた悪意


 ホロウはアラディアとは時間を開けて探索者ギルド「薄氷」へと足を踏み入れる。

 先に入ったアラディアは酒場で適当に食事を取っているのを確認すると、ホロウはまっすぐ受付カウンターの方へと歩く。

 この時点で凄まじい悪意の視線がこちらに集中していることに気づく。

 

 (隠せてると思ってるのかな。それとも気づく方が珍しいのかな)


 人としての生を終えているのか、以前とは様々な部分で違っているなぁと感じることがある。

 そのうちの一つが感覚の過敏化だ。特に他者の悪意や憎悪といった感情には非常に過敏になっている。

 粘っこい視線を一身に受けながら、ホロウはスタスタと歩く。

 その一挙手一投足を見逃さまいとしている探索者は、自分の記憶内では飲んだくれだったはず。


 (……まぁ、此処がホームだし。こうなることは容易に想像がついてたからなんとも言えない)


 最初にセエレからの手紙が届いた時、ホロウは喜んでいたのだ。

 こんな身体になってしまった以上、もう白には帰れないと思っていたから。

 「エラー」や臨達に一方的な別れを切り出し、「喪失」を臨に明け渡し、去ったのに、こうしてまた話がしたいって言ってくれる人が居るんだって、本当に嬉しかった。

 実際問題、こうでも言われなければホロウが此処に帰ることなんて絶対になかった。

 でも、ホロウの帰郷を良く思うものなんて、一人も居なかった。


 (それでも良い。セエレさんの話を聞いたらすぐに帰ろう)


 悪意を掻い潜り、受付カウンターへとたどり着くと、そこにはいつも気怠げそうにしている少女が居た。

 亜麻色の長髪をふんわりとカールした髪が愛らしく、他の受付嬢はキッチリカッチリ衣服を整えているのにも関わらず、彼女だけは派手に着崩しており、それが一部にはウケている。

 見紛う事もない。彼女がホロウに手紙を出した張本人、セエレ・グレイラルだ。


 「こんばんは。ブランシュです。セエレさんから手紙を頂きまして」 

 「ん〜……?え、ホロウ……ちゃん?本当にホロウちゃんなの?マ?嘘でしょ」


 ホロウは目前の受付嬢に声を掛けると、彼女はいつにもなく不思議な言葉を使っている。

 ふんわりと漂う金木犀の香水の匂いが、彼女がセエレだと改めさせてくれる。本当に懐かしい。

 一方の彼女は、動揺しているのか、どうしようどうしようと慌てている。

 ホロウは眉を下げ、困り顔で暫くその場に立ち尽くしていると、セエレは一つ咳払いをした後に、ホロウの腕を引っ張って従業員専用の部屋へと引きずり込む。

 簡素な椅子が2脚とテーブルが有るだけの休憩室らしき場所に座らされ、襟を掴まれる。

 

 「なんで此処に来てるし!危ないっしょ!?自分の置かれてる状況わかってる?」

 「え……?だって、セエレさんが手紙、渡してくれたから……」


 ホロウが申し訳無さそうに、セエレに手紙を差し出すと、セエレは書かれている内容に目を通す。

 読み終えた後に、深い溜め息を一つ吐き、丁寧に折りたたんでホロウへと返却する。


 「あんさぁ……、うちがそんな危ない橋渡る訳ないっしょ……。あ、でもそっか、知らないんか」

 

 セエレの言葉には、こちらを敵視しているようには見えず、また他の人達みたいに憎悪の視線も向けては居ない。

 ただただ、憐れんでいるだけ。困惑しているだけ。彼女の瞳には悪意などは一切なかった。

 可哀想なものを見る目は、時には不快感を覚えるが、セエレのそれは何か事情があるように見える。 


 「多分、知らんと思うから言うけど、ホロウちゃん。あんた指名手配されてんよ。白限定だけど」

 「……なるほど、道理で」


 驚かないことに驚かれるが、正直、その程度で驚いていたら身が持たない。

 恐らくは「エラー」がホロウを捕まえるために、自身の権利を行使したのだろう。

 つまりは、道具屋の話も半分は嘘だったと判断しても良い。既に嘘情報を掴まされているようだ。

 ならば、改めて話を聞いておく必要がある。もう裏切られないように。


 「「エラー」達、「喪失」の面々は此処最近どうしてるの?」

 「あぁ……そっか、そら知らんよね。あの子ら、仲間割れしちゃって分散してる」


 そこは間違いないのか、とホロウは考え込む。

 聞きたいこと、話したいことは沢山あるが、時間がそれを許してはくれない。

 それに、酒場で食事を取っているアラディアをいつまでも待たせる訳にも行かない。


 「此処最近でブルームからなにか聞いてる?」

 「いや?何も。……あ、でも。最近はよく依頼を受けてるカモ、しかもほぼソロかペアで」


 「ペア?誰と?」

 「依音ちゃんか、フィルレイスさんのどっちか。ブルームくん、てっきりフィルレイスさんのこと苦手だと思ってたから、意外だなぁって思ってたんよね〜」


 それもそうだ。世界が違うとは言え、中央管理局の面々と臨が仲良くなる訳がない。

 ホロウもホロウで、利用できる時に利用し合う仲程度には思っていたが、臨もそうなのだろうか。

 謎が謎を呼んでいる状況に、ホロウが難しそうな顔をしていると、セエレは笑いを堪え切れずに、ふふっと声を出す。


 「やっぱ変わってない。その魔術刻印も刻みっぱ。深くは聞かないけどさ〜?」

 「あはは……、「喪失」から身を引いてもこれは消せなかったんだよね……」


 セエレの言う通り、この魔術刻印は未練のようなものだ。

 臨も雪奈も同じ刻印を刻んでいるはずだが、彼女らは太腿と腕に刻んでいるため、すぐに隠せる。

 対象的にホロウは瞳の下に刻んでいるために、消さない限りは隠すことも困難だ。

 今日のホロウは刻印隠しのメイクなどをしていなかったため、刻印は残りっぱだった。

 不便も多いが、消すつもりはない。かつての仲間の証というものに縋りたい訳じゃないが、それでも、未練がましく残しては置きたかった。


 「別に彼女達が消す分には構わないけど、なんだか顔に馴染んじゃってさ」

 「ま〜、分かる。なんか、消しちゃったら勿体ないもんね」


 セエレがくすりと笑うと、受付嬢を呼び出す特徴的な音が鳴る呼び鈴が鳴る。

 普段であれば、誰かしらがはぁいと元気な声を上げて、カウンターへと向かうのだが、今日は何故かそれがない。

 首を傾げたセエレが、顎を擦りながら訝しげな表情で呟く。

 

 「……ん?おかしいな。今日のシフト、うち以外にも三人位居るはずだけど、誰も居ない?」 

 「ちょっと待って。何となくだけど、その違和感は大事にした方が良い」


 ホロウは徐ろに簡易魔術紙を取り出し、魔力を込める。

 使用しているのは、ギルド内の生体反応を脳内にマッピングする魔術。

 示された数字は七、明らかに少ない。 此処に居る二人と、アラディア。

 他にも探索者がギルド内には沢山居た筈だ。少なくとも四人だけではなかった。


 (アラディアさんは良いとして、受付嬢が居ない状況……?)


 かつて、ホロウが此処に通っていた時は常に受付嬢があちこちに配備されていた。

 だから、セエレはいつもサボるし、しょうもない小競り合いを炎上させて遊んでいたのだ。

 ホロウの嫌な予感はだいたい当たる。標的は恐らく自分だろう。


 「セエレさん、出ない方が良い。私はもう先に消えるから、脅されて出れなかったって言ってて」

 「え?……ダメっしょ。それじゃホロウちゃんが報われない」 


 セエレも察したのだろう。手紙の差出人の招待を。

 この状況を作り出した首謀者が、ホロウの首を取らんとしていることを。

 首を振り、ホロウの提案を拒絶しようとするセエレの言葉にホロウは微笑を浮かべる。


 「いいよ、あの姫様が私に目くじら立ててるんでしょう?いつか絶対……ぶっ飛ばさないとね」

 「ちょまち、まだ話は」


 セエレがホロウを引き留めようとするが、ホロウはすかさずセエレの唇に人差し指を添える。


 「セエレさんが私の味方なら何も言わないで。大丈夫、また会えるから」

 「…………」


 解答は沈黙だった。普段騒がしくてしょうがなかった彼女が、何も言わずにこちらを見ている。

 散々この街に戻ってから裏切られ続けてきたのに、最後の最後で絆されるのだから、甘い。


 「ありがとう。また来るから」

 「あっ……ホロウちゃん」


 ホロウは指輪に魔力を込め、その場から霧散する。

 事情を知らないセエレはきっと驚くだろうが、また会えた時に話せば良いだろう。


 「セエレさん、無事だと良いけど……」

 


 _______________


 「おい!此処に「飼主」が入り込んだという話を聞いたが!!」

 「「飼主」ぃ?誰それ」


 ホロウが消えた後に、押し入ってきたのは「エラー」お抱えの民間私兵だった。

 白を基調とした制服が中央管理局の面々と似ているが、「喪失」の魔術刻印に似た紋章を左胸付近に刺繍されているそれらは、彼女の個人的な兵士の証だ。

 随分と横柄な態度を取る彼らが、ジアの民に受け入れられているかと言えば否だ。

 しかし、それでも「エラー」の影響力は凄まじく、表面上は誰しもが協力的に装わざるを得ない。


 「巫山戯るな!ホロウ・ブランシュ!この街を崩壊へと導く魔女だとお触れが出ているだろう!」

 「でも、彼女ってこの街の英雄っしょ?根拠もない話、誰が触れ込んでんの?」


 「私ですが」

 「……まぁ、そりゃあそっか。……ねぇ?「虚華」様」


 私兵の後ろから現れたのは、件の話の首謀者「結白虚華」本人だった。

 愛用している展開式槍斧を強く握り締め、周囲に憎悪と殺意を振りまいている。

 こんな奴がジアの頂点になど立ってしまえば、碌な事にはならないだろうともっぱらの噂だ。


 (ケッコー荒れてるっぽ。探しものか何かで最近はジアには顔出してなかったはずだケド)

 

 彼女の瞳には、深い闇が佇んでいる。もはや、光を取り戻すことは叶わないだろう。

 ひとまずは従っておくか、とセエレはいつも以上に適当に私兵達の話を聞き流していた。



 

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