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【Ex】#5 勝てない勝ち戦



 ホロウのお決まりの宣言に、楓の表情は一気に引き締まる。覚悟を決めたいい男の面構えだ。

 しかし、投擲していた白い刃を鞘に納めると、楓は両手を上に上げ、降伏のポーズを取る。

 あまりの急変化にホロウが顔をしかめ、様子を窺っていると、少し離れた場所から楓が声を出す。


 「戦う前にお前と話がしたかったんだ。急に居なくなっちまったからな」

 「……聞きたいことがあるなら手短にね」


 あんまり話したくはないホロウは武力で黙らせられるのなら、それで良しとしていた。

 ──それで自分が敗北したとしても、口を割る気など更々無かった。

 しかし、こういう風な態度を取られると、どうしても最低限の誠意は見せたくなってしまう。

 小さく息を吐き、こちらも武器を収めると、楓の顔が綻び、嬉しさと悲しさ半々で話し出す。


 「しのは死んだ。スパクトロギアの副作用に身体を蝕まれ、最後は異形として暴れたと聞いてる」

 「……うん、そうだね。私も見てたから」


 そう、見ていたのだ。しのがブラゥの中央広場で暴れている様を。

 どうしようもなく、助けることなんて出来なかった。一度、あぁなった者を救うのは死のみだ。

 かつての友であったとしても、そう変えたのが今の仲間であったとしてもどうにもならなかった。

 ホロウが俯き気味にそう言ったのを見て、楓の表情が少し緩む。


 「なら、俺が此処に居る理由だって分かるだろう?お前だって俺と同じじゃないか」

 「……同じ?」


 同じ、とはどういう意味だろうか。

 文字通りの意味であったとしても、ホロウにはそんな友など存在しない。

 ホロウは意味がわからないと言った表情で、首を傾げる。


 「……どういう事?此処って、白雪の森だよね」 

 「此処には何がある?俺はもう知っているんだ。お前らが此処から来たってことを」

 

 ホロウはようやく、今自分達がログハウスの近くで戦っていたことを思い出した。

 そうだった。この二人はディストピアへと行きたいが為に、扉を蹴破ろうとしていたのだ。

 腹の奥底でどんどんと煮え立つ液体が喉から込み上げて来そうなのを必死に抑える。


 「……それで?だからあの地獄に行ってどうする気?」

 「決まってんだろ?あっちのしのを攫って、こっちで殺して蘇生すれば取り戻せるんだろ?」


 あぁ、此処まで知ってしまっているのか。仲間内であれば問題ないと誰かが話したのだろうか。

 こうなる可能性がないと思っていたのだろうか。いや、違う、全ては雪奈のせいだ。


 (雪奈の撒いた種が此処で発芽しちゃったんだ。私も早く動かなきゃ……)


 ホロウの心に刺さった棘からじくじくと毒が染み込んでくる。殺せ殺せと誰かが喧しく叫んでいる。

 無理やり理性でその声を抑え込み、眼の前の楓を見ると、彼もまた限界に近いことが見て取れる。


 「だから俺に協力してくれないかァ?報酬は弾むからよォ」

 「「喪失」にその話を持ち出した結果、動いたのが「エラー」だけだったってことね」


 それもそうだろう。他の面々はディストピア出身か、誰も失っていない者だけだ。

 そんな者達が、リスクを犯してまで地獄に足を踏み入れる必要など無い。


 (私が同じ立場なら、同じことしてたかも知れないけど)


 「そうだ!黒咲も緋浦も!中央管理局の女狐どもも!誰もが絵空事だと嘲笑いやがる!」

 「……そりゃあ、此処はただの封印を施しただけの家だもの。中には何も無いよ」


 ホロウが平然と嘯くと、楓は激昂し始める。

 普段向けられることのなかった彼の激情は、酷く耳障りなものだった。

 

 「嘘だッ!ただの家にこんな厳重な封印を施す訳がねェだろうが!」

 「誰も協力してくれない。しかもこの扉は開かない。もう諦めたら良いじゃない」


 ホロウがそう言い切ると、楓は帯刀していた白い刃を鞘から抜き、ホロウの顔めがけて投擲する。

 寸での所で躱せたから良いものの、髪の一部が切り落とされる。

 髪の毛に拘りなどあまりないが、それでも乙女の嗜みの一つを傷付けられたホロウは、銃を取り出す。


 「1on1なら勝てるって思ってたら痛い目見るよ。私だって強くなってるんだから」


 ホロウの言葉に、楓の表情が一瞬だけ硬直する。

 それをホロウが見逃すはずもなく、ゆっくりと口角を吊り上げた。

 相手の動きを読み、執拗に反撃するスタンスも可能であるホロウの瞳には冷徹な光が宿る。

 楓は気圧されたのか、一歩だけ後退りしてしまう。ホロウはそれを見逃さなかった。

 

 「そんな顔しないでよ、楓。足も竦んじゃってる。昔みたいな勇ましさは何処行ったのかな?」

 「ちっ……「飼主」風情がいい気になってんじゃねぇぞ!!!」


 挑発的な言葉を発すると同時に、楓が手元に帰ってきた白い刃を再度投擲する。

 ホロウは首を傾け、躱すと同時にこちらは白い銃の照準を楓の脳天に合わせる。 

 銃口から僅かに漏れ出した魔導弾の輝きが、暗がりに咲き乱れる赤い彼岸花を淡く照らしている。


 「懐かしい渾名……あの時は仲良かったのにね。どうしてこうなっちゃったんだろうね」

 「知るか。俺はしのを取り戻したいが為に、今を生きているだけだ。過去なんてどうでもいい」


 楓は黒い刃を握り締め、低く身構える。

 その構えは獲物を刈り取る姿勢だ。怒りで脳が沸騰しているのにも関わらず、ただの挑発には乗らない冷静さが窺えるが、ホロウは涼しい笑みを崩しはしない。

 

 「そ。それで?今も未来も捨てて、過去しか見てない楓は来るの?来ないの?」

 

 その言葉が引き金になったかのように、楓が大地を蹴った。

 一瞬にして距離を詰め、確実に首元を狙って、黒い刃を横薙ぎに振るう。

 近距離職が遠距離職を斃すのに一番確実な手段を取るあたり、頭に血が上っていても、戦士としては一線級の実力を兼ね備えているのは間違いない。

 ホロウは黒い銃の銃身で黒い刃の一撃を受け流し、ガキンと高い金属音が森の中に響き渡る。

 その音と共に、己の血で作った弾丸が込められた白い銃の引き金を間髪淹れずに引く。

 

 「うぉっと……。前見た金属の弾じゃないな。速度が遅い割に火力が違ぇ」


 楓は至近距離で放たれた弾丸を、その場で軽やかに跳ぶことで、簡単に躱す。

 彼の動きは非常に柔軟性が高く、まるで風のように軽やかだが、ホロウは一瞬の隙を見逃さない。

 

 「この一撃はどうかな、楓」


 すかさずホロウは黒い銃を取り出し、数発放つ。次々と放たれる黒い稲光が楓の動きを翻弄する。

 空中では地上ほど俊敏に動くことが出来ない。仮に飛行魔術や風属性が長けていようとも。

 空中に留まることのディスアドに勘づいた楓は、風魔術を詠唱し、少し離れた場所へ着地する。


 「やるじゃないか。圧倒的に俺が有利だと思っていたんだが、一筋縄じゃいかねェな」


 体力を消耗したのか、楓は肩で息をしながら呟く。

 その声からは先程までの圧倒的な自身は掻き消えていた。

 それどころか、一抹の焦りが滲み出していることを、ホロウは見逃さなかった。


 「勝つのは困難かも知れないけど、時間稼ぎぐらいなら、私一人でも出来るよ」

 「時間稼ぎ……?はっ、まさかあの女が「エラー」を下すとでも?笑える冗談だ」


 楓がアラディアが勝てる訳がないと言い切った時、ホロウは笑いを堪え切れずに吹き出してしまう。

 目尻に涙が溜まり、それを指で拭うと、怒り心頭といった表情の楓が見える。


 「何怒ってるの?あのコ風情(エラー)が、勝てる相手じゃないよ」

 「ふひひ……それな?話にならなかったよ」


 ホロウも楓も気づかない間に、木の上で退屈そうにあくびをしていた薺が、ホロウに同意する。

 

 「お前ッ、「エラー」をどうした?!」

 「あぁ。紛い物の事?そこでおねんねしてるよ、キヒヒ。歯ごたえなさすぎ〜」


 薺が指を指している方向を見ると、ボロボロになっている「エラー」が地面に横たわっている。

 楓はあからさまに彼女のことを気にしているが、相手が立っている以上、向かえないだろう。

 ホロウは、銃をホルスターに納め、「エラー」の方へ顎をしゃくる。

 彼女が倒れた時点で、勝負アリだ。1on1で勝てない時点で薺が加勢すれば勝ち目など無い。

 

 「……時間切れだよ。残念だったね、楓。また遊ぼうよ」

 「チッ。何処までも馬鹿にしやがって……、大丈夫か、虚華」


 彼女に掛ける言葉は非常に優しく、慈愛に満ちているものだった。

 彼らがこの場から立ち去るまでは、ホロウは何も言わずにただ見守っていた。

 立ち去った後、扉や窓の封印を確認し、傷ついていないことを確認すると、そっと胸を撫でおろす。

 

 「良かったぁ、無事みたい」

 「キヒヒ、あの子達、トドメ刺さなくて良かったの?」


 アラディアはあぁ言っているが、お前は甘いんじゃないのかと、そう言われている。

 守りたいものがあるのなら、容赦するべきではない。そんな事はわかっている。


 「うん、良いの。臨とか、雪奈の仲間を無闇矢鱈に殺しちゃ不味いでしょう?」

 「キヒヒ……自分の仲間じゃないんだ。倫理観無くなっちゃった?」


 「薺さん程じゃないかな〜。私の方が優しいし、倫理観たっぷりだよ」

 「酷い言われよう……キヒヒ、悲しい、悲しいなぁ」


 突然の襲撃者を退け、ホロウ達は再び、ジアへと向かうべく足を進める。

 

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