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【Ex】#4 夜遊び/火傷注意報


 ある日、ホロウの宿屋に一通の手紙が届いていた。

 差出人はセエレ・グレイラル。白の区域の探索者ギルドにて受付嬢をしている者だ。

 やる気のない着こなしと態度で悪い意味で有名な彼女の話は蒼や赫でもそれなりに聞こえていた。

 やれ、有望な探索者を誑しただの、裏バイトで身体を売っただの。

 そんな彼女から届いた手紙は、普段の彼女からしてみればどうにも違和感を覚えるものだ。

 内容は非常に簡潔で、時間がある時にジアの探索者ギルドに足を運んでほしいとのことだった。

 ベッドに寝転がりながら、あらかた読み終えたホロウは、どうしようか少し悩んでいた。

 

 「セエレさんかぁ、もう久方会ってないし懐かしいなぁ」

 「じゃあ会いに行けば?キヒ。転移使えば一発じゃん?」


 急に上の方から陰鬱そうな引き笑いが含まれた声がする。

 うわぁっと、昔のホロウであれば驚いていたのだろうが、最近は慣れてきたのか、気にも留めない。

 知らない間にホロウに肉薄していたのは目の下の隈が凄まじい女性、アラディアだった。

 あまり距離を詰めてくるイメージはなかったのだが、イズと里乃に影響されたのだろうか。

 座って良い?と聞かれたので、お好きな場所にどうぞ、と言うと近くの椅子に腰掛けた。


 「でもあんまり白には行きにくいっていうか」

 「あぁ。昔の女が沢山居るんだっけ?キヒヒ……モテる女は辛いねぇ」


 そんなんじゃありませんっ、とホロウは否定する。

 白の区域、主要都市であるジアには恐らく、未だに「喪失」の面々が居るだろう。

 ホロウ自身は自ら去ったのだ。最近、臨と邂逅したが、結局話は出来ていない。

 打ち解けることはほぼ不可能だろう。それにホロウ自身が望んでいない。


 「別に女が居るわけじゃ……。ただ、戻りにくいんです」

 「キヒ。そっかぁ。じゃ、行かないの?」


 「それを悩んでいるんですよね。セエレさんから呼び出しを受けるの、初めてなので」

 「セエレ・グレイラル。看板受付嬢の一人なんだっけ?名前は聞いたことあるケド」


 出不精で館から出ることも少ないアラディアでも知ってる程の有名人なのか。

 確かに、蒼ではそれなりに話題に上がることもあったが、それらは全て探索者ギルド内での話だけだと思っていた。

 宿代や、滞在費用を捻出する為、基本的に探索者として依頼を受けていることが多いのだが、ギルド内の輩は碌な話をしていない記憶しか無かった。

 やれ、里乃は落ちぶれたからワンちゃんイケるだの、何処かに性別が反転する絶世の美女が居るだの。

 「魔弾」のブランシュだのホロウだのと呼ばれているが、人気がない場所では呪、闇属性の魔術も併用して得物を始末していたりするので、正直重い名前だなと思ってもいた。

 だからこそ、宛先が「魔弾」様宛だった時は、苦笑せざるを得なかった。

 

 「で?ホロウはどうしたいの?キヒ……一人が心配なら着いて行こっか?」

 「……どうして?」


 「だって、誰かに着いてきて欲しいって顔してるシ?イズもノインも厳しいでしょ」

 「消去法でアラディアさんしか居ないって言いたいんですか?」


 怒ってるつもりはなかったのだが、自分の口調がキツくなっていることに気づき、ハッとする。

 急いでアラディアの表情をチラ見するが、特に気にしている様子はなさそうだ。

 ボサボサの髪の下には不敵な笑みを浮かべている顔が影に隠れている。


 「……ごめんなさい」

 「なんで謝ってるの?ま、もし行くなら付き合うよ。一人で出歩くのはどっちみち危険だし?」


 なんだかんだアラディアは気を遣ってくれているのだ。ホロウの境遇を知っているから。

 確かに不用意に一人で出歩くのは危険だ。ましてやそれが白の区域なら尚更。

 ジア・レルラリア焼き討ち事件からそれなりに時間は経っているが、それでも治安は完全には回復していない。

 最近では元来より街に蔓延っていた宗教が拡がっているなどの話も聞く。


 (どちらにせよ、行く価値はある。顔を出せていないのは事実だし)


 「そうですね。じゃあ薺さんの姿に変貌したら、一緒に行きましょうか」

 「おっけぃ〜、キヒヒ。何か、ちょっとだけワクワクしてきたかも……キヒ」



 ________



 そう時間も掛からずに準備を終えた二人はジアへと降り立つ。

 日はとうに落ち、もう間もなく真っ暗になる時間帯だ。冬はあまり日が長くはない。

 流石にジアの街に直接乗り込むのは不味いと考えたホロウは、白雪の森を転移先に指定した。


 「懐かしいねぇ。私も何度か来たことはあるけど、この金木犀の匂い好きなんだよね、キヒ」

 「そうなんですか?……確かに懐かしい。帰ってきたって感じが少しだけするかも」

 

 この森には沢山の思い出がある。ニュービーが殺された事件や、初めて透と会ったのもこの森だ。

 禍津もこの森で何やら暗躍していたという話も聞くが、定かではない。

 金木犀や林檎の木の香りが立ち込めていることに、嬉しさと懐かしさを覚えながら、森を進む。

 相変わらず鬱蒼としているが、一時期は血の匂いしかしなかったはずだ。


 (そう言えば、あのログハウスどうなっているのかな)

 

 この森の中には、雪奈が厳重に封印を施したログハウスがある。

 ホロウを含め、三人はログハウスの中にある機械を通してこの世界へと降り立った。

 パンドラを含め、部屋の中に侵入することは可能ではあるが、「七つの罪源」の面々には入らないで欲しいこと、もし入る際は自分も同行させることを厳命している。

 だから、誰も侵入していることはない。そのつもりだった。

 近くまで寄ると、どうにもログハウス周辺が騒がしい。何だか嫌な予感がする。

 探索者だろうか、と様子を窺うとそこには、見慣れた顔が並んでいた。


 「早くそんな扉破壊してしまいましょう!きっとこの中には扉があるんです!」

 「いや、俺も全力で壊そうとしてるんだけどよォ。魔導錠が強固な上に、結界まで貼られてらァ」


 ログハウスの封印を破ろうとしていたのはフィーアにおける虚華こと、「エラー」と、獅子喰らう兎のリーダーでもある白月楓だった。

 こちらが様子を窺っていることに気づいていないのか、二人はそれぞれの得物で扉や建物、窓などを執拗に攻撃している。

 あの攻撃の仕方は本気で扉を蹴破ろうとしている動きだ。


 (なんで、なんで……?)


 彼女達はディストピアに行きたいのだろうか。あの地獄に、煉獄に。

 未だに心が拒絶反応を引き起こしているせいで戻ることが出来ないホロウにとっては、眼の前の光景は信じられないものそのものだ。

 少し様子を窺おうと、アラディアに目で意思を示すと、黙って首を縦に振ってくれる。


 「あー。やっぱダメだな。俺らじゃどうにも出来そうにない」

 「ではやはり、緋浦さんにお願いするしか無いのでは?」


 「お前が馬鹿正直に此処の封印を破りたいから手伝えって、言ったから断られただろうが」

 「しょうがないじゃないですか!嘘なんてついたこと無いんですから……」


 口論していることと、雪奈が封を切るのを拒んだことは理解できたが、何故彼女らが此処にディストピアへの入口があることを知っているのだろうか。


 (誰かが喋った?でも知ってるのは臨だけの筈だけど……)


 雪奈も人格が変わっている以上、詳しいことは把握できていない筈。

 そうなると自ずと選択肢は絞られる。腹の底でどんどんと何かが冷えていく感じがする。

 

 「行かなくて良いの?多分、あの子らじゃ開けられないけど、いい気分しないでしょ」

 「えぇ。少しお灸を据えましょうか。あの扉は私達以外開けちゃダメだから」


 意を決したホロウはアラディアと共に二人の前に姿を表す。

 こんな時、どんな表情をすれば良いのだろう。悲しい顔?怒った顔?

 ホロウの答えは哀れみを滲ませた笑顔だった。そこまで堕ちたんだ、と。


 「こんばんは。良い夜に人様の家に押し入ろうとはいい度胸しているね」

 「!?ホロウか?なんでこんな所に居るんだァ?」

 「ホロウ・ブランシュぅぅぅぅぅ!!!」

 

 獣のような叫び声は鬱蒼な森の中でもこだまして喧しく鳴り響く。

 不快感を顕にしたホロウを見た「エラー」もまた、怒りを増幅させ、慟哭する。

 かつての仲間に向ける最大限の侮辱を持って、詰問を終えることにした。


 「どっちが化け物なんだか……。そこから退かないなら容赦しない。君達でもね」

 「ああぁああああああ!!!!!」


 槍と斧の二面性を孕んでいる「エラー」の愛用している得物──展開式槍斧(ハルバード)を徐ろに取り出し、目を血走らせながら、威嚇している。

 あれが獣でなく、何を獣だと形容するのか。確かにホロウは人間種であることを捨てた。

 捨てざるを得なかった訳ではない。自身の選択で自ら捨てた。

 こうなることなど、とっくに想像がついていた。それでも、自らの選択に悔いはない。

 頭に血が上り、正常な判断が出来ていない「エラー」に対し、楓は思いの外、冷静だった。

 

 「隣りに居るのは、同じメンバーか?」

 「さぁ、どうだろうね。空き巣の問に答えるほど、私は優しくないんだ」


 「はっ、違いない。俺等を捨て、人の身まで捨てたお前に期待した俺が馬鹿だったなァ」

 「キヒヒ、本当に白の人間って人間種至上主義に脳まで薬漬けにされてんだね、キッヒヒヒ」


 薺の表情でその笑い方は止めて欲しいとは思うが、今は止めないでおく。

 ホロウも同意見だからだ。溜息が止まらない。今からでもセエレの要請を無視したくなる。

 油断しているようにでも見られていたのだろうか。凄まじい速度で「エラー」が駆け抜ける。


 「しっ!」


 斧の部分でホロウの首を一気に切り落とそうと横薙ぎにした一撃は、容易く躱す。

 ブォンと鈍い風切り音が鳴るが、正直、大した速度ではない。

 所詮、重いものを思い切り振り回しただけだ。

 体幹のせいか、それでもよろけずに体勢を立て直し、こちらを睨みつける「エラー」を見る。

 既に臨戦態勢の「エラー」とは違い、ホロウは丸腰なのだ。正直、銃を取り出すつもりもない。

 心底侮蔑していることを全面に出して、ホロウは「エラー」の様を鼻で笑う。

 

 「腕鈍ったんじゃない?……あぁ、そっか。補助がないとただの危ないだけのゴミだもんね」

 「貴様ぁぁあああ!!!私を侮辱するのか!非人(あらずびと)の分際で!非人(あらずびと)のくせにぃ!!!」


 本当に分かりやすいな、と心の中で苦笑する。ここまで付け入りやすいとは思っていなかった。

 アラディアに目配せし、「エラー」の対処は任せることにする。

 展開式槍斧の重厚な一撃を、見事な槍捌きで受け流すと、アラディアはのけぞっている「エラー」の脇腹を蹴り飛ばし、近くの木に強く打ち付ける。


 「私達はあっちで遊ぼう?キヒ。相手が私で良かったよね。他の人なら死んでるかもよ?ヒヒヒ」

 「お、おのれ……貴様も私を侮辱するのかぁああああ!!」


 普通、あの勢いで身体を打ち付ければ、即気絶ものな筈だが、「エラー」は何故かピンピンしている。

 不思議な人だなぁ、と他人事のように見ていると、一振りの片手剣が飛んでくる。

 白い刃──楓のヰデルヴァイスのうち、遠くまで投擲しても必ず返ってくる短剣。

 危ないなぁ、と飛ばしてきた方向を見ると、こちらもまた臨戦態勢になっている楓が睨んでいる。


 「別に俺は戦う意志はないんだが、あっちがどんぱちしてるからよぉ」

 「じゃあ別に鑑賞会で良くない?危ないじゃん、そんなの振り回したら」


 「まぁなぁ、これでも貴重なヰデルヴァイスなもんでな。お陰で俺も丁種まで昇格したしよ」

 「へぇ、そうなんだ。それで?私を攻撃した理由は?」


 ホロウの表情から笑顔が消える。底冷えするような水色の瞳には友など写っていない。

 狩るべき得物が、自分にも分かる言葉で宣っているだけだ。


 「ただの時間稼ぎだ。どうせ、ホロウのお供じゃあいつには勝てない」

 「ぷっ、あはは、あはははっ」


 獲物が冗談を言っている。それも最上級に笑えるジョークだ。

 笑い声が響き、少し気になったアラディアがこちらに視線を一瞬向けたが、ホロウの表情を見るや否や、直ぐに「エラー」の方へと向き直す。

 ホロウはホルスターに納めていた白い銃を取り出す。実弾を込められない魔導具のようなものだ。

 いつもであれば黒い銃を取り出すはずだと高を括っていた楓は、警戒心を顕にする。

 

 「それ使ってるのは見覚えないな……。切り札か?」 

 「さぁ。どうだろうね。来なよ。全力でぶっ飛ばしてやる」


 ホロウは口早に魔術を詠唱する。あまり普段の格好で詠唱することはないが、今回は仕方ない。

 古めかしい詩のような詠唱が完了し、ホロウは自身の腕をナイフで斬りつける。

 滴り落ちる血が地面へと流れると、そこから赤黒い彼岸花が咲き乱れる。

 右目を瞑り、唇に人差し指を添えたホロウは、眼の前の獲物に宣言する。

 

 「此処から先、私の“嘘”からは逃げられない」



いつの間にか、リアクションボタンなるものが実装されていましたが、

あれが付いていると見てくれているんだなぁと感じるので良いものですね!

殆どついているの見たこと無いので、悲しいんですけど(遠目


既読感覚でつけてくださると嬉しいです!!

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