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【Ex】#3 乾燥剤は本当に大事



 禍津は此処最近、罪源に充てがわれた私室に籠もりっきりだ。やることが非常に多い。

 理路整然と整えられている室内は、彼のマメな性格が功を奏している。

 現在の時刻は概ね日が明ける少し前頃。もう間もなく日が昇り、生き物が動き出す時間だ。

 この時間帯に活動しているのは禍津くらいなので、多少の物音は気にしなくてもいい。

 禍津は溜息を吐き、いつもの席に座って珈琲を一口、口に含む。

 

 「別に俺としては直ぐにお前を解放しても良いんだが」

 「……なら、どうしてうちを此処に閉じ込めたままにするんすか」


 禍津の独り言に反応したのは、つい先日殺された葵琴理だった。

 無事に蘇生が完了し、息を吹き返した琴理は随分と陰鬱な空気を自身の身体に纏わせていた。

 最初は早くこの世界から出ていきたい、ディストピアとやらに帰りたかったからだと思っていた。

 だが、どうやら彼女の独り言を聞いている感じだと違うらしい。


 「お前が出たがらないからだろうが。何度でも言うが、お前が望むならお前が居た故郷へと帰すことも吝かではないと言っている」

 「みんな死んじゃった絶望郷に希望なんて無いっす……それに、此処はうちが居た世界じゃないんすよね?それに身体もうちが覚えているよりだいぶ大きいですし」


 「あぁ。お前らの居た世界と、今居る世界は別だ」

 「……?お前らって事は同じ世界から来た人が居るって事っすか?」

 

 琴理は禍津の失言を聞き取ると、その同じ世界からの旅人が誰かを聞くべく禍津に詰め寄る。

 先程までの禍津としては別にこの館に居る分には好きにすればいいと思っていた。

 琴理はこの部屋から出たがらない上に、大分気が滅入っていたようだった。

 恐らくは彼女の死因や、その時の状況から来ている心因性のストレスだろう。

 幸いなことに、私室の中が非常に広い上に、物静かなので琴理が居ても特に問題はない。

 ただ、それとは別に彼女が居ると陰鬱な空気が広がるせいか、湿度が高くなっている気がする。

 禍津は鬱陶しそうに、琴理の肩を持ち、強引に引き剥がす。

 

 「近寄るな。俺の身体は湿気には強くないんだ。で、さっきの質問だが、居るぞ」

 「誰っすか!?うちの知り合いっすか!?何処に居るんすか!?」


 距離が更に近くなる。もう零距離と言っても差し支えのない近さだ。

 年端もいかない子どもに詰め寄られ、にじりにじりと後退りしている図はなんて情けないものか。

 こんな場面を見られでもしたら、碌な事にはならない。先程から前方からの圧が凄い。

 早く教えろと、誰が何処に居るんだと、今までの陰鬱なオーラが全て消し飛んでいる。

 そんな時だった。普段はこんな時間に私室の扉が開かれることはないのだが、この日に限ってバァンと激しい音で開かれる。

 

 「禍津さんっ、ちょっとだけ匿ってくれないかな!?……ん?」

 「ヴァール、違うんだこれは」


 なんと間が悪いのか、よりにもよってこの時に入ってきたのはヴァールだった。

 しかも現状、禍津と琴理の立ち位置は壁際に追い詰められている禍津と、問い詰めている琴理。

 最初は切迫した表情だったのが、目を細めてこちらを凝視した後に、禍津のやり取りしていた相手が琴理だと把握する。

 最終的には何やらあらぬ関係だと勘ぐったのか、ニマニマしながら何も言わずに扉を閉める。

 琴理は琴理で先程の来訪者が虚華だと気づいたのか、禍津の横腹を掴み、体を必死に揺らす。


 「あ、あれっ。虚先輩っすよね?そうですよね!?なんなんすか!どういう関係すか!!」

 「今すぐアイツを呼び戻すから、揺らすな。脳が揺れる……」


 かなり激しく揺らされたせいで、未だにくらくらしているが、背に腹は代えられない。

 無理矢理身体を動かして、ヴァールを探し出すことにした。



 ____________


 禍津がヴァールを探し出すのに、一時間ほどは掛かっただろうか。

 首根っこを掴んで私室に戻る頃には、琴理は随分と退屈そうに書斎の本棚の本を適当に読んでいた。

 二人が私室に入る音を聞いて、本をピシャリと閉じて此方に視線を向けている。

 

 「おかえりなさいっす。あー!やっぱり虚先輩じゃないすか!!」

 「……琴理なの?私の事……先輩って呼んでくれるの?」


 「当たり前じゃないっすか!……でもうちは確かに殺された筈なんすけど……それに」

 「事情は詳しく話すよ。禍津さんが」


 なんで俺が、と異論を挟みたいところだったが、年頃の若い娘二人がじぃっと此方を見てくる。

 なんだかんだ断るのが苦手なのだ。「七つの罪源」の参謀であり頭脳役の禍津は。

 深い溜め息をついた後に、この世界における人格のみが入れ替わる蘇生方法の話を掻い摘んで話をする。

 勿論、身体の元の持ち主の話は先にしておく。後から元の身体の持ち主は大罪人で、世界に咎められて殺されたんだ、なんて口が避けても言えないだろう。

 最初の方は目を見開いて驚いたり、マジっすかと言葉を挟んだこともあったが、最後の方には自分の胸に手を当てていた。

 話し終えた禍津はアンクルのズレを直して、椅子に深く腰掛ける。

 

 「以上だ。無事に蘇生は完了し、今のお前は好きなように生きて貰って構わない」

 「一つ、質問があるっす」


 「なんだ、言ってみろ」

 「禍津さんや虚センパ……ヴァール先輩のトップの方は遺伝子を弄ることが出来るという話があったと思うんすけど、その人であれば、自分の髪色や顔を書き換えることが出来るんすか?将来的に外に出る際に、葵琴理の顔そのままは不味いと思うんすよ」


 禍津はふむ、と琴理の質問を飲み込み、思考する。

 技術的には可能だろうが、顔の書き換えという繊細な魔力操作はパンドラには出来ないだろう。

 それが出来るなら投獄などされないし、好きな顔や身体に出来ますみたいな謳い文句で一攫千金のビジネスのようなことも出来た筈だ。アホ寄りとは言え、それくらいの頭は回ると信じたい。


 「結論から言わせて貰うが、止めておいた方が良い。染髪剤や化粧で十分人の顔は変えられる。蒼の区域にさえ立ち入らなければ早々問題が起こることもないだろうしな」

 「そうっすか、了解っす。じゃあ後で髪の毛を……ってよく考えればヴァール先輩も髪色変えてるっすよね?それも変装の一貫すか?」


 気づくの遅くない?とヴァールは目を半目にして琴理を睨んでいるが、彼女は彼女で考えることがあるのだろう。此度くらいは大目に見ておいてやれとヴァールを諌めておく。

 本当は彼女をこの部屋から出すのはもう少し後にしたかったのだが、ヴァールが此処に来てしまえば仕方がない。


 「ヴァール。お前が此処に来たのも何かの縁だろう。葵琴理もお前に任せる。お前もそれでいいな?」

 「勿論っす!胡散臭い毒々しいおっさんより、ヴァール先輩のが億倍良いっす!」

 

 椅子に座っていた禍津がこめかみに青筋を浮かべ、立ち上がると血相を変えたヴァールがまぁまぁと宥めて、再度椅子に座らせる。

 禍津が深いため息を吐き、モノクルのズレを治すと、ヴァールもほっと胸をなでおろしている。

 

 「……口の聞き方には気をつけろ。アティスやパンドラは即座に命を奪う可能性だってある」 

 「絶対にしませんって言い切れないのが心苦しい……。可能性あるもんなぁ」


 それはそれとして、と禍津は話題を変えるべく、ヴァールの方を見る。


 「お前はなんでこんな時間に俺の部屋に来た?」


 無意味に部屋を尋ねる仲でも無いので、何かしらの用事できた筈だが、見当も付かない。

 琴理も自分とは関係のない話だと思ったのか、読書を再開しているし、問題ないだろう。


 「いやぁ……あはは、実はですね。私の部屋に里乃とイズが来まして、大喧嘩してたので」

 「今すぐお前は部屋に帰れ。なんなら転移で送ってやる」


 「止めて下さい!!私を地獄へと叩き落とすつもりですか!?」

 「お前が産んだ地獄だろう……俺にはどうしようもないだろうが?」


 最近のこいつらは目に余るほどではないが、あちこちで騒いでいる。

 基本的にはパンドラが里乃を窘めてはいるが、流石に目に余るなとは禍津も感じていた。

 それでも迷惑は掛かっていない上に、姦しい連中と馴れ合いたくはない。

 アイツらは湿度が非常に高いのだ。痴情のもつれで刺されたくない禍津は詠唱を開始する。

 発動する魔術を察したのか、ヴァールは血相を変えて外へと出ようとするが、既に施錠済み。 


 「姦しい地獄で精々足掻いてろ。女誑しが」

 「別に私の意志じゃないんですけ」


 言い切る前に転移は完了し、禍津の私室には静寂が満ち始める。

 深いため息を吐いた禍津は、本を読んでいた琴理に声を掛ける。


 「お前も彼奴の部屋に送ってやろうか?」

 「いえ、結構っす。ヴァール先輩の無駄にハイレベルな女誑しで酷い目にあいたくないんで」


 そうか、と禍津は相槌を打つと、久方ぶりの読書を開始する。

 男と女が同じ部屋に居ながらも、何も起きないのは彼女らに問題があるからなのかも知れない。 






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