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【Ex】#2 同姓同名に嫉妬



 

 琴理の墓前には虚華、臨、依音、依音の四人が集っていた。

 今一番会いたくないなぁとホロウがぼんやりと考えていたのは臨だった。

 こんな動きにくい格好では満足に回避行動など取れるはずもない。きれいに着飾ってはいるが、完全に喪に服した格好であり、年頃の少女がデートで着ていく者ではとても無い。

 更に、今は臨の顔を見るのは少し気まずいのだ。どんな顔して臨に向かえば良いのか。


 (どんな顔して臨に会えば良いんだよぉ……)


 ホロウは日和っていた。自分は確実に捨てた側だ、それも何も彼に説明せずに。

 勿論自分の気持ちを伝えるための置き手紙はしてあった。けれど、あんな物を見て意味が分かる者など居ないだろう。今の自分が読んでも完全に理解できるとは正直言い切れないのだから。

 チラリと臨と依音を見る。明らかに茫然自失状態になっている依音を背に隠し、自分に刃を向けている。


 (良かった。臨がそう動いてくれるなら)


 相手が刃を向けているのなら、こちらはただ冷静に相手の動きを見極めればいいだけの話だ。

 ホロウ達に相手を害する意志はない。むしろ、墓前で争いたくなど無い。

 此処に誰も眠っていないことを知っていても尚、琴理が自身の知る琴理でなくとも。


 「私達は争うつもりはないの。墓参りは終わったから。帰るね」

 「待て、“虚妄”のヴァール」


 臨は此方を見てピシャリと自分を名指しする。声は非常に冷たく、とても友に向けるものではない。

 その名前はホロウが「七つの罪源(パブリック・エネミー)」として活動している際に名乗る名前だ。

 争う意思など無いとは言えど、ホロウの隣りにいるイズに害があるようであれば、対応を考えねばならない。

 先程までの慎まやかな態度を捨て去り、毅然として冷静な態度で臨を視界の中央へと動かす。


 「……なに?」

 「ボク達になにか言うことがあるだろ」


 言うことか、とホロウは息を小さく吐く。それが溜息に見られたのだろう。

 臨が目を細める。あの瞳は仲間や友に向ける目ではない。確実に此方を敵視している。

 かつてのホロウであれば気圧されてしまい、相手の言う事を素直に聞いていたかも知れない。

 しかし、今のホロウは一味も二味も違う。今はどうってことはない。

 よっぽどへそを曲げたパンドラの方が面倒だし、相手にしたくない。

 だからこそ、ホロウはきっぱりと一言、簡潔に言ってやった。

 

 「無い。今の貴方に話せることなんて何一つ無いよ」

 「……そうか。お前はどうなんだ。イズ・ブランシュ」


 急に話を振られたイズは、少し驚いた表情を見せたが、直ぐに澄ました顔を取り戻す。


 「ヴァールが無いなら、私から言えることも無いわ。……ごめんなさいね」

 「……分かった。ならば無理矢理にでも口を割らせるしか無いな。出灰、行けるか?」


 臨の言葉に出灰は首をコクリと小さく縦に振る。こちらの出灰とは違って随分と謙虚だ。

 きっとベッドの下に潜り込んで人の話を盗聴したり、お風呂などに割り込んだりはしないだろう。

 少しだけ羨ましそうな目で出灰を見ていると、脇腹に強烈な一撃がお見舞いされる。

 あまりに唐突な一撃だったせいで、肺の空気が漏れ出して、コフッっと音を出してしまった。


 「な、何するのさイズぅ……」

 「ふんっ。別に私も黒咲くんの味方したって構わないのだけれど?」

 「それは助かる。ヴァール相手に手勢は何人居たって困ることはないからな」


 此方の会話に口を挟む臨も臨だが、イズもイズだ。少しは緊張感を持って貰いたい。

 此処で臨を無視する心苦しさを感じる心ぐらい、ホロウにだってあるのだ。


 「悪いけど、手加減はしないから。罪纏っ!」 

 「じゃあ私も。罪纏」

 

 二人はこめかみに銃口を突きつけ、ノータイムで自身の脳天を撃ち抜く。

 頭を貫通した際に産み出された脳漿のようなものがホロウとイズの身体に纏わり付き、姿を変貌させる。

 黒い聖骸布で顔を隠し、拘束着にも修道服にも見えるその衣装は、まさしく彼女達の罪の権化。

 醜い顔を隠したヴァールは、臨の脳天目掛けて、愛銃の「欺瞞」を向ける。

 涙に塗れた顔を隠したイズは、腰に携えたいびつな姿へと変貌した剣を携える。


 「「此処から先、貴方は私の“嘘”(刃)からは逃れられない」」

 「望む所だ。お前達の“嘘”をボクはぶち破る」


____________

 


 対象は二、片方は同じ顔の他人だが、もうひとりはかつての地獄を共に潜り抜けた元仲間だ。

 この世界でも大切にしたい人の中で最上位に食い込んでいるものを無闇に傷付けたくない。

 申し訳ないが、速戦即決で行こう。いつもの黒い銃ではなく、魔力を込めた弾丸を装填できる白い銃で臨目掛けて発砲する。


 「よっと」

 「……っ」


 出灰も臨も直線だけであれば、簡単にホロウの放った弾丸を躱している。

 この人達は本当に人間なのだろうか。普通銃で数メートルの距離から発砲されれば、狙撃手の腕が致命的に悪くない限りは当たらないことなど無い。

 しかし、この二人は何故か、ホロウの狙撃を難なく躱している。なんなら、多少の弯曲弾ですら、臨相手なら避けられているのだ。


 (私も成長しているけど、臨だって成長してるってわけね)


 「はぁあっ!」


 ヴァールの狙撃のクールタイムを縫ってのイズの剣戟は、どうにも的外れにも見える。

 彼女は一体何を狙っているのだろうか。イズが剣を振るう場所には誰も居ないのだ。

 ホロウよりも知略に長けている彼女が素っ頓狂な事するのはもう慣れているが、此処は戦場だ。


 「イズっ、何してるのっ」

 「糸を切ってるのよ。このフィールドには相当数の糸が張られてるのっ」


 その言葉を聞いてハッとする。臨の主力は短剣ではなく、糸を絡めた暗殺術だ。

 以前、琴理のアトリエの前で「喪失」の面々と戦ったときもそうだった。

 彼の糸によって「エラー」の攻撃の命中率を大幅に上げていたり、雪奈や楓の攻撃力を調整していた。

 それらは全て臨の手に嵌められた糸の射出機構から発せられているものだ。

 なるほど、だから先程から狙撃が一発も当たらないのか。機敏な動きで反撃もしながら回避もしている臨はともかく、完全遠距離型で弓による援護射撃が主な依音にも当たらないのは不思議だった。


 「了解っ。じゃあ私は各個撃破するね」

 「出灰っ、気をつけろ。標的はお前だ。アイツは確実に戦力を削ぐやり方を得手にしている」


 うわ、こいつデリカシー無いわぁ、と心の中で臨に悪態をつきながらも、的確な指示に感心する。

 昔から思っていたが、臨には指揮官としての才能がある。

 本人が戦うよりも手駒を強化し、その手駒を最適な場所へと配置して戦わせる。

 それらは糸での調整ができるからこその芸当ではあるが、その御蔭で対「喪失」戦は非常に苦戦した。


 (糸はイズが徐々に削ってる。じゃあ私のやるべきことは……)


 此処からどう動くか。これを考える時間が本来は非常に惜しいのだ。

 思考に割くべき時間を全て省略できるからこそ、臨は驚異的な存在へとなり得る。

 依音の射撃を何とか躱しながら、今自分が行うべきを必死に考える。その時に気づいた。

 

 (自分の攻撃が当たらないのは自分の力不足が原因だが、依音の攻撃もなんか変)


 こういう時のホロウの勘もディストピアの経験と「七つの罪源」での鍛錬で鍛えられている。

 はっきり言ってしまおう。ホロウは回避能力に長けていない。依音の狙撃能力がそこまで高くないにしろ、此処まで一発も当たらないと流石に、何か別の意図があるのではないのかと疑ってしまう。

 指示は糸を介して話さずとも伝達が可能。墓前には予め糸を張り巡らせている。


 (私に攻撃を当てて、重症を負わせれば「伝播する負傷」で状況を反転される)


 それを嫌っているのだとすれば、あちこちに突き刺さっている矢は罠の可能性がある。

 有り得ないと一笑に付すのは一時の恥、微小な可能性に足元掬われるは一生の恥。

 どうせ雑に動いて雁字搦めにされるなら、自分の考えで動いてやろうじゃないか。

 そう考えたホロウは徐ろに周囲に突き刺さる矢を片っ端から銃で破壊する。

 

 「お姉ちゃんもたまには冴えてるじゃない。伊達にノインの相手してないわね」

 「そっちも断ち切ったみたいだね。さー、他にも手があるのかな?」


 ホロウの精一杯の自慢げな顔も今は聖骸布によって覆われている。

 イズも顔は見えないが、それなりに誇らしげな顔をしていることだろう。


 「……退こう。ボクらじゃ勝てない」

 「了解。貴方の指示に従うわ」 


 臨達が武器を納めて、撤退しようとした時に、ホロウは罪纏を解除して声を掛ける。


 「待って。私に話があるんでしょう?言いたいことがあるなら聞くよ」

 「……いや、今はいい。また何処か出会った時にでも」


 そう言った臨の声色は昔と同じ優しさを含んでいた。

 ホロウがそっか、とだけ言うと臨と依音はいつの間にか消え去ってしまっていた。


 「良かったの?」

 「どうだろうね。ほんと難しいや、自分で決めるって」


 ホロウは自分の選択が本当に正しかったのか、正直自信はない。

 ただ、それでも考えることは辞めない。正しかろうと正しくなかろうと。

 自分の人生の選択肢を他人に委ねたくはなかった。


 (怪我はさせていない筈だけど、大分糸を消費してた……大丈夫かな)


 完全に凍結させたはずの、かつての友への思いは未だに冷え切ってはいなかったらしい。

 もとに戻った黒いドレスを翻し、ホロウ達は黒いラナンキュラスを添えた墓を後にする。

 決別とは言い難い、甘くもほろ苦い分かれの挨拶を済ませた二人は、もう此処に用は無い。



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