【Ex】#1 亡骸なき墓前にて
「一体何考えてるの?首謀者が墓参りとか……おかしいでしょ」
「それでも、例え私達の顔見知りでなくとも。墓前に華を添えるくらいは許されるでしょう?」
葵琴理を拉致し、命を奪おうとしていた蒼の区域での事件が起きてから早一ヶ月ほどだろうか。
ホロウ達が知らない間に、どうやらブラゥの外れに葵琴理の墓が建てられているという話を聞いた。
葵琴理はこの世界においては類稀なる鍛冶師の才能を持ち合わせた天才だった。
そんな彼女は人間──人工的に作ってはいけない兵器を作り出してしまった。
それが疑似ヰデルヴァイスと呼ばれるものだ。超常的な力が込められた武具。
──例えばそれらは。
生物と同等の知性が込められた装身具『アナト』
射る矢に触れれば、たちまち腐蝕させる能力を塗布する弓『スパクトロギア』
一度投擲すれば、必ずもう一振りの元へと還る二振りの刃『Crime&Panishment』
魔術を介していないのに発せられる特異性を持っている武具は、非常に脅威的なものだった。
大半のヰデルヴァイスは、中央管理局や、その他の組織が抑止力として所持していることが多かった。
各組織が持っているヰデルヴァイスを持ち出せば、お前たちを滅ぼすことだって出来るんだぞ、と。
以上の観点から、ヰデルヴァイスというのは常人が持ち出すことは早々ないが、一度振るえば、周囲や他者に大きな影響を及ぼすものだとされてきた。
(けど、その禁忌を破った存在が現れたんだよね)
ただ、稀代の天才──鍛冶師の才能に溢れていた葵琴理がある日、人工的に作り出してしまった。
それが疑似ヰデルヴァイス第一作──「罰槍ジェルダ」と後に呼称されるものだ。
絶大な殺傷能力に、所持者の祈りによって自身の体の傷を忽ち回復させるそれは、魔力消耗もなしに成し得て良いものではない。
しかし、その罰槍ジェルダにも欠点があり、生物を殺めるたび、傷を癒やすたびに、より他者や自身を傷付けたいという欲望が膨れ上がっていくというものがあった。
更に、その得物が「エラー」──結白虚華の手に渡ったせいでよりややこしいことになってしまった。
此処で語ると長くなってしまうので割愛するが、お陰様で葵琴理が生きていること自体が罪だと認定されてしまったのだ。
(そうして起きたのが、葵琴理の拉致。しかも主犯者は……)
鎹里乃。第四五代目蒼の区域長に就任していた女性だ。第四二代蒼の区域長、鎹麗奈の娘だ。
彼女の話も語ると長い。苦しい半生を過ごしてきたのだろうが、それでも葵琴理の指名手配の後に、公開処刑をしようと企んだのは悪手と呼ばざるを得なかっただろう。
「何かわたしの事でも考えてる〜?そんな顔してるよ、魔弾ちゃん〜」
「別に考えてないよ。別のことを考えててさ」
ホロウが「歪曲の館」にある自室のベッドで寝っ転がっていると、隣から女性の声がする。
知らない間に侵入してきたホロウを「魔弾ちゃん」と呼ぶ女性は思いっきりベッドを跳ねさせる。
「ちょっと、里乃。痛いってば……今考えごとしてるんだから、忘れちゃうでしょ」
「え〜。何を考えてたか教えてくれるまでベッド揺らしまくるよ〜?」
本当にぽよんぽよんと揺らしてくるせいで頭の中で考えていたことが抜けそうになる。
しょうがないなぁと重い身体を無理やり起こすと、無邪気な笑みを浮かべていた里乃の方を向く。
「……ちょっとね、琴理の事を考えてた。さっきそんな話になってたから」
相変わらずの猫撫で声でホロウに媚びるような声で話しかけてきた件の女性──鎹里乃はいたずらっぽい表情から一気に顔から感情が抜け落ちる。
「それって、魔弾ちゃんの?それともわたし達の?」
「今回はそっちのかな。ほら、お墓が出来たって話、聞いたでしょ?」
里乃はあ〜と随分やる気のなさそうな相槌を打つと、再び顔に表情が戻る。
彼女は彼女で感情の起伏が激しく、尚且つどう言えばこうなるという予測もしにくいせいで、対応が難しいとホロウは感じているのだが、彼女はまだマシな方だ。
マシじゃない方は未だに白から出ることすら叶っていないのだろうなと苦笑せざるを得ない。
「聞いてるけど、わたしには無縁かな。どうせ蒼には帰れないし」
「……あー。確かにそうだったね。ランディルさんが追放処分したもんね」
里乃の後釜に据えられたのは、中央管理局の職員、オルテア・ランディルという冴えないおじさんだ。
オルテアとは一度だけ、会ったことがあるのだが、彼もまた得体のしれない恐ろしさを内包していた。
そんなオルテアは里乃を蒼からの永久追放のみで処刑などは一切しなかった。
最終的は被害者は葵琴理一人だけというのが大きかったのだろう。それも里乃が殺したわけじゃない。
全ての罪は「七つの罪源」が被ったのだ。殺した後に、死体をこちらで持ち帰ることによって。
その亡骸は現在、禍津の手によって蘇生を試みている。勿論、この世界の琴理ではなく、ディストピアに生きていた琴理の人格を宿しての蘇生だ。
こればっかりは彼にしか出来ないことであり、それもかなり時間が掛かると言っていたので気長に待つしか無い。
ホロウはホロウなりの蘇生方法を見つけなければならない。そうしないと、雪奈は帰ってこない。
彼女が課した課題はそう簡単に解けそうにない。これは生涯を掛けて解く課題にしておこう。
「そ。だからわたしは行けないし、そもそも行く気もないよ」
「そっかぁ。じゃあ私だけで行こうかな」
ホロウがそう呟いた途端に、ベッドの下から「なんてこと言うの!」と聞き覚えのある声がする。
もうそこから出てくるのはギャグでもやらないんじゃないかと呆れ半分でホロウが下を覗くと、案の定そこにはイズが居て、視線があった途端、いそいそと出てくる。
「私も行くわ。お姉ちゃん一人で外に出るなんて危ないもの」
「……うん」
「もうツッコむの放棄してるじゃん。笑っちゃうよね〜」
勝手に笑っててくれ、気にしていたら身が持たないのだ。害がないだけマシな筈なのだ。
そう思い込んでいないと多分声が嗄れてしまう。
ホロウが着替えている中、里乃とイズが談笑しているし、部屋主が出ようとしているのに未だにベッドに寝っ転がってる奴を部屋から追い出すと、イズを連れてブラゥへと向かう。
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今日のホロウはいつもの探索者のローブに着慣れた軽装甲ではなく、黒っぽいドレスを身に纏う。
一応、靴だけは履き慣れているものにしているが、どうにも動きにくいと感じながら歩く。
左手の薬指に付けている指輪に魔力を注ぎ、転移場所を指定する。ブラゥから少し離れた小屋だ。
此処であれば、誰かに転移魔術を見られることもない。目的地までは少し歩くが、問題はない。
(先客でも居たのかな……?なら早めに御暇しないとダメだね)
話に聞いていた場所へと辿り着くと、そこにはいくつかの花が添えられている小さな墓があった。
ホロウとイズも小さいながらも、琴理が好きだった花を数輪買い、花束にしている。
竿石には葵琴理之墓と掘られている。随分と質の良い掘り方だ。きっと、オルテアがこの街随一の彫師にでも頼んで作ったのだろう。それだけの技術力で掘られているものは、そう見かけない。
亡骸もなく、眠っているわけでも無い墓前に、ホロウは何も言わずに花を添える。
「別に貴方が死んだ事を悼んでいる訳じゃない。それでも、こうして花を添えるべきだと思ったの」
「様式美って事……なのよね。私も添えておきましょう。あの子が好きそうなこれを」
イズは空いている花立てに黒いラナンキュラスの花を添える。
かつての琴理が好きだったその花を、彼女が好きなのかは知り得ないが。
軽く手を合わせ、祈りを捧げる。もう二度と目が覚めないことを、帰らぬことを祈りながら。
「帰りましょうか。長居するべきじゃないでしょうし」
「そうだね、思ってたより此処は寒いもんね」
最後に一礼だけし、その場を立ち去ろうとしたその時だった。
何かが此方に飛んでくる音がするので、ホロウは急いで身を捩って回避すると、自身が立っていた場所に黒い短剣が数本突き刺さっている。
見覚えのある短剣だ。暗殺者や短剣使いは自身の用いる短剣に、自身が殺したのだと見せびらかすように意趣を凝らしていることが多いのだが、此度の短剣も非常に特徴的だ。
シンプルながらも、可憐さに絢爛さも携えられているそれは、此処に来る筈のない者のものだった。
「久し振りだね、虚。こんな場所で会うなんて思わなかったけど」
「……臨、それに出灰さんって呼べば良いのかな」
すぐにでも投擲できるように構えている彼は、臨戦態勢と呼べる体勢だ。
後ろには心神喪失状態にでもなっているのか、虚ろな表情のまま此方を見ている依音が立っている。
ホロウには見覚えのない黒いドレスを身に纏っている彼は、花束の中にも仕込んでいるのだろう。
呼吸を整えて、ホロウは臨を見据える。その瞳に映るのはこちらの首を狩らんとする狩人の顔だ。




