【XII】#20-Fin 猛る罪に紛れる偽り
体に染み付いた習慣のせいなのか、ホロウは朝方には目が覚めていた。
今の身体とは別の身体での疲労ではあったが、どうやらそれが尾を引いているらしい。
身体のあちこちが痛いし、何故か消耗していた魔力も完全には回復しきってはいない。
久々の自分の身体を使い方を確認するかのように、ホロウはいつもの格好に着替える。
(それでも身体は動きそうだし、どうしようかな)
レーヴァに来た本来の目的は、まだ見ぬ二人の仲間を探す為ではあるが、火急ではない。
改めて雪奈の墓参りに行った後は、色々この街を調べる必要がありそうだが、その前にしておかないといけないことがある。
それが、イズやノイン、アティスへの無事を報告することだ。自分が戻ったのは緋浦家の墓標の前だが、そこには魔導具は愚か、誰一人として居なかった。太陽の位置も随分と変わっている。
その時点で、ある程度の時間が経過している可能性を思考に入れておく必要がある。
「さて、みんなは何処に居るのかな。一旦戻るのも選択肢の一つではあるけど」
ホロウはうーん、と唸りながら鞄の中を改めて確認する。
連絡に使用する簡易魔術紙は切らしていた。そもそも使う予定すら無いモノだったから、置いて来てしまっている。
ひとまずレーヴァの町並みを確認するためにソファに腰掛け、鞄の中にあった地図を開く。
「うーん、やっぱりある程度というか、殆どあの5日間で歩いたのと一緒だね」
「あ!!居たわよ!ノイン!!」
「はいは〜い、それじゃ魔弾ちゃん。お縄についちゃえ〜♡」
突如、宿の窓が破られて見覚えのある二人──イズとノインが押し入ってくる。
驚いて目を丸くして二人の侵入を眺めていたホロウはノインの創造魔術で作られた縄で捕縛された。
人間(既に辞めているが)、本当に驚くと何も言えないんだな、と思いながら二人のやり取りを眺めていると、イズがびしぃっとホロウ目掛けて指を指してきた。
「もうこれで勝手に何処かに行かないわよね?身勝手な真似しないわよね?」
「……えーと?ねぇ、里乃。これどういう状況?」
縄に縛られたホロウにしがみつき、強烈な力で締め上げられているせいでかなり苦しいが、なんとか助けてくれないかと、ノインに視線を向ける。
ノインこと里乃はホロウの言葉に、うーん、と随分と楽しげな表情で少し悩んだ後に唇を三日月形に歪ませる。
「多分、愛が爆発したんじゃないかな〜?妹ちゃんの魔弾ちゃんに対するあ・い♡が」
「えぇ……?こうなった経緯、教えてくれない……?」
「むぅ、私を差し置いて泥棒猫と話すなんて、イケないお姉ちゃんね……ふふふ」
なにやら怪しい笑みを浮かべているイズの瞳はハイライトが消えており、妙に坐っている。
このままだと、ムチを取り出して、ホロウの身体をぼろぼろになるまで叩いてきそうで怖い。
状況を理解出来ていないホロウは顔を真っ青にしながら、必死に里乃に対し、目で助けを訴える。
しかし、この状況を楽しんでいる里乃は何処からか取り出した飲料を飲みながら、微笑ましく二人のやり取りを見守っている。
(駄目だ、この場に私の味方が居ない……敵と敵だ……地獄だぁ)
何故か窓から二人は入ってくるし、縛り上げられた挙げ句、抱き枕にされている。
この世界にカメラや映像記録系の魔導具が安価で普及してなくてよかった。
こんな物を後から見せられたら、イズの精神が崩壊してしまってもおかしくはない。
諦観の念を抱きながら、ホロウは里乃に向けて、窓の方へと視線を向ける。
「早めに直しといた方が良いかもね〜。さっき激しい音したから、そろそろ女将さん来るんじゃない?」
さっきから随分と楽しそうだが、此方は全く楽しくない上に、窓の修理代など払いたくもない。
女将がそろそろ来ることが分かっているなら、早くこのへばりついている自称妹を何とかしてくれないと、直せるものも直せないでしょうが、と心で訴えかける。
ホロウの気持ちが届いたのか、仕方有りませんなぁと半ば呆れ状態の仕草を見せた里乃は、イズの首元を思い切り手刀で殴りつける。
「ひぃあっ!?」
「わたし達のせいで窓壊れたし、これくらいはしとかないとね〜。さ、魔弾ちゃんはよ直して♡」
自分で直せと言いたい所ではあるが、ひとまずは自分で直しておこう。
後で覚えてろよ、二人共。絶対このお礼はしてやるからな、と半ば恨み節を吐きながら“嘘”にて窓を直し、宿屋の女将が来た際にも、適当に嘘で誤魔化した。
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第一回女将襲撃戦を無事、乗り切ったホロウは胸をそっと撫で下ろしてから、改めて里乃と対峙する。
状況がさっぱり理解出来ないことが起きているのは承知だが、何がどうなればイズがこうなるのか。
ひとまず、近くに備え付けられていた紅茶を淹れて、里乃の前に差し出す。
「ん、ありがとぉ。レーヴァの紅茶って癖がなくて美味しいんだよねぇ」
「でも、今ってほぼ閉鎖してるせいで、赫原産のものって流れてないんだよね?」
「一般的にはそうかもね。でも定期的にカネに困った奴が物資持ち出して横流ししてたせいで、それなりの物はこっちでも出回ってたかな〜?」
「街の様子を見るに、大分貧困層が多いみたいだもんね……酷い有様だよ、本当に」
ホロウが直した窓の様子を見るついでに、外の景色を眺めると、外で二人が罵声を浴びせ合っている。
どうやら、片方が食べ物を盗んだなにかの疑いを掛けているが、もう片方が盗ってないと言い張っているらしい。服装を見るに、大分このレーヴァの中でもスラム街よりの人々なのだろう。
こういうやり取りは民衆が飢えているからこそ起きるものであり、白や蒼では見られないものだった。
あまりにも煩いので、カーテンで窓を遮って、視線を里乃へと移す。
怒りはもう収まったが、今はあまりにも情報が足りていない気がしてならない。
「で?一体、何がどうなったらこうなるのよ」
「それよりも、まずはおかえり〜。よく帰ってこれたねぇ〜?」
相変わらず気の抜けるような、此方のことを値踏みしているような話口で、里乃は笑顔で肩を叩く。
「うん?ありがとう。一つ聞きたいんだけど、持ってるんだよね?私が閉じ込められた本を」
「へぇ……。どうして分かったのかな〜?」
先程までの朗らかな雰囲気は一気に消え去り、周囲には緊張感が張り詰める。
自分で言っておいて何だが、なんで空気がひりついているんだろうか。ホロウとしては、もし中身を読んでいたとしたら、どんな内容だったのか。他にも何か情報が聞ければいいと思っていたのだが。
普段は朗らかで妖艶さを時折孕んではいるが、協力的な彼女も、何か思う所がある際はこうして一気に周囲の空気ごと歪めてくる。
「別に?その場に無かったし、私が幽閉したかもしれない魔導具を放置するとは思えなかったんだけど……。もしかしてアティスさんが持ってたりする?」
自分で言っておいて何だが、それはないだろうなと思っている。
研究者であり、探求者でもある彼女がそんな面倒事を引き受けるとは思えない。
あまり話したこともないし、そこまで詳しいわけでもないが、きっと彼女ならイズや里乃に任せていただろうなと踏んでいる。
案の定、ホロウの問に里乃は首を横に振る。
「魔弾ちゃんの言う通り、一応わたしが持ってるよ。中身も一通り目を通してある。なんなら此処で情報交換しておこっか」
「そうだね。お互い分からないことが多いだろうし」
未だに目が覚める気配のないイズをベッドに寝かせて、里乃の持っていた魔導具に手を触れる。
『赫の悲劇の真相』──この本に描かれていた内容を、自分なりに噛み砕いて話すことにした。