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【XII】#18 幾星霜と重ねた殺しであっても


 次の日、イスラがホロウの同行を二つ返事で了承したので、この街で用意できる出来る限りの準備を整える。

 目的地は緋浦雪奈の暮らしている区域長宅だ。彼女ら「緋色の烏スカーレット・レイヴン」の目的はあくまで緋浦雪奈ら緋浦一家の暗殺である。

 何故彼女達を殺そうとしているのかも、ある程度は先程のイスラが起きるまでの間に聞いている。

 どうやら、この世界では赫の区域での人間種における優先度の高さが他種族から問題視されていると言う事が話題に上がっており、それらを解消するための交渉などを全て緋浦家が突っぱねたとの事になっているらしい。

 其の為、強硬手段を取ることになった「緋色の烏」からイスラとアズラが執行メンバーとして参画することになった、という流れだ。

 以前、フィーアに置いて、アスライスラと邂逅した際はとても暗殺者には思えない戦闘スタイルに加えて、戦闘力が桁外れだった事が未だに印象深く記憶に焼きつけられている。


 (別にこの二人なら暗殺というよりかは予告状でも渡して、正々堂々殺しても良い気がするけど)


 非常にぶっ飛んだ考えを抱きながら、ホロウは「隠密」の簡易魔術紙を作動させる。


 「おぉっ。オレらは簡易魔術紙使えねーんだけど、虚華は使えるんだな」

 「魔術があんまり得意じゃなかったから、これだけは使えるようにならないとなーって、物凄い練習したんだよね」


 アズラが興味津々でホロウの「隠密」を使用しているところを見ていたせいで、ホロウは少しだけ気恥ずかしそうに照れる。

 ディストピアにも同じものがあったお陰で、ホロウは何度も簡易魔術紙を無為にしながら鍛錬を積んでいた。

 それを使うぐらいなら、ちゃんと自分だけで魔術が使えるようになりなさいと、何度依音から口酸っぱく言われていたか。今でも、昨日のように思い出せる。

 魔術を使えるようになることが出来ないと思い込んでいたあの時は、変な方向の努力を積み重ねていたのだが、結局は努力を重ねれば重ねるほど、何かしらの成果が得られる可能性が高くなるという事を知れたのは本当に良かったと思っている。

 アズラとホロウがアジト内で雑談を交えながら魔術を使用しているのは、イスラの準備が未だに終わっていないからだ。

 あぁ見えてかなり背中の翼や、各関節部分などには毎日手入れをしないと直ぐに錆びつくらしく、こういう大事な行動の前には時間を掛けて準備するとのことだった。

 ホロウは幸い、待つことは慣れているので、苦ではなかったが、アズラが退屈が嫌いなようで、ずっとホロウに話しかけてくるのだ。

 

 「そっか。じゃあ本来の虚華はそれなりに魔術は使えるのか?」

 「属性に偏りはあるけどね。闇とか呪ならある程度は網羅してるよ」


 ホロウがあっけらかんと言った言葉に、アズラは目を開いて驚いた表情でホロウに詰め寄る。

 あまりにも鬼気迫る雰囲気のせいで、とっさに後退りしてしまう。


 「お前……闇とか呪って適性がかなり()()()()()って事だよな?普通得意属性で上げるもんじゃねぇぞ」

 「うーん。他の人にも言われたけど、他の属性はあんまり上手くいかなかったんだよね……。だから使えないものとか、道具で補えそうなものは大体簡易魔術紙とか魔導具で補ってるんだ」


 火球を飛ばすとか、風の刃を生み出すとか。そういった基礎的なことは出来るが、それらを応用した魔術は未だに練習中だ。魔術師からすれば入門も良いところだが、中々実を結ぶ様子は見られない。

 眉を下げて困った表情でそういうホロウを、アズラは首をブンブン振りまわしている。


 「おいおい……珍し過ぎんだろ。絶対相手にしたくねぇわ……おー怖い怖い」

 「あ、あはは……。そうだね。私も可能なら敵に回ってほしくないなぁ」


 一応、今の所は完全に敵対こそしていないものの、味方にはなっていない微妙なラインだ。

 そんなアズラですら、闇や呪はほぼ使うことはないと言い切っている。

 普通の魔術からすれば非常に習得が難しいとされている、闇、呪のカテゴリを習得できているのは非常に大きなアドバンテージだ。

 例えばだが、ホロウにとって負傷はデメリットではない。むしろ戦況を優位に動かせることが出来る可能性が上がっていく。

 そんな彼女を相手にするのは確かに危険だと言える。下手をすれば、瞬殺されることだってあり得る。

 魔術だけに気をつけていても、魔術結界で防ぐことの出来ない銃や、本来は使用できないとされていた魔術を突如、簡易魔術紙や魔導具で使用されることだってある。

 以上の観点から、ホロウを相手取るのは危険だと警鐘を鳴らしている者もそれなりに居る。

 本人は全く知らない上に、自分を弱者だと思っているので、それもまた危ない理由なのだが。

 

 「お待たせしました。む、随分と親しげに話していたようですが。何の話を?」

 「あぁ、ちょっとだけ私の元の身体の時の話をしてたんだ。イスラさんを待ってる間に」


 ふむ、と呟いたイスラはホロウへと急接近する。アズラといい、どうして二人共急に距離を詰めるのか。

 あまりパーソナルスペースが広くないホロウは、少しだけ後退りして、イスラの急接近を躱す。


 「もう間もなく、作戦開始予定時刻です。標的は緋浦一家の殺害です。世襲制の一家を殺してしまえば、自ずとこの区域の空気も変わることでしょう」

 「あ、ちょっとだけ質問いい?」


 イスラの言葉に被せるように、そう聞いたホロウのことを二人はお互いの顔を見やるが、どうぞ。とイスラが言葉を促す。

 ホロウは感謝の意を示した後に、簡潔に訊ねた。ずっと聞きたかった一つの質問を。


 「私はこの区域に来てたった5日だけなんだけど、この区域の空気ってそんなに悪かった?イスラさんアズラさんから見て、何故彼女達を殺そうとしているのかって、教えてくれたりは……」

 「確かに。此処の区域だけを見ていれば、壊す必要はないのかも知れません。ですが、今は時間が有りません。一連の作戦が終わり、貴方に時間が残されていれば、お話致します」


 イスラの瞳には、信念と確信が感じ取れた。

 恐らくではあるが、何か思うところがあるのだろう。もう間もなく、日が昇る頃合いだ。

 季節は冬であり、本来であれば重厚な上着を着ないと寒い筈だが、此処はあちこちから温泉や溶岩が溢れ出している灼熱の都市「レーヴァ」。

 薄手ながらもそれなりに丈夫な装備を着込み、飛行技術にて目的地へと向かう二人をホロウは地上から追いかける。

 流石に今から魔力を消耗する訳には行かない。借り物の身体では思うように魔術も使えない。


 (それでも逃げないって、見届けるって決めたから)


 底なしの体力を有する幻想義体を用いてホロウは一人、雪奈が居る屋敷へと向かう。



 ____________



 「な、何が起こってやがる!?屋敷内に侵入者!?ちっ、お父様お母様だけでも……」

 「そういう訳には行きません。貴方方は一家郎党(みなごろし)にする必要がありますから」


 足早に辿り着いていた機械仕掛けの天使(マキナ)は既に雪奈と接触を図っていた。

 というのも、この人物が一番異常事態に対する察知能力が高いからだ。今は殺しはしないが、騒がれては困る。

 十二歳の子どもが使うには、些か過剰な機能が搭載されている雪奈の私室をずたずたに破壊すると、イスラは詠唱を開始する。

 イスラは白い魔法陣を複数展開し、雪奈の身体を拘束する。

 腕、足、口元を拘束された雪奈は、それでも尚イスラを睨みつけていたが、睥睨しているイスラを見て、流石に一歩怯む。

 

 「御心配なく。貴方の事は最後に殺しますから」

 「んー!んんんー!!(全然安心できねーよ!クソがぁ!)」


 拘束のせいで何を言っているのかは分からないが、どうせ碌でもないことを口汚く言っているのだろう。区域長の娘とはとても思えない。

 イスラの仕事はひとまず終了となる。後は虚華とアズラが区域長と副区域長を殺害した後に、雪奈を殺せば無事、任務は完了する。

 ふぅっと一息吐き、窓の外の景色を眺める。豪華な屋敷から見る景色は非常に美しい。

 もう時期夜も明け始め、空には太陽が昇る。彼女達が死ぬことによって、レーヴァに新たな夜明けが。

 カツンカツンと聞き覚えのある足音に、イスラは注視していると、そこには見慣れた黒髪の女性が頬に血痕を残しながら、無邪気に笑っていた。

 

 「緋浦区域長と副区域長は」

 「あぁ、殺しておいたぜ。ぐっすり眠っている辺り、お勤めご苦労さまってトコだな。しかも殺ったのは虚華だ」


 あぁ。その言葉を此処で言われてしまうのか、とホロウは自身の選択の甘さを悔いる。

 後ろから出てきたホロウを、雪奈は信じられないものを見るような目で見ている。

 それもそうだろう、自分は親殺しの敵であり、その上で全然違う風体で友の名を騙る大罪人だ。

 この身体では上手く殺せなかったせいで、返り血をかなり浴びてしまった。黒いフード付きコートを脱ぎ捨てると、イスラに口元の拘束を外すようにお願いする。


 「別に構いませんが、もうこの屋敷内に人は?」

 「もう誰も居ない。鏖殺(みなごろ)しにしたから」


 雪奈の目の色が更に変わる。それもそうだろう、自分が同じ立場であってもそうだ。

 憎しみと自身の無力さによって、気が狂いそうになる。だが、逆の立場、奪う側は悪くない。

 芽生えてはいけない感情だと知りつつも、ホロウは笑顔で雪奈の顔を覗き込む。


 「こんばんは、はじめまして。結代虚華って言います。まぁ、はじめましてでもないかな」

 「お前は……、あたしに何の恨みがあって……、こんな事を」


 母と父、そして身の回りの使用人達を虐殺されても尚、これだけ話せる雪奈の胆力には脱帽といった感情しか芽生えない。

 彼女はこの時、十二歳にも関わらずだ。盗みを繰り返し、その日を生きるために必死に藻掻いていた自分とは住む世界が違うのに。

 かつての仲間と同じ顔をしているが、彼女はホロウや虚華の仲間じゃない。

 そう思い込むだけでも、随分と自分の心が楽になる気がした。


 「恨みなんて無いよ。簒奪者にはそんなもの……ね」


 ホロウはにこやかな表情でそういうと、雪奈の顔が真っ青になる。

 ようやく自分も殺されるのだと、気づいたのだろうか。だが、時すでに遅し。

 懸命に地面を這いずり、逃げようとするが、この部屋の中にもう逃げ場はない。


 「月よ星よと育てて来て貰ったんだろうね、羨ましい。……今からお母さんのもとに送るからね」

 「やめろ……止めろ……あたしが何したっていうんだよ!」


 かつてのホロウも同じことを言っていた気がする。

 そして、同じように奪われていた。仲間も家族も、大切なものは全部持っていかれた。

 同じ轍を踏むことは正直、ゴメンだが。今回はあくまで追体験の場だ。知らねばならない。

 この物語の作者が、何を伝えたいのか。其の為には悪役(ヒール)にだって、大罪人(ヴィラン)にだってなってやる。

 怯え、強がっている雪奈の首元に、血のついたナイフを押し当てる。


 「自分で死ぬか、私に殺されるか、選んで。そんなには待たないよ」

 「……っ」


 雪奈はホロウの言葉を聞いて、少し悩んだ結果、己自身で頸動脈を斬り付けて死に絶えた。

 どうやら、親子揃って、考えることは一緒だったらしい。

 誰一人として手を直接下すことなく、この場にホロウ達三人以外が息を引き取った。


 「終わりましたね、これで平和になるのでしょうか」

 「さてな。オレらは撤退して、小さい祝勝会でも……あ?」


 完全に終息ムードだった三人の雰囲気を破壊したのは、外から聞こえた爆発音だった。

 窓を開け、外を覗き込むと、昨日まで美しかったレーヴァが火球や、雷矢などの攻撃魔術であちこちから火が昇り始めている。

 気が動転したのか、アズラが上ずった声でイスラの肩を掴み、乱暴に揺する。


 「お、おい!あれも作戦なのか!?聞いてねぇぞ!」

 「どうやら交渉決裂したようですね。状況を確認しに行きましょう。虚華殿も構いませんか?」

 「勿論っ。私が私であれる間はっ!」


 三人は急いで、館を飛び出し、状況を把握するべく、街へと繰り出す。



 

 赫の悲劇は、もう始まってしまった。

 

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