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【XII】#16 最期の夜に思いを馳せて


 ホロウが最初に向かったのは、かつて氷空(ソラ)と一緒に向かい、開けることが叶わなった扉。

 「被妄曲馬團(パラノイド・サーカス)」のアジト、此処にはきっと彼女が居る。

 徐ろに重厚そうな扉をノックする。中指を折り曲げて叩く形のもので、中まで響くかは分からないが。


 『誰かと思えば、コケちゃんじゃん。こんな時間になした〜?』


 魔術で作られた幻影が映し出され、そこには見覚えのある姿──ホロウが此処に来た理由が居た。

 この街で出来た数少ない知人(友人ではない)、想坂木槿だ。大分眠いのか、声も眠そうな上に、幻影は目を擦りながらあくびまでしている。少し申し訳無さを覚えながらも、ホロウはえへへと言葉を濁す。

 木槿は、桃色に近い髪色に、タレ目でおっとりとした顔からは想像もつかない話し口調、所謂ギャル喋りで他者を魅了している非常に快活な女性だ。

 非常に魅力的な話し方もあるが、温かいレーヴァらしく、自身のプロポーションを最大限活かすような、華美かつ、男性を魅了するような格好を見る度に少しだけ自分まで気恥ずかしくなってしまう。


 (というか、誰がコケちゃんだよって突っ込むべきだよね?そうだよね?許されるよね?)

 

 重ね重ね弁明する訳では無いが、別に羨ましくはない。他者を魅惑出来るような格好を平然と着れることも、その持ち前の明るさを兼ね備えたトーク力も。決して良いなぁなんて思ったことはない。本当に。

 そんな木槿だが、流石に時間が時間だからか、暖かそうなパジャマを身に纏っていた。


 「ちょっとだけ話したいことがあってさ。少しだけ時間くれない?」

 『別に良いけど……、外出るからちょい待ってて』


 急な来訪にも関わらず、嫌な顔ひとつせずに答えてくれた木槿の優しさと明るさに心の中で涙を流しながらも、暫く外で待っていると、重厚そうな扉が瞬時に消え去る。


 (あー……開くんじゃなくて限定的に消える感じなんだ……、この扉)


 出てきた木槿は、急ぎながらも最低限の身だしなみは整えられている。

 きっと、急に話したいって言った友達とか恋人とかの対応も慣れているのだろう。

 自分なら、きっと目を3にしながら、ボサボサの髪に寝間着のまま出ているはずだ。

 あまりにも差がある女子力に、目眩を覚えながらもなんとか頑張って笑みだけは取り繕う。

 流石に立ち話は何だということで、木槿はアジト内にある私室に案内してくれた。

 女の子らしい、部屋の中は想像以上に綺麗に整理整頓されており、随分と甘い匂いがした。

 

 「んで?こんな遅くにどしたの?」

 「えっとね……。なんて言えば良いのかな」


 ホロウが床に正座していたところを、木槿が座っていたベッドの隣に腕を掴まれて移動させられながらも、ホロウはなんて言葉を紡げばいいか、懸命に考えていた。

 本当になんて言えば良いんだろうか。明日で世界が終わるから挨拶しに来たなんて。

 色々言葉を考えてきたのに、木槿の顔を見てしまうと、それら全てが全部抜けてしまった。

 結局のところ、「被妄曲馬團(パラノイド・サーカス)」が何を目論んでいる集団なのかすら判然としない。

 一冊の本には『夢に敗れた者達が徒党を組み、暴徒と化す』と書かれていただけだった。

 色々考えたが、最後には理解しきれずに、今こうして会いに来てしまっているのだが、どうしたものか。

 どうせ、明日以降は会えない可能性が非常に高い。この世界から脱してしまえば、二度と。


 (後悔はしたくない。その一心で此処まで動いたのは、少しだけ軽率だったかなぁ)


 せめて何か、言い訳でも考えてれば良かったのになぁ、と心の中で自己嫌悪する。

 言葉に詰まり、部屋の中には沈黙が流れる中、気を使ったのか、木槿が口を開く。


 「でも、まさかコケちゃんが此処まで来るとは、さすがのあてぃしも予想外だったわ〜。なんか御飯食べる少し前くらいから尾行されてんなぁ〜とは思ってたケド」

 「……うん。想坂さん達が何をしているのか、気になっちゃって。ゴメンね」


 嘘である。本当は戎矢ゆかなが何をしているのか、気になったから尾行していたのだ。

 「ううん、あてぃしら友達っしょ?気にすんなし」と木槿は首を横に振ってくれている。

 内心、ホッとしたが、それと同時にゾッともした。流石にその段階から気づかれているとは思っていなかった。


 「ま〜、でも確かにゆかなが怪しさ満点なのも分かるけどね〜。てか、あの海棠氷空が精神生命体(エクトプラズマー)とかマジ未だに信じられね〜。アイツとコケちゃんは全然違うケド」

 「……私が付いた嘘だとは思わないの?」


 ホロウが恐る恐るそう聞くと、木槿は目を丸くした後に、大笑いしながら背中をバシバシ叩く。

 そこそこ痛いのだが、苦笑いしながらやり過ごしていると、呼吸を整え終えた木槿がスッと表情を消していた。

 

 「無い。海棠氷空がそんなイイ奴なら、レーヴァは平和だし?マジあいつ諸悪の根源。アイツに尾行されてるって思った時、マジどやって殺そっかな〜て考えながらご飯モグッてたし」

 「そ、そっか……。私は彼女のことを殆ど知らないから、分からないけど。ソラは悪い人なの?」


 ホロウの質問に、木槿はバツが悪そうな表情をしながら、視線をあちこちに動かしていた。

 自分もどちらかと言われると、分かりやすいと言われる人種ではあるが、彼女も大概な気がする。


 「良いか悪いかで言えば、極悪人っしょ。昔、あてぃしらの集団に居たんだけど、アイツが殺そうとしたせいで、あてぃしらまで指名手配されたし!あん時はマジ大変だったんだから……。マ、アイツが消えたお陰でギワク?も晴れた的な?」

 「殺そうとしたって……誰を?」


 ホロウは、状況が把握しきれておらず、ソラがかつて誰かを殺そうとしていたことすら知らなかった。

 つばをゴクリと飲み、木槿に尋ねると、木槿は少しだけ寂しそうな表情でこう言った。


 「緋浦雪奈。このレーヴァ擁する赫の区域、最高責任者である区域長の娘。海棠氷空はあろうことか、そいつを殺そうとしたの。ま〜?一応未遂だから釈放されたけど……」

 「そっか……。知らなかった」


 そら、知ってる訳ないっしょ、と一笑に付してくれたから良いものの、傍から見ればそんな奴と同じ顔の別人だったとしても、自分と話してくれている彼女の器の大きさには感謝を隠しきれない。

 その後も談笑を続けるも、ホロウは「被妄曲馬團」について聞くことは最後までできなかった。

 夜も更け、次に行く所があったホロウは、木槿に謝りを入れて、アジトを後にすることにした。


 「またね〜。コケちゃん。また長話しちゃったけど、もしかしたら、コケちゃんにもトークの才能あっかもね!」 

 「無い無い。あとコケちゃんでもないから……。あ、想坂さん」


 去り際、手を降りながらアジトへと入ろうとしていた木槿をホロウが引き止める。

 振り向いた木槿は、首を傾げるもその表情は優しいものだった。


 「明日!明日は何する予定?」

 「明日?……明日ね〜」


 実際に流れた時間なんて、もう覚えては居ないけれど、それでも彼女は答えるまでに時間を要した事だけは覚えている。

 どれだけ待ったのか、暫くしてから木槿はぼそっと小さな声でこう言った。


 「明日は良い日になるよ、きっとね。あてぃしが保証するから!」

 「……そっか。そうだね、想坂さんがそう言うならそんな気がしてきたかも。ありがと!」


 明日、何が起こるのか知っているホロウにとって、その言葉がどういう意味かは分かっていた。

 後悔だけはしたくない。そんな考えを持っていたとしても、それでも……。

 木槿の見せる満面の笑みに茶々など入れられる筈もなく。ただその笑顔を背に、その場を後にすることしか出来なかった。




 

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