【XII】#13 期待の裏には予想通りの虚しさ
「人に名を聞くなら、先に自分から名乗るべきっしょ?ま、いっか。あてぃしは想坂木槿。アンタは?名前、教えてよ」
どう答えるか悩んでたら朝になりそうだが、そうも言っていられない。
出会いたくない人物トップ5に入る人物に出くわしてしまった不幸を呪いながら、息を吐いた。
想坂木槿──「被妄曲馬團」と呼ばれる集団に属している一人で、桃色に近い髪色、タレ目でおっとりとした表情の割には、非常にハキハキと喋り、快活そのものとも言える。
非常に恵まれた容姿を最大限活かしている格好とも言える派手で寒そうな格好の彼女は、周囲の視線を恣にしている。
何度でも言うが、別に羨ましくはない。目立たない格好で目立たずに行動できる方が絶対に得だ。
「私は結代虚華。信じるも信じないも自由だよ」
意味合いはこうだ。お前が本物を知っていようが、知らないでいようが私は私だ、と。
それに、現実世界で実際に会う可能性だってあるのなら、尚更「ホロウ・ブランシュ」は使えない。
名乗ったホロウは木槿の様子を窺うが、木槿はぽかーんと頭空っぽみたいな表情で此方を見ている。
「えーと……、私、名乗ったけど。もう良いかな?」
「いやっ、良い訳ないっしょ!?まだ何の話もしてないし!」
暫くフリーズしていた木槿を置いて行方不明になったソラでも探そうかと思っていたホロウだったが、袖を思いっきり引っ張られて、引き止められる。
自分の服だったら怒りを覚えていたが、此処は本の中であり、幻想世界である。怒る理由にはならない。
「えーっと、話って何かな。初対面……だよね?私達」
「そうだけど……、違うし!顔を見るのは初めてだけど!」
それを初対面というのではないのだろうか。頭痛が痛くなる気がしてきたホロウはどうにかして、この場から早々に抜け出す手段がないかを模索するが、すぐに不可能だと気づく。
この木槿と名乗る少女は、見た目も中身もアホの子そのものだが、それでいて隙がない。
更には、被妄曲馬團のアジトへ侵入しようとした際の犯人が自分だということもバレている。
もちろん、彼女本人が気づいたのではなく、隣りに居たアティス──戎矢ゆかなが入れ知恵した可能性もある。
むしろそちらが本命だ。確証が得られない限り、脳死で決めつけることはないが、それでもこんなアホの子が実は超絶キレ者でしたなんて事があれば、もう自分の存在価値がないような気がしてならないレベルだ。
“嘘”も使えず、まともな魔術も使えず、運動神経や容姿は並程度、挙句の果てには銃すら使用できない今のホロウは正真正銘、ただのモブでしかない。
早くこの状況から脱したいのに、唯一の味方だと信じていた者は行方不明になるし、あちこちから敵なのかそうなのか分からない人が望んでもないのにやってくる。本当にどうなってるんだこの世界。
「……それで?私にしたい話って何?もう夜も遅いし、今度にしようよ」
「ふえ?もう遅い?まだ十時ぐらいじゃん!?寝るにはだいぶ早いっしょ?てか、コケちゃんそんな早く寝てるの?」
「誰が虚華よ!地味に博識な読み方すんな!きょうかだって言ってるでしょうが!私は寝れる時に寝ていたいだけなの!」
「あれ〜?そだっけ?メンゴメンゴ!てか、せっかくあてぃしがお話しようって言ってんのに、寝るなんて勿体ないじゃん!!人生損してるよ?めっちゃ損してるよ!」
コケちゃんと大変不名誉な渾名をつけられたホロウは流石に、こめかみに青筋が浮いてしまったのか、ノータイムで反論を繰り広げてしまった。
なんて言えば良いのだろうか。新手の面倒くささが眼の前の女性から溢れ出してている。
溢れ出す陽キャ感はイドルと同じなのだが、此方のことを一切鑑みない感じがぜんぜん違う。
(早く帰りたいなぁ……ソラの家って言うよりかは元のフィーアに)
「あーはいはい、分かった分かった。想坂さんは私と話したいことがあるんだよね。そこで良いなら話聞くよ」
ホロウは面倒さを押し殺しながら、すぐ近くのベンチを指差す。どうせそこまで長話はしないだろう。
それに、自分は口下手だ。はじめましての人とそんなに話すことなど出来はしない。
ホロウの反応を見た木槿は頬を思いっきり膨らませ、いかにも不機嫌そうな態度で、ホロウが指出したベンチに深く腰を掛けて、こちらへと手招きする。
「コケちゃんが誘ったんだからね〜?二時間は逃さないしっ」
「地獄だ……」
「聞こえてるしっ!」と木槿に窘められたホロウは、木槿の言葉にはいといいえだけで会話する作戦で、その場を凌ごうとしたが、木槿のトークスキルが思いの外、高いこともあり、最終的には自分から話すレベルまで親しくなってしまった。
これが陽キャか、これがお話ガチ勢かと心の中で感動しながら、ホロウは木槿との会話をつい楽しんでしまった。
しかも、会話を切り上げたのは木槿の方だった。
「ありゃ、もう二時間経ってんし、時間ってマジ秒で過ぎちゃうよね……、てか、コケちゃんはダイジョブそ?もう日付変わる頃合いだけど」
「はえ……。じゃあ此処らで御暇しようかな。随分久々にまともな会話した気がする」
「マ?なんでそんな事になったかも、マジ気になるし。けど、流石にもう夜も遅いし、また今度ってことで!」
「うん、そうね。またの機会があれば」
そんな機会など訪れない事をホロウは知っていながらも、少しだけ寂しげな表情で、手を振り、その場を立ち去っていった木槿を見守っていった。
姿が消え、気配すら感じなくなってから、ホロウは一度、拠点に戻ることに。
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扉の鍵を開き、電気をつけても、生物の気配は一切しない。
薄手の外套をクローゼットに仕舞い、ふかふかのソファに深く腰を掛ける。
この様子だとソラは返ってきていないのだろう。恐らく、この物語内では彼女が此処に帰ることももう無いと思っていたほうが良い筈だ。
普段は殆ど会話をすることがないホロウは、二時間も長話してしまったせいでだいぶ疲れ切ってしまっていた。
簡単に湯浴みだけ済ませ、寝る準備を済ませていると、呼び鈴が鳴る。
日付が変わり、もうだいぶ時間が経っている今頃になって、呼び鈴が鳴るのも不自然な話だ。
この世界に来てから、一度もない出来事に戸惑いながらも、居留守を使ってベッドへと潜り込む。
「こんな時間に呼び鈴鳴っても多分誰も反応しないはずだし、部屋には鍵も掛けてるし、防護用の簡易結界も掛けてあるから、出ないほうが安全なんだよね……」
ベッドに潜り込み、頭から布団をかぶって、今日一日の出来事を振り返る。
ソラが実は精神生命体で、今借りているこの身体はよくできた偽物。幻影義体であること。彼女の反応から見るに、この世界から脱する手段はどうやら時間制限だけではないこと。
更には元々禁じられていた重要人物たちとの直接的な接触も、しても特にペナルティはなかった。
物語の根底を覆された気分だが、残された時間は残り一日と少しだ。
もうまもなく、この世界において惨劇が繰り広げられる。そんな様子はとても無かったが、起きると言われてしまえばそれまでだ。
街中を歩いているときにも思ったのだ。あれだけ華美な図書館が、墓標になっていたり、大きなレストランや、病院などは徹底的に破壊されていた形跡が残されている。
しかし、現実のレーヴァでは残されていた建物も沢山残されていた。
「一体、どんな基準があって、破壊されているのか、破壊されていないのか、よく分からないや」
後一日で、理解できるのだろうか。謎が謎を呼び、深まる一方で味方は消え去った。
随分と普段より眠る時間が遅くなっているのにも関わらず、眠れないホロウは、ベッドから抜け出す。
「温かいミルクでも飲めば、多少はマシになるかな」
牛乳を加熱した物をマグカップに入れて、ちびちびと飲む。
空に浮かぶ惑星の角度的に、もう随分と夜も更けてきた。もうこれ以上は夜ふかし出来そうに無い。
「私は帰れるのかな。幻影義体に魂を入れただけの精神生命体の私が……」
不安感に苛まれながらも、眠りについたホロウは来訪者のことをすっかり忘れていた。
その忘却がどれほどの意味を孕んでいるのかすら気づけずに居た。