【XII】#12 決定的な相違に
夜になっても帰ってこないソラの帰りを、ホロウは微睡みながら待っていた。
明日には臨を遠くから観察するフェーズへと移行する事になっている。けれど、恐らくは接触しても、ホロウはこの世界から脱することは出来ないだろうと踏んでいる。
イスラとアズラと直接邂逅したのにも関わらず、ホロウはこの世界に残されたままだ。
しかし、混ても暮せど、ソラが帰って気配がない。時間も勿体ないことだし、外を散策しようか。
ホロウの知っていた時とは違い、治安は非常に良いと聞いている。簡易魔術紙もある程度は持っている事だし、時間にも限りはあるからと、ホロウは身支度を手早く整えて夜の街に繰り出す。
「あんまり夜の街を哨戒目的以外で歩くのは経験なかったかも」
今回も哨戒が行動理由に入っているのだが、あまり気にしていないホロウは、重厚なドアに鍵を掛けて街へと繰り出す。
昼間とは打って変わって、随分と落ち着いた雰囲気を漂わせているレーヴァは、本当に新鮮だった。
此処が後三日も経たずに廃墟になるのだと知っているのは、自分も含めてごく一部の者達だけだ。
蒼以上に他種族が楽しそうに過ごしている夜だと言うのに、どうしてこれを臨やイスラ達は壊そうとするのだろうか。この姿で聞いても軽くあしらわれるだけだから、詳しい話を聞こうと思えば、元の身体で再度接触する必要がありそうだ。
ブラゥに居た時は肌寒く感じていたが、レーヴァは地熱や活気の良さが相まって、随分と温かい。
それに、潮風も吹いてこないおかげで、髪の毛もベタベタしないのは非常に嬉しい。ブラゥに居た時間自体はあまり多くはないが、それでもシャワーや湯浴みをした回数は圧倒的にジアやレーヴァ、歪曲の館よりも多いのだ。あまりお風呂が好きではないホロウにとっては非常に大きな加点要素だ。
辺りを見回すと、ブラゥでもジアでも見ない種族の人々が和気藹々と暮らしている。
人間種を始めとして、機械種に、亜人種、蜥蜴人に、不定形種まで様々だ。区域によっては討伐対象に指定されているような者達まで、此処では平和に暮らしている。
みんながみんな、和気藹々と過ごしている姿を見ると、ホロウもなんだか少しだけホッとするような気がする。
時期が時期ではあったが、蒼のように中央管理局が多く出張り、周囲を威圧することもなく、白のように区域長らが他種族を排斥している気配もない。
それを踏まえた上で、ホロウはあちこちを見回しながら歩く。幸い、歩くのは嫌いじゃない。
「ますますこの区域が良い場所に思えてきちゃうんだけどなぁ……」
呑気に独り言を宣いながら、だいぶ薄れつつある記憶を辿りながら、雪奈が眠っていた墓標へと足を運ぶ。
あれほどまでに大きかったものも、恐らくはこの時代にはないはず。
彼女が死ぬのは二日後、それに突然の死を誰が知っていようか。あるはずのない墓標を確かめに歩いたホロウは、その場にあるものを見るために首を上に向け、それを見上げた。
非常に綺麗な図書館。建造されてから時間は経っていると思うが、それでも非常に美しい建造物であるそれは、とても墓標があった場所に建てられているとは思えないほどの荘厳さだった。
中に入ろうとしたその瞬間にソラが近くのベンチに置かれていることに気づき、立ち寄る。
「なんでこんな場所に居るの?」
「なんでって……あんな化け物が居たら、帰るに帰れないじゃないですの」
「そっか」とホロウがそっけなく答えると、先刻までは本に擬態していたソラが不機嫌そうに、ホロウの頭をペシペシ殴る。
それならそれで、助けてくれたって良いじゃないかと思ったホロウだが、ひとまずぐっと飲み込み、未だに頭を殴り続けるソラをそっと抱き締める。
これが一番手っ取り早くソラを丸め込める手段だと、最近学んだ。
「ねぇソラ。この図書館、すっごい綺麗だね」
「……?そうです……わね?まぁ区域長が気合を入れて建てたから当然かも知れませんわね」
なるほど、それでこの場所を墓標として誰かが作り変えた訳だ。
区域長や、雪奈に対する怒りはこの場所にも向けられ、見るも無惨に破壊されたのだろう。
しかし、それ以上に気になったのはソラの反応だ。二日後の惨状を理解出来ているのなら、もう少し物寂しい表情や声色を出してもいいと思うのだが、返ってきたのは、随分と気の抜けた返事だった。
何処か心此処に非ず、といった感じではあるが、此処で何をしていたのだろうか。
先ほど、帰るに帰れないとは言っていたが、何処で彼女達が訪れていたことに気づいたのか。
気になる部分は非常に多いが、こんな場所で長話していてもしょうがない。
「なんですの?わたくしに何か言いたいことでもあるんですの?」
「純粋に疑問に思ったんだよね。どうしてこんな場所に居るんだろうって」
「だから、家に危険人物が居たから離れたとさきほ……」
「違う、そうじゃないの」
ソラの言葉に、ホロウは語気を強めて言葉を遮る。
普段はしないような態度に、面食らったのか、ソラは何も言えずにホロウを見つめている。
「貴方は私と会った時、旅先案内人だって言った。それと同時に、自分が死んでしまえば、自分の身体を失うから、死なせる訳にはいかないんだって。そう言っていたよね?」
「…………」
実際にこの身体はソラのものだと、説明を受けていた。
少し前までは何も疑わずに借りていたのだが、つい先程、歩いていた時に気づいたのだ。
「私ね、あんまりこういう知識はないんだけど、多分、この身体……幻影義体って奴だよね。本当によく出来ている身体だけど、流石に疲れ知らずはまずいんじゃない?」
この身体、疲労を覚えるまでの時間が非常に遅いことに。ただただ鍛えているだけではない。
急にそこまで体力が無尽蔵になるわけがないと思ったホロウは、人間の身体を精巧に模した贋作だと踏んだのだ。運動不足気味で、体力に自身のないホロウでも此処まで出来てしまうと、身体を疑うのもしょうがない話でもある。
「なんですの、シミュラクラって。仮にそんな物、なんでわたくしが持っているのかしら」
幻影義体の話を出しても、ソラはケロッとしている。まるでそんな事がどうでもいいかのように。
その上で、ソラの不可解な行動だ。自分を死なせれば相当のペナルティがある筈なのに、それでもホロウの元に現れずにこんな場所に居ればおかしなって思ってもおかしくはない。
それに、ソラがどうしてそんな物を持っているのか、についてだが、一つ仮説がある。
本来の人間には出来ない可動域で腕を動かし、自身の仮説が正しいことを確認しながら、本を見る。
「ソラ、貴方は多分精神生命体……だよね。だから本にも寄生出来るんでしょ?」
「……流石に元の身体を貸してたら気付きますわよね。えぇ、貴方の言うとおりですわ」
ならば、辻褄が合う。身体を簡単に人に貸せる。それでいて自分は別のものに間借りできる。
そんな種族は実態を持たずに、精神体だけで生存することが可能なのは、精神生命体くらいだ。
正直、ソラに対して怒りは一切覚えていない。むしろ感謝しているくらいだ。
迷い込んだ自分に身体を分け与え、残された時間を自由に使わせてくれていることにも感謝している。
(でも、どうして私を助けてくれたのかも分からないし、今回見捨てたのも分からないんだよね)
動機が分からないからこそ、理由が知りたいのだが、話してくれそうにない。
それどころか、彼女と話せば話すほど、謎が深まっている。どうにも腑に落ちない箇所が多すぎる。
聞いても答えて貰えないのなら、自分で答えを探すしかない。
「で?わたくしが精神生命体で、何か不都合でも?それともその身体、もう返してくれるんですの?」
「多分、そうしたくても相互的に不可能なんじゃないかな。だから、諦めてるんでしょう?」
「……何が言いたいんですの」
「簡単な話だよ。機械仕掛けの天使と白髪の悪鬼に殺されてしまえばいいって思ったから、私一人にしたんでしょって。結果的に殺されることもなかったんだけどさ」
図星だったのか、ソラは全力で本の身体を羽ばたかせて、何処かへ行ってしまった。
もう追うつもりもない。きっと、追いかけて捕まえた所でもう旅先案内人の役割など果たしてはくれないだろうから。
「あーあ。フラレてやんの〜」
「……?貴方は……?」
何処かで聞き覚えのある軽薄な声が、図書館の方から聞こえてくる。
流石にこの場所で長話をしすぎただろうか。声の主に軽く会釈し、その場を立ち去ろうとすると、「ちょい待ち!あてぃしはあんたに話があんの」とホロウの腕を引っ張って引き止められる。
見た目も最近の流行にでもなっているのか、随分と薄い格好で華美だと言わざるを得ない。
髪の毛も動きにくそうだなぁとホロウが見ていると、声の主が不機嫌そうに此方を指差す。
「人に名を聞くなら、先に自分から名乗るべきっしょ?ま、いっか。あてぃしは想坂木槿。アンタは?名前、教えてよ」
どう答えるか悩んでたら朝になりそうだが、そうも言っていられない。
出会いたくない人物トップ5に入る人物に出くわしてしまった不幸を呪いながら、息を吐いた。




