【XII】#11 見慣れぬ墓標に潜む影
アティスの知る限り、こんな場所に墓などなかった。
此処には大きな屋敷が有り、かつての友人──雪奈と仲の良いご令嬢が暮らしていた筈だ。
名前こそ、記憶から薄れつつあるが、それでも「海棠氷空」ではなかったのは間違いない。
「全く……何がどうなっている?この短期間で何があったんだ?」
ぶつくさと呟きながら、アティスが墓へと近寄ると、周囲から不気味な機械音が鳴り響く。
危機を察知したアティスは直ぐに一度、距離を取り、物音の正体を確認するべく、索敵魔術を展開する。
するとあちこちから、機械音を発しながら何者かが現れ始める。
「数は八……、人型の機械種か?……いや、どうやら感情を持っていない機械種、傀儡機械か。それにしてもこの数を墓に潜ませていたのか。一体何の為に……」
アティスが目の前のオートマタを観察していると、一匹が腕の形状を刃に変形させて此方へと凄まじい勢いで走り出してきた。
音もなく走り出してきたオートマタに気づいていないのか、アティスは顎に手を置き、何やら考え事をしている。
感情を持たないオートマタは、無慈悲にアティスの頸動脈目掛けて凶刃を振るおうとしている。
最短経路で、最速で、それでいて確実に殺す為だけに動くその様は非常に洗練されており無駄がない。
恐ろしく正確な動きで首元を狙い、斬り付けたその刹那、オートマタの腕は空を切っていた。
「人が考え事をしているのに攻撃を仕掛けてくるのは人道的にどうなんだ?……まぁ、ガラクタ風情には愚問か」
「…………」
一撃目が失敗だと分かった次の瞬間には、二撃目を繰り出していた。
それも、常人であれば認識できない死角からの一撃。致命傷にはなり得ないが、相手は手練れ、じわじわとダメージを与えて行ったほうが得策だと考えてのことだ。
しかし、死角を狙ったはずの一撃も、掠ってすらいない。まるでどう攻撃するかを完全に読まれているかのように。
「最低限の自律思考程度では、それが限界か。他の機体を動かさないのはリソース不足か?いや、このオートマタを操っている輩の技量不足だろうな。私なら、此処に居る機体全てを同時操作出来るがな」
アティスはあぁ言っているが、普通であれば不可能に近い話だ。
オートマタの操作は完全に自身の身体を動かす感覚と一致している。自分の身体を動かしながら、他人の身体を動かすことが出来るのかと、訊ねられれば誰しもが首を横に振るだろう。
そんな状況下でも、首を縦に振るのがアティスと呼ばれる大罪人である。
「さて、そろそろやられっぱなしなのも面白くない。さっさと墓前に蔓延るゴミを掃除しようか」
非常に類稀なる頭脳を持っていた彼女は、一般的な魔導本に記されている魔術を全て習得したが、それだけでは飽き足らず、強力な魔術を研究するべく、魔導の道を進んでいたのだが、ひょんな事から発見した魔術に魅入られた大罪人だ。
その魔術というのが、彼女の渾名にもなっている「汚染魔術」。純白だったものを穢し、汚し尽くす。
何もかもを黒に染めるその魔術に魅入られた彼女は、大切だったものを見失い、挙句の果てには中央管理局によって幽閉、死ぬ迄の刻をただ待つだけの屍へと変えられていた。
なんの偶然かは知らないが、同じく幽閉された大罪人達が脱出すると言うから、ご相伴に預かっていれば、いつの間にかこうなっていた。
「おっと、危ない危ない。流石に遊び過ぎたかな。じゃあ一匹目」
涼しい顔でオートマタの俊敏な刃捌きを躱し、腕の部分を掴む。
「腐敗要因」
アティスが触れている部分からみるみるうちに腐敗が進んでいく。一分も経たない内にオートマタの全身が腐り落ちていった。
一体目が消失すると、直ぐ様二体目が応戦し始めるが、二体目も動きを封じて「腐敗要因」を用いて即座に破壊する。
そういった作業を繰り返し、最後の一匹を破壊し終えると、墓前が静寂に包まれる。
謎が謎を呼び、分からないことだらけだが、何だか嫌な予感がする事だけは理解出来た。
「海棠氷空……ね。間違いなくキーパーソンだろう。だが、あいつに頼るのはな……」
個人的に関わりたくないメンバー第二位の禍津は「万物記録」この世界の記録全てを閲覧することが出来、特定の情報を抽出した本を作成することが出来る。
調べ物や知識を得る手段としては最も手っ取り早いものではあるが、その魔術の持ち主の性格がどうにも合わず、最低限の接触しかしていない。
同じ紫髪の好で仲良くしてやってくれと、パンドラから言われはしたが、正直に言うと人付き合いが苦手だったアティスには、曲者といっても遜色のない捻くれ者の禍津と仲良くすることは至難を極めていた。
「なんだかんだ先延ばしにしていた課題でもあるし、逃げずに立ち向かうか」
アティスは指輪に魔力を注ぎ、転移魔術を用いて館へと帰還していった。
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アティスが立ち去った後、墓から少し離れた場所にあったベンチで二人はつかの間の休息を取っていた。
荒くれ者がベンチの両端に十数名気絶、残りの数名は息の根を止められていた。
「で〜?わたし達はどうする〜?このまま観光でもする?」
「……それもありかもしれないわね」
鼻歌交じりに何処から買ってきたのか分からない団子を両手に握り締めている里乃は、イズの返事に目を丸くして驚く。
普段のイズであれば絶対に自分の意見に賛同などしない。天変地異でも起こるのだろうか。
言ってしまえば何だが、ホロウと仲が良いという部分以外全てが真逆と言わんばかりに、彼女とは相性が悪いのだ。
何事かと思い、団子を食みながらイズの方を見ると、あからさまに落ち込んだ雰囲気を漂わせている。
(あぁ、さっきのアティス先輩の言葉、気にしてるんだ。本当、ピュアだな〜妹ちゃんは)
イズの表情で大体の見当が付いた里乃は持っていた手を付けていない方の団子を差し出す。
「んっ」
「……なんのつもり?私は施しなんて受けるつもりは……」
面倒くさくなってきた里乃は、無理矢理イズの口に団子を放り込む。
目を見開いて驚いていたイズは、口に入った団子を食むと次第に笑みを取り戻していった。
「美味しいモノ食べると、沈んだ気持ちも多少マシになるよね」
「どうかしら……。確かにこのお団子は美味しいけれど」
食べながら喋るその仕草は普段の大人びたイズからは伺えない一面だった。
いつもはキチンと言葉を整えて話すのも特徴的だが、ホロウや自分と話す時だけは、若干話し方に癖のある崩した話し方をする。
歳が近いのもあるだろうが、自分の場合は後輩として見ているのだろう。別に、そこに異論を挟むつもりはサラサラ無いし、どちらでも良い。
(でも、いつも吠えてるワンちゃんが静かだと、ちょっとだけちょっかい出したくなるじゃん?)
アティスの言っていたことに間違いはない。はっきり言って得体のしれない魔導具に攫われるなんて前代未聞の出来事だ。
里乃がノータイムで本を開いたのも、もしそれで入れるのなら、ホロウと同じ世界へと侵入できるかもしれないと思ったからだ。
自分で言うのも何だが、里乃はそれなりに戦える側の人間である。探索者の階級で言うならば丙種か乙種のどちらにはなれる筈。それに、前までは区域長も担っていた。
そんな自分でもアティスでもあの本からホロウを救い出す手段は持ち合わせていない。
分かるとすれば禍津だろうが、現在の禍津は葵琴理の蘇生にかなりのリソースを割いているはずなので、協力を取り付けるのは時間が掛かるだろう。
だから里乃の出来ることは何も無い。強いて言うなら、戻ってきた時に土産話をするか、見てきた世界の話を聞くことぐらいだ。
(でもそれ言っても納得しないもんなぁ〜。どうしたもんかなぁ)
あ、と里乃はふと先程アティスが呟いていた内容を思い出す。
『なるほど、黒咲臨が赫の悲劇に関与しているという与太話は此処から来ているのかもしれないな』
あの言い方だと本の中身には黒咲臨が描かれており、実際の赫の悲劇には登場していないことになる。
里乃自身もまた殆ど中身を確認出来ていない上に、そもそも赫の悲劇の顛末について詳しく知らない。
「ねぇ。わたし、あんまり『赫の悲劇』の事詳しく無いからさ。この本一緒に読まない?それからあちこち見て回ろうよ。そうすればこの街のことよく知れると思うし」
「……それもそうね。私もあまり外に出たことがなかったから、表面上の話しか知らないのだけれど、それでも良ければ多少なりの解説は出来ると思うわ」
「助かる〜。でもちょっと場所変えよっか。此処ちょっと血腥いし」
「貴方が容赦なく斬り殺すからでしょうが……ちゃんと刀に着いた血は拭ったの?」
イズが里乃の腰に下げている刀に視線を向けると、里乃は得意げに首を横に振る。
「んーん〜。こうして血を浴びせていれば妖刀とかにならないかな〜って」
「なる訳無いでしょう。大切な刀なら、ちゃんと丁寧に長く使ってあげなさい。その方が刀の魂とかが宿るかもしれないじゃない」
そんなくだらない話をしながら、イズ達は暫く来た道を戻り、人気の少ない場所へと移動していった。




