第19話
女性翼人、リリー・ド・レナルの視点
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私は、いや私たちのルル島は、朝から大変な騒動に、直面している。
私たちが住むルル島の直上に、ルル島の千倍以上はあろうかと言う、天空島が、突如現れたからだ。
あの大きさでは、本島である我々ルル島だけでは無く、周辺にある島も、今は太陽の光が差さず、天空を覆われていることだろう。
それにしても、あれほど長老たちが騒ぐのは、はじめて見る。
いや、あれは騒いでいるのではない、突然の事態に動揺して思考が付いて行けていないのだ。
ただ叫んでいるだけだ。
年を経ると、頭が固くなり、変化について行けなくなるのか?
こんなことを言えば、10歳年上の従兄弟、リオにまた注意されそうだ。
リオは、長老たちからの受けがいい。
いずれルル島の長になるのだろう。
始祖様の血を引くと言い伝えられる、レナル家の者だし、ほぼ決まりだ。
そうなるのであれば、恐らく、いまの長の一人娘と結婚だ。
そう、私、リリー・ド・レナルとの結婚だ。
このことを考えると、少し憂鬱になる。
……本当は、愛する人と結ばれたい。
そんな人、まだいないけど!
それにしても、さっさと、天空島に偵察の部隊を行かせれば良いのにと思う。
長老連中は、とにかく決断が遅いのだ。
慎重派と聞いた時は、ものは言い様だなと思ったものだ。
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やっと偵察に行った警備部隊の話では、天空島はとても落ち着いていて、モンスターの影も無いと言う。
ただ、あまりに大きすぎて、全体を見る事は出来なかったらしい。
次はどうするのだろう?
早く私の部隊に出動命令が出ないかなと思う。
20歳前後の、若い翼人で固めた戦闘部隊。
リオが隊長で、私が、副隊長。
私は、最年少の16歳。
去年15歳の成人になると直ぐに、剣の腕を認められて、入隊した。
魔法はリオ、剣は私で、部隊を引っ張って行っている。
たった十二人で編成されているが、ルル島及びその周辺諸島で最強の、天翼部隊。
早く天空島を、下界からではなく、雲海の上、天海上から見てみたい。
天空島に行ってみたい。
小さい頃からの、私の夢だ。
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私は、しばし天空島を見上げ、考えている。
あの後、ルル島の長である私の父と、リオが一緒に居たの、ちょうど良いと思って、天翼部隊の出動を提案した。
「異常事態とは言え、まだ被害は無い。長老会の決定を待て」
父にそう言われた。
被害があってからでは、遅いとい言うのに。
父も最近、考えに柔軟性が無い。
リオが顔にいつもの笑顔を貼り付けて「まあまあ、リリー。すぐに僕らの出番が来るよ」と言いながら、 私の頭を撫でて来る。
さりげなく、耳と首筋まで触ってくる!
リオは馴れ馴れしすぎると思う。
結婚するのは時間の問題だろうし、私も諦めているけど、身体に触るのはまだ早い。
父はその様子を、ニコニコ見ているだけ。
頼りにならない。
あの天空島から見る雲海の景色はどんなであろう。
もちろん私とて、雲海を超え、天海上から、その景色を見た事はあるが、天空島には、いままで縁が無かった。
子供の頃に聞かされた話が思い出される。
我々、古き翼の末裔。グインを始祖に持つ、誇り高き種族に伝わる伝説。
いつか『天を駆る導きの翼』が、天空島と共に現れ、古き歴史の時代と同様に、私たち翼人を天空島に導くおとぎ話。
……しかし、この話は、本当の話だと長老たちは言う。
本当に本当だろうか?
確かに私だって、幼い頃は、この話を聞いて胸を熱くした。
だから、本当であればどんなに良いか。
あの雲海の上で暮らせるのならば。
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空には海が広がる。
どこまでも、どこまでも、世界の果てまでも。
子供でも知っている事実だ。
そもそも、空には、大量の水が存在する。
その水は、空全てに行き渡り、世界を覆う。
そしてこの、世界全体を覆って広がる、水。
それは、あたかも空に広がる、海である。
故に、人はこれを、雲海と呼ぶのだ。
地上の私たちが空を飛んで、一定以上高度を上げれば、水の壁に行き当たる。
それが、雲海の海底部分だ。
そして、地上から空が青く見える場所は、水が少ない場所。
すなわち、雲海の海が浅い場所。
雲海の水の多い場所、すなわち海が深い場所は、地上から見ると白く見える。
人はこれを雲と呼ぶ。
更に雲海の水の多い場所、すなわち、より海が深い場所は、地上からは、黒く見える。
人はこれを雨雲と呼ぶ。
雨雲からは、水が漏れ出て、地上に水の恵みをもたらす。
そして、雲海は、波に影響されて、時々刻々と深さが変わる。
これにより、雲が動く。
それが、雲海と空の世界だ。
そして、その空の世界には、島がある。
天空島だ。
昔、ルル島上空に、今回よりもずっと小さい天空島が来た事がある。
私は母に、
「空に島があるのに、何故、落ちてこないの?」と聞いてみた。
すると母は笑いながら、
「天空島は、浮遊魔法で雲海に浮いているらしいわよ。
それに、代わりに雨が落ちてくる方が良いじゃない」
と言って、私も詳しく知らないのと、また笑った。
父に聞いても、リオに聞いても、皆詳しくは知らなかった。
どうしても、知りたくて仕方なかった私は、島から降りてきた商人の、護衛と言う、お兄さんに聞いてみた。
「空中ではなく、雲海という海に浮いているのだよ。
それに、浮遊魔法が切れれば、雲海に沈み、そして、雲海を突き抜け、地上に落下してしまう」
と説明してくれた。
本当だろうか?
護衛のお兄さんは、昔、落下した天空島の残骸も見た事があるらしい。
私は、残骸ではなく、天空に燦然と輝く天空島を見てみたい。
地上からではなく。
私が、「天空島は雲海の上ではなく、空中には浮かべないの?」と聞くと、
「浮けるらしいけど、雲海の上の方が、綺麗だし良いだろ?」と笑った。
後から商人のおじさんに聞いたら、「空中にも浮けるけど、魔力効率が雲海に浮いたほうが良い」と言っていた。
私も、天空島に行ってみたい。
その時、初めて心からそう思った。
そして、其処で暮らしたい。
雲海は、下界の海と違い、光が当たると、キラキラと白く輝く。
初めて雲海の上まで飛んだ時は、その景色を見て、感動に打ち震えた。
物知りの長老の一人が、北の大陸の冬に現れる、雪原に似ていると言っていた。
あの輝く海を見ながら暮らせたらどんなに良いだろうか。
……伝説の、『天を駆る導きの翼』がいると良いな。
天空島に乗せてもらって、世界を駆け回るんだ。
……子供っぽい夢過ぎて、他人には言えないけど。
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天空島の出現から丸一日がたって、やっと私の所属する部隊に、出動命令が出た。
天空島には、昨日の偵察後、何もしなかったと言う。
決断も行動も、遅すぎる。
やはり、長老たちは駄目だ。
ルル島の精鋭部隊である、天翼部隊は、直ぐに集合する。
長老たちのノロさとは大違いだ。
リオの号令の下、一気に高度を上げ、雲海の海底部分に到達する。
すると、リオは、すかさず水魔法を展開する。
このままでは、雲海の海底から先には進めないので、水魔法で穴を開けながら進むのだ。
翼人は基本的に風魔法が得意だが、リオは水魔法も得意だ。
いまルル島にいる翼人の中で一番の腕前を持つ。
さすが、幼いころ神童と呼ばれただけはある。
最近は伸び悩んでいるらしいが……。
これだけの水魔法の腕が有るのだ。
風魔法を合わせれば、他の者に遅れを取るリオなど、想像も出来ない。
実際、私よりもレベルは低いが、隊長になったのはリオだ。
それだけ、貴重で才能のある存在と言う事だろう。
それよりも、急いで進まないといけない。
この穴は、時間と共に塞がってしまう。
今回は、天翼部隊以外の連れもいる。
天空魚のカルーバ。名前は、カボス。
海にいる、ウツボに似た顔の、空を自らのトンボ羽で飛ぶモンスターだ。
リオが二年前に、まだ幼いカルーバを捕まえて、テイムしたのがカボスだ。
リオは、テイマーでもあるのだ。
今回は、そのカスボも連れているのだ。
カスボは体格も大きいし、穴がふさがる前に、早く進まないといけない。
カスボは、悠々、私の後を追ってくる。
カルーバの別名は、『空のギャング』。
戦闘に向く、凶暴な性格だから、今回のように見知らぬ場に行くときは心強い。
魔物であるが、カルーバは人に不用意に近づくので、テイムしやすい特徴がある。
一説には、人に近づき、襲って食べようとする為だとか。
実際、リオ以外の言う事は聞かないし、テイムされたいまでも、隙を見て他の者に噛み付いたりしている。
赤ん坊の翼人を見て、涎を垂らしていた時は、正直、引いてしまった。
まあ、でもそんな事は、今日は、重要では無い。
大切なのは、憧れの天空島に向かう事。
夢にまで見た天空島に。
この快晴の日に。
夢にまで見た、舞台の始まりとしては、悪くないと思う。